音楽

2025年11月24日 (月)

AIと人類の芸術的創造性

最近よく紹介しているAIツールでの作曲例だが、AI音楽生成ツールを使っていても作る人のセンス次第でだいぶ違う。
「AIツールを使うセンス」みたいなものが存在するのかもしれない時代。思いつく人のセンス次第ではこんなカオスすぎるアレンジ曲(,,)が生まれることもある。

↓これ(ジプシー風リンダリンダ)なんかも非常によくできているw 確かにこういう遊びも面白い。しかし・・・

 

 

人類が0から作曲する能力がAIの登場によって低下するようなら、人類はAI依存によって芸術的創造性を退化させていくことにつながりうる・・・人類から創造性が奪われて行き、よりロボットに近い(統治者にとって好都合な)生き物にされて行くことになる・・・

以前書いた記事「多極化後の世界とAI?」のような懸念が実現しないことを祈る。

古代エジプト人も似たようなこと考えてたw
考えること大体変わってないwww

シティーハンターの舞台が南米
壊れかけのラジオ(ケルト風)

2025年11月17日 (月)

シティーハンターの舞台が南米

 

スケベで凄腕な主人公がカオリと事件を解決して町から町へ、南米の大平原をオフロード車でひた走ってそうな仕上がり。
あの作品なら南米でも違和感ないけど私はルパン派

2025年11月10日 (月)

Mek Piisua - パンデミック条約 feat. VENM

2年前の過去記事とも通じるようなヒップホップ曲。
こんな曲が出るようになるとはね・・・

 

 

諜報事案だった新型コロナ
↑元共同通信記者、田中宇氏のコラム。もし上の話がガチなら2年前の過去記事で書いた妄想にかなり近い。どーりで第1次トランプ政権期にCIAがコロナ流行の警告を黙殺(←報道ソース)したわけだ; 
件のパンデミック条約は、インドが「自国でコピー薬品を自由に作れる条件じゃない限り反対」と言って拒否権を発動したという。
cov-19パンデミックも世界規模の薬害ワクチンもパンデミック条約も、それらに対して「おかしい」と声を上げる人々(私や上の動画投稿者含む)も、全ては諜報界にいる多極派の西側衰退計画に踊らされた結果なのだとしたらやりきれない。事実は陰謀論よりひどい・・・?

※多極派
超大国アメリカが世界を支配する従来の構図を崩し、複数の地域覇権国とその影響圏が共存共栄して効率的に経済成長していく構図に世界情勢を変えていこうとする国境を越えた派閥。旧トロツキスト達(米に亡命した一派はネオコンを形成)やロックフェラー財閥、そしてBRICS諸国といった「米国の世界覇権によって割を食っていた各国や財界・勢力」に賛同が多い・・・と言われている。
一説によると、世界を多極化させる本当の目的はAIを活用した世界政府構造を作ることだとも噂されている。

2025年11月 1日 (土)

徳永英明「壊しかけのRadio」(ケルト風)

 

 

多分そこ電波届かない。

2022年9月25日 (日)

眠れぬ夜に心地よい

2年前、Deep Forestのステイホーム動画より。演奏は1:30~

 

 

 

頭が疲れているのに眠れない時聞いたら気持ちが良かった。

2022年8月26日 (金)

尺八でジャズを演奏したら

合うだろうなーと日ごろ妄想していたら、同じこと考えてる方がいらっしゃっった!

なにこれ素敵。

2022年6月16日 (木)

“JURIE-O” by Mark Summer

※イヤホン推奨

初めて聞いた時、面白いチェロの生かし方をする曲だなと思った。ちょっとロックなところもある。
聴いているうちに、あの日の事を思い出した。
内側から湧いてくる不思議な力に衝き動かされ、生まれて初めて勇気を振り絞って路上に占いのテーブルを出した日のことを。
あれから色んなことがあった。時には相談者様の国が財政破たんし、時にチンピラと対決し、悩みを乗り越えていく相談者様達の見違えるように晴れやかな表情にこちらも心動かされることが何度もあり、そのたびに人が持ちうる強さと可能性を実感し、多くを学ばせていただいた。
そして今に至る。
その全てはご相談いただいた皆様のお陰です。心より感謝申し上げます。

型にはまらず、自由に自分を生かし、しがらみにとらわれず、したいことが出来るって本当に素晴らしくてありがたい。

そして、そのようなことが出来る環境に恵まれたことがありがたい。

 

 

この曲、弾く人によってもだいぶ雰囲気変わるカホンと合奏したのも素敵。

2012年11月 4日 (日)

「エデン(ATOLS)」の歌詞で妄想

※以下は根拠の無い個人的な妄想です。作者が実際に意図したものとは関係ありません。

最近気に入った曲がある↓

歌詞
この「エデン」は、歌詞がかなり仏教的・グノーシス的・オカルト的に聞こえて個人的にはツボ。メロディもいい。
冒頭イントロの一部が同じテーマを描いたマトリックスという映画の曲と少し似るのは、あの映画と同じテーマを 連想させるための仕掛けなのかもしれない(妄想)。

仏教哲学には、この世(地上)のものは全て実体の無い幻影だという思想がある。意識が作り上げた幻影。
これを仏教では「色即是空」とか「一切皆空」などと表現される。
「空」とは、サンスクリット語でアカーシャと呼ばれる領域である。ここが「目に見えるもの(万物)の本質」が存在する場所とされる。 地上と空の関係はサイトとそのソース(ソースコード)の関係に似ている。ソースコードを書き込む領域が「空」で、「空」に任意のソースコードを書くと(歌うと)、それが地上(サイト)に反映される。
この「空から地上への反映」をオカルト用語では「顕現」とか「降りる」とかいう。
魂が空に自分の体のソースコードを書くと地上に自分の体が誕生する(魂がその体を扱う)。魂が運勢のソースコードを書けば、地上にその運勢が現象化する。
そして、サイトで表示されたり機能している様々なものは実体の無い幻影であり、偽りの姿(imitation)である。真の姿はソースコードだ。ソースコードで「そのように設定している」からサイトでは「そのように機能する・見える」だけ。
(このブログも動画のソースコードを書くとその動画がブログ上に表示される設定がしてある)

このような幻影が「エデン」であり、別の表現では「未知なるImitation(=imitationであることを未だ知らない) 」~「仮想郷の果て築いたArcadia 」~「旋律神話」まで、様々に表現しているように聞こえる。そして「時空 ノ 狭間」が「空」だ。
「空」において「Adios Eden」というソースコードを書いた(=歌った)ために、Adios Edenが地上に降り立ち、「旋律神話の崩壊」(=エデンという幻影の崩壊)を引き起こす。
(空のソースコードは魔術の世界で呪文と呼ばれる『魔法の言葉』のモデルになったかもしれない。『始めに言葉有りき』の『言葉」はソースコードのこと?)

仏教でもグノーシスでも、多くの人間は地上の幻影(エデン)の中に意識が閉じ込められ、その閉じた世界に支配されてしまい、自分の源であり故郷である地上よりも上の次元にある「空」の境地(空の視点)を忘れ失ってしまっているという。いわば幻影を真実と思い込み惑わされたまま、その妄想に気がつかずにいる状態。 「見えている姿こそが真実」という旋律神話を信じたままの生。仏教だとこの状態が「この世の苦」の原因だという。
これが「命のパンドラ」「Paranoia」とか「失われた翼 」とか表現されている? 閉じ込められた世界から見える空(そら)は、「Paranoiaの空」なのだろう。

歌詞では、幻影を意識から締め出し空を思い出すために、「耳をふさいで感覚を打ち消す」とあるのか。
今まで幻影の世界で体験した諸々を己の経験値とし成長の血肉とした上で、「経験の場」という役目を終えた幻影(エデン)に別れを告げる。 すると己を閉じ込めていた偽りの幻影世界(=エデン)は崩壊する。
それが「色即是空」とか「一切皆空」という悟りの境地であり、失われた翼の復活だ。仏教では悟りの境地を得ると輪廻(産声と花束)や「この世の苦(命のパンドラ)」から解脱するという。

エデンと同じ作者ATOLS氏が「バベル」という作品も作っているが、エデン(幻影に閉じ込められた状態)=バベルと考えていいのかもしれない。
私は時々「卵の殻を破った雛は やがて羽ばたき 壁を越える」とブログに書くが、今回なら「壁」はバベルの城壁になる。
空を思い出す障害として立ちはだかる壁は、幻影の世界に我々を閉じ込めるバベルの城壁。出口は地上より上の次元。 バベルの塔はタロットの「塔」のモデルである。

最近は「般若心経ポップ」が一部で流行するなど、仏教的・グノーシス的なテーマの作品が人気を出す傾向にある。 「マトリックス」以降、集合無意識に何が起きているのか?  (曲はこちら

地上とそれより上の次元にある「空」を行き来し、両者をつなげる能力「翼」。多分、私達の遺伝子には、翼のDNAが組み込まれている(ヘルメスの杖画像参照)。 DNAもまた、ある種のソースコード記入欄(空)である。
輪廻やらそこでの個性化(自己実現)やら諸々の経験を積み重ねて成長すれば、その刺激を受けた遺伝子のDNAがONになって翼はおのずと生えてくるのかもしれない。失われた翼の復活だ。

『翼』は前回「運勢の神業」で書いた『内なるゴーストとの連絡能力』であり、その能力がもたらす可能性の翼でもある。
自己分析作業もまた、翼のDNAを刺激するらしい。
内なるゴーストとの連絡能力を象徴する存在ヘルメス。彼の職業は「神々の伝令役」だ。


運勢の神業←あの兄弟は無意識の奥底にいる魂同士が連携・分担しあって一つの神業的な運勢のソースコードを書き、実行した?
就活自殺の増加に思うこと →「外部評価や社会評価なしにはまっとうに生きられない」ってのも幻影(エデン)なんだよね。それが自己実現能力(翼の一種)を封じてる。そもそも、自分を殺してオワコンになりつつある現代文明社会(これもエデン)に貢献する能力(=高い社会評価)なんて今更必要か? 
「必要とされる」必要がない →「自分以外の誰かに愛されないとまっとうに生きられない」という妄想も同じく幻影。
ヘルメス伝説と進化の記憶→悩みも無ければ進歩も無い本能一辺倒の世界(第1エデン)よりも、知性による試行錯誤の進化を選んだ人類。進化の初期には知性一辺倒の世界(第2エデン)を作って上の次元とのつながり(翼)を遮断してしまった。しかしこの進化がさらに進むと、知性は翼を遮断することがなくなる。知性に翼が生える。

2011年8月13日 (土)

【福島民謡×DEEP FOREST】 相馬盆歌

※以上に書かれた内容は全て個人の妄想です。根拠は何もありません。

 

気になる音楽コラボ動画を発見。

「相馬盆歌」は余震激しい福島県中通り・浜通りに伝わる民謡だ。歌詞は豊作を予祝(縁起を担いで予め祝うこと。先に祝っておくと実際にその通りになる、という考え方からの開運法)する内容である。
相馬盆歌の歌詞

 

「相馬盆歌」の後ろで流れてる曲はディープフォレストの「Pacifique」 。この曲もいい。

この「Pacifique 」という曲がイメージしているのは南太平洋。寒い東北の民謡と暖かい南太平洋をイメージした曲が妙に合うのは面白い。
南太平洋は龍脈区分で言うと第4龍脈のエリアだ。
(第4龍脈の通り道はヒマラヤ~雲南~東南アジア~インドネシア・ニューギニア~南太平洋~NZ)
この龍脈は昔から地震や噴火が活発な地域だったが、何故か震災直前~震災以降からはこの龍脈と日本が変動呼応を起こしやすくなっているようなのだ。Seismic_Monitorを見ていると、Mが大きめの地震が第4龍脈エリアで起きた数日以内に日本でも余震の震度がいつもより上がりやくなるケースが目立つ・・・

 

仮にそれが気のせいではなかった場合、何で南太平洋を通る第4龍脈と日本が呼応するのか。あくまでオカルトマニアによる個人的な想像ならできる。
東北沖の日本海溝~パラオまでを走る龍脈が第4龍脈エリアと合流していること。
古代日本で「まつろわぬ民」とされてしまった人々のなかにも、第4龍脈エリアに住む各種民族(ポリネシア系)と共通の祖先を持つ人々がいたこと(日本と第4龍脈地域に歴史的な縁があること)。
まつろわぬ民抑圧の歴史と龍脈の歪みが解消されていく流れが、縁のある龍脈同士の呼応を起こさせている可能性があること。

 

「Pacifique」 動画の後半、半裸の男達が不思議な歌と踊りを行うが、これはポリネシア系民族の儀式である。この儀式の中でも有名なのはマオリ族の「ハカ」。現代ではNZのラグビーチームが試合前に行っている。そうやってチームを鼓舞するのだ。
で、動画にもそんなハカの一種が使われている。
NZ(ここも第4龍脈エリア)のラグビーチームが踊るハカはちょっと面白い。NZは今年の恵方方角にある国なのでこのハカも今年の恵方の方角に存在するということになる。その歌詞はオカルト的に見ると今の日本のご時勢にとって何とも味わい深い歌詞なので以下にご紹介。

 

私は死ぬ! 私は死ぬ!
私は生きる! 私は生きる!

見よ、この勇気ある者を。
ここにいる毛深い男が再び太陽を輝かせる!
一歩はしごを上へ! さらに一歩上へ!
一歩はしごを上へ! そして最後の一歩!
そして外へ一歩!
太陽の光の中へ!

 

・・・心理学的には、太陽は自我のシンボルである。「個性化」を前提にした場合、「太陽の光の中へ」は抑圧された個性が解放されて自我と統合されることを意味する。統合前の古い自我は「死ぬ」。そして新しい個性を獲得しひとまわり大きく成長した自我が新たに「生まれる」。だから個性化は「死と再生のシナリオ」ともいえる。
そんな日本の個性化をシンボリックに暗示するような天体現象が来年5月21日(スカイツリー開業前日)に、太陽の死と再生を意味する冬至レイライン上で発生する

 

日本で「まつろわぬ民」とされてしまった人々のなかにも、第4龍脈エリアに住むポリネシア系と同じ祖先を持つ人々がいた。
また、東日本で「鬼」とされ歴史の闇の葬られた人々は、遺伝子的な理由で大和朝廷を作った人々よりも毛深かったという。
「ハカ」というを作ったマオリ族もまた、NZ版まつろわぬ民だった。

 

そんなことを考えながら東北の民謡とハカのハーモニーが共鳴する部分を聞くと、何か奇妙に鼓舞されている気分になる(もちろん妄想)。
その共鳴はこんなメッセージを発しているかもしれない。

 

「歴史を越えてはるか南洋と日本を繋げる龍脈と個性に幸あれ」

 

日本の開運と個性化を「予祝」するつもりで、そんなふうに書いてみる。

 

関連記事:日本の個性化 とある東の国の物語

2011年7月28日 (木)

久石譲 1920~AGE OF ILLUSION

1920年代の終末期に人類は初めて世界規模の経済恐慌を知ることになった。
それから70数年後の1992年。バブル崩壊を味わった日本でこの曲は生まれた。
更に16年後の2008年、世界規模の経済恐慌第2弾も第1弾と同じ場所で発生した。
それらを振り返って聞くと感慨深い曲である。

不況下の今。世界はあの頃(1920年代)が発端になって生まれた「歪み」からも戻る時期に来ているかもしれない。

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