日常にありふれた十人十色の偉大さ
『私が大好きなアニメを見れなくなった理由』が大反響 あなたはどう受け止める?主人公の女の子は、自分の大好きなアニメが映画化決定したことを知り、友人と一緒に公開当日に見に行くことに。
そのあまりの出来栄えに感動してしまった女の子なのだが、それに対して友人は「最悪だねありゃ」と一言。
画の脚本や演出、作画についてさんざん批判された女の子は、映画を見返すごとに友人の言葉が頭をよぎり、だんだんと作品そのものに興味を示すことができなくなってしまう。このような経験から、「一人でも多くの人に知ってほしい 批判は何も産まれない。それどころか、ファンにとって大切な思い出を、ぶち壊すということを。」(原文ママ)という作者の主張で締めくくられる。
「同じものを見ても人それぞれ感じ方が違う」という事は、一人一人に唯一無二の貴重な尊い個性が宿っている証といえる。それだけで人間は皆、尊さと貴重さを持っている。
「感性が違う」ということは、感性の源である個性や、その個性の源である魂が違う、ということであり、そんな世界で一つしかない貴重でかけがえのない自分の感性(個性)だけがなしうる世界で唯一無二の人生(人生経験)を創るということだ。なんとも貴重で尊いことだ。
他者にとっては退屈で取るに足らない作品でも、「神レベル」と感じるほど素敵な感動体験を自らの心に作り出せる。その能力(体験創造力)のなんと素晴らしく尊いこと。
他人が自分と同じ感覚を共有していなかったと落ち込むより、自分が成し遂げたそんな独自の感動体験を喜んだ方がいい。それが個性への目覚め、自我確立への目覚めでもある。
「他人からの共感や支持を受けること(=他人と同じ感じ方をしている証拠を見つけること)で初めて自分の感性に尊さを認識する。それ以外の根拠で自分の感性に価値や意義を見出すことは許されない」
いつの間にかそんな風に思い込んでしまっていなかっただろうか?
自分が友人と同じではない(友人が自分と同じではない)ことに不安や苛立ちや悲しみや疎外感を覚えるのは、友人と自分の境界があいまいで、友人を自分の延長みたいに認識していて(だからこそ脳ミソが違うのに自分と感覚を共有していると思い込むのだが)、いわゆる自我境界がしっかり出来ていないからだろう。この自我境界がしっかりできていれば、友人と自分双方の異なる貴重な感性(個性)を尊重し合える。お互いを尊重できる。
友人を自分の延長みたいなものだと感じるのは友人独自の個性や感性に気づいていない(あるいは否定している)からだし、そういう人は自分の個性(独自性)や感性にも無自覚(又は否定している状態)で、「皆と同じでなければ」という強迫観念に陥りやすい。日本人には多いタイプかもしれない。
本人にしか無い個性と感性(感じ方)により、その人生の中で世界でも自分にしか成しえない体験、感覚etcを毎日いくつも積み重ねているわけだが、これって地味にすごいことだと思う。
自分が味わったその喜びや感動や楽しみは、人類史上、いや宇宙史上、たった一人の人間にしか成しえない素晴らしい体験なわけだ。例え一冊の漫画や一杯のラーメンといった身近で些細な物事の体験であったとしても、それが持つ意味ははかり知れなく貴重で尊い。
まさに生命の尊さとは、こういうことでもあるんじゃないだろうか(壮大)。
恐らく件の友人は主人公の好むアニメをつまらない出来だと感じる一方で、主人公からすれば何がそんなに面白いのか理解できないものにハマったり妙に好んだりという本人にしか持ってない独自の(そして貴重で尊い)感性をどこかに持っているだろう。その感性で今日も本人にしか味わえない人生を創り味わっている。主人公も友人も、等しく貴重で尊いことをやってのけている。
自分独自の喜びや感動を味わえる自分の人生(そんな人生を創る自分の命)を愛し尊ぶ事が出来たら、他者との比較(優越感を含む)や他者からの評価・同意・承認等に依存しない自立した自尊心の始まりになるかもしれない。
いわゆる「中二病」という症状は、そんな唯一無二なる尊い自分の個性と人生を自覚したがっている(自覚したものを愛し尊び自立した自尊心を持ちたがっている)心の裏返しかも(過去記事参照)。
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ほんと、AYAさんのブログは勉強になります。まさにその通りですよね。みんなそれぞれの宇宙があって、お互いに尊重し合った方がいいですよね。まさに人間主義という感じでしょうか。
投稿: Doctors advocate | 2016年3月11日 (金) 19時27分