不思議な話

2019年11月 2日 (土)

首里城の火災に奇妙な偶然?

以下に書いたことは全て科学的根拠のない個人の妄想です。首里城の焼失には心よりお見舞い申し上げます。

 

首里城・・・なぜこれほどの大火に 復元へも数々の難題

 

今年2月にやっと復元が終わったばかりの首里城。私も以前訪れたことがあるのだが、よりによってハロウィンの日に燃えてしまった。魔除けに巨大なかがり火を焚くケルトの風習が起源のハロウィン当日に首里城が巨大なかがり火になっちゃうって何の冗談かと。一瞬フェイクニュースかと。
沖縄といえば魔除けの「シーサー」が有名。木造の首里城にもシーサーは置かれていたが、設置が推奨されていたにもかかわらず、スプリンクラーは置いてなかった(報道記事)。
龍脈的に見ると、沖縄は先日噴火警戒レベルが上がった口永良部島 や本日噴火した薩摩硫黄島と同一の龍脈「南龍」の上にある。龍脈的な視点で見るなら、首里城の火災という運勢は南龍の変動(火気流失)による影響もあると見なせなくはない。変動する龍脈上で時折電気系統のトラブルが起きやすくなることがある。
だが、オカルト的には単にそれだけのことを意味する出来事ではなさそうな気がする。

◆雛形論的偶然?
日本各地が世界各地と照応している(例えば北米大陸が北海道、東北がロシア、東京が北京など)とするオカルト説「雛形論」によると、諸説あるものの本州全体としては沖縄本島と照応しているとする説がある。すると、沖縄で一番偉かった人(=琉球国王)の居城であった首里城と照応する日本の場所といえば、つまり先日即位式があったあの辺りってことになるのだろうか・・・
実は、琉球王朝の呪術的な政治モデル「国王とその血縁の大神官による統治は本州における「天皇をお神輿とする呪術的統治モデル」と類似しているも言われているので(恐らく呪術的には失敗した)先日の即位式の後に照応説のある場所でああいうことが起きるのは意味深に感じてしまうオカルト脳である。

◆日仏運気共鳴の一部?
まず前置き。去年10月に飛行禁止なはずの皇居上空にフランス機が侵入したことで一部オカルト界隈が「天皇をお神輿とする呪術の中心たる皇居を守る結界が破れた」と噂するようになって以来、私は日仏が運気共鳴をしているように感じていたことは以前書いた通り(ブログ記事)。恐らく(雛形論視点だと皇居の照応地になっている?)首里城の火災もその一部ではないかと思った。
お神輿呪術の中心たる皇居へのフランス機侵入事件翌月には、お神輿呪術のポイントたる明治神宮でのボヤ(即ち火気流失=呪術パワーの衰退)。その前日には仏政府の火気流失とも言える黄ベスト運動が始まり、翌日にはルノーと日産の資本提携を実現したゴーン氏が逮捕され、3日後に日産会長を解任された日には皇居に虹が出た。先日虹が出た即位式と同じ日付である。
して今年、偶然だが首里城焼失とほぼ同時期にフランスからルノーのスナール会長が日産との提携強化を目的に来日している。
一部からはルノー大株主である仏政府が日産を乗っ取ることで日本に経済侵略を仕掛ける思惑を去年から進めているとの噂。去年、近代から日本の政財界にパワーを与えている呪術結界に飛行機でイタズラすれ
ば日本側の運気を低下させることが出来るかもしれないと仏側が思ったかどうかは不明だが、呪術の背景にある「考える力を封じて強引に進める発想」と仏側の波長が共鳴してしまえば、火気流失している呪術と運気共鳴しかねない。

前置きが長くなった、私が今回の首里城火災を日仏運気共鳴の一部ではないかと感じた最大の理由は、首里城の火災とノートルダム大聖堂火災にオカルト的な共通点があるような幻覚を見てしまったからだ。

◆ノートルダム大聖堂火災との奇妙な共通点? 
結論から言うと、首里城とノートルダム大聖堂の火災はどちらも【水気を排除して火気の抑制が効かなくなった】というオカルトな共通点があるように見えた。
まず「ノートルダム(聖母マリアの通称)」の方。
大聖堂に設置されていた魔除けと雨樋の役割を果たす「ガーゴイル」という水気の設備とも言えるものが修復の為に撤去された4日後にあの火災が発生している。火災では報知器が2回も鳴ったのにそれが生かされることなく、放水は遅れ、盛大に燃えた。
さらにその8か月前、フランス東部で毎年聖母マリアに水を捧げる儀式のあるドゥー川が、その年に限って何故か川の水が消失し、聖母マリア(=ノートルダム)に水を捧げる儀式が実現していなかった。「ノートルダムの水気不足」とも言える。

次に首里城の方だが、実はあの首里城、戦前まで残ってた首里城とは瓦の色が違っていたことが判明した(記事)。本当の瓦は黒かったのだが、復元する時赤瓦説と黒瓦説が対立した挙句、記憶違いの赤瓦説を採用してしまい、結果的に黒を排した赤色過多な色調になったのだ。
五行思想では赤は火の色、黒は水の色。復元された首里城は、「実際よりも火の気が多すぎる上に、本来あるべき水気を排除してしまったデザイン」にされてしまったことになる。
そして首里城には、スプリンクラー(=水気の設備)が存在していなかった・・・今度復元されるときは、より正確なデザインで復活してほしい。スプリンクラー付きで。きちんと水気を含めた形で。

◆まとめ
結界を破ったと噂の皇居上空へのフランス機侵入事件、古代東征時代からのカルマ再現にも見える「天皇をお神輿とする
政治呪術」の結界ポイント「明治神宮」でのボヤ、それと同種の政治呪術であった首相の万歳呪術が即位式で失敗したこと(前記事参照)、昔は大きな政治力を持っていたフレンチカトリックという宗教勢力の総本山でもあった「ノートルダム大聖堂」の火災、日仏運気共鳴、本来とは異なる姿で復元された首里城の焼失・・・それら共通点は、「従来路線に抑圧されてきた何かが表に顕れ、従来路線は崩壊する流れ」であるような気がする(妄想)。

やはり、燃えた首里城が暗示するものの一つは「天皇をお神輿とする政治呪術の火気流失」なのだろうと妄想した(※呪術の火気流失=呪術が支えていた権力や呪術パワーの低下。五行思想で火の気は権力や軍事力も司る)。
もはや政治や軍事に宗教的価値観(=呪術による共同幻想)を用いる時代ではない。特に上皇と今上は現政権の予定する政策変更(改憲)と価値観が合わず水面下で対立している (その結果が譲位)という噂が。そうなると、首相は改憲のための世論誘導にお神輿を使う (呪術的な動機と原動力を国民に刷り込んで政策変更を行う)ことはできない。 首相の万歳呪術失敗(前記事参照)はそれを暗示しているように見えた。仮に改憲するにしても、そのやり方ではダメなのだろう。
とりわけ政治や軍事が呪術(宗教)のパワーに依存すると、一時的にはパワーアップするがそれ自体が弱点となる副作用がついて回る。呪術(がもたらす共同幻想)が暴走したり、(内外から)恣意的に悪用されたりするとなまじパワー強いので破壊的な結果をもたらす危険と常に隣り合わせで、昭和以降の天皇側はそのトラウマを引き継いでおり、もしかすると古代東征時代からのカルマ的課題でもあるかもしれない。
まさに、「火気の抑制が効かなくなる」リスクが高いのだ。原発事故とも似ている。

改憲で注目される9条の件ともからんでくるが、特に軍事面での政策は呪術的な共同幻想を国民と共有することで行うのではなく、【幻想を排し現実的・実質的な事情やニーズや課題(在日米軍が帰っちゃうので今後どうするか等)を国民と共有し社会的議論を深め民意を問うこと】が欠かせない大前提だが、首相はソレが出来ずに(国民と向き合えずに)従来の呪術的パワーに依存した宗教的世論誘導を通しての政策転向策へ逃げてしまっていた感。それだと近代から進歩せず、国民の思考力と意志を封じて強引に政策を進めた近代のカルマを繰り返しかねない。
かつてよりも国民の近代自我発達が進んできた現在、かつては実現できなかった【ソレ】を実現する機会が、即ち国民の思考力と意志を活用する機械が巡ってきたと思う。ソレこそが従来路線に抑圧されてきた「何か」な気がする。そしてソレは、たぶん水星(水行の星)の象意に属する。

もはや従来の政治呪術路線は必要ない。近代史のトラウマ解消のチャンスに取り組む本格的な運勢は、来年頃始まるかもしれない(妄想)。
来年2020年の春分図における水星のサビアンは「化石化された森」。解釈例は「忘れかけていたものの復活」。近代において一度は芽生えかけていたけれど、独裁的で力ずくな呪術路線にかき消されてしまったソレが再び復活するイメージを妄想した。

2019年10月26日 (土)

虹と即位式と皇居の奇妙な偶然

※以下に書いたことは全て科学的根拠のない個人のオカルト妄想です。

◆虹とエールフランス機皇居侵入事件
先日の即位式では、式が始まるタイミングで都心の雨は止み、虹が出た。まるで新海誠監督の新作アニメ「天気の子」だ。
画像① 画像② ←この2つを見る限り、虹が出たのは墨田川付近のようだ。
雨上がりの虹は「物事が調和していく(事態が好転する・肩の荷が下りる)」という象徴になることがある。

実は、即位式のぴったり一年前に当たる2018年10月22日にも皇居の上に虹が出ていた→画像

去年と今年に偶然同じ日付で虹が出た付近は、一部オカルト界隈で「明治時代に近代日本政府が皇居の権威を守るように敷設した山手線結界が破れた」とか噂された「エールフランス皇居上空侵入事件」の侵入経路と偶然ほぼ重なっている。
Airfrance
(左図参照。クリックで拡大。赤い点々は私が書き加えたもの)。 

 また、皇居上空へのフランス機侵入事件翌月(11月18日)には、明治神宮で倉庫のボヤ騒ぎがあった(報道記事)。統治の為に天皇を祀り上げる近代日本の呪術拠点「明治神宮」の中でのボヤ・・・呪術的な象徴現象に感じる。いわゆる火気(軍事のほか、しばしば権力や権威といったパワーの象意になる)の流失だ。
そして、2018年の「皇居虹」と「明治神宮ボヤ」は共に出雲の神在祭の期間中に起きたこと。出雲に集まった神様が会議をするという神在祭。会議でどんな話があったのか?w。
さらにそのぴったり一年後、まさか同じ日付で即位式開始と同時にまた侵入経路と重なる空域で虹が出るとは当時誰が予想しただろう。
今年の令和初になる神在祭シーズン(11月6日~13日)も気になってしまう。

去年と今年現れた二つの虹は、対の存在ではないかと思う。既に大きな流れが存在し、その中に去年11月から今年へ至る流れが含まれていて、即位式もその一部なのだろう(妄想)。その大きな流れとは、「皇族をお神輿に利用してきた者達の呪術破たん」の流れだ。
その流れは当然ながら、担ぎ手だけではなくお神輿側にも作用する。お神輿として高く高く担ぎ上げられた「雲の上の人」から「一人の人間」へ・・・そんな火(権力)の呪術破綻の流れが、さらに進むのだろう。呪術に依存していた物事の運気もまた、大きく変動する。

◆「万歳」の呪術破綻
オカルト界隈では即位式に吉兆と凶兆が両方出たという人もいる。
即位式には絶妙なタイミングで虹が出て、安倍首相の書いた「万歳」という文字の刺繍された旗は強風で倒れた。さらに、首相は天皇の前で万歳三唱する時、敷居を踏みながらやっている。日本の伝統作法では、敷居を踏むのは失礼とされる。
「万歳」の件は両方とも明治神宮のボヤとか結界侵入とかと同じ象徴現象だと思う。天皇をお神輿にしてきた政治的呪術の破たん。

安倍首相が敷居を踏みながら万歳してる間、天皇がちょっと左に傾いた姿勢で(即ち、左傾化して)その様を見ている光景はシュールだったw これからの政治は呪術抜きでやっていく時代なのだろう。敷居を踏んじゃったのはうっかりなのか、わざとなのか・・・

そもそも日本における「万歳三唱」の発祥は1889年2月11日。有志の東大生達が大日本帝国憲法発布を記念して皇居前を進む明治天皇の馬車に歓呼するとき「万歳」と唱和したのが始まり。当時、学生達が万歳を叫ぶと馬が驚いて止まっちゃったので2回目は小声で、3回目は言えずに終わったというエピソードがある()。
そんなわけで、日本の「万歳三唱」は「天皇(お神輿)に対する崇拝が発祥となった呪術」とも言える。そういえば「万歳」の仕草ってお神輿を高く上げる動作っぽく見えなくもない(幻覚)。
史上初めて行われた天皇への万歳三唱が「3回目の万歳は未遂に終わった(=呪術としては未完)」って今思うととなんか暗示的。オカルト脳の私には、昭和以降の天皇は、3世代にわたって徐々にお神輿から降りていく兆しと重なって見えるのだ。現天皇がその3世代目じゃないかと思う
(三度目の正直って言うし)。即位式で万歳旗が落ち、敷居を踏みながらの万歳・・・即位式における万歳呪術もまた、最初の万歳呪術同様に未遂で終わったのはシンクロニシティーではないかと妄想した。
(某愛知県知事関連の騒動も、政治呪術の破綻という文脈で解釈できるかもしれない)


【余談】
このブログでは以前から、「火気の呪術が破綻した後には、火の力(パワー)で本来の場所から押しのけられていた水気が戻るように押し寄せる」と妄想してきた。それもあって個人的に、「天気の子」という作品はタイトルが「天子の気」のアナグラムにもなりうる象徴的な作品なんじゃないかと妄想した。
(以下ネタバレ注意)「天気の子」では、「雨を止ませ晴れをもたらす不思議な力」を授かるのと引き換えに、一定期間力を使った後は生贄として空へ連れ去られ文字通り「雲の上の人」になってしまったヒロイン(実は歴史的に何度もそのようなことが起きていた模様)が彼女を想う少年の手によって再び地上へと帰還する。それと引き換えに少女は力を失い、東京は今まで止めてきた分の雨が降り続けて水没する。そんな物語、私には火気の呪術破綻(火気流失)と水気寄せに見えて仕方がなかった。
去年の明治神宮ボヤ&エールフランス機侵入~皇居上空の虹出現という期間からちょうど一年後、やはり虹の出た即位式の前と後に「台風による大規模水害」が発生するとは、誰も想像しなかったことだが、それらが起きたことの意味については色んな想像が可能なものだ。

 

フランス機の皇居上空侵入で妄想

 

2019.11.1追記
雛形論では皇居と照応説のある首里城がハロウィン(起源は魔除けの篝火をするケルトのお祭り)の日に自ら篝火のようになり焼失

2019年4月16日 (火)

ノートルダム大聖堂火災に奇妙な偶然?

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。火災に対し心よりお見舞い申し上げます。

ノートルダム大聖堂で大火災=屋根や尖塔焼け落ちる-パリ

ノートルダム大聖堂の火災は衝撃的だった。あの美しいバラ窓は失われてしまったか。尖塔が焼け落ちるさまはまさにタロットの「塔」(画像)。人的被害の無かったことは不幸中の幸い。

◆ノートルダム大聖堂火災に関する奇妙な偶然?
1.
「我らの貴婦人」という意味の「ノートルダム」はフランスにおける聖母マリアの別名だ。
去年8月、フランス東部にあり毎年水が聖母マリアに捧げられるドゥー川で1キロにわたり何故か川の水が消失(記事)。聖母マリアに水を捧げることが出来なくなった。その約8か月後に当たる火災の4日前、ノートルダム大聖堂では魔除けと雨樋の役割を果たす「ガーゴイル」という装飾が修復の為に撤去を完了。そんな「水気の設備」の大半が撤去された4日後、ノートルダム大聖堂は火災報知器が2回も鳴ったのにそれが生かされることなく、放水は遅れ、盛大に燃えた。まるで【水気が排除された結果の火災】である。

2.サビアン占星術でフランスの春分図(その国の一年を占う時の天体配置図)を見ると、火も司る火星のサビアンが「三つのステンドグラスの窓、一つは爆撃で損傷」だった。事実、鎮火した火災現場に立ち会った大聖堂の司教総代理はガレキやステンドグラスの破片が散乱する様を見て「爆撃を目にしたようだった」とコメント(記事)。

3.ノートルダム火災と同日、イスラム教3大聖地の一つで岩のドームが有名なエルサレムのアル=アクサー・モスクでも小規模な火災が発生(tweet)。 実はエルサレムとフランスはユーラシアを西に向かう大きい龍脈の支脈同士であり、同一龍脈上の地域は時に運気が共鳴しやすい。

4.その頃、奇しくも日本では劇団四季が「ノートルダムの鐘」を上演していた(サイト)。
(なお、ノートルダムをラテン語風に読むと「ノストラダムス」になる。昔日本で大流行したあの人と同じ名前。そんなノートルダム大聖堂をデザインモデルにした日本の建物が東京都庁である。東京都政もまた、別の意味で時々炎上しているような気がする。火気流失だってするかもしれない)

◆地母神の封印破綻はキリスト教の呪術破綻?
この事象、先日あったエールフランス機による皇居上空侵入事件(日本の近代呪術結界破綻促進)と同じく、「呪術破綻」の現象かもしれない。(フランス機皇居上空侵入で妄想
日本とフランス、あるいは日本とバチカンが「呪術破綻(時に火気流失を伴う)」という点で運気共鳴してるんじゃなかろうか(妄想)。
この運気共鳴、日本側が近代呪術の破たんだとすればフランスやバチカン側は何の呪術破綻を示しているのだろう?
このブログでは、その昔人類が地母神を封印・抑圧した結果、地母神は創造性(生産性)を奪われ歪められた姿になったと妄想。欧州ではキリスト教により処女にされた(=生み出す力を奪われた)地母神であるマリアがそれだし、日本ではカグツチ(製鉄=軍需産業の神)を産んだ時に産道と性器を焼かれて死んだイザナミ(後にゾンビ化)がそれに当たる。日本の近代呪術もまた地母神の封印の上に成り立つものだから地母神が蘇れば呪術はなり立たず破綻する。
地母神を歪んだ姿にした呪術の一例がキリスト教なわけで、そのシンボルは十字架。フランスのマリア信仰(地母神信仰の代償行為でもある)の総本山ノートルダム大聖堂は、十字架(処刑道具)の形をした屋根が焼け落ちた。地母神の封印が解ける暗示?
実は、2010年の時点で地母神を封印し歪んだ姿にした呪術であるキリスト教(バチカン)の権威が揺らぎ変動する流れは既に発生していたんじゃないかと思う(妄想記事)。
2013年に在位期間の短かった前ローマ法王が自ら生前退位を発表した数日前にソロモン諸島の一部である「サンタクルス(聖なる十字架)諸島」でM8の地震(龍脈変動)が起きたのもシンクロニシティを感じた。この「西洋の呪術破綻」ともいえる運気もまた日本の近代呪術破綻と共鳴していると思う。両者に共通するキーワードは「生前退位」だ。

◆地母神との再会
パリ及びフランスカトリック界およびフランスのマリア信仰のアイデンティティが焼け落ちた。けれどこれは塔の次のカードである「星(カードの意味は希望)」へと導く現象だと思う。
地母神の封印(飢えと密接)をもたらす呪術が破綻し封印が解けて地母神が甦れば、もはや歪んだ地母神信仰の代償行為は必要なくなるのだ。
人々が本当に求めていたものが聖母マリアに投影し聖母マリアで代用してきた封じられし土着の地母神だとすれば、人々が本当に求めていたのは多分、(土着の地母神に投影した)内なる地母神であり、魂の環境インフラをもたらしている自らの命の力と意志であり、「己を生かし支え真に望む生(本当の幸せ)へ導く」という生命の本質的な一側面・根源的能力なのかもしれない。開運能力とも言えるか。
それはつまり、
人々が長い間「母性的存在(母親、マリア様、観音様、女神様etc)」に投影してきた、忘れがち(封印・抑圧しがち)な自分の本質的側面でもある。それを思い出して統合することは、封印から甦った(内なる)地母神との再会だ。地母神を封じてしまった人々が本当に求めている(長い間代償行為で誤魔化してきたこと)ってそれかもしれない。
運気共鳴する日仏双方においても、それは起きるかもしれない。希望はある。塔が崩壊すれば、屋根に隠されて見えなかった星(タロットでは希望を意味するカード)がよく見えるようになる。地母神封印が遠因となっていたルノーと日産が舞台の日仏経済戦も関係修復の切っ掛けを得るかも しれない。飢えた仏が日に仕掛けた経済侵略を、甦った地母神の力で仏の飢えを緩和すること(その一つがEPA?)で解決できれば・・・
ついでに、多分心の中で母性に問題を抱えているマクロン大統領の内面にも良い意味で変化が起きるといいな。
(不思議なことに、ノートルダム火災後はフランスに驚くほどの速さと量で寄付金が集まっている。地母神封じの呪術が破綻・火気流失してフランスの金運UPが早くも始まってるのかもしれない。しかし火災発生時の天体配置図を見ると、太陽のサビアンが「持ちきれないほどの贈り物を所有する男」という意味深なもの。このサビアンの解釈例に「過剰さに対する警告」 というのがある。まるで桁外れの寄付金が集まることへの注意喚起みたいだ。多分、
余計な欲望を招かない注意も必要。さもないと「浄化」が起きるかもしれない(詳しくは余談にて)。

◆聖マラキの予言を振り返ると?
世界各地で地母神封じの呪術破たんが進む今、キリスト教という地母神封じの呪術もまた破綻を迎えるとしたら。
ここで以前取り上げた聖マラキの予言を振り返ってみる。
聖マラキの予言には、「オリーブの栄光」という象徴を持った法王が就任した後、「ローマ聖庁が最後の迫害を受ける間、ローマ人ペテロが教皇に就く。彼は多くの苦難の渦中で子羊を司牧する。この苦難が終わると、7つの丘の町は崩壊し、恐るべき審判が人々に下される」とある。「7つの丘の町」都はローマの事だが、既にシンクホールによって一部崩壊している
また、前ローマ法王は聖ベネディクトに因んでベネディクト16世だが、聖ベネディクト修道会の別名は「オリーブの会」である。
そして現法王は聖フランシスコにあやかって法王としての名前を「フランシスコ」に自ら決めた。
実は彼があやかった聖フランシスコという人物、本名を「ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ディ・ベルナルドーネ」という。「ピエトロ」はイタリア語でペテロのことだ。ベネディクト16の生前退位時、バチカンの聖ペテロ教会に落雷があったのも不思議な偶然を感じる。
(そんな「ペテロ」の名前を持つ聖フランシスコ(スペイン語ではサンフランシスコ)だが、ノートルダム大聖堂を模した大聖堂がアメリカの「サンフランシスコ」にある。実はそこも1906年に地震で一度燃えている)

【余談】
サビアン占星術で火災発生時の天体の配置を見ると、地母神と縁深い金星の位置に対応するサビアンが「聖職の浄化」と書いてあって鳥肌が立った。このサビアンには奇妙な解釈例があるからだ。曰く「精神的実践をする集団(宗教組織とか)が成功するとかならず理念は教条化し、
組織は物質し、理想を地に落とす。それに対する客観的な浄化作用」
あるいは、「自分自身の欲求にしたがった生活とそれに必要な浄化を促す出来事の間にある、魂の力」など。解釈例にある「浄化作用をもたらす魂の力」は、本当の望み(本当の幸せ)を実現する上で必要な運勢(例えば浄化を促す出来事)を引き起こす魂の力(魂の環境インフラ)を連想させる。この力もまた、内なる地母神のものだろう。この金星、木星の配置と相性が悪い。木星のサビアンと解釈例が「玩具の馬に乗る小太りの少年(今は夢見るだけだが、将来、権力を望み楽しむ)」という、浄化すべき心(権力志向)を象徴するようなものだからかもしれない。権力志向というものは、時にその人が本当の望みや幸せを自覚・実現する妨げになることがある。それは宗教の世界(聖職者)とて例外ではない。「誰かから何かを奪う事が成功に不可欠」な権力志向とは、「己を生かし支え真に望む生(本当の幸せ)へ導く 命の力 」を抑圧し忘れ去った結果の代償行為なのかもしれない。

自分の本当の幸せを自覚し実現する命の力は、権力と違ってエゴイスティックな使い方が出来ない。冒頭の「奇妙な偶然」の章で挙げた火星サビアン「3つのステンドグラス、一つは爆撃で損傷」の解釈例に「集団的・組織的権力の乱用はその集団・組織の価値観を損なう」というものがある。エゴイスティックな権力志向の結末もこんな感じだ。最近よく明かされるバチカンがらみの不祥事もこんな感じだ。
仏マリア信仰の総本山ともなれば長年にわたり相当な権力があったわけで、その分権力志向の人も多かったろうし彼らがエゴイスティックに権力を乱用した結果のしわ寄せやカルマだって長く蓄積していただろう(それらが炎により浄化されるなら不幸中の幸い)。
似たようなことは古今東西どこにでもある。このテーマを帯びた運勢が、仏と運気共鳴する日本でも発生しているかもしれない。その一部が元日産CEOゴーン氏や元JOC会長竹田氏(宗教右派とも密接)の件でもありそうだ。
やがてその運勢はバチカンにも飛び火する? 否、その運勢はバチカンの方が先に始まっている。

【オマケ】
運勢の神業←魂の環境インフラが本気で発動・連携した例

2018年2月21日 (水)

楽園が蘇るとき

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。

 

今回は過去記事の「ヘルメス伝説と進化の記憶?」や「母性を見失った進化の記憶?」や宇宙という生き物から派生した電波妄想。

◆危機を引き金にした進化
大分前に書いた「旧約聖書にある「楽園追放」の物語が大昔の中東付近における砂漠化の記憶を示しているのではないか」という妄想からさらに妄想を進めてみると、アダムとイブに「知恵の実を食べろ(=知能を進化させろ)」と促した蛇は、恐らくDNAの象徴だろうと思う。知恵と伝令の神ヘルメスの持ち物「ヘルメスの杖」に絡みついてる二重螺旋のアイツだ。恐らく蛇(DNA)は、悪魔じゃなくて伝令(ヘルメス)だったのだ。
中東では、緑化と砂漠化が数千年周期で交互にやって来る。今から何周期前かの緑化時代にはユダヤ人の遠い祖先の一人となったアダムとイブが果物を主食にして暮らしていたのだろう(妄想)。そんな時代のある日、二人のDNA(=蛇)は囁いた。「ここはもうすぐ雨が減って環境が激変する。今のうちにもっと知能を進化させて激変を生き延びろ」
蛇の囁きは、二人の命が既に野生のカンで砂漠化の予兆をどこかに感じ取っていた結果かもしれない。
蛇に促された二人は知能を進化させて間もなく、彼らの住む土地は今までのように多彩な果物が豊かに実る「楽園」ではなくなった。人々はかつてのような地母神とのつながりを感じられなくなり、地母神から見捨てられたと勘違いしたかもしれない。「見捨てられたのは、何か悪い事をしたからだ」と思ったかもしれない。
「楽園追放」の物語は、知能進化と砂漠化が必然的に同期したことで、「楽園に住めなくなったのは知能を身に着けたことで神の怒りを買ったことが原因だ」という錯誤が発生した記録でもあるのかもしれない。
当然ながら中東の砂漠化は人間が知能を進化させた罰として発生したわけではない。あれは周期的に発生する自然現象だ。それを知らない人類は、自然現象を「楽園から追放された(原罪)」=「幸せに生きる資格を失った(地母神から見捨てられた)」と勘違いした。本当は、蛇(DNA)を使って知能進化を促し砂漠化を生き延び新しい幸せ(新しい楽園)を実現する道へと導かれていた(地母神はその道を支援する)ことにも気が付かず・・・
(中東が砂漠化した時代は中東に限らず世界の各地で気候の激変が起きて人類は『知能進化と同時に楽園から追放された感』を地球規模で味わっていたのかもしれない)

せっかく身に着けた知能に罪悪感を持ってしまえば、知能を使う時に葛藤が生まれて知能を可能な限り効率的・効果的にスマートに活用する妨げとなったりどこか歪んだ使い方になったりして、「幸せな使い方を許さない方向」に進んでしまう。これでは開運できない。邪魔な葛藤を抱えながら危機に追い立てられ死に物狂いで知恵を絞り砂漠化を生き延びねばならなかった苦労はどれほどのものか。時には知恵を使って生き延びる度に「楽園追放(罪悪感)」という勘違いのトラウマが痛んだかもしれない。知恵を使って生きる以上、「生きる事は罪」と極端に思い詰めることだってあっただろうか。
人間がたまたま「危機」をきっかけにして進化の道を歩み始めた代償は大きかったかもしれない。危機を引き金に始まった進化は、さながら「パンドラの箱」を開けてしまったような有様になった?

 

◆苦しみで脅す力ずくの進化・発展
地球規模で起きた環境激変という危機と苦しみを逃れるため、文字通り死に物狂いで知恵を絞って人類は生き延びた。死の恐怖や飢えといった「苦しみ」が知能を使う動機となり進化を一層刺激しただろう。
人類はそれ以来、進化や発展の動機と原動力を危機や飢えの恐怖・死の恐怖といった「苦しみ」に依存するようになってしまい、己の進化を刺激するためには常に苦しみを手元に置かなければならなくなったことで自らの歴史を苦しいものにしてしまってきた可能性を感じた。「罪悪感が知能の幸せな使い方を許さない」という自罰傾向もそれに拍車をかけたか。個人的には不幸な知恵の使い方にこそ「禁断の知恵」感を覚えるが。

死や苦しみに依存した進化。我々が日々恩恵を得ている科学や医学を最も進歩させたものは戦争だし、人類の経済システムは飢えの恐怖(=死の恐怖の一種)を原動力に依存し発展してきたため、飢え(欲望とハングリー精神の源)を捨てることが出来ない。万が一経済発展しすぎて飢えを無くしてしまえば、原動力を失った経済は失速する。そんな経済システムを続ける限り、地母神の封印を解くことが出来ない。
より良く生きるための進化が、生きる意欲や可能性を奪う苦しみ無しには促進できないという皮肉。進化の発展が時に死や苦しみも発展させしてしまう(例:原子力)という皮肉な人類史・・・
まるで「子供の幸せを思いもっと勉強させようとして暴力を使って無理やりガリ勉させてたら子供が勉強嫌いになった(最悪の場合、子供が自殺した)」とか「練習を上達させようとして暴力を使ったら選手が精神疾患になった・指導死した」とかいった教育虐待にありがちなパターン(加害者本人は本当にそれが子供のためになると信じて疑わず虐待の自覚が全くないケースも)と似ている。能力向上が幸せに結びつかない・・・

とまれ、生物学的に見ても「危機(苦しみ)を脱するための死に物狂い(アドレナリン過剰分泌)」という状態は長く続かない。危機を感じると大量分泌されるアドレナリンという燃料だっていつか燃え尽きるし枯渇する。それを利用したシステムや物事の寿命は短い。文明だって同じこと。文明は人間の生き方を反映する。文明の崩壊はその生き方の破綻でもある。
他の動物から一足早く進化し知能を身に着けたものの、肝心の知能の使い方(動機・原動力・視野・発想)は狭くて動物的なまま。これじゃ本質的には動物と大差ない生き方になる。凝った形で未だに共食いをするのもわかる。

◆進化の本当の原動力
生命進化の動機や原動力、および進化を刺激・促進するものは「苦しみ・危機」だけではない。でも、人類は苦しみや危機(あるいはそれらへの漠然とした不安感)以外を基礎にして進化を歩んだ経験が少ない・浅いような気がしなくもない。昔から災害の多かった日本も例外ではない(妄想)。古代インドにあった「苦行によってのみレベルアップできる」的な発想もまた、そんな経験不足による錯誤が背景にあるのだろうか?
苦しみや危機のみを進化の推進力に依存していたら、その種族はいつまでも危機に瀕し続け地母神の封印を続け共食い(弱肉強食)を続け苦しみ続けなければならない。進化のために死の恐怖へ依存し執着し続けなければならない。死の恐怖を超えられない。危機をきっかけにした飛躍的な進歩・進化の記憶は、危機に進化を依存し支配されてしまう癖を作ってしまったとしたら、まさにそれこそ「種族の危機」だ。
この危機は、アドレナリンを使って解決できない。大量のアドレナリンを用いた「パワー」ではなく、タロットの「力(ストレンス)」に象徴される能力で解決されるものだ。このストレンス、苦しみや危機や「パワー」以上に進化にとって重要である。
力のカードに描かれた貴婦人が持つ能力「ストレンス」は、アドレナリンの過剰分泌(ライオン)を鎮め、命本来の自然なあり方に基づく最も効率的・効果的でスマートな調和のとれた思考や動作や反応を実現するモードであり、真に健康な生命が持つありのままの姿・状態を体現するモードともいえるものだ。インド風に言えば「サットヴァ(純性)」、ユング風に言えば「全体性」か。このモードになれる選手は心身ともに優れたパフォーマンスをはじき出せるだろう。

このストレンスモード、命本来の自然なあり方を見失うと保てなくなる。周期的な地球環境の変化やそれに呼応した知能進化という命本来の自然な変化を「自然界の変化は知能獲得という罪ゆえに楽園から追放された結果」と勘違いするのは命本来の自然なあり方を見失った証だし、そこから始まった苦しみや危機に依存した進化もまた命本来の自然なあり方を見失っていると言える。すると知能を命本来の自然なあり方で使えない。

種族の危機を救うストレンス(サットヴァ)・・・それが発動する動機と原動力は何だろう?
そもそも、命が「進化」する目的は「危機(死の恐怖・苦しみ)を逃れるため」ではない。進化というものには、生存効率をUPさせる以外にもいろんな使い道や可能性が無限大にある。ワクワクするほど多彩・多様な無限の可能性が。だからこそ、そんな多様な「可能性への好奇心(interesting)」が生命本来の進化の動機で、「可能性への好奇心を満たす喜び」が生命本来の進化の原動力ではないだろうか。両者は生命の持つ根源的かつ高次なる本能にして、多分魂(ユング心理学ならセルフ)の思いだ。生命の持つありのままの姿の一つかもしれない(妄想)。
「可能性への好奇心とそれを満たす喜び」・・・太古に生命誕生の動機となり、また生命進化の原動力ともなった、全生命共通ゆえに全生命を包括する視野を持った根源的本能(魂の思い)。そこにストレンス(サットヴァ)発動の動機と原動力もある。

この本能を進化の動機と原動力に用いれば、人類は危機に依存しなくても、地母神が封じられた状態を常に選ばなくても、飢えと奪い合いに耽らなくても、「楽園」を失わなくても進化することが出来る。命本来の自然なあり方であるストレンス(サットヴァ)のもとに知恵をつけて活用し、可能性を広げ、「可能性への好奇心とそれを満たす喜び」を動機と原動力にした進化の歴史を歩めるだろう。内なる地母神(魂の環境インフラ)はそんな生き方のために支援を惜しまない。まさにそれこそ「楽園」だ。仏教風に言うと「弥勒」か? これは、全ての命に潜むもの。「楽園」とは、そういう生き方のことだ。

人類は、危機をきっかけにした「火事場の馬鹿力的進化」の経験から、生命本来が持つ進化の目的や原動力を見誤り取り違えていなかっただろうか? 己に宿る命が発する進化の本当の目的や原動力となる大切なあの本能を封印・抑圧し無自覚にしてはいなかったか? 抑圧されたその本能は無意識の欲求不満となり、歪んだ形で表面化し暴走するような(例えばその本能を満たす代償行為に執着するといった)症状を呈したことはなかっただろうか? 多分それが内なる鬼や悪魔の正体かもしれない。『モアナと伝説の海』ならテ・カァがそれだ。
生きているのが辛いんじゃない。そんな生き方が辛いだけ。生き方を後悔できるのは、自分でその生き方を変えられる証。
人類は楽園を追放されてなどいない自ら「楽園」をやめちゃっただけ
自分を含めた全生命に宿る「楽園本能」を思いだして楽園を再開すればいい。罪とかいうのは妄想なので許される必要もなかった。

◆楽園が甦るとき
楽園は、我々の中にこそ存在し、甦る。楽園は死なない。楽園を作る命の本能も死なない。命(魂)ってのは、死なないからだ。あの死なない本能を使って何万年も何十万年も進化を続けているのだ。人類という命があの本能を使った進化を再開し始め文明を創り変えていく時、人類は死の恐怖を超え楽園は甦るだろう。可能性への好奇心、それは旅人ような探求心でもある。モアナとその先祖を外洋航海へと突き動かす力でもある。本能的な「旅」への愛と情熱でもある。可能性への好奇心を満たす旅路は、生きる喜びの旅路だ。
(『モアナと伝説の海』という作品もまた、南国の楽園が病から甦る話である。女神テフティは楽園を支援する地母神である。女神の心は楽園本能だ。その本能が隠されて封じられ、欲求不満が蓄積し鬱屈した時、テフティは溶岩の魔物テ・カァになる。それでモアナは失われた女神のハートを元に戻す。楽園本能は甦り、南国の楽園は甦る)

死の恐怖から生の喜びへ・・・
人類は、少しずつ進化の原動力を今までのネガティブなものから上記のポジティブなものへとシフトチェンジしている。自分の命(魂)とズレていたチューニングを合わせつつある。
自分の命と波長を合わせ、己の命(魂)にとって本当に大切なもの(真の望み)を自覚したとき、今まで「大切だ」と思い込んで依存し支配され囚われて来た余計な執着(ズレた波長)はみんな吹き飛んでいく(羽生選手を含め、平昌五輪の選手達にもある程度似たようなことが起きているのを感じる)。
これがある程度進むと世界各地で大きな運気変動を引き起こす。「楽園」は、既に甦ろうとしている。実際、かつて「楽園」が存在していた地域である中東は、ここ数年乾いた大地が妙に降水量を増やしている。数千年単位で砂漠化と湿潤化のサイクルを繰り返すあの地が、楽園の存在していた湿潤期を迎えようとしている。内なる楽園が甦る時、外なる楽園の姿も甦る。これはシンクロニシティーだ。「イブのお墓」と言い伝えられているサウジアラビアはジッダの乾燥地帯で数年前に大雨による洪水が発生()したことは、象徴的な予兆と言える。

今度「楽園」が甦ったら一度は忘れた生命本来の進化の動機と原動力を忘れないで覚えておこう。そうすれば、次に外界で砂漠化が来た時も「楽園」の生き方を続けていける。それは、アダム(ヘブライ語で人間の意)が食べていなかった「生命の実」を食べることにもつながる。楽園が我々の中にある以上、生命の木とその実は我々の中にある。心理学的に「食べる」は自覚と統合の象徴だ。

◆小さな命と大きな命は同じ本能で共鳴する
個を超えた種族単位の命が高次の本能に基づいて人類を創り、人類一人一人に宿り人生に取り組んでいる。これを数十万年続けている。それが我々に宿る命の正体でもあるのだろうか。こういう命って死ぬんだろうか? 例え死んでも(人類絶滅しても)、今まで生きて来た(進化してきた)経験は新たな種族に受け継がれ、かつて人類をやっていた種族単位の命は新種族の命に統合されて生き続けるので不滅だ。いわば人類が新種族の前世みたいなものの一つになるわけだ(人類もまた他種族の経験を生かして作られた種族であるため、胎内で生物進化の記憶を再現してから生まれる。あの姿は人類種族から見ると前世みたいなものだ)。

種族を超えた根源的な生命(多分ユング心理学で言うセルフの正体で神のモデルで我々生命の正体で宇宙)は、今日も我々含む無数の自分に対して己の心を伝えている。
死を恐れるために生きるな 可能性への好奇心を満たす喜びに生きよ
種族単位の命も、個体単位の命も、同じことを言っている(同じものだから)。これが高次元の本能「楽園本能」だ。全員の本能が満たせるようにと、やはり高次本能に基づいて開発された「本人が真に望む生き方(その人の楽園)を実現するのに適した運勢を創るインフラ機能」が昔書いた「地母神」だ。地母神は楽園本能の現れだ。これが「和(スタンドプレーから生まれるチームワーク)」を実現するカギにもなっている。
我々という命は、かの存在から見ると「自分(=自らを分けたもの)」なのだろう。そいつは、己が持つ可能性への好奇心を満たすべく展開している「宇宙(生命活動)」を楽園だと思ってるらしい。
てことは、同じ本能を持つ我々も無意識のどこかでそう思ってる。世代が進むにつれ、これを自覚する(命のチューニングが整う)個体は増えていくと思われる。これを自覚すると、多分「不滅の生命(魂)」を自覚・統合する(=生命の実を食べる)ことになる。カバラもそれが目的で「生命の木」を重視する。
そんな個体が増えていけば、やがて人類に「101匹目の猿現象」が発動するかもしれない。
(『101匹目のペンギン』でもいいけど)

【余談】
現代日本もまた、「敗戦でボロボロ」という苦しい危機を原動力にした高度経済成長という『火事場の馬鹿力』でしか国を発展させる術を知らない気がしなくもない。既に経済成長し飢えの恐怖を脱出した日本は、かつての原動力を失って失速した。この解決には、原動力を補充するためにかつての危機や苦しみを再現したり新たな危機や苦しみを選んだりするのではなく、過去とは本質的に異なる全く新しい原動力が要る。危機でも苦しみでもなく、ワクワクするような『可能性への好奇心』という生物本来の進化動機(ストレンス発動の動機と原動力)とそれを満たそうとする本能はその新しい原動力探しのキーワードになりそうだ。

 

電波すぎるオマケ

2018年2月 2日 (金)

鬼と節分と蔵王で妄想

※以下に書いたことは全て個人の妄想です

先日の草津白根山の噴火、実は当日に変な夢を見た(詳細)。普段こういう夢を見る体質ではないので、個人的にかなりショックだった。
修験道の聖地でもある草津白根山の噴火直後から、日本の(そして前触れなく噴火した草津白根や御嶽山の)鬼門に位置する東北の蔵王山がなぜか火山性微動を始めた。まるで草津白根の変動に蔵王が呼応してるみたいだ。
この蔵王山、「蔵王権現」という修験道の本尊を勧請した山である。これが今回のキーワード。

話変わって草津白根といえば、indeep様の記事(詳細)に興味深い話を発見した。
(レイラインでつながっている)御嶽山と富士山、そして草津白根を結んだ三角形の中心に八ヶ岳がある。この八ヶ岳と御嶽山と富士山と八ヶ岳は共に「クニトコタチ(古語で『国の大地が立ち上がる』の意)」という日本の古い神様と縁深い。御嶽に関しては以前このブログでも少し触れた(過去記事)。
で、この「クニトコタチ(国常立命)」という神様、修験道の世界では先述の蔵王権現と同一視されているのだ。
しかもこのクニトコタチという存在は、一部では「はるか昔、神々の勢力争いに敗れ『鬼』として日本の鬼門エリアに封印された『丑寅の金神』」であるとも言われている。
即ち、「クニトコタチ=蔵王権現=丑寅の金神(鬼)」という図式になる。そう。草津白根噴火直後から火山性微動し始めた蔵王もまた例の三角形を形成する山々とクニトコタチの縁でつながっているわけだ。

日本の鬼門エリアで発生した311含め、数年前から日本の龍脈は動き続けている。御嶽と草津白根という、共に「何の前触れもなく、かつ有史以来初めての噴火」という現象が引き金となって、「クニトコタチ(鬼)」の因縁を帯びた変動現象が一層進んでいるような気がする。
しかも、今年は節分シーズンのタイミングでそれが起きているのが意味深だ。
蔵王権現信仰の総本山、金峯山寺では今年の2月3日に「節分会」をやる。ここの節分の儀式は巷の豆まきとは一風変わった掛け声を出す。「福は内 鬼も内」だ。

蔵王山が変動を始めているこのタイミングで蔵王山の神である蔵王権現の総本山が呪術を・・・蔵王(権現)がクニトコタチであるならば、それ即ち日本の鬼門に封印された丑寅の金神であり、鬼でもある。
そんな存在を祭る総本山で行われる寒波真っ最中の節分呪術で唱えられる呪文が「福は内 鬼も内」・・・この言葉は、鬼を封印・抑圧せず、受け入れている。 まるで、鬼門の封印を解く呪文のようだ。
「鬼」という存在は、抑圧され本来の姿を歪められた「神」なのだろう。 だから、鬼を鬼として排除・封印するのではなく、鬼のありのままの姿を受け入れる。鬼を神の姿に蘇らせた時、鬼(=神)の封印が解けるのだろう。

修験道において蔵王権現は「万物を司る不滅の王」という設定だ。それが鬼(=丑寅の金神、クニトコタチ)の真の姿なのだとすれば、その存在は即ち、「宇宙」だ。万物を生み出し万物として営みをする一つの巨大な生き物にして、我々でもある存在・・・(過去記事参照)。ユング心理学で言えば「セルフ」だ。ユング心理学だとセルフは人類の心の中で最も抑圧されがちな元型の筆頭格である。そのセルフを象徴するイメージの一つが修験道でも縁深い「マンダラ」である。
人類が抑圧しがちな己のセルフを抑圧から解放し、自分自身(=セルフ)としてそのありのままの姿を受け入れ自覚・統合を進めていく流れは、仏陀の時代から既に始まっていると言われているが、その進み方は非常に遅い。
21世紀以降に始まったスマトラ沖地震や311を含む惑星規模の龍脈変動は、その遅い流れを加速させる効果があるのだろうか?

・・・昨日そんな妄想をしていたら、雛形論で見ると「例の三角形」の中心に位置する八ヶ岳と照応する場所でM6.1の地震が発生した。ちょっとシンクロニシティーを感じたスーパーブラッドムーンの夜。
そしてこの記事を書いている今日、すなわち節分前日。鬼門エリアの青森では節分で鬼除けに使用されるイワシが大量死し、蔵王山では再び火山性微動が観測された(詳細)。
節分会以降はどうなっていくのだろうか?

このブログが2011年あたりから冗談半分で語ってきたテーマ()は、未だに続いているってことなのか・・・

2016年11月16日 (水)

「世界支配者」達の切り札?

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。

将来、奇しくも世界は冷戦期とは別の意味で国家元首が同じ意味の名前を持つ2つの大国が強い力を持つ運命になったかもしれない。その2つの大国とは、ロシアと、アメリカだ。
ロシア元首の名前は「ウラジーミル・プーチン」。将来元首になるアメリカ人の名前は「ドナルド・トランプ」。
ウラジーミルは「世界の支配者」とか「平和を支配する者」という意味で、プーチンは「道」を意味する。彼の名前の意味は、「世界支配への道」「平和を支配する道」ということになる。
(因みに9月2日に日米首脳会談の場として選ばれたウラジオストクは『東方を支配せよ』という意味である。『世界支配への道』という名の元首が極東の島国と首脳会談する会場としては意味深すぎておそろしあw)
一方、ドナルドは古代ケルト語を起源とする名前で、こちらも「世界の王」とか「世界の支配者」という意味を持つ。しかもトランプは英語で「切り札」という意味である。
大統領選に当選したばっかりに、現在全米を阿鼻叫喚の渦に落としている人の名前が、「世界支配(者)の切り札」。しかもアメリカの鬼門が出身地というオカルトw

アメリカとロシア。かつて両者は権力と軍事とイデオロギーを「対立」させることで世界のパワーバランスと秩序を作り保っていたが、それも失われた。
そして今後は、大国である両者が手を握ることで成立する秩序が生まれて行くのだろうか? 冷戦中に突然両陣営が電撃的な和解をして二人三脚とかやり始めちゃったらもはや無敵だろうが衛星国やポチ国はずっこけるしかなかっただろうな・・・
2人の「世界支配者」達。その片方は切り札(ジョーカー)・・・などと中二病的妄想すると私が個人的に楽しかったw

◆無数の世界支配者達
混迷の米大統領選が終わり、世界や未来がどう変化するのか予想がつかなくて不安に感じている人もおられるかもしれないが、変に怖がる必要はない。
一人一人の運勢は、その人の魂が作っている。そんな様々な運勢を持つ沢山の人々が集まって国家が構成されており、国民の運勢やその傾向・特徴を反映して国家の運勢が作られていく。その国の国民一人一人が少しでも開運していくと、その国の運勢も開運率がUPする。国民一人一人が幸せになっていくと、国民の集合体である国も幸せになる。運勢的な視点だと、国の幸せと国民の幸せは本質的に両立するもので、国家のために国民の幸せを犠牲にすると、国の運勢は低下してしまう(国家じゃなくて特定の政権や利権層はそうやって美味い汁を吸うかもしれないがw)。
結局、世界の運勢を支配するのは、その世界を構成する無数の人々(=私達)なのだ。私達はある意味で、「この世を司る八百万の神々」ってわけだ。

自分の人生や未来は自分の運勢が作ってるので、政治家や社会情勢・世界情勢に人生を変えてもらおうと期待することは自分や運勢の創造性・可能性を否定・抑圧してることでもある。
政治家や情勢に自分の人生や未来を期待する(=依存する)ってことは、その政治家や情勢を作り出す黒幕に未来や人生を自ら支配させるってことでもある。だからこそロックフ○ェラーとかおソーメン無料サービスとか電飾みたいな名前の秘密結社(?)が力をつける運勢になりやすいのかもしれない。
依存と支配は同じコインの裏表。自分の運勢や人生や未来というものの認識を為政者や黒幕や国家とは独立・自立した認識で生きることで、運勢や人生や心はどの国や組織の支配も受けず、己の主権を回復する(生き方をつくる発想の自由を取り戻す)ことが出来る。十二国記風に言うと「自らが王になる(王国を人生や運勢に例えた場合)」 というやつ。

「世の中を変えたければまず自分を変えろ」という言葉は一理あると思う。自分自身や自分の運勢を変えることが出来れば、世の中全体を変えよう(世の中全てが変わってくれないと自分の人生は変われないにちがいない)と思い込むことはなくなる。世の中(の運勢)を変えるよりは、自分一人分(の運勢)を変える方が手間がかからないし、「自分のために世の中を変えようとする独裁者」にならなくて済む。
世の中を変えたい人が国家元首か何かで、問題のある世の中を変える方法が思いつかなくて行き詰っている場合でも、やっぱり自分自身や自分の運勢を変える(開運する)ことが出来た方がなんかいいアイデアが湧く可能性は上がるかもしれない(妄想)。

ベーリング海峡をはさんで並び立つ「世界支配者」達。片方は「切り札」・・・彼らを器として生まれてくる世界の運勢は、我々一人一人の運勢が持ちうるどんな傾向や特徴を反映したものになるのだろう? その有様を見て、内省や反面教師として活用し自分の運勢を作っていく上で役立てることができるといいなと思う。
このブログでは、人々を開運に導く力を仮に「個人レベルの地母神(個々人の魂にある環境インフラ・開運機能)」。と呼んでいる。そのうち一人一人が開運していくことで人々の集合体である社会や国の運勢をも開運へと変えていくとしたら、まさに色んな意味でホントに「革命」。

革命と言えば、アメリカの鬼門(ドナルド・トランプの出身地)に今日も鎮座し人気の観光スポットになっている女神像がある。ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」にも描かれている母性を持ったあの女神だ。ドラクロワの絵が題材にした革命は弱肉強食で血みどろの革命(革命リーダーが『自分のために世の中を変える独裁者』になる率が高く、革命参加者の心は自分の人生や将来を革命リーダーに依存し支配されている=生き方つくる発想が自由じゃない)だが、先述のような意味での「革命」へと民衆を導く「自由の女神」がいたら、それはまさにこのブログで言うところの「地母神」だ。
ドラクロワの国から独立のプレゼントとして贈られてアメリカ鬼門に建つあの女神像は、そういう意味での「革命」を導く「地母神(一人一人に内在する)」の象徴に変身できる日は来るだろうか?



魂の環境インフラ
←人間が持っている開運機能について
運勢の神業←人間が持ってる開運機能の神業について


ウラジーミル・プーチン氏占ってみた

ドナルド・トランプ氏占ってみた

2015年1月 9日 (金)

偽りの個性 偽りの自尊心

信じられない。また妄想が湧いた。多分今までほど頻繁には湧かないことは確かだと思うけど。
(以下に書いてあることは全て個人の妄想です)

ねつ造されるから強靱な「民族の伝統」

「伝統の発明」はスコットランドに限った話ではなく、多くの国でみられる現象である。
フランスでのフランス革命の神話、ユダヤ人にとってのイスラエル、明治期日本における神道の普及等々、国家にとって伝統を再発見し、国民を創造するのは必要不可欠なことだった。

「江戸しぐさ」道徳教科書掲載で波紋!? 研究者「政府が嘘だと気づけない能力の可能性も」 

「江戸しぐさ」については、公共広告機構(現・ACジャパン)で取り上げられるなど、既に公民の教科書や道徳教材に使われていますが、「商人の秘伝のルールが一般町人までマナーとして伝播していたのか」「喫煙禁止という張り紙が江戸時代にあったのか」といったさまざまな疑問点があり、その実在を示す史料の存在が確認されていません。
『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書)の著者で文明史研究家の原田実氏は、この件について下記のようにツイートしています。
「文部科学省が教材に「江戸しぐさ」を採用している件について政府が嘘も方便と国民を騙す姿勢でいることを懼れる意見があるけどもっと恐ろしいのは政府が『江戸しぐさ』が嘘だと気づかない程度の能力だという可能性の方だと思う」

◆偽りの個性
人々に「偽の伝統」に基づくプライドと価値観を植え付ける。根拠がウソならその根拠の上に構築された信念(プライドや価値観)も本当は全部ウソである。まさに砂上の楼閣。タロットで言うなら「塔」。
これ、要するに「自己欺瞞で捏造した偽の個性やステイタス等を根拠にした偽の自尊心にすがっているだけで、本当の自分自身はちっとも愛せないし、本当の自分なんかちっとも知らない・分からない」ということと全く同じである。偽の伝統を基礎に構築された愛国心など、しょせんはご都合主義の偽物だ。
ご都合主義の愛国心は「本当の日本自身はちっとも愛せないし、本当の日本なんか知らない・分からない・興味ない」主張するのと何ら変わらない。

自己欺瞞的な根拠に依存して構築した自尊心というのは、つまり「私はコンプレックスの塊です」と周囲にアピールしているのと同じようなものだろう。例えが非常に悪いのだけど、実はヅラの人が「私はハゲてない。本当の私はフサフサなのだがそれを妬む者から標的にされぬよう、醜い仮の姿で生まれたのだ」と自己暗示にかけ、その自己欺瞞的暗示を根拠にハゲてる人に対して優越感を持つことで自尊心を保っているようなもの。
「私達だけが神から選ばれた」とか、「我が国は正義のヒーロー」「我が国だけが正当なカリフの国」「我々こそが神の教えを正しく守り実践する崇高な者」「私達が一番優れている」といった類の自己欺瞞に依存した愛国心(プライド)もまた、その構造と何一つ変わらない。
(この国は捏造などするまでもなく、独自の個性ある伝統文化を持っているはずだ。あえてそちらには目を向けさせず、捏造した伝統文化をもてはやし本当の歴史を葬るかのように上書きしようとするのはなぜ?)

一人一人の命や魂の中に、世界でたった一つの素敵な個性とそれが秘めた可能性がある。それらが集まって国や民族が出来、その個性と可能性が形成されていく。
一人一人が例えささやかでも自分にしか味わえない喜びや楽しみを持ち、そこから己の個性と可能性に目覚めていき、それを根拠に自然で健康的な自尊心を発達させていける国民の少ない国は、国家としての自尊心もどこか不自然な根拠(偽の根拠)にすがっていたりするケースが多いかもしれない(妄想)。
捏造された伝統とそれに基づくナショナリズムを刷り込まれ洗脳・強要されて行く有様は、まるで海外で発明されたフルーツ味やチーズ味の「ご当地SUSHI」を「これぞ日本の伝統食文化! これぞクールジャパン! 日本の誇り!」とか言う論調に同意しろと迫られるようなものだ。 海原雄山が発狂しかねない。
「偽の伝統」をでっち上げて政治的に利用する手口。見方によってはその国本来の文化や個性に対する侮辱になさえなりうる。

◆偽りの自尊心
偽の個性を根拠にした偽の自尊心にすがっているということは、己の持つ本当の個性と可能性を知らない(認めていない)証拠だ。
自分本来の個性と可能性(=独自性)を追いやって押し付けられた偽りの伝統(偽りの個性)を受け入れていくことは、自分の独自性から目を背け否定することでもある。即ち自己否定だ。自己否定により自分の独自性に基づく自尊心を持てない者は、無意識下の自己否定感に苛まれたり、場合によっては他者を見下すことで偽りの自尊心(=偽りの自己肯定)にすがるケースもある。
そんなとても不安定な偽りの自尊心モドキ、個性モドキは、それらへの批判、ないし侮辱や嘲笑に対して非常に弱い。すぐに無意識下の自己否定感が呼び起こされてしまうので、ちょっとしたことで自分が個人攻撃を受けたような感情的反応が起きやすい。
ユダヤの選民思想や欧米の白人至上主義、アーリア人至上主義、中東のイスラム過激思想・・・こういうのにハマってた人々の心理も上記のような特性があるかもしれない。私が勝手に「一神教性(一神教型)神経症)」と名付けたアレだ。
実は、欧米の伝統文化であり価値観の源とされているキリスト教だってその地域本来の土着の精神世界(本当の個性)を異端として抑圧し押しのけた上で構築された「偽の伝統」に過ぎない。欧米のみならず、実は中東もユダヤ人も元々は多神教だった(欧米の無神論主義は自分達の精神世界を抹殺したものへの反発=やはりキリスト教由来の価値観なのかもしれない)。
日本もまたキリスト教を模して捏造された偽の伝統「国家神道」がキリスト教と同じような影響を及ぼしている。あの症状を抱えてる地域には、歴史背景にも共通点を持っている(『◆個性の侵略と抑圧による神経症を治すとき』を参照)。
(新しく作られた偽の伝統を英訳すると、奇しくも『ネオコン』になる。いつになく日本へも影響力を及ぼしつつあるアレだ)

◆同じ苦しみを持つ者同士
あの神経症はイデオロギーや宗教という手段では解決出来ないものだ。むしろそういうのに逃げて誤魔化すと悪化する。誤魔化して一時的に苦しみを誤魔化せても原因は解決しないから、尚更救いを求めてどんどん狂信的・急進的になる。一種の中毒だ。
同じ症状を持つ者同士、即ち「本当の個性と自尊心を見失って発揮できない鬱屈」という同じ苦しみを持つ者同士が根本解決のために連携してみてはどうだろう? あの苦しみが若者達を衝動的なテロや過激派への傾倒に誘っている印象もある(一例)。
こういったタイプの連携は、文化圏を問わず潜在的に似たような問題を抱えている各地で行っていいと思う。一種のグループカウンセリング的な感じ。場合によっては、現ローマ法王が試みようとしていることも、それに近い気がしなくもない(妄想)。

◆フランスのテロから妄想
フランスで起きた新聞社襲撃テロは犯人の方に今回の記事で書いたテーマが背景になっている部分が感じられなくもないが、よく考えると問題はそれだけじゃない気がした(1.14記:これとか見るとね→)。
無神論主義の新聞社が出してた風刺画は、イスラム教に対して風刺やジョークという言い訳を使い(自分達が信念とする無神論とは異質の価値観を嫌う)新聞社側や(以前からイスラム系移民を嫌っていた)大衆の鬱憤をぶつけ見下すことで憂さ晴らしする一面も無意識下にはあった気がする()。その憂さ晴らしに対して、テロという異常手段でなくても風刺した相手側から何らかの批判や非難が起きればどのみち『言論の自由への挑戦だ!』と論点をすり替え自分だけが被害者であるかのように振舞っていた印象。
丁度、大津いじめ自殺事件で『正義の社会的制裁』」『自分は社会にはびこる悪と戦う崇高な戦士だ』と自己欺瞞的な陶酔に浸りながら事件と無関係な同姓同名の人達にまで迷惑行為や嫌がらせを繰り返していた人々とさして変わらない気がする。日本の彼ら同様、フランスの彼らもまた、『(ペンで戦う)崇高な戦士』という偽の個性に基づく偽の自尊心に酔っていたのか。だとすれば、自分達こそ崇高な聖戦士だと思ってるイスラム過激派のテロリストと同じだ。やっこさん達と部分的に波長が合ったことも事件を招いた一因では? とオカルト妄想した。

あのテロの背景にある問題は「言論の自由」ではない。恐らく、会社側とテロリスト双方に共通する「侮辱やヘイト(or憂さ晴らし)を正当化するために捏造した偽の個性とそれで作った偽の自尊心」にある。何でそこまでして侮辱やヘイト(or憂さ晴らし)をしたがるのかといえば、「世界の基準が自分と同じ価値観で統一されていない様子=自分の生きる場所が自分にとって唯一普遍の絶対真理として支持した価値観ではない異質なものに侵略されるリスクを持つ」という思考回路に陥ってしまい、「異質」が怖いのかもしれない。もしも己の価値観(信念)が自分の個性と自尊心(=アイデンティティ)の源になっている(=生き方の基盤になっている)のならなおのこと。
「異質=侵略者」という思考回路では、己の考えや意志ではない異質のものに対し自分の大事な人生とアイデンティティを侵略されるような恐怖を持つだろう(例え己の考えや意志の根拠が偽の個性と自尊心だとしても)。

そんな「被侵略恐怖症」も無理はない。だって欧州はとっくにそのような侵略をされていたのだから。大昔、欧州にとっては異民族の宗教だったキリスト教の拡大によって土着の精神世界(=本当のアイデンティティ)を侵略・抑圧された。その頃は現代の過激派にも負けない残虐行為が長い間繰り広げられていたのだ(魔女狩りとか異端審問とか)。恐らくフランス(というか欧州)の集合無意識は、その頃のトラウマと怒りを「無意識に急増を続けるイスラム移民との軋轢や狂信的な過激派」に投影・同一視し、「傷つけられた言論(自己表現)の自由」には抑圧された本当のアイデンティティを投影・同一視している?(妄想)。
土着の精神世界の抑圧。一神教が主導権を握った歴史を持つ地域ならどこでも程度の差こそあれ同じことが起きたと思う。当然、イスラム教が広まったエリアでもそれは起きていて、そういった文化圏(特に過激派の世界)ではその時から抱えた怒りとトラウマが西欧世界(特に自分達の価値観を尊重しない者達)に投影・同一視されているようだ(妄想)。

テロを受けて大規模なデモ行進をするほど強まった欧州の団結は、「抑圧された本当のアイデンティティ(=本当の個性と自尊心)を取り戻すための団結」へとシフトしていければいいのだが、いつまでも「教条的なイスラム過激派」に怒りとトラウマを投影・同一視しているだけでは単なる八つ当たり合戦になってしまう。
そんなだと、「本当の個性と自尊心を見失って発揮できない鬱屈」を抱え生き方に行き詰り救いを探している欧州や中東の若者達がイスラム過激派に引き寄せられていく有様には因果を感じてしまう。彼らの苦しみは、土着の精神世界を抑圧され偽の個性にすりかえられた集合無意識の抱える苦しみでもあると思う。同じ傷を抱える欧州とイスラム世界、八つ当たり合戦じゃなくて傷を癒すためにお互い協力してはどうだろう?

欧州vsイスラム過激派・・・どちらも一神教性神経症患者同士のケンカ(発想が十字軍の時代から変わってない)に見えるのは私の心が汚れているからか。
一神教性神経症は、宗教やイデオロギーを問わず、「自分達とは異質の価値観」を嫌う傾向がある。それらを間違ったもの・劣ったもの、潜在的侵略者候補と見なして無意識下では尊重しきれない印象。いわば「異端(異教)」に敬意し配慮することは背信行為だとか「異なる価値観(対立する敵性価値観)に屈した・しっぽを振った」と感じる(=過去のトラウマが甦る)心理が無意識下で働いてしまっている可能性も・・・?
暴力を使う狂信的なイスラム過激派は、中世の頃に異端審問や魔女狩りといった過激派も真っ青の狂信的な暴力を使って土着の個性を抹殺し勢力を拡大したキリスト教会そっくりだ。イスラム過激派見てると当時のトラウマが無意識に刺激されてつい侮辱的・感情的な形の批判をしたくなってしまうのだろうか?
また、襲われた新聞社もそれを狙ったテロリストも、「自分達の価値観(信念・信仰)を表現する=自己表現するためには何らかの攻撃対象を必要とする」という、ヘイト対象がいなければアイデンティティーが成立できない事情抱えているのかもしれない。丁度、反キリスト教を動機とする悪魔崇拝がキリスト教にある「悪魔」の概念に依存した(=ヘイトしてるはずのキリスト教に依存した)アイデンティティーを持っているのと似てる? もしそういうアイデンティティーなら、それらに基づいて作られた個性と自尊心もまた、偽りの不安定なモドキかもしれない。
なぜなら、それらは抑圧された個性を探し取り戻すことよりも、自分の個性を抑圧した者への恨みが優先されてしまっているんだもの。救いよりも復讐が優先されているのだ。

◆世界(パブリック)のなりたち
一人一人の個性を尊重する=任意の価値観や意見を押し付けることで他者やその人生を侵害しない(侵略しない)ルールが正常に機能している世界では、その世界が自分(達)の価値観や意見で統一されていなくても自分や人生が脅やかされることはない。「押し付けない(侵害・侵略しない)ルール」によって一人一人の独自性が守られているからだ。
「自分と異なる価値観の存在に自分や人生が侵害・侵略される(特定の価値観や意見を押し付けられそれに支配される)」という不安を持つ心理は、「安全のために自分の価値観によって世界を都合よく統一し支配したい(=世界を私物化したい)」という心理の裏返しだったりすることもある。(過去の被侵略トラウマなどが原因で)侵略者によって独裁的に支配・抑圧される恐怖を常に抱えている者もまた、侵略者や独裁者と同じ病を抱えていたりする。「自分にとっての異質を排除し世界を私物化しないと、世界(の中に残る異質)から侵略されてしまう」という強迫観念だ。この強迫観念により、人は自分を守ろうとして攻撃的な侵略者になるか引きこもりを選ぶ。世界を私物化するか世界ごと締め出すかだ。異質を殺すか自分が異質から逃げるか。「闘争か逃走か」の判断は紙一重で、どちらもアドレナリンという脳内物質の担当である。

多種多様な個々人(プライベート)が集まることで「世界(パブリック)」が構築され機能することを忘れてはいけない。世界(パブリック)を構築する各プライベートを尊重し合わず互いに損ない合えば、世界自体を損なってしまう。
異質への恐れと敵視が無く、異質が許され尊重される環境こそが、自分達自身を守るのだ。でなければ、皆が自分を守ろうとして世界の取り合いを始めた挙句、誰一人尊重されない危険な環境になるだけだ。
自分が尊重されてさえいれば(=抑圧されず安全で安心できていれば)、人は(自分にとっての)異質に寛容になれる。異質を尊重できる。そういう環境に生きられれば、だれも「身を守るための世界私物化」など望まない。そんな環境の世界では、「異質」は「唯一無二の個性」になる。異質を恐れ敵視するほど強いトラウマになってしまった被侵略的体験、個性を抑圧された体験・・・それが何かを突き止めた時、「異質」にトラウマを投影・同一視して恐れ敵視する症状が治まって癒しが始まる。
「世界」を創造した神は、私達だ。私達もまた、個性豊かな八百万の神々だ。

◆羊年に牡羊座の星が暗示すること?
2015年はどんな年になるだろうか。春分図というホロスコープ(占星術に用いる天体配置図)を見ると、ひつじ年の今年は何故か牡羊座に最も星が多い。中でも、ここ数年は牡羊座に居座る予定の天王星に注目した。天王星は急激な変革、革命的・先進的な有様を象徴する。今年もこの天王星が山羊座(保守・伝統・父性等を象徴)の冥王星と葛藤する角度を組んでいる。冥王星は死と再生、根源的な改革などを象徴する。
牡羊座の天王星が山羊座の冥王星と組んで暗示していることは、「捏造された伝統に基づくナショナリズムやイデオロギーが牡羊座天王星の力を発端に崩壊していき、捏造じゃなくて捏造に押しのけられてた本当の個性とその価値に目覚めていく流れ(=『伝統』の根源的改革。伝統という概念の死と再生)」じゃないかと妄想した。
「偽のアイデンティティから本当のアイデンティティへのシフトチェンジ」・・・ひつじ年の今年はそういう流れが加速しそうだ。牡羊座のテーマはずばり「I'am」だし。

実は、牡羊座が司る物事の中に「イスラエル地方(パレスチナ含む)」がある。今年はイスラエル(ここも偽の伝統にすがる国)の運気がちょっと気になる。エルサレムと長崎が「犠牲の33度」で結ばれ、なおかつ同じ神経症状を抱えた日本へも運気が飛び火する可能性がある(イスラエルは最近安倍政権と急接近中。イスラエルの現与党と安倍政権、どちらも統一教会と縁がある)。
本来の精神世界(本当の個性)から生まれた神話を抑圧し押しのけ、捏造した偽の神話を刷り込み偽のアイデンティティに洗脳する・・・そんな自己否定的、カルト的なことが牡羊座(I’am)の象徴地域では紀元前から行われていたんだろう。そしてそれは、時代と共に各地へ伝染病のように拡大していった。
そろそろ集合無意識規模でそんな慣習を変えていく時期に来ているのかもしれない。あの地で、何か新しい社会運動なり風潮なりが生まれてもおかしくはない(もしそうなったら最初は叩かれるかもしれないけど)。
偽の伝統による病を抱えたとある地域で「伝統という概念の根源的改革」という流れがもし発生したら、それはすぐに同じ神経症状を抱えた各地の運気と共鳴するだろう。その時はまた象徴的な現象が起きるのかもしれない。


歌詞の訳←自己肯定の手段として「周囲に認められる」ために始めた音楽。手に入った名声。しかし手に入った「周囲からの評価(外部評価)」は、しょせん周囲にとって「利用価値がある」との認識にすぎず、それは偽の個性と自尊心を作る根拠にはできても、本当の意味での自己肯定(内部評価)の代用にはならず、自分を幸せにはしなかった。即ち、その名声は、自分にとっての利用価値(生きる意義)を自分の命に見出す手段にはならなかった・・・そんなニュアンスがこの歌には微レ存? などと妄想した。


隻眼の視野
侵略者と被侵略者←抑圧された土着の精神世界と十字軍の発想について

フランスのテロ&デモ()と、妙に恐怖を煽るような英情報局保安部の記者会見で「過激派モンスターVS世界各国」という構図作りがさらに進んだ?

2014年10月 3日 (金)

御嶽山にまつわる奇妙な話

※以下に書いてあることは全て個人の妄想です。御嶽山噴火に伴う被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。犠牲者のご冥福をお祈り申し上げます。

スコットランドの騒ぎも収まってニュースが静かになるかと思えば、今度は日本の霊山にしてパワースポットの御嶽山が噴火し、多くの犠牲者が出てしまった。
頂上の祠には大己貴命少彦名という国造りの神様が祀られていたが、壊れてしまった。もしかすると今までやってきた国造りが破綻した暗示かもしれない。というのも、この御嶽山、頂上には破壊された祠とは別に神社があり、そこに祀られている神のなかに、「国之常立神」という神様がいる。名前の意味は「国の大地が立ちあがる」だ。そして、噂によればこの神様、別名が「艮の金神」であるという。神々の勢力争いに敗れ、鬼門に封印されたといわれている神様だ(元ネタは大本教)。古代に始まった日本の「国造り」は、この神様を封印した状態で進められたわけ。大地を司る国之常立神の封印は、即ち国の龍脈を封印したことを象徴している気がする。国の大地(龍脈)を封印した上での国造り・・・国造りというよりは、「侵略」だ。この事が、巡り巡って近代になった時、以前書いた例の神経症()の感染を招く体質を日本に作ったかもしれない。
あの噴火、今まで本来の姿を抑圧されていた龍脈(国の大地)が311以来少しずつ復活して行く動きの一環のように見えてしまった。そうやって封印されていた国の大地が立ちあがると、今まで為政者側(大地を封印して国造りしてきた側)が乗っていた国造りの運気的地盤はひっくり返ってしまうだろう。龍脈は従来型の為政者に従わない。有利な運気も供給しない。
この話に関しては2011年からずっとこのブログで言ってたことと同じ。

◆御嶽山とレイライン
封印された大地(龍脈)・・・そんな象徴を帯びた神様がいる(かもしれない)御嶽山は、富士山~白山を結ぶレイラインの真上に位置する(画像)。日本海を越え白頭山まで続くこのレイラインが変動(火気流失)しているのかもしれない。富士山が特別な山であるのは言わずものがな、白山は中国大陸から朝鮮半島を流れる大きな龍脈「北龍」が日本に入る時の玄関口みたいな場所にある霊山である。3つの霊山が一直線上にキレイに並んでるのは見た目にも不思議だ。
さらにこのレイライン、富士山よりも先に線を伸ばしていくと、関東大震災の震源になった相模トラフや伊豆大島を有する龍脈に到達する。御嶽山噴火のつい前日、その龍脈が変動したと思われる2つの現象が起きていた。一つは大島近海の地震()、もう一つは国が「特に重大な事故」として初認定した小田原厚木道路のバス事故()。両方とも件の龍脈エリアで発生した現象だ。
この龍脈、妻を失った傷心のヤマトタケルと縁深い龍脈である(関連記事←『◆あづまの由来』を参照)。彼が東征中に自分の失言がもとで失った妻を嘆いた場所がこの龍脈地帯なのだ。
ヤマトタケル神話の元ネタとなる古代日本で行われた「東征」・・・これが日本の地母神イザナミを黄泉の国(冥界)へと封印し、東征時代に行われた呪術は日本の龍脈を封印してしまうことになる(妄想)。軍需産業を象徴する製鉄の神(火の神)を産んだイザナミは、やけどで死んだ(詳しい経緯はこちら)。
古代は出雲などで「沢山の鉄製武器」が作られ、東征を勝利に導いた。しかし大規模な製鉄はしばしば豊かな自然環境(地母神)を破壊した。イザナミのお墓は古代に大規模製鉄の中心地だった出雲にある。

◆籠の中の鳥は♪
ちなみ御嶽山を通る富士山~白山の2地点に伊勢神宮を足して線を引くと、割ときれいな三角形が出来る(画像)。これもちょっと神秘的。
個人的な妄想だが、この三角形ラインに重なる逆向きの三角形ラインが存在したら面白いなと思った。二つの三角形を重ねると、カゴメ紋(六芒星)になるからだ。童謡の「カゴメ歌」にある「籠の中の鳥」と呼ばれている何かは、そうやって出来たカゴメ紋内の地域にいたりしてw 地図を開いて上記の三角形ラインを重ね、脳内でさらにその上からカゴメ紋を形成するように「妄想三角ライン」を上書きしてみると、妄想上のカゴメ紋内にやはり霊山とされている「恵那山」を見つけた。ここは地形的にも運気的にも「日本を支える背骨」と言える龍脈、中央構造線に位置する山だ。伝説によると、日本の地母神イザナミが天照大神を産んだ時に赤ん坊の彼女を包んでいた胞衣(えな)と胎盤が埋められたのがこの山なのだという。今もイザナミがこの山の神社に祭られている(天照大神の生まれ方は諸説あり、古事記ではイザナミから生まれたのではなく、イザナギの左目から生まれたとある)。

イザナミと国之常立神(丑寅の金神)。どちらもこの国の大地と縁深く、そしてどちらも封印されてしまった神だ。太古に黄泉の国へと封じられた日本の地母神である彼女が「出やる」時、そして鬼門の方角に封印された国之常立神が「出やる」時、それまで「籠の中の鳥」だったこの国が持つ本当の運気が「出やる」=この国が本当に開運する・・・抑圧(=封印)された本来の姿を取り戻そうと変動を続けるこの国の龍脈(=国之常立神)が身じろぎしている大変動の流れはその方向に向かっていて、蘇ったこの国の龍脈(中央構造線)からいつか「籠の中の鳥」は出やるとしたら・・・山頂に国之常立神(艮の金神)が祀られた御嶽山の噴火は、鳥籠の網目を一つ破ったようなものかもしれない(妄想)。

カゴメ紋は、天(=鶴)を意味する上向きの三角形(△)と、地(=亀)を意味する下向きの三角形(▽)を統べた形だ。「鶴と亀が滑った」は「鶴と亀が統べた」の訛りではないかというオカルト説もある。つまり「天地がつながった」という意味。
いわゆる運気・運勢が具体的な形に現象化していく流れには「天、地、現象化(発生・顕現)」という3段階に分けられるかもしれない。物事を現象化させる「運気」は地上よりも上の次元(天)から地上へと「降りて」来る。運気が地上へ降りるとそれが現象化し、目に見えるようになった現象の有様をみて人間は運が良いとか運が悪いとか言う。運気が天から地上に降りる=「天と地」が統べることで「籠の中の鳥(=運気)」は目に見える形を得て地上に現象化する(=出やる)。鶴と亀が滑る=天と地が統べる→鳥が出る。△(天のマーク)と▽(地のマーク)を統べた六芒星の図形が「かごめ」。その中から「鳥(運気)」は出てくるのだろう。
カゴメ歌は特に、封じられた「鳥」について歌っている。

◆いついつ出やる
御嶽山を含め、龍脈上に位置する(=その国や地域の運気を現象化させるエネルギーの強い場所に位置する)ことが多い「霊山と呼ばれる場所も、「天と地を結ぶ(統べる)=運気を降ろす」場所なのかもしれない。
その国の運勢はその国自身が作るように、その人の運勢はその人自身が奥底(無意識)から作っている。自分を誕生させる運勢さえ心の奥底に潜む自分の魂が作っているという。
その国の集合無意識の中にも個々人一人一人の無意識の中にも宿っていて、それぞれの魂が望む生き方(本人が心の底から本当に望む生き方)を実現するのにふさわしい独自の豊かさ(対人運・金運・仕事運etc)を作る環境インフラがある。これが「地母神」のモデルだ(妄想)。人間には自己実現用の本能とそれを支援する独自の環境インフラがあり、それを地上で最初に発動させるのが「誕生(最初の自己実現)」かもしれない。

国や社会を構成する個々人が魂の望む方向を自覚し環境インフラの支援を得てそれを実現する(スタンドプレーする)ことで、自然と国や社会自体が集合無意識規模で開運する(チームワーク化する)仕組み・・・それがこのブログで時々言う「スタンドプレーから生まれるチームワーク(和)」だ。日本で「籠の中の鳥」が出る(日本が開運する)時もこの仕組みが関係すると思う。つまり、この国を構成する私達一人一人の自己実現(=開運)が国の開運に寄与する。そういう意味では「国のために国民を犠牲にする」手口で国造りをしても国は開運しないと言える。
この国の自己実現(=開運)の本能に相当するのが龍脈神「国之常立神」で、この国の自己実現(=開運)を支援する環境インフラに相当するのが地母神「イザナミ」かも(妄想)。
龍脈や霊山は、私達で構成された国が本当の意味で自己実現(開運)する方向に運気を流しているのかもしれない。その運気は本来、単に為政者や国民のエゴを満たすだけの方向には流れない(呪術的に流れを捻じ曲げることはできても、いつか反動で元に戻る)。
ゆえに、単なるエゴレベルの願望を満たすためだけの願掛け目的で霊山やパワスポを訪れても、どの程度効果があるのかは不明(もしも願いが叶わぬ時は)。

この国に開運効果を出すには、この国を構成する我々が己の魂に秘めた自己実現用の本能と独自の環境インフラを信頼し発動させ「スタンドプレー」をすることがカギだ。それには、各々が心の表層にあるエゴだけの満足(表面的な満足感)を追求する小手先の生き方・選択ではなく、本当に心の深い奥底から魂を満足させるような生き方・選択を見つけていく必要がある。後者を選び意図すれば、それをスイッチに自然と環境インフラが発動し運気は流れそれは実現する。それが本当の自己実現。エゴだけが満足するのではなく、満場一致が自己実現のカギ。
自分の魂を満足させる生き方や方向性を見つけたいと本気で思ってるとそれが実現するように環境インフラが発動する。この国の自己実現本能(龍脈神)とこの国を構成する国民一人ひとりの自己実現本能が環境インフラ(地母神)ごと集合無意識規模で同期・共鳴したら、すごい開運力になる。時間はかかるかもしれないが、311以降目まぐるしく変動する日本龍脈の動きを見ていると、運気が現象化するまでの時間の流れは加速している。集合無意識レベルでも個人レベルでも、「籠の中の鳥」が出やすくなっている気がする。日本の封印=鳥籠は、デミアン風に言えば「卵の殻」なのだろう。自分の殻というやつでもある。
(それは日本だけじゃなくて、御嶽山噴火とシンクロしてデモの運気が急膨張した南龍のパワースポット香港でも? リーダーはなんと17歳。香港の運気、北龍上にある北京政府の運気を揺さぶっている。北龍と南龍の合流地点には火山性地震を増やしつつある霧島が・・・)

余談:
「カゴメ歌」の2番には「つるつる滑った 鍋の底抜け底抜いてたもれ」という歌詞がある。日本人が囲炉裏使ってた頃は、囲炉裏に吊り下げて煮てる最中に鍋の底が突然抜けたらさぞかし蒸気と灰が舞い上がるだろう。まるで今回の噴火のように。
御嶽山の噴火に居合わせ危ういところで下山した登山客の話によると、火山灰の積もった地面は滑りやすくて「雪山を滑るように」下山したという。他にも「尻餅をついた」と語る人をテレビで見た。
・・・「つるつる滑った」らしい。

前から書いてるが、火山の噴火や地震などの龍脈変動は大地の火気が流出する現象なので、その反動で水気が押し寄せてくることがある。現在、台風18号という巨大な水気の塊が日本の、しかもあのレイラインに接近中。御嶽山の様子だけに気を取られず、台風への注意も忘れたくない。

2014.10.5追記
クニトコタチ(丑寅の金神)を封印した上で成立していた国造りの破たんを連想させる御嶽山の噴火。その後まもなく出雲大社で「イザナギ・イザナミの国造り」を模した皇族と宮司の婚礼。これは意味深な暗示?
2014.10.6追記
台風18号による土砂崩れが将門封じで有名な成田山の別院を潰した。また、「イザナギ・イザナミの国造り」を模した婚礼の翌日に台風が伊勢の夫婦岩の注連縄を全部切っていった。今回の台風、かなり「狙ってる」気がする(オカルト脳)。

2014年9月 1日 (月)

日本のデング熱にまつわる奇妙な話?

デング熱の国内感染を確認、約70年ぶり 埼玉の女性
デング熱新たに19人感染確認 いずれも代々木公園訪問
青木英李と紗綾がデング熱か
蚊駆除に全力=デング熱「過度に心配しないで」-舛添都知事
デング熱に関するQ&A

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。「デング熱かな?」と感じたら速やかに病院へ。

◆今回のデング感染源と近代史の因縁?
70年ぶりのデング熱国内感染源は代々木公園。よりによって首都中心部だった。
代々木公園という場所は明治時代から旧陸軍の代々木練兵場だった場所だ。やがて練兵場の北隣に国家神道の聖地にして都内有数のパワースポット「明治神宮」が建てられた。
代々木練兵場は軍事施設なので五行思想では「火」に分類される。軍事は「火」だ。南、即ち火の方角に国家神道最高神の僕(しもべ)である日本軍の施設が来るような配置で明治神宮が建てられたのは偶然ではなく、呪術的な意図を感じる。
急速に西洋化を目指していた近代日本。西洋式の国家統治発想の根幹にある一神教のような役割をするものをと考えて明治期に作り上げられたのが天皇を最高神とする国家神道である。要するにアレは「疑似一神教」だ。一神教的な支配統治の発想は古代東征時代からあったが、明治に入るとよりそのケが強くなったとも言えるか。
かくして西洋化を目指していた近代日本は、あの「一神教性神経症」までをも疑似的に取り入れ感染してしまい、発症するハメになった。その最初の例が陸軍の青年将校達によって起きたあの226事件かもしれない。当時の首都を震撼させた事件の首謀者達は、あの代々木練兵場の敷地内で銃殺刑に処せられた。

やがて、あの神経症にとりつかれた日本は第2次東征へと進み、その最終戦争(疑似ハルマゲドン)である太平洋戦争では南方に送られた日本陸軍の兵士達(代々木の練兵場で訓練した人もかなりいただろう)の多くがデング熱にかかり、また戦地から持ち込まれたデング熱のウイルスが日本の蚊を媒介にして広がり、西日本でデング熱の大流行を引き起こしたことがある()。その流行発生地の中には、以前紹介したあの「犠牲の33度線」が通る長崎県内の長崎と佐世保も含まれている。しかも長崎は、おそらく日本で最初の一神教信者が出現した土地だ。そして、「人類最古の一神教性神経症発生地」とも言えるイスラエルと犠牲の33度線で結ばれている。
「ハルマゲドン」の敗北が決定的になる頃、明治神宮は空襲で焼け落ちた。敗戦後に代々木練兵場は在留米軍の居住施設「ワシントンハイツ」になった(※現存ずる明治神宮はその後建て直されたもの)。
1967年、日本のデング熱と因縁深い旧陸軍の記憶と背景を持つそんな土地に代々木公園が作られ、現在は「デング熱の国内感染源」になったというわけだ。そんな代々木公園の南端(火の方角)からほぼ鬼門の方角に、あの靖国神社がある(靖国の蚊は大丈夫?)。
(日本のデング熱、やはり一神教性神経症と因縁深い昨今の軍産軍産ビジネスと運勢的には無関係じゃなさそうだ。70年前と今。日本でデング熱が流行る時はいつも、日本が軍産ビジネスと大きく関わりを持つとき。デング熱を媒介する蚊と軍産ビジネス、どちらも人の生き血をすする・・・)

◆例の神経症をひっぺがせ?
前記事やエボラ熱の話などで書いたように、現在世界各地で「一神教性神経の症状」と思しき現象が発生している。一神教性神経症状の一つである白人至上主義(黒人差別)と不可分の黒人奴隷貿易(聖書が奴隷制を認めていると強引に解釈して行われた)。その拠点地域で流行するエボラ熱が件の神経症を象徴する現象であるなら、陸軍の練兵場だった代々木公園を感染源とする日本のデング熱国内感染もそういった現象の一種ではないかと妄想した。
70年前、結果的に日本とデング熱の縁を運勢的に媒介する役になってしまった旧陸軍。南方ではデング熱の重症患者が続出した当時の彼らはまた、歴史的に見て日本が取り入れちゃったあの神経症(疑似)の重症患者だった気がする。日本のデング熱は、日本が取り入れちゃったあの神経症の象徴なんじゃないかと妄想した。
(デング熱、代々木公園だけじゃなく隣の明治神宮は大丈夫?)

西洋化を目指した時一緒に取り入れてしまった(かもしれない)「一神教性神経症」と、その重い症状に見舞われた旧陸軍は、やはり同じ神経症状として封建時代のキリスト教世界に発生した十字軍のようにも見える。あの十字軍もまた、慣れない気候の現地で熱病にかかった人が多かったようだ。聖人となった当時のフランス王聖ルイもその一人だ。英語読みするとセントルイス。やはり例の神経症状「白人至上主義」によって生じたとみられるあの事件が起きた地名である。

日本人が初めてデング熱の脅威を知った頃、日本人は無意識下で初めて自分達が取り入れちゃったあの神経症の脅威を知ったのかもしれない。
興味深いのは、デング熱大流行の当時、日本の研究者が世界で初めてデング熱患者からデングウイルスの分離に成功したこと、そのデング熱患者が長崎の人だったことだ。患者の体から分離したウイルスは貴重な研究サンプルになる。
これ、オカルト的に見て「日本人の集合無意識に潜むあの神経症(疑似)を様々な視点から冷静に観察し治し方を探るチャンス」の運勢がすでに始まっている暗示だといいな(妄想)。
日本のデング熱を発生させた運勢に対処するための開運法としては、一人一人が「相対的な視野」というものをしっかり保ち、出来るだけ相対的な視野で物事を見たり考えたりすることだろうか。
何しろあの神経症は、相対的な視野を失うことが大きな特徴だから(自戒含む)。

オマケ:
ラバウルで火山噴火=航空機は迂回―パプア ←日本でデング熱騒ぎが始まった頃と同時期に、多くの日本兵がデング熱にかかったラバウルの、それも鬼門で龍脈変動が起きていた。この火山の日本名は花吹山というそうだ。

2014年9月3日追記
明治神宮でもデング熱感染か←やっぱり・・・; オカルトな因縁で見るなら明治神宮と靖国の蚊は怪しい。しかし全国に感染者がいる今、局所的に対策をとっても手遅れだ。デングウイルスは日本の蚊だって媒介する。

2014年9月5日追記
今回の「東京デング熱」、多分東京都の風水を変えた「あの島」も関わってると思う。江戸に気を供給する呪術が敷かれた日光がここ最近龍脈変動起こしていることも影響しているだろう。

2014年8月28日 (木)

隻眼の視野

米国が「イスラム国」攻撃で各国に協力要請、多国籍軍編成も視野
「イスラム国はどのテロ組織より大きな脅威」、米国防トップ
安保理、イスラム過激派“封じ込め”を決議
ドイツ:イスラム国対抗 クルド自治政府に武器供与の方針
シリア政権、「米国の支援受ける用意」 過激派との戦闘で
イランがイラク・クルド人勢力を支援、反「イスラム国」戦闘で

イスラム国:建国宣言後の1カ月で6300人が新加入
スンニ派の大国サウジアラビアとエジプトのイスラム指導者は、イスラム国が「イスラム教の敵だ」との見解を相次いで発表。拡大を続けるイスラム国に危機感を募らせている。

中東のジハード主義勢力の中で英国を攻撃する可能性が最も高いISIS
ISISに加わるためにシリアに向かった英国人が推計で500人いることから、ISISは中東のジハード主義者の集団の中で英国を攻撃する可能性が最も高い組織だとの見方が維持されている。
 首相がこの週末に行った発表は「政治的計算」の結果だと、安全保障当局のある幹部は語る。 いずれにしても、キャメロン首相が選択肢を持つことは米国政府により禁じられている。英国王立防衛安全保障問題研究所(RUSI)のリサーチフェロー、シャシャンク・ジョシ氏は、「英国には独自の選択肢などない」と言い切る。「キャメロンは、米国の先を行くことはできない」


英で広がる過激派支持、目標はイスラムの国樹立 投稿者 samthavasa

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。

◆「仮想敵」の新設?
軍産複合体についてのんびり語るスレによると、軍産複合体は「冷戦」というものを作ることで大変儲かったそうだ。しかし冷戦が終わった今、次なるビジネスモデルを作る必要がある。どんな方法が良いのかを模索していた時期(90~00年代)に、イスラム過激派を仮想敵にしてイラクやアフガンを空爆する「テロとの戦い」というモデルを試してみたが、ソ連という巨大な旧仮想敵に比べれば資源も国土も国際政治力もない根無し草の貧しいテロリストなど使っても、大した儲けにはならなかったようだ。
そこで、貧弱だった「仮想敵」に油田をあげたり盛んな求人と扇動等でもっと巨大化させることを思いついちゃったために生まれたモンスターがISIS、別名「イスラム国」なのか。「イスラム国」が米政府に強いる戦争政策の再形成なんていう報道を見ると、そんな妄想が浮かんでくる。
イスラム国暴走中な中東の流れと、現在アメリカと対立中のロシアはどうつながってくるのだろう。一部ではイスラム国にチェチェン人も参加していて、CIAとパイプを持つチェチェン人司令官(本名タルハン・バディラシビリ)もいるとのことだが、ロシアがウクライナに気を取られている隙に何かあるだろうか?
2014.10.11追記:あのタルハンというチェチェン人司令官がロシアを挑発した

オカルト陰謀論の世界では「新世界秩序」というテーマで盛んな議論が行われて来たが、上記のことがその「新世界秩序」を構築する要素ではないかと私は勝手に思っている。
「各地を共産主義で侵略するソ連との戦い」から「「各地をイスラム主義で侵略する巨大過激派組織との戦い」へ、・・・なんか似てる。冷戦時代の美味しい思いが忘れられなくて、似たようなことを思いついたのかもしれない。そしてその戦いには、NATOと対テロ連携協定を結び集団的自衛権容認や武器輸出三原則を変更した日本も否応なく巻き込まれていくだろう(自らテロの標的候補に加わったようなもの)。イラク戦争時のような立ち位置ではいられない。
日本は独自の開戦規定が無いまま集団的自衛権を容認したので、いざ集団的自衛権を行使する時は軍事行動の有無を日本が自分で決められずにアメリカが軍事行動の有無を決めて日本はそれに従うだけという可能性もある。(イスラム国に捕まった湯川氏のシリア行きがそういう背景と関連あるかは不明)
アメリカでも去年まではイスラム国がこんな大きな勢力になるとは思われていなかったらしく(嘘臭い)、あの次期アメリカ大統領候補のマケイン氏なんか去年イスラム国と仲良く記念写真を撮っちゃった。その写真、今はイスラム国がPRキャンペーンに使っているという。
最近になってイスラム国の戦闘部隊に参加して死亡したアメリカ人男性がいるとの報道があったが、彼の本名が「ダグラス・マッカーサー・マケイン」というのはなんか色々暗示めいている(オカルト脳)。

既に一部では、米露の代理戦争めいた背景からCIAがイスラム国を支援しているとか、イスラム国のリーダーはモサドのエージェントだといった小説みたいな噂も流れている。
アルカイダやタリバンを支援していたアメリカ、ハマスを支援していたイスラエル。共に最後はその支援相手と戦い、軍産複合体の商売に貢献している。イスラム国もそういうパターンなのだろうか?
イスラム国だけではない。現在欧米はイスラム国と対立するクルド人勢力を支援しているが、それもいつかやがてあのパターンを踏襲日が来るのか? 商売の茶番劇に操られて何も知らないクルド人達が戦死するのは忍びない。

また、in deep様によるとイスラム国には奇妙な印象があるという。
それは、イスラム教祖ムハンマドが「審判の日にユダヤ人はイスラム教徒の攻撃を受け、ガールカットの木(クコの木)に隠れたユダヤ人だけは生き残る」と予言しているにもかかわらず、イスラム原理主義なはずのイスラム国は「ガールカットの木に隠れたユダヤ人も殺してやる」とツイートしている点だ。
イスラム国と同じスンニ派の指導者達から「イスラムの敵」と見なされた背景には密かにこういう部分も関係あったりするのだろうか?

◆一神教性神経症?
イスラム国はクルド人を含む「イスラムに従わない者(異教徒)」を迫害したり殺害したりしている()。組織の残虐性が強すぎて、同じくイスラム過激派であるアルカイダから絶縁されたほどだ。
イスラム国にとっては自分達の掲げる思想・信条こそが唯一絶対の正義であり、それに反するものは何であれ罪深く、滅ぼすべき・滅びるべき絶対悪なため、イスラムに反する者への迫害や殺害は残虐行為でも悪事でもなく、むしろ「正義」として認識しているようである。
そういった発想を分かりやすく解説している一人が中田考氏である。彼のツイートから要約:

ISカリフ国に対して「罪もない市民を殺す残虐行為」などと平気で書ける者は、人間にとって最も重い罪とは創造主を信じずその命令に背くことであり、人は誰でも罪人であり、中でも異教徒は創造主を信じない時点で最悪の罪人、哀れみにより生かされているだけの存在であることに思いが及ばないのか。
すくなくとも自分がそう思わないにしても、それを前提にする者をムスリムと呼ぶのだ、ということぐらいは意識した上で発言すべきだろう。
その程度の意識、配慮もなく、自分たちが客観的で、ISカリフ国が独善的だなどと思える独善性は救いがたいとしか思えない。

これらのツイートに対してなされた「オウムにも同じことが言えるのか?」との質問には、
私自身は相対主義の立場に立っていません。「オウムもヤズィーディー(クルド人の宗教)も邪教」でおしまいです。

中田氏が全イスラム教徒の意見を代弁しているとは思わない。だが少なくともイスラム国の中では、「結論ありき」で議論にならない世界が存在しているようだ。物事を相対的に見る視野を持っていない。
相対的な視野の喪失は、以前の記事でも書いた例の「一神教性神経症」に罹患した経験を持つ各地域でも良く見られる現象(症状)だ。一神教によって自分達本来の土着の精神世界を侵略・抑圧・支配されるほど強い洗脳を受けると、絶対的な価値観に心を支配されて相対的な視野や発想を見失いやすいのかもしれない。その有様は、本来独自に持っていた各地の精神世界(集合無意識)が侵略によって受けた傷の深さを思わせる。その傷は、今もなお時折悲劇を引き起こす。

注意したいのは、一神教だけが相対的視野を喪失しやすいのかというと全くそんなことはなく、多神教の世界でも普通にあるし何も宗教の世界に限ったことではない。相対的視野を失うケースなど、世界中のあらゆる分野でいくらでも存在していることだ。イデオロギーの世界にだってあるし、シーシェパード等の社会活動にだってあるし、ご近所づきあいの世界にすら存在している。また、一神教の信者だからと言って皆が相対的視野を持ってないとか考えるのは単なる偏見でしかない。

進化途上にある地球人類の脳ミソは、何かの拍子に相対的な物事の見方・考え方が不得意になってしまうことがあるのかもしれない。そのことを如実に表現したのが一神教(ないし一神教的な)「相対的視野喪失」という症状だろう。「一神教性神経症」と仮に名付けはしたが、あの症状は一神教の世界だけが罹患するものではない。あの症状は、全世界のあらゆる分野や物事で様々な形で発症しうる。
そのため、多くの人々にとってあまりにも極端に映るイスラム国の有様は、しかし強烈な反面教師にもなりうる。
視野が狭く、物事を相対的に見ることができない・・・まるで片目を失ったかのようだ。これ、「生存第一の原始本能」という唯一絶対の「神」に支配された爬虫類脳の特徴でもある。脳の特定部分が持ってる本能(価値観)を絶対正義にしてしまえば、脳の特定部位にイニシアチブを与えすぎて暴走させてしまう。結果、特定部位が独裁者となって他の部分が受け持つ能力や個性や可能性を抑圧してしまう。
隻眼の視野・・・ふと、ドル札やフリーメー○ンのロゴなどに使われている「プロビデンスの目」を連想した。ピラミッドに描かれたあの目、もう片方はどこへ?

◆巨大な鬼門線浮上
社会の無意識が一神教性神経症に罹患した各地域。とくに、イスラム原理主義と選民思想と白人至上主義という症状を象徴する地域が運気共鳴している。イスラム国が初めて予想以上の危険な本性をむき出しにしたイラク北東のクルディスタン、選民思想を背景とするシオニズムのメッカになった火種抱えるイスラエル地域、かつて黒人奴隷貿易の拠点だった現在エボラが流行中のリベリアやシエラレオネ・・・東北~南西にかけて分布するこれらの地域は、別名「神の通り道」とも呼ばれる鬼門線によって結ばれている。これ、とても大きい鬼門線だ。
この大きな鬼門線、裏鬼門の終点をリベリアの首都あたりに置き、さらに裏鬼門方角へ仮の線を引っ張ってみるとブラジルの鬼門エリアにある「サルバドル」という大都市にたどり着く(やはり奴隷貿易の拠点だった)。この都市、語源が「救世主」だ。
・・・まさかあの巨大な鬼門線、そのうち「救世主へと至る神の通り道」に成長するんじゃあるまいな?

古代エジプトの強行政策、アトン信仰に当時エジプトの奴隷だったユダヤ人が影響されて誕生し、その後さまざまな宗派を作り出して各地で土着の精神世界を抑圧し様々な神経症状を発生させた歴史を持ち、多分それ自身が神経症状と思われる世界三大宗教。件の巨大な鬼門線は、世界三大宗教による代表的な神経症状を象徴的に結ぶ鬼門線でもあると思う(妄想)。そんな鬼門線を通り抜ける(かもしれない)「神」の正体は、民族とか社会規模の「セルフ」じゃないかと思う。一神教が発生するはるか前から東西を超えて世界各地に存在する「神」のイメージ。そのイメージモデルはセルフではないかと言われている。
そんな「セルフ」が鬼門線通り抜けた時、病んだ世界は抑圧された本来の精神世界と統合を果たして癒されるだろうか?

◆サンフランシスコ郊外の地震から妄想
ネット環境をしばし離れてそんな妄想をめぐらせながら帰ってきたら、サンフランシスコ郊外のナパという地域で大きい地震が起きたというニュースを知った。

サンフランシスコ郊外地震、けが120人に 停電も
米地質調査所によると、震源地はサンフランシスコ北方のナパ郡で、震源の深さは約10キロ。カリフォルニア州政府によると、約6万9千世帯が停電し、ガス漏れや、家屋の壁が崩れる被害が出た。地震が原因とみられる火災も、複数箇所で発生した。
(中略)ナパ郡は、サンフランシスコ市内から直線距離で約70キロ。ワインの産地として知られ、日帰りで訪れる日本人観光客も多い。サンフランシスコ市内でも、比較的強い揺れを感じた。

今回の地震、89年のサンフランシスコ地震()と同じ龍脈上で起きた龍脈変動である。いったい今回の地震はどんな運気変動を暗示しているのだろうか。それを妄想する参考までに、前回同じ龍脈で地震が起きた89年がどんな時代だったかを見てみると、地震の5日後にハンガリーが社会主義を辞め、地震の翌月にはベルリンの壁崩壊。そしてその翌月に冷戦が終わった年だった。当然、(軍産複合体に牛耳られている)アメリカの運勢も大きく変わった。89年はあの地震以降、世界秩序が大きく変わっている。

89年のサンフランシスコ地震。震源地はサンタクルーズという町の鬼門に位置するサンタクルーズ山地。ズバリ「聖なる十字架」という意味である。89年に「資本主義対VS産主義」という構図を持つ冷戦の世界秩序(ビジネスモデル)が終わったことは、軍産複合体が湾岸戦争や911、アフガニスタン紛争やイラク戦争といった「キリスト教世界VSイスラム世界」の構図を持つ十字軍的な世界秩序を使ったビジネスモデルを始めるきっかけとなったわけで、「聖なる十字架」を震央とするあの地震は現在の国際情勢にも続く一神教性神経症の現象(症状)の予兆を暗示した龍脈変動な気がした(妄想)。

あの時と同じ龍脈上で起きた今回の地震。震源地となった「ナパ」という地名は魚を意味する先住民の言葉でもある。魚はズバリ、救世主の象徴だ()。そして、占星術では魚座も同じ象徴になる。現在魚座には、「癒しの星」と言われているキロンという小惑星が入っており、このことが地球(世界)に対して「一神教性神経症への癒し効果」をもたらす暗示になってないかと期待(妄想)している。その癒し効果は「癒し」という点で救世主的であると同時に、一神教(=病)の世界に「終末」をもたらしうる。
神経症を癒し終わらせるには、自分自身の抱える症状とはっきり正面から向き合うこと。それを通して症状が発生した背景(原因)に気が付いていくことが不可欠となる。
相対的な視点が持てないまま激しく暴走し激烈な症状を示す「イスラム国(ISIS)」は、同じ神経症を抱えている各国・各地域が己の症状と向き合うための「鏡」の役割を図らずも演じていると言えなくはない。

今回の地震もまた、世界秩序の切り替えを感じさせる。地震からわずか2日後にイスラエルとハマスが長期停戦に合意した。それと同時に、世界各国が神経症の鏡「イスラム国」へ対抗するためにアメリカを中心にしてまとまっていくような気配が発生している。なんとクルド人勢力が対イスラム国で宿敵イラクと手を結び()、シリアが対イスラム国でアメリカと組み、イラクとシリアの聖戦主義者は「アメリカはイスラム国を止めろ」と言いだし、()イスラム国の母体だった過激派のアルカイダさえ「残虐すぎる」とイスラム国を絶縁()。さらに、イスラム国も属するイスラム教スンニ派の宗教指導者達も「あれは敵だ」と言い出した。イランもイスラム国を脅威と見る点ではアメリカと同じだからもしかすると仲直りして連携する可能性も。

次なる新たな世界秩序(ビジネスモデル)は、「過激派モンスターVS世界各国(宗教不問)」だろうか(妄想)。まるで地球を侵略しに来た宇宙人vs 地球人の戦いを描くSF映画だ。そして、見事に相対的視野の入る余地を排除した世界秩序だ。この対立構造や、それに基づく政策や軍事・財政に疑問や反感を持てばたちまち「世界の敵(=絶対悪)を倒す正義に反対するヒトデナシ」になれる。そして、「世界の敵」を生み出した背景には目を向けない(向けさせない)。
その世界秩序の中では、ドイツやチェコがクルド自治政府へ武器供与するように紛争当事国へ武器供与するケースも頻繁になりタブーがなくなっていくかもしれない。そこに商機が生まれるのだろう。 ともあれ、当然ながら日本も無関係ではない。
軍産複合体・・・そのビジネスモデル・・・どれも、あの神経症に依存しなければ成立しえない。そういう世界と今まで以上に深く付き合う日本。最近出来たあの「お金の不徳を正す島」は、今後どんな変動を見せるだろうか?

チリとNZの偶然に見る異端妄想

オマケ
某フェイスブックより

「そろそろどこかで戦争でも起きてくれないことには、日本経済も立ちゆかなくなってきますなあ。
さすがに日本の国土でどんぱちやられたのではたまらないから、私はインドあたりで戦争が起きてくれれば我が国としては一番有り難い展開になると思ってますよ。」

リンク先文中にある「安保法制懇」のメンバーリストはこちら。そして現在→インド首相、新幹線システムの導入に意欲  インド首相、日本からの防衛装備品調達に意欲  ・・・これが戦争ビジネスの舞台裏か。

2014.8.29追記
ISに対抗し、宗教者が結集へ←世界五大宗教が対イスラム国で団結の様相。各宗教指導者達はただ単に「イスラム国(IS)に反対するための連帯」ではなく、彼らを含め自分達の宗教が抱える「一神教性神経症」を治していくためのグループカウンセリング的な連携をしてほしい。あの病は一神教だけが罹患する病気ではないのだから。紛らわしい名前に誤魔化されてはいけない(変な名前付けたの私だけどw)。
宗教は相対的な視野を失いやすい分野の一つだから、下手をするとそこに付け込まれて軍産複合体が新しく 立ち上げた世界秩序ビジネス「過激派モンスター(世界の敵)VS世界各国」のという舞台設定にこの対IS団結が都合よく利用されかねない。

2014.9.1追記
イラクとシリアで、多数のアメリカ軍とCIA職員がテロ組織ISISに加勢

アメリカの政治評論家ダン・ディバール氏が、「現在、イラクとシリアでは、数百名のアメリカ軍あるいは、CIA職員がテロ組織・イラクとシャームのイスラム国のメンバーと共に戦っている」と語りました。
反戦活動家でもあるディバール氏は27日水曜、アメリカ・ニューヨークからプレスTVの電話取材に応じ、テロ組織「イスラム国」には、300名のアメリカ国籍者がいるとした報告に触れ、「現在、イラクとシリアでは、数百名のアメリカ人、或いはCIA職員がイスラム国と共に戦っている」と述べています。
また、「イスラム国は、シリア、さらにはそのほかの地域諸国に情勢不安を引き起こす目的で、アメリカにより結成されており、今やアメリカにとって深刻な脅威、そして懸念材料と化している」としました。

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