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2007年10月31日 (水)

占いが神聖になったワケ

~全ての人に備わった、「幸せを作る生命力」に敬意を表して~

古代、占い師の仕事は「神聖なもの」とされていた。
なぜなら、人々に宿る「生命」というものを神聖視したから。
その人に宿る「生命」の可能性を扱う分野の仕事だったから。
チベットやネパールや各地の少数民族など、一部の世界では今もそう思われている。
日本では、ちょっと前までは「医者」がそうだった。
「生命は神聖」。多分生存本能と密接に関わっている発想だろう。
その聖なる「生命」が潜在的に持っているはかり知れない可能性を尊いと思ったのかもしれない。能力を発揮したり、人生を作ったり、子孫を残したり(次世代に人生を作るための生命をもたらしたり)、種族が進化したり、歴史が大きく変わったり、本人にとって(時には他人にとっても)この上ない幸せや成功を作る力もあれば、その力を悪用して大規模な悲劇を作る力さえある。運を作れるのも生命があるお陰だし、運を良くする力も聖なる生命の不思議な生命力の一種。
私たち自身ですらあまりよくわかっていないこの生命が潜在的に秘めた力は、強く大きい。
全ての人に潜在的に備わった「幸せを作る生命力」
多分、本能はそれを知っているのかもしれない。

占い師が神聖なのではなく、ヒトが神聖なのだ。
医者が神聖なのではなく、命が神聖なのだ。

あたりまえだ。生きてないと出来ない仕事ならどれも同じだ。書くのもバカバカしい;
しかし当事者が忘れると、とんでもないことになる。歴史上、何度も繰り返されて来た過ち。
あー怖 い怖 い 。

人々とそこに秘められた生命が神聖なので、私は今日も神聖な分野に携わることが出来る。ありがたい。
忘れないようにメモしておく。

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