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2006年8月 2日 (水)

絵を描いてる時の君が好き②

A子は懸命に狭い道を歩いていた。何としてでもある場所にたどり着きたいのに、迷路のような道は複雑に曲がりくねり、枝分かれし、行き止まりになっている場所ばかりだった。あと少しで目的地が見えているのに、そこに繋がっていない道もあった。何度もあちこちを行ったり来たりして、足が棒のようだ。さまよった挙句、いつも決まってもう一人の自分が椅子に座り何やらスケッチしていて、狭い道を塞いでいる場所に出る。後ろから何度も「どいて」と言うのだが、決して振り返らない。動かない。だから、また別の道を探す。再びその場所に出る。その繰り返し。
もうひとりの自分の意識も、A子にはわかっていた。視界の隅に通りたがっている自分がいるのは知っているけど、無気力になっていてどうしてもその場を動きたくなかった。「目的地にはたいした価値はない。行く意味もメリットもない。むしろ、恥ずかしい思いをさせられる場所だ。そんな場所のどこに価値がある? 価値を感じるなんてただの思い込みだ。どこに客観的な根拠がある?それよりも、最初から何も考えずにここで見たものを主観を交えず地道にスケッチし続けていれば、いつかきっといいこともあるに違いない。客観的根拠のある価値を得るかもしれない。主観など、ただの思い込みだ。」
それに対して「さまようA子」は、「目的地の価値に客観的根拠を期待するのではなく、まずは目的地にたどり着くこと自体に私だけの個人的な意味がある。何故なら、そこに行かなければ、その先へ進めないから。その先の地はとても広くて、こんな狭い道よりもいいことが隠れている可能性はずっと高い。道の続いている限りどこにでも行けるなら、自分の主観が望む場へ行くべきだ。そこが当座の目的地だ。」と考えているようで、どいてくれないもうひとりのA子に痺れを切らし、とうとう遠くから助走をつけて飛び越えることにした。地面を蹴ると、身体がふわりと上がってもう一人の自分の肩越しに目的地が見えた。右足と身体はもうひとりの自分を飛び越えた。左足は肩に引っかかり、A子はつんのめって自分の前に落ちた。腕が痛い。何とか頭をもたげると、前には目的地が見えていた。
そして、目が覚めた。

結局、A子は過労のため病院で点滴を受ける羽目になった。
病院のベッドで横になっていると、B太がお見舞いにやって来た。
「大丈夫? そんなに疲れるまで無理しちゃだめだよ」
この時、A子はムッとした。
「あなたのためにがんばったのよ。ひとごとみたいに言わないで」
A子はB太の個展のために自分がどれだけ尽くしたのかを話した。自分の絵を描くのもそっちのけで、寝る間も惜しんで。全てはB太に少しでも良い結果を出して欲しいから。
B太はそれを聞いて、さっきよりも強い口調で言った。
「だから、そんなことしちゃダメなんだってば」
「・・・・・・手伝ってくれたことには本当に感謝しなきゃいけないと思うけど、自分のことを犠牲になんてして欲しくなかった。個展でも何でも、僕のことは自分で何とかするけど、君が自分のことを放り出したら、誰が代わりにやってくれるの? 君が描くはずの絵を、誰が変わりに描いてくれるの?」
A子は、二人が仲良くなったときのことを思い出した。お互い、相手の描く絵を楽しみにしていたのだ。互いに相手の絵が楽しみだから、互いに励ましあった。そんな中で絵を描くと、ほんの少しだけ素直に描けるし、とても気分がよかった。そしてある時、「絵を描いてる時の君が好き」と言われたのだった。
絵を描く時間を犠牲にし続けていたことが、気付かないところで自分に負担をかけていたことにA子は気がつきはじめていた。もしかすると、「本当に描きたいものをなかなか素直には描けない」ことから目を背けるために、がむしゃらにB太を手伝っていたのかもしれない。そうしていれば、いつも不完全にしか満たされない「絵を描く意欲」を雲のように覆い隠してしまうことも出来た。けれど、隠れるだけで、消えはしないのだ。
「僕も君に甘えていたと思う。そう。これ以上甘えても甘えさせてもだめなんだ。・・・・・・自分にしか出来ない大事なことを犠牲にしてまで僕のやることに尽くされると、重いよ。埋め合わせられないよ。ボロボロになってるの、見てられないよ。うれしくないよ。あんなことは、家族が危篤になった時にでもやればいいんだ。
・・・・・・このままの付き合い方じゃ二人ともダメになると思う。しばらく距離を置いて自分だけの時間を持てるようにしよう。」

つづく

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