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2024年4月 6日 (土)

「すずめの戸締り」を見て

以下に描いたことは全て個人の妄想です。


「すずめの戸締り」
という新海誠監督の有名なアニメ映画作品が先日民法放送された。実は何故か拙ブログの過去記事、『戸』のつく地名と龍脈」のアクセス数がパンデミック前のある時期から異様に伸びており、この映画が公開された去年と民法放送されたここ最近もなぜか突発的にアクセス数が激増しているw

で、先ほど録画した「すずめの戸締り」を見終えた。主人公の住む宮崎と訪れた各所、どこもみな大きな龍脈のある場所だ。
ミミズは歪みを抱えた龍脈の象徴だけでなく、主人公の抑圧された記憶や感情やトラウマといった様々なわだかまりのシンボルにもなってるようだ。わだかまりの全貌を主人公が把握するためにも、ミミズは全身が封印から抜け出る必要があった(要石は全て抜ける必要があった)。
自分が今まで抑圧し目を背けてきたわだかまりの全てを自覚しそれも自分の一部であること、そしてわだかまりを生み出した当時の自分の心と向き合って、母を震災で失った絶望感しか存在しなかった(ゆえに母の死を受け入れられなかった)当時の心を思い出し、また未来の可能性は失われていなかった(絶望しか存在しないわけではなかった)事を再認識し、わだかまりが解消する(全身が封印から抜け出たミミズが消えて戸が閉まる)のがクライマックスシーン。

主人公のアニムス(潜在する自分の個性や可能性を象徴した理想の男性像)でもある草太は主人公が持つ未来の可能性を象徴していて、白猫要石のダイジンは主人公が幼い頃「うちの子に」と言って引き取ってくれた「心から叔母の子供になろうとした(そうすることで立ち直ろうとした)けど心情的にそこまで叔母と互いの距離を縮めることが出来なかった(母を忘れることが出来なかったし、叔母は母親の心になれなかった)上に叔母の人生負担となった自分に負い目を持った幼少期の心」も象徴してる感。
また、黒猫要石のサダイジンが、地震を起こすミミズを「人の手で元に戻して」と言っているシーン、少し「もののけ姫」のラストシーン(シシ神の首を人の手で返す)ぽい気がした。他にもジブリオマージュ感のある部分は各所にあった。
個人的に「人の手で」というセリフ、龍脈の歪みに人間が関与していることも示唆しているようにも見えた。隠された事実をさらけ出す(ミミズの全体像を露にする)役割と言った感。

主人公が未来に持つ可能性を実現するには、わだかまりの解消が必要で、故郷で「戸締まり」をすることでそれが完了し、可能性ある未来に向かって「行ってきます」。
これ、心が抱える歪みの解消という形で表現されているが、基本的に運気が抱える歪み(カルマ)の解消とも照応している。
運気の流れが歪んだ(わだかまった)時のことを思い出し、当時とは異なる思考や選択をすることが出来れば解消されるわけだが、世界的に20世紀前半のカルマが(解消されために)再現されてる現在はある意味開運チャンスの時期でもある。
運気の歪みを解消すれば、運は開けて未来の可能性が実現できるのだ。

そして龍脈の流れは大地の気の流れであると同時に、そこに住む人々の運気の流れでもある。その土地に住む人々が自らの運気の流れを不調和にしていると龍脈の流れを歪める一因に。不調和や歪みを0にするのは困難だけど、その地に住む人々が自分の運気の流れを良好に調和した状態を保つ事を心がければ龍脈の流れも調和を保ちやすい。(解消時に大災害となりうる)極端に大きな歪みは蓄積されにくくなる。
そうなるためのコツは視野を狭めず、不都合な事を隠蔽せず、常に自分と本音で向き合い、目を背けたい事からも耐えうる限り目を背けないでいることだ。もし耐えられずに目を背けることでしか自らを守れない場合は、向き合う力がついた時には逃げずに必ず向き合う意識を心の片隅にでも持つこと。無意識にそれをやったあの主人公のように。

新海誠監督が作品を作る時のテーマの一部に「震災からの癒し」や「喪失からの再生」が含まれているという噂があり、今回の作品でようやくそれがうまくまとまって描きたいものが描けてきたんじゃないかと思った。
「喪失からの再生」についてはゴールデンカムイでも新海作品とは別角度から別の手法で描かれており、同時代に共通するテーマの作品がヒットするのは興味深い。
どちらも、「失う前の自分には持ちえなかった全く新しい喜びや幸せや可能性・意義・意欲を得ること」が再生のカギになっている。


◆個人的に妄想する理想的ラスト
個人的なイメージに過ぎないが、ミミズの再封印と主人公のわだかまり解消を照応させた演出がなされている場合、あの作品のラストはできれば「要石を刺して暴れるミミズを再封印」という形にするよりも、「流れを歪められて暴れるミミズの流れを、歪みの箇所と様相を突き止めて要石達と協力しつつあるべき姿に戻していった(時間をかけて少しずつ歪みを解消した)」とか「『閉じ師』が『整流師』に昇格し、『要石』は『整流大神』に昇格して石化せず自由に動けるようになった」という形にするとよりはまるかもしれない(ミミズはあの一匹だけでなく、日本中・世界中に無数にあり、人の手で整流出来る分量などたかが知れているのだが)。
「整流」・・・実際、主人公達が自らの心のわだかまり(これも心というエネルギー流の歪み)を解消したのはそういう方法だ(12年かかった)。


◆台湾の地震と龍脈
実は先日の台湾地震でもかなり龍脈の歪みが解消された。今後は台湾の皆さんが自らの運気を良好に保てるよう、不調和を避ける努力を続けて頂けると歪みの取れた龍脈が開運を後押ししてくれるだろう。
偶然にも、震源地のある花蓮県は台湾有事の際、中国軍を迎撃する拠点の地域であり、震源地に一番近い街の名前は「和平」。平和という意味である。
花蓮市内で地震の時に傾いた有名なビルの名前は「天王星ビル」。占星術の世界だと、天王星は事故を含む突発的事態や雷(電気)、テロなどを含む奇襲攻撃や反乱の他に、地震も司る。そして、タロットカードでは「塔」に対応している。「塔」はカルマが解消される時にもよく出るカードだ。あのビルはすでに解体された。
台湾で天王星の象徴分野におけるカルマの解消・・・あの地震(龍脈変動)には、悲惨さだけでなくそんな兆しも感じた。

暗示がてんこ盛りの台湾地震。台湾島は日本よりも龍脈のエネルギーが狭い範囲に凝縮されている分、規模は小さいけどパワーの強い島でもある。その分、龍脈の流れが調和してないと歪む力・歪みを蓄積させる力も大きく、歪んだ龍脈が暴れる(歪みを解消するために動く=龍脈変動)時の力も大きい。変動すると人間界への影響も大きくなりやすい。歪みを溜めず、流れの調和を保つことが非常に大切な地域の一つだ(日本もそうだし、そもそも歪んでても問題が起きない龍脈の地域などないのだが)。
元旦に起きた能登地震もまた、悲惨さだけでなく「お金の不徳を正す運気活性化」という副次的な側面も感じた。
今は悲惨や絶望しか見えないとしても、未来の可能性は失われていない。失う事しかできないわけではないのだ。


◆リアル世界での要石と今後
作品のモデルになった「地震封じの要石」。リアルでは茨城の鹿島神宮と香取神宮に存在する。このブログでもそっちの要石には触れてきた。
鹿島神宮は311の時に鳥居が倒壊し、その時要石の呪術も機能停止したように見える。香取神宮の鳥居はその時倒壊しなかったものの根元に深いヒビが入っており、その時に呪術機能は既に低下していると思う。
すなわち、あの要石が抑えつけていたミミズ(龍やナマズと表現してもいい)は、もうすぐ全体像を露にするかもしれない。
それは、解消(整流)すべき龍脈と運気の歪みの全体像が露わになって来るかもしれないということ。
解消されるためにカルマが再現される時代と言うのは、要するにそういう事なのだろうと思う。
「ピンチはチャンス」と言うように、変動の時はチャンスの時でもある(この国がもし噂通り世界の雛形になっているならなおの事)。
初めて龍脈と運気が大きく変動する予兆を感じ取った頃が懐かしい・・・

 

東北の地震と龍脈←311直前に書いた記事。数日後言葉が出なかった。
鹿島神宮と奇妙な偶然?
余震多発地域の奇妙な符号
霧島噴火と龍脈
←主人公が住む宮崎県にも大きな龍脈が通っている。
九州の龍脈変動
近代日本のカルマとゴールデンカムイ「20世紀前半の焼き直し」について

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