小説

2019年9月24日 (火)

米海軍がUFO報告を本物扱いした記念小説

↓これ見てたら思い浮かんだ話。

以下、CNNの報道より:

映像は2017年12月〜18年3月にかけて公開されたもので、高速移動する長方形
の物体を、高性能赤外線センサーがとらえている。
このうち2004年に撮影された映像では、センサーがとらえた物体は急加速して画面の
左側に消えていた。センサーは物体の速度に追いつけず、再発見することはできなかった。

子供の頃からUFOが好きなので、こういうニュースはワクワクする。「軍のセンサーが追い付けない速度」って・・・
最近の米軍は変なモノが飛んでるのを見たら報告するように促す風潮へと変化している模様。
それまでは、「変なモノ飛んでました」と真面目に報告したばかりに頭おかしくなったと判断されて地上勤務へ追いやられ翼を折られた優秀な人材もきっといただろうな・・・そんなことを考えたら、ちょっとした物語が生まれた。

主人公は米軍のパイロット。市街地上空を飛行中、突然至近距離に現れた大きいUFOに対してとっさに回避行動をとり、理由を報告したら精神疾患扱いで地上勤務にされちゃった設定。多分、洋画の吹き替えにありがちなハスキーボイスだと思うw

👽本文
バーで知り合ったその優男は、俺の話を黙って聞いていた。
「・・・本当に至近距離だった・・・ああしなければ間違いなく街にも被害が出ていたから判断に後悔はしてない・・・パイロットとして死んだけどな」
イジメにも厳しい訓練にも耐え研鑽努力し続けた結末がこれ。誰が想像できただろう? いつしかやり場のない気持ちにいきり立ち荒むことすら疲れた俺は、カウンターで飲みかけのビール片手に力なく笑った。
・・・いくら相手が聞き上手だからってこれは引くだろう。酔った覚えはないが、気付けばさっき知り合ったばかりの相手に、話すつもりの無かったことまでこぼしている。まるで口が勝手に動いているみたいだ。キチ〇イ扱いがオチだというのに、何やってんだ俺は。「はは。酔っ払いの冗談だ。忘れてくれ」
「・・・知ってるよ。君はイカレてない。・・・本当に飛んでたんだ」そいつは神妙なしたり顔で重々しくうなづいた。悪い奴じゃないみたいだが、ちょっと変わっていた。
「マスター、さっきの赤いやつお代わり。・・・意外といけるわコレ」
トマトジュースじゃねえか。

「いい話聞かせてもらったから、俺もとっておきの話してやるよ」ジョンと名乗ったそいつは、奇妙な表情で俺を見つめた。
「信じないかもしれないけど、あの時さ・・・俺もあそこにいたんだ。あんなギリギリで回避したのは見事だったよ。立て直し方もスマートだった」
・・・今なんて言った? よりによって、偶然入ったバーで俺は目撃者と会ってるのか!? 全身が総毛立ち手が震える。奴がグラスをUFOに見立て、ペンのキャップで俺の飛び方を表わした軌跡は正確だった。
だがあの日は、雲が多くて地上から空はほとんど見えてなかったはずだ。もっと晴れていればきっと目撃者がいたはずだと何度悔しがったことか・・・
「うそだろ・・・アレが見えてたのか!?」 
「ふふ・・・『見えてたのか』はこっちのセリフだよ。驚いたなあ・・・ここにも見える奴がいるとは思わなかった。とうとう進化が始まったんだな・・・」
ちょっと何言ってるか分からない。
「アレは、君らとは少しズレた周波数の空間だから決してぶつからないし、君らには探知も撃墜も出来ない。見える奴もいない・・・と思ってバリア切ってたせいで、君に回避なんて余計な事させたのは俺のミスさ・・・優秀なのに、ほんと悪いことしちゃったなぁ。・・・ごめんよ」
・・・こいつ精神疾患か?
「マスター勘定頼む。彼の飲んでる変な黄色いの・・・とにかくそれは俺のおごりだ」
そいつは紙ナプキンに素早く何かを描いた。俺の見たアレそっくりのものを。ドヤ顔で「ジョン画伯」とかサインしてる。
「世界は、君らが想像するよりもはるかに広大でね。この星のしょうもない固定観念なんて世界や可能性をちっぽけでつまらなくするだけさ」
「会えてよかったよ。うそじゃないぜ。またな☆」
茶目っ気たっぷりに言うと、そいつは描いたモノを俺に渡し、あっけにとられる俺を残して店から颯爽と消えた。

一月後、俺は相変わらず憂鬱で退屈で孤独な地上勤務をしていた。同僚達には陰で「翼の折れたキチ〇イ」とか呼ばれているらしい。
あの絵も、職場も、何故か捨てられずにいる。未だに折り合いも説明もつかないモヤモヤと共に。未練がましいな。
「あー・・・それ終わったらちょっと来てくれ」腫れ物に触るような態度の上司。とうとうその日が来たか。驚きはしない。
ろくでなしの親父は去年死んだそうだから、一旦故郷へ戻ってみようか・・・


「・・・実は、君に新しい辞令が来ている」気味悪そうな顔をした上司が、クソまずいコーヒーを飲みながら一枚の紙を寄越した。
グルーム・レイク空軍基地・・・新型ステルス機開発のテストパイロット・・・まず目に入ったのはそんな単語だった。内容は理解できたが、今の自分と結びつかない。
「お前・・・上層部に知り合いでもいるのか?」「まさか」「だよな」上司の苦い顔は、コーヒーのせいじゃない。
「・・・人違いでは?」
「いや、間違いなくお前なんだ。関係者がぜひお前をとな・・・お前が地上勤務になった経緯も知ってたぞ」
幻覚と妄想で地上勤務になった人間をテストパイロットに?
「とりあえず行け。・・・一応また飛べるみたいだな(一回きりかもしれんが)」
信じがたいし裏がありそうで気持ち悪いが、それでも湧き上がる喜びや好奇心とすがるような思いは抑え切れなかった。

その日の夜、俺は眠れずに再度辞令書をまじまじと見つめ直した。
この時になってやっと、何もなかったはずの裏面が奇妙に光っているのに気付いた。
「見る目があって優秀に飛べる君を推薦したよ ジョン画伯より」
どんな仕組みかなのか、光って浮かび上がる文字には、確かにそう書いてあった。自画像付きで。
俺は朝まで気絶した。

・・・こうして、俺のあだ名は「翼の折れたキチ〇イ」から「天翔けるキチ〇イ」になった。


妄想終わり。
友達に見せたら「これBL?」って言われたw 

2014年7月11日 (金)

金色の河

昔々あるところに、大地を肥沃にしてくれる偉大な河がありました。流れる河の水は広い大地に栄養を運び、様々なおいしい作物を毎年沢山実らせてくれたので、人々は河の豊かな恵みで幸せに暮らしていました。

そんな河のほとりに、新しい商売を探す一人の男がやって来ました。男は河を一目見て惚れ込んでしまい、河に大きなダムを作って流れをせき止め、水を独占しました。
「この水が欲しければ料金を払え」
人々は仕方なく高い料金を払って水を買っていましたが、やがて費用の負担が重なり泣く泣く農地を手放していく人達が出るようになりました。河の水と豊かな恵みは大地と人々に行き渡らなくなりました。
男の方は見たこともないような大金持ちになっていきました。こんなに楽で儲かる商売なら引退しないで一生続けていきたいと思いました。貧しくて毎日お腹を空かせて毎日兄弟達とパンを奪い合う惨めに荒んだ辛い子供時代の思い出がウソのようです。男の目には河の水が金色に見えました。

やがて、河の流れをせき止められた大地は干ばつになり、作物は実らなくなりました。
食べ物が手に入らなくなり、大金持ちになった男は金貨にまみれて飢え死にしました。

ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。 よどみに浮かぶ泡(うたかた)は、 かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし-------------鴨長明

2010年10月10日 (日)

【動画】人間を楽器に例えた恋の話

以前書いたショトストーリー、「人間を楽器に例えた恋の話①」の動画を作りました。
色々演出を考えているうちに、ちょっとだけ変えたりギャグテイストを入れてみました。全4巻。コメントが邪魔な人は吹き出しマークをクリック。ニコニコ動画見れる人はこちらの方が画質良好

2009年12月21日 (月)

ある楽器の話

昔々あるところに、自分の音を生かせる曲がなかなか見つからずに困っていた楽器がいました。どんな曲を演奏してみてもイマイチで、無理して弾いても辛いだけで全然楽しくないし、そもそも音色が曲の雰囲気をぶちこわしていました。
「はぁ・・・私に合う曲どっかないかな・・・まともに聴ける音楽を弾かなきゃいけないのに・・・今まで弾いてきた曲がダメだったのは、上手に弾く努力が足りないのかな」

楽器は自分に対しても聴衆に対しても心地よい音楽を演奏できない自分を責めてばかりいましたが、どんなに自分を責めても問題は解決しませんでした。 責めても解決できない自分を責めました。
自分の音を十分生かせる日なんて来ないのかもしれない。もしかしたら自分は楽器として可能性の無い欠陥品なのかも。私みたいな楽器がなんでこの世に生まれたんだろう。などと心配していました。
そんな風に悩んでいると、見知らぬ怪しい人がやって来ました。
「お前の居場所この世界にねえから!」なんか突然物凄い勢いで突き飛ばして来ました。
気持ちが悪いのであわてて逃げました。
ふと、新しい楽器の登場につれて音楽の世界も広がり発展してきたことを思い出しました。
「そうだ。それなら自分で作曲すればいいんだ」
そう考えると、やがてふつふつとアイデアが浮かんできました。アイデアを試行錯誤した結果、その楽器は1つの曲を作ることが出来ました。曲のジャンルは以前から存在した音楽ジャンルに分類できるものでしたが、その楽器の音色を巧みに使う曲は今まで存在していませんでした。 音楽の世界が1曲分広がりました。
その曲を演奏するととても楽しくて、聴衆も喜んでくれました。今までになく自分の音を生かすことが出来たので、大満足でした。自分の使い道が1つ分かって自分という楽器に前よりも自信がつきました。
その楽器がこの世に生まれたのは、その音を生かす方法がこの世で実現できる証拠かもしれない。そう思ってみると幸せでした。

「自分を生かせるのは、この曲なんだ。こんなに自分を生かせる曲は、他に無いよ!」
自分がこの世で幸せになれるのは、この世でこの曲一つだけ!
この曲だけが私そのもの!
そう思って四六時中その曲だけ演奏して過ごしました。
「あ~・・・幸せ♪」
そう思って四六時中その曲だけ演奏して過ごしました。
「あ~・・・幸せ♪」
そう思って四六時中その曲だけ演奏して過ごしました。
「あ~・・・幸せ♪」
そう思って四六時中その曲だけ演奏して過ごしました。
「あ~・・・幸せ」
そう思って四六時中その曲だけ演奏して過ごしました。
「あ~・・・幸せ」
そう思って四六時中その曲だけ演奏して過ごしました。
「あ~・・・幸せ」
そう思って四六時中その曲だけ演奏して過ごしました。
「あ~・・・・・・飽きた。」

未曾有の事態が発生しました。あんなに幸せだったあの曲が、今は・・・
「でも自分の音を生かせるのはあの曲しか・・・弾いて幸せだったのはあの曲だけだった・・・」
あの曲を幸せに思えなくなったら、他に幸せになれる曲がなんにもありません。自分の音を生かせる曲が見つからなくて困っていたころに逆戻りするんじゃないかと心配でした。
「また可能性の無い欠陥品の気分になんかに戻りたくないよ~」
「あの曲が楽しかったのは気のせいだったの?」
「あの曲しか自分を幸せにしてくれないのに飽きるなんて、前世で何か悪い事でもしたのかなー」
そんな風に悩んでいると、また怪しい人がやって来ました。
「あなたは先祖の霊に祟られている。この墓石を買えば(略」
あわてて逃げました。
「はぁ・・・またあの曲が幸せに思える方法は無いかな・・・昔の自分に戻らなくちゃいけないのに・・・」
あの曲を弾くのをやめてから、楽しいことがちっともありません。
違う曲を作ってみようと試してみましたが、音階が限定されたメロディは既に聞き飽きていて、面白いアイデアが浮かびません。

ある日の夜、眠っていた楽器は夢を見ました。
楽器は階段を登っていました。ステップを1段上がるごとに低音から高音に向かって自分の音が出ていきました。8段目までが自分の持っている音でした。階段はそこで途切れていました。
でも、楽器は何故かもっと上に行きたくて仕方ありませんでした。お空はあんなに高いのに・・・
そこへ、音符の形をした精霊がやって来て言いました。
「何かご入用ですか?」
楽器は言いました。
「階段をもっと上に登りたいんです。」
「ふむ。階段を上へ。・・・となると、あなたの新しい音が必要ですね。どんな音が出せるようになりたいですか?」
「もっと高い音がいいです。」
「どの程度の?」
「うーん・・・そうだな・・・今の私の倍ぐらい高い音!」
「鼻歌でいいんでその音のイメージ歌ってみて下さい」
「えぇ? ・・・・こうかな・・・♪♯♭~」
「はいわかりました。音声を階段に変換します」
見る見るうちに、階段がもう8段増えていきました。
「登ってみてください?」
・・・♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「おおおおお! こういう音欲しかった!」
「歌えるってことは、気付かなかっただけで本当はその音前からあなたの中にあったんですよ。これであなたの使用音域は1オクターブ分バージョンアップしました」
「ありがたき幸せ~」
楽器は音符の精霊に土下座しつつもみ手をしてすり寄りました。
「もっと沢山増やせませんかね?」
「今歌えますか」
楽器は歌おうとしましたが、うまく声が出ませんでした。
「新しく増やした音使って曲が弾けるようになったら、経験値が上がってまた歌えるようになりますよ」
「新しく手に入った音だけで曲作ればいいんですか?」
「いや、そうじゃなくてw あなたが持ってる音全部好きに使っていくらでも自由に弾いてください。昔みたいに自由にね」
音符の精霊は似合わないウインクをしてどこかへ飛び去っていきました。

次の日。目が覚めると楽器は自分の体が少し大きくなっていることに気がつきました。
自分が前に作った曲を進化させるべきか、それとも違う曲を作って曲のレパートリーを増やすべきか・・・他の楽器と合奏曲やるのは? 以前ダメだった曲を高音部で自分らしく弾いてみようか・・・そういうのを全部やろうか・・・今はまだ何も思いつかないけど、いつか必ずいいアイデアが浮かんでくる。私は楽器で、世界の一部で、世界を広げる者のひとりだから。
楽器はそのことを知っていました。

2009年4月11日 (土)

歯痛黙示録

ある歯医者嫌いが自分の歯に小さな虫歯を見つけました。はじめのうち虫歯は小さくて痛くなかったので、「こんなもの虫歯のうちに入らない」と思って見なかったことにしていました。けれど虫歯はだんだん大きくなっていって、思い出したように痛むようになりました。それでも気のせいだと誤魔化していると、虫歯が前よりも自己主張するようになって来ました。虫歯の自己主張は日に日に激しくなっていきます。それでも歯医者嫌いなので、どうにか歯医者に行かなくて済む方法は無いか、先延ばしする方法は無いかと思っていました。

・・・・・・ここは歯痛を抱えたある歯医者嫌いの心の世界・・・・・・

右の自分「大和魂と根性で歯の痛みに打ち勝つべし。歯痛なんて怖くない! 痛みに対して耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び打ち勝ってこそ、虫歯に負けぬ強い歯になる。ゐたがりません勝つまでは!」
・・・何一つ解決しない上に痛みが酷くなったので現実逃避してみました。
右「今に神風が吹いて痛みを吹き飛ばしてくれる。痛いの痛いの飛んでいけー!」
虫歯に風が当たると涙が出るほどしみました。トラウマになるかもしれません。

左の自分「歯の痛みはあまりに悲惨で残酷なもの。決して発生させてはならない憎むべきもの。耐える戦いなんてもってのほか。鎮痛剤でとにかく痛みが起きないようにしなければ」

鎮痛剤飲む→薬が聞いている間は楽だけれど、薬が切れると歯は前よりも痛むようになりました。だから鎮痛剤がどんどん止められなくなって薬の依存症になり、ラリってきました。
左「歯痛を起こす可能性のある歯は危険分子だ! 一本残らず抜いて床下と屋根裏の収容所に送れ!」→それをやると歯が一本も無くなって総入れ歯になることが判明。周囲に止められて大粛清を断念する。

右「鎮痛剤など邪道だ腰抜けめ! お前が一番危険な奴じゃないか!」
左「お前の発想よりましだ単細胞! お前が一番イタイ奴じゃないか!」 

ケンカしているうちに症状が悪化し、とうとう顔がパンパンに腫れて口を動かすのも辛くなってしまいました。鎮痛剤もあまり効かなくなりました。右も左もどうしていいかわからず右往左往。とうとう嫌がっていた歯医者に行くことではじめて意見を一致させました。
右「大和魂と根性があれば歯医者など怖くない! ・・・と思う」
左「この残酷な苦しみを救う手段が歯医者にはある。歯医者が鎮痛剤(麻酔)を使うのは、薬だけでは治らないけど治療の役には立つからだ!」
右と左が手を取り合って「歯を救おう!」
右「突撃だーーーー」
左「革命だーーーー」

歯医者「どうしてこんなになるまでほっといたんですか?」

チュイーン ギリギリギリ シュー

右「先生! 虫歯菌と戦って勝つにはいかにすればいいのでありますか!?」
左「先生! 二度と虫歯の無い平和な口内の実現にはどうすればいいですか!?」

歯医者「歯磨いてください」

2006年8月21日 (月)

絵を描いてる時の君が好き⑤

『友達でもいいんじゃないかな?』
もし、仮に二人が既に結婚し夫婦になっていて、家族になっていて、そして子供が生まれていれば。
互いの共通するテーマは絵のこと、子供のこと、家族(家庭)のこと、ライフスタイルのこと。最低四つにはなるだろう。生きがいは、もっと広くなる・・・。そしたら絵と恋心の二つのコードで寄り合わされた今の絆以上に、たくさんのコードがより合わさって、とても太くて強い接続が作られるに違いない。夫婦仲が今みたいに良ければ(多分良いだろう)、別れる必要はないなと思う。でも今は・・・・・・別に「恋人」じゃなくてもいい気がする。付き合ってなかった頃だって、絵のことでは今と同じくらい意気投合できていたのだ。お互いの絵で心地よくなることは、いつでもどんな時でも出来たのだ。A子は、B太に対する感情が、ときめくような感情よりも、もっと静かで安定した友情と敬意に変わっていくのを自覚していた。「大事な相手」であることは、今も昔もこれからも変わらない。B太の方はどうなんだろう・・・・・・?

「私たち、そろそろ友達同士でもいいんじゃないかな? ・・・友達同士の方がいいんじゃないかな?」
ある日、隣で寝ているB太にA子が言った。B太はもぞりと寝返りを打ってA子と向き合った。
「嫌いになったわけじゃないのよ。ただ・・・・・最近私たちが盛り上がるやりとりって、一般的なカップルっぽいことしてる時よりも、絵のこととか、感性に関することで盛り上がる時の方がやっぱり多いでしょ? ベタベタくっついてるわけでもないし、どっちかって言うと、親友同士で盛り上がるのに近いみたい。それなら、ムリに『恋人同士らしくしてなきゃ』って考えるよりも、親友同士の方が自然な気がするの」A子は自分の気持ちの移り変わりについても、率直に告げた。B太の中でも、性別に左右されない部分が好きだと言った。
B太はA子を見つめた。受身で優柔不断なタイプのA子が自分からここまではっきり言うのは珍しい(きっと『自分の絵』を描く以前のA子ならこんな態度はとらなかった)。今A子から聞かされた自分たちの傾向は、うすうす感づいていたことだから、ショックではなかった。
「恋人同士のままでも別にかまわないよ」
と、そのとき言おうと思えば言えたか? そう言えば、A子はまた優柔不断になるかもしれない。でも言わなかった。その方が楽だと気付いたから。「友達同士みたいだ」と言われたからといって今更意図的に「恋人らしさ」を演じても、マンネリ化するどころか、しらけるだろう。余計な気も使うし、疲れる。それでもムリに恋人同士を演じ続ければ、却ってテンションが下がり、友人ではなく恋人同士であることを証明するつながりは結局身体だけになってしまう。テンションを失った肉体関係は、一度でもテンションのある頃を知ってしまったからこそ・・・どこかがしらけたまま。この先もお互いが本当に価値ある関係になるには、もっと何か別の方法があるはずだ。A子の気持ちの変化は、B太にそう教えていた。そんな発想の切り替えをここですんなり出来る自信は全くなかったが。
未練は、ある。同時に、もしもA子が受身で優柔不断なのをいいことに、仮に未練だけでこのままずるずると関係を続けたって(続けられれば、の話だが)、必ず限界が来る。そうして別れたふたりが二度と親友には戻れなくなっていることもわかっていた。もつれたら、やがて摩擦でぷつんと切れる。その後二度と絆は結べない。さあどうする?
突然決断を迫られる事態は、覚悟や勇気などの心構えを作る隙を与えない。その分、決断のプレッシャーを作る隙も与えなかったのかもしれない。B太は思ったほど混乱しなかった。意外だな。結局、大切なものは何一つ失わないのかもしれない・・・
今ここでA子に同意すれば、自分が少しの間(絶望しない程度に)切なくて辛いだけで済ませられるだろう。二人とも本当に辛い結果になるより、よほどましだ。親友でも何でもいい。A子を失いたくなかった。交流を失ってはならないと、自分のどこかが告げていた。A子の女性的な部分だけでなく、性別に左右されない部分も、好きだったから。
不思議と喪失感はなかった。嫌われたわけではないと、わかるから。むしろその逆だ。少なくとも男の自分にとって、ライフワークである絵を通して結ばれた絆は、きっと単なるときめきで作られたものよりも深く強くなる。B太はそう自分に言い聞かせた。むしろ、付き合ったからこそ・・・その先の関係になれるのかもしれない。
そして、少しの間A子を眺めていた。優柔不断ないつもとは見違えるほどはっきりと告げた彼女は、自分を眺めるB太を穏やかに、しかし真っ直ぐ見つめ返した。とても神秘的に見えた。
こりゃダメだ。誤魔化そうが駄々をこねようが相手にもされないだろう。
・・・・・・このシチュエーションも、見納めか(きっと後で少し泣くぞ)。
沈黙がややあって、B太はA子の言うことに同意した。
A子は横たわったままにっこりと笑った。(よりによって、そんなにキレイに笑うなよ)
笑った直後が早かった。あれよという間に身支度をととのえ、トーストを焼き、コーヒーを入れる。
二人で黙ってそれをたべた。たべた後、
「・・・・・・それなら、これからもよろしく」「当たり前じゃん」

ドアの間からひらひらさせた手だけを最後に残して、A子は去っていった。
二人の恋は、その役目を終えた。

画家を目指している美大生のA子とB太は大の親友同士。まだまだ卵の二人は、将来は自分の「心地よさを創る力」を生かして、人々に作品で心地よくなってもらうという夢に向かって走り始めたばかりだった。二人に共通する目下の課題は、「次の恋愛をする」ということ。お互いに対して「いい人にめぐり合って、変な奴には引っかからなければいいけど」と、密かに心配しあう仲でもある。
                                                           
おわり

2006年8月15日 (火)

絵を描いてる時の君が好き④

BGM(右クリックで別窓)

回復したA子は、真っ白なキャンバスに向かっていた。
気持ちは、幸いなことに、不思議と穏やかだ。何かが描けると思うくらいに。
ずっとネグレクトしてきた私の創造性。私のインスピレーション。私にしか出来ないこと。あの日、B太のひらひらと振られた手が、自分で作り上げた「雲」を払いのけてくれたような気もする。その代償は高く切なく残念ではあるけれど(後で少し泣いた)、それでも最終的に納得はできた。これは無駄にしたくない。
B太とは週一のゼミで顔を合わせることが出来た。二人とも、昔と変わらず親友としてコミュニケーションがとれた。はたから見れば、今までと変わらないだろう。
濃い2Bの鉛筆でキャンバスに線を描き出す。今度こそ、自分の絵に素直になろう。自分に素直になろう。評価が怖いなら、どうしてもこき下ろされるのが怖いなら、提出しなければいい。評価のためでなく、自分のための絵にすればいい。ダヴィンチにとっての「モナ・リザ(私のリザ)」みたいなもの、と言えば余りに大げさすぎるけれど。
描きたいものを素直に描くことで、頭の中の完成予想イメージにわくわくしながら作業を進める。とても気持ちがいい。久しぶりの感触。B太に尽くすことで自分の夢を彼に重ね合わせていた時の舞い上がるような興奮とは違う。地に足の付いた、落ち着いているけれど軽やかで、しかも確実な心地よさ。自分で創り出せるこの感覚を、忘れていた。私は、自分の喜びをちゃんと自分で創れる。今感じてるような確実な心地よさを沢山積み重ねてゆくこと。積み重ねた心地よさが、やがて見る人を心地よくさせるモノに変身する。そんな魔術を身につけることが画家を目指す私の夢なのだと思った。だから、他人に夢を重ねて託してしまうことは、実際は夢への積み重ねを止めてしまうこと。夢や喜びが育ってゆくのを止めてしまう。
作業が進むにつれ、信じられないスピードで今までこわばっていた頭と心がどんどんほぐれていって、そんな風に思えるようになっていた。ある人を思うと、筆が進んだ。現時点で、その魔術を働かせることが出来そうな相手を、多分一人は知っている。見かねてネグレクトを警告してくれた人。
出来上がった絵は、色とりどりの花が咲く窓辺の花かごと、そのかたわらに寝そべってこちらを無邪気に見つめる黒い子猫。そんな少女趣味的な絵が、本当はずっと描きたかった。
心地よく描けたこの絵は、予想通りある一人の人間を心地よくさせた。「お、キタコレ」というのが感想の第一声だった。あとはただ奇妙なほどにやにやするばかり。その様子を見て首をかしげながらも、B太が絵を気に入ってくれたようなので、A子は更に心地よくなった。他の友人達の受けもそれなりに良かった。再び、「自分の絵」が描きたくなった。それで、「心地よさを元手に、新たな心地よさを創り出し、循環させる」ということが将来画家になったら不可欠なことなのかもしれないと思った。
この体験に勇気付けられ、A子は思い切って絵を授業に提出した。案の定、「テーマがありきたりで幼稚」という評価が帰ってきたが、以外にもそのことは余り気にならなかった。どうしてかと思って首をひねると、ああそうかと気がついた。
既に、例の魔術を体験していたから。魔術が発動する条件は、自分と「自分の感性に対して誠実なこと」だというのを既に知ったから、イマイチな評価よりもそっちの方に夢中になっていたから。
A子は、なぜB太が評価を恐れず堂々と好きなものを好きに描けるのかがわかった。
主観的根拠は、場合によっては客観的根拠と同じかそれ以上に大切なのだ。その感覚をB太は知っていて、A子は忘れていた。その結果が、無責任なネグレクトだ。

A子はこの絵をB太と一緒に若手を発掘するための展覧会へ出展した。審査員の投票とギャラリーの一般投票で賞が決まる仕組みだ。
結果はB太が佳作。A子は佳作まであと少しだったが、惜しくも落選した。けれども盛況の展覧会に行った日、A子は自分の絵が見知らぬ何人ものギャラリーを心地よくさせるのを、この目でしっかりと見た。
この一連の体験に励まされ、A子は自分の描きたいもの(=心地よいと思えるもの)を自信を持って素直にかつ誠実に描ける様になっていった。ぎこちなく荒削りな表現から、徐々に洗練されてゆく兆しも出てきた。

「絵を描いてる時の君が好き」
B太は、初めて気持ちを伝えた時と同じ言葉で、再びA子に想いを伝えた。

二人は再び付き合いだした。自分の絵と時間は大切にしながら。はたから見れば、やっぱり今までと変わらないだろう。でも当事者の気分は全然違っていた。昔のように舞い上がるような興奮のときめきよりも、もっと穏やかで安定した雰囲気の、「敬意」や「信頼」に近い対等な感情。A子は、自分自身のコンプレックスがB太を現実離れして理想化し、カリスマ化していたことを知った。本当は不器用でかわいいところがかなりある人だった。歳は一つ上だが、同い年か、弟みたいな感じもする。以前の印象と似た、スマートで頭の回転が速くて優しいお兄さんみたいなところも、時折見え隠れはしていた。
相手の欠点も見えてきた。B太は少しルーズで短絡的で忘れっぽいところがあった。A子は時折受身すぎたり、優柔不断なところがあった。お互い人間なので欠点を持っていたし、そのことでしばしば衝突することはあったが、親しみは失われなかった。絵に関するやり取りは、相変わらず有意義だった。絵のことだけは、いつも新鮮な刺激を互いに得ることが出来た。やりとりのあと、絵を描く気力が、湧いてくるのだ。二人の共通の長所は、「絵が好きなこと」「自分の絵が描けること」だとお互い思った。世間一般のカップルの様に人気のデートスポットでいちゃつくよりも、芸術的な感性を通したやり取りの方が楽しかった。

私は、B太に憧れていた。自分の絵にコンプレックスを持っていて、本当はB太みたいに「自分の絵が描ける人」になりたかった。でも今私は、やっと自分の絵が描けるようになった。自分に対して価値が持てるようになった。
そしてある時、A子はふと思った。
『B太とは友達でもいいんじゃないかな?』

つづく

2006年8月11日 (金)

絵を描いてる時の君が好き③

B太の声のニュアンスは、「しばらく距離を置く」というよりも、「一旦別れよう」という意味に近かった。
A子は何も言わなかった。最初はひどく不安でドキドキした。でもよく考えて落ち着こうとした。
「自分の時間も大切にするから、重くならないようにするから、今まで通りでいたい。離れたくない」
・・・と、言おうと思えば言えた。でも言わなかった。その方が楽だと気付いたから。A子はくたくただった。現状に執着していたら、付き合い方を変えられそうにない。どんなに疲れても、執着が自分の時間を省みるのを邪魔してしまう。そして今みたいな付き合い方を続けていれば、ずっと疲れてなきゃいけなくなると思った。無理し続けることが止められないままになると思った。B太もそういう付き合い方は疲れるんだろう。
今同意すれば、少しの間切なくて辛かったり落胆したりするかもしれない。けれど二人とも疲れきってダメになるよりよほどましだ。深刻な犠牲が出る前に・・・
既に、無理をした反動が来ている。そのせいか、B太の言うことに反発する気力はなかった。今は何よりよく休んで、自分を立て直したかった。そっちに集中したいのだと思う。
不思議と寂しさは感じなかった。嫌われたわけではないのだと、わかるから。むしろその逆だ。
・・・・・・沈黙がややあって、A子はB太の言うことに同意した。それでも後で後悔するかなと思うと、勇気が要った。同意しても、寂しく思わなくていいんだよね?
B太は予想以上にすんなり話が終わったことが少し意外だったけれども、ほっとした。沈黙の間、泣くかなと考えて緊張していた。冷たく突き放されたと思われただろうか? 
B太はするすると器用にりんごの皮を剥きだした。食べやすい大きさに切って、ようじを刺して、二人で黙ってたべた。たべおわった後、
「・・・・・・それでもまた会える?」「当たり前じゃん。」

「じゃ、早く元気になれよ。またね」
ドアの間からひらひらさせた手だけを最後に残して、B太は去っていった。

つづく

2006年8月 2日 (水)

絵を描いてる時の君が好き②

A子は懸命に狭い道を歩いていた。何としてでもある場所にたどり着きたいのに、迷路のような道は複雑に曲がりくねり、枝分かれし、行き止まりになっている場所ばかりだった。あと少しで目的地が見えているのに、そこに繋がっていない道もあった。何度もあちこちを行ったり来たりして、足が棒のようだ。さまよった挙句、いつも決まってもう一人の自分が椅子に座り何やらスケッチしていて、狭い道を塞いでいる場所に出る。後ろから何度も「どいて」と言うのだが、決して振り返らない。動かない。だから、また別の道を探す。再びその場所に出る。その繰り返し。
もうひとりの自分の意識も、A子にはわかっていた。視界の隅に通りたがっている自分がいるのは知っているけど、無気力になっていてどうしてもその場を動きたくなかった。「目的地にはたいした価値はない。行く意味もメリットもない。むしろ、恥ずかしい思いをさせられる場所だ。そんな場所のどこに価値がある? 価値を感じるなんてただの思い込みだ。どこに客観的な根拠がある?それよりも、最初から何も考えずにここで見たものを主観を交えず地道にスケッチし続けていれば、いつかきっといいこともあるに違いない。客観的根拠のある価値を得るかもしれない。主観など、ただの思い込みだ。」
それに対して「さまようA子」は、「目的地の価値に客観的根拠を期待するのではなく、まずは目的地にたどり着くこと自体に私だけの個人的な意味がある。何故なら、そこに行かなければ、その先へ進めないから。その先の地はとても広くて、こんな狭い道よりもいいことが隠れている可能性はずっと高い。道の続いている限りどこにでも行けるなら、自分の主観が望む場へ行くべきだ。そこが当座の目的地だ。」と考えているようで、どいてくれないもうひとりのA子に痺れを切らし、とうとう遠くから助走をつけて飛び越えることにした。地面を蹴ると、身体がふわりと上がってもう一人の自分の肩越しに目的地が見えた。右足と身体はもうひとりの自分を飛び越えた。左足は肩に引っかかり、A子はつんのめって自分の前に落ちた。腕が痛い。何とか頭をもたげると、前には目的地が見えていた。
そして、目が覚めた。

結局、A子は過労のため病院で点滴を受ける羽目になった。
病院のベッドで横になっていると、B太がお見舞いにやって来た。
「大丈夫? そんなに疲れるまで無理しちゃだめだよ」
この時、A子はムッとした。
「あなたのためにがんばったのよ。ひとごとみたいに言わないで」
A子はB太の個展のために自分がどれだけ尽くしたのかを話した。自分の絵を描くのもそっちのけで、寝る間も惜しんで。全てはB太に少しでも良い結果を出して欲しいから。
B太はそれを聞いて、さっきよりも強い口調で言った。
「だから、そんなことしちゃダメなんだってば」
「・・・・・・手伝ってくれたことには本当に感謝しなきゃいけないと思うけど、自分のことを犠牲になんてして欲しくなかった。個展でも何でも、僕のことは自分で何とかするけど、君が自分のことを放り出したら、誰が代わりにやってくれるの? 君が描くはずの絵を、誰が変わりに描いてくれるの?」
A子は、二人が仲良くなったときのことを思い出した。お互い、相手の描く絵を楽しみにしていたのだ。互いに相手の絵が楽しみだから、互いに励ましあった。そんな中で絵を描くと、ほんの少しだけ素直に描けるし、とても気分がよかった。そしてある時、「絵を描いてる時の君が好き」と言われたのだった。
絵を描く時間を犠牲にし続けていたことが、気付かないところで自分に負担をかけていたことにA子は気がつきはじめていた。もしかすると、「本当に描きたいものをなかなか素直には描けない」ことから目を背けるために、がむしゃらにB太を手伝っていたのかもしれない。そうしていれば、いつも不完全にしか満たされない「絵を描く意欲」を雲のように覆い隠してしまうことも出来た。けれど、隠れるだけで、消えはしないのだ。
「僕も君に甘えていたと思う。そう。これ以上甘えても甘えさせてもだめなんだ。・・・・・・自分にしか出来ない大事なことを犠牲にしてまで僕のやることに尽くされると、重いよ。埋め合わせられないよ。ボロボロになってるの、見てられないよ。うれしくないよ。あんなことは、家族が危篤になった時にでもやればいいんだ。
・・・・・・このままの付き合い方じゃ二人ともダメになると思う。しばらく距離を置いて自分だけの時間を持てるようにしよう。」

つづく

2006年7月30日 (日)

絵を描いてる時の君が好き①

この前の記事を書いた後になんとなく思いついたお話。

           ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

将来は画家を目指している美大生のA子。普段はせっせと絵を描いたり、コンぺに作品を応募したりして、チャンスを求めて活動中だ。まだまだ卵のA子は、将来自分の才能や感性を発揮して、人々にその作品を楽しんでもらうという夢に向かって走り始めたばかりだった。目下の課題は「評価を気にして自分の描きたいものを素直に描くことが難しい」ということ。授業で何度か満足して描いた絵をこき下ろされたことが少々トラウマになっているのかもしれない。
美大のゼミが始まったばかりの頃、A子には気になる異性が出来た。同じゼミでやはり画家を目指しているB太だ。A子はB太の描く絵が好きだった。高く評価できると思っていたし、「この人ならきっといつか画家として成功するに違いない」と思っていた。複数のコンテストで入賞したこともある。先生の評価もまずまずだ。もとより、「評価を恐れず自分の描きたいものを好きな方法で堂々と描いている」ところをすごく尊敬していた。B太はB太で、A子の絵には密かに一目置いており、彼女はこれからもっといい絵が描けるだろう思っていた。もっと、「描きたい絵」が描けるようになればいいのに、とも思っていた。彼女が絵の中に時折垣間見せる感性に、惚れていた。そんな感性を持った彼女に、惚れていた。だから、彼女が描きたい絵(思い切り感性を出した絵)を描かないことを(それが見られないことを)、もどかしく思っていた。
やがてA子とB太は様々なことを話すようになり、意気投合した。互いの絵のこと、感性のこと、将来の夢のこと・・・・・・二人は互いを奮い立たせるよいライバルでもあり、或いは見習うべき先輩であり、理解し励ましあえるような親友にもなった。A子にとって、他人の評価を恐れず自分の描きたいものを描ける上に、結果的にはよい評価を貰えているB太はちょっとしたカリスマ的存在だった。そんなB太が自分の絵を見て喜びや楽しみ・・・心地よさを感じてくれるのは、とても嬉しかった。B太も、感想を求めて普段はめったに人に見せない下書き段階の絵を自分に見せてくれることがあり、A子はそれが誇らしかった。出来上がりを想像して、とてもわくわくしたし、出来上がった作品はやっぱり良かった。B太が良い評価を貰うと、A子は自分のことのように嬉しかった。絵について、互いに参考になるコメントを出し合い、得ることが出来た。
二人とも、恋愛を含めた今までの人間関係を振り返ると、こんなに異性と意気投合したのは生まれて初めてのことだった。まるで他人じゃないみたい。
いつしか二人付き合うようになっていた。

A子は着々と夢に向かって進んでいるB太の側にいることで、自分も一歩夢に近づけるような気がしていた。それくらいB太を素晴らしいと感じていた。そのうち、俄然B太を応援したくなってきて、B太にかいがいしく尽くすようになっていった。
B太が初めて個展を開くチャンスを手にした時は、われを忘れるほど興奮し、舞い上がった。このチャンスを何としてでも成功させたい。A子は、自分の創作活動をそっちのけにして、個展の開催を成功にこぎつけるために奔走した。遠慮するB太に構わず、時には寝る間も惜しんで。その時は、B太に尽くすことだけで自分が満たされていた。
・・・・・・例え、いつの間にか自分の絵を描くことがおざなりになっていたとしても。
自分の創造性と感性をずっと無視して、自分の普段の生活ペースやテリトリーをずっと無視して、自分にしか出来ないことを、ずっと無視して。そのために知らず知らずのうちに溜まり続けていた疲れとストレスをずっと無視して、A子はB太に尽くしていた。今はちょっとくらい苦しくても、B太の個展が成功すれば、B太が夢に向かってどんどん近づいていければ、それも報われると思った。

B太の個展は、初めてにしてはかなりの好評を博して終わった。開催初日には地元のミニコミ誌の取材も受けた。
ギャラリー達はB太の作品を興味深げに見物し、驚き、楽しみ、心地よさを見出していた。授業では評価がイマイチだった作品も、B太は自信を持って展示し、ギャラリー達には結構受けていた。同じ美大の学生達はB太をうらやましく思い、或いは尊敬した。
個展が終わるまで、熱心すぎるほど手伝っていたA子は、個展の成功にほっとした。
ほっとしたら疲れがどっと出たのだろう。片付けが終わったあと、急な激しいめまいでA子は倒れてしまった。慌てたB太が自分の名前を呼んでいたけれど、返事ができないまま、A子の意識は体を抜け出してどこかへ飛んでいってしまった・・・・・・

つづく

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