経済・政治・国際

2020年6月26日 (金)

一元性と多元性の連携

※以下は全て個人の妄想です。前記事後半のテーマをもっと抽象化させたもの。

◆豊かさは本来多元的
物々交換の時代は多様な、事情背景のある個々人によって価値や価値観が多元化しており、それゆえに多様な可能性に支えられた豊かさと調和があった。豊かさの作り方が一元化されていない分だけ融通が利いたのだ。豊かさの作り方が多様な分だけ可能性が豊富で、そこに創造性を発揮する余地が多くあった。特定の物にだけニーズが一極集中することもなかった。
しかし「貨幣」が生まれると一神教的なマニュアルめいた「貨幣に対する価値や価値観(ニーズ)の一元化・画一化・一極集中化」を引き起こし、文明の営みを一元化させた価値や価値観(マニュアル)に一極集中依存することで豊かさの活かし方や作り方に融通が利かなくなり、効率と引き換えに創造性を排除したことで豊かさとその可能性を制限・抑圧するようになった。 それが一層の飢えを引き起こし、奪い合いや争いは一層広がったかもしれない。貨幣にニーズが一極集中するから貨幣を手に入れる倍率が高く、結果多くの人々が飢え、他者の飢えにつけ込み利用することで権力を得た者達もいただろう。飢えを力の源として依存する彼らと「一元化された(多くの豊かさを切り捨てる)経済システム」を普及させた者達は、場合によっては同一勢力かもしれない(陰謀脳)。

例えば農業。運悪く豊作になってしまうと、価値が下がって損をするから収穫した野菜をブルドーザーで潰してしまう。貨幣変換(価値や価値観の一元化に基づくシステムとの合致)がうまくいかないから自然が恵んでくれた豊かさを存分に生かせない。
「貨幣」というツールに価値とニーズを一元化させた経済システムは、本質的に多様で多元的である「豊かさ」というものに対応できていないから、地母神は恵みと共に封印されてしまう。一元化・画一化されたあまりにも狭い視野ゆえに。
 貨幣は「どんな豊かさにも変換可能」ではない。一体どれだけの豊かさが「貨幣変換しにくい(お金に変えられない)」という理由で活かされることなく無視され切り捨てられ忘れ去られてきたのだろう?
システムに不都合な種類の豊かさを切り捨てる。そう。豊かさを志向する経済システム自体が豊かさを自ら捨てているのだ。どおりで飢えるわけだ。
結局、「豊かさ自体が貨幣経済
に一元変換しきれないので物質的豊かさすら十分活用できない経済システム」が人類を豊かにするわけがない。人類は、豊かさの何たるかを知らず、システムの狭い視野で認識し取り扱いできる豊かさのほんの一部分しか得ることも活用することもなく、慢性的に豊かさと可能性に飢えてそれらを奪い合い、飢えの恐怖を動機と原動力に文明を営む歴史をずっと続けてきたのだろうか。
豊さを十分に活用しきれず飢えを手放すことができない経済システムそのものが、飢えの恐怖を動機と原動力にして作られたのだろうか。
豊さでもなんでもそうだが、手段の過剰な一元化・画一化(マニュアル化)は時に視野を狭め認識と可能性を貧困化させる。しかも、もしシステムの基礎たるマニュアル(一元化・画一化主義)に不備があれば、そのマニュアルに基づいて創られたシステムの扱う範囲の物事全てに不備が生じる。タロットなら「塔」。
一元的・画一的マニュアルのみに縛られず、その時に合わせて臨機応変に多様で豊富な手段を活用して創造性と可能性を発揮することができないと本来多元的な性質を持つ「豊さ」というものが制限・抑圧されてしまう。
マニュアル人間」がその良い例だ。彼らは発想が貧困化しすぎて己の創造性や可能性や自由を自ら抑圧してしまっている。現実を見ることよりもマニュアルを先行させてしまった結果、盲目的だ。

◆一元性と多元性の連携
そもそも、人がロボットでない限り価値(観)や考え方は画一的に一元化(共通のマニュアル化)させようがなく、無理にそれをしようとするとその過程で必ず争いが発生する。調和と秩序に不可欠な視点は「どうやって価値観を統一するか」ではなく、「どうやって価値観の違いが存在する中で調和を保つか」が重要。むしろ、価値観が多様だからこそどこかで利害が一致しやすく調和が実現できるのだろう。
また、「違いが許せない」という現象は過剰に何かを一元化・画一化させなければ成立しないシステムに依存している時に起きやすい。
「違い」が争いを生むのではない。「違い」を生かせないことが争いの一因になるのだ。(前記事で挙げた現実もその一例)
それは多分、「違いが保てない(許されない)ほどの一極集中」も背景じゃないかと妄想した。

過剰な一元化(マニュアル化)が創造性を抑圧し、地母神を抑圧し、豊かさを抑圧し、飢えや弱肉強食を作ったのだとすれば、多元性を許すことで一元(画一手法)と多元(多様な手法)の両立と連携が可能になり、可能性は切り捨てられることなく広がっていける。飢えや争いや弱肉強食に陥らなくて済むようになる。効率や能率の追求ゆえの行き過ぎた一元性・画一性・一極集中志向が無駄や遊びやスタンドプレーを許さないために却って余裕や可能性を奪うことは多い。リスク分散もしづらい。
一元性と多元性は陰陽の関係。連携させることで創造性と可能性を生む。これからの時代のキーワードになるかもしれない「スタンドプレーから生まれるチームワーク(和」)は一元性と多元性の連携技で生まれるものだ。

本質的に多様で多元的な「豊かさ」というものの多くを廃棄してしまう一元的な発想を基礎に作られた「飢えの経済システム」は、他者の飢えや飢えによる奪い合いにつけ込み利用することで力を得たい者達(他者の飢えに依存する者達)にとってはまことに好都合であったと思う(陰謀脳)。
自分達のために豊かさの多元性を封じニーズと富を一極集中させる(=格差を作る)飢えの経済システムを開発して一元的・画一的に普及させ、それ以降数千年もの間人類史を飢えと争いで支配してきたのだとすれば、先日起きた「世にも珍しい夏至日食」はそんな歴史の終わりの始まりを暗示させるものになっているかも(妄想)。
現在、6500年ぶりに山羊座に冥王星、木星、土星がそろう珍しい現象が起きている。そんな珍しい現象と、「372年ぶりに夏至と日食が同日に起きる現象」が重なったのだ。こんなことが起きる確率は非常に稀だから、世にも珍しい現象だ。

偶然か否か、夏至日食は山羊座と正反対に位置して母性(創造性)を司る蟹座で発生し、サビアン占星術で食の発生位置をみると、その位置のキーワードは「船にかかげられた旗: 象徴的行為によって忠誠心が転向したことを表明する」であった。貨幣経済が普及して以降続いてきた「貨幣に対する価値や価値観の一元化・画一化・一極集中化」という、いわば貨幣への一極集中的で盲目的な忠誠心は、変化していくかもしれない。占星術で見ると東アジア及び一部の東南アジアでは国際金融資本や海外経済や遺産(負の遺産含む)も司る第8室で起きている。

これからの時代は価値や価値観の過剰な一元化やそれがもたらす飢えに依存せず、多様性・多元性を活用し貨幣や物々交換などをはじめ多様な豊かさの手法が搾取なく同居できる「価値や価値観(豊かさ)の多元化・多様化」に向かって進んでいくかもしれない。過剰に山羊座的(父性的)な一元的・画一的・一極集中的発想が暴走する時代は徐々に終わると思う。 多元化、多様化はリスク分散にもなる。
その時、人類の地母神は、多元性を回復させた本当の豊かさは、甦るだろう。それは、「楽園の復活」や「テフティの復活」でもある。


楽園が甦る時←多元的な視野を封印し、(飢えの苦しみを動機と原動力に?)目先の効率や能率を求めるあまり一元的・画一的に偏った知能の使い方ばかりを志向したことが
「知能の幸せな使い方」を封印させてしまった一因かもしれない。

象と王様


経済ド素人の占い師があえて書いてみる

2020年6月22日 (月)

山羊座的社会から水瓶座的社会へ

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。

レイシズムが蔓延する社会事情とその解決策は?
短編版がネットで無料配信中『SKIN/スキン』

主人公・ブライオン(ジェイミー・ベル)は、子どもの頃に両親に捨てられ、白人至上主義団体を主宰するクレーガー(ビル・キャンプ)とシャリーン(ヴェラ・ファーミガ)に育てられた。ブライオンにとっては、白人至上主義団体こそが家族であり、唯一の居場所だった。
ホワイトトラッシュと称される白人の低所得者層は、子どもを学校に通わせることもままならず、定職に就くこともできず、その結果としてアルコール依存やドラッグ依存に陥ってしまう。ブライオンのように更生を願っても、行政は手を差し伸ばしてはくれない。白人の仕事を奪ったのは黒人や移民たちだと、激しくヘイトするようになる。プアホワイトにとって、レイシズムが心の拠り所となっている。
(中略)
レイシストたちには怒りや憎しみではなく、社会的包摂と寛容さを、そして永続的な経済政策を。アウシュビッツサバイバーの孫であるガイ・ナティーヴ監督は、とても分かりやすく差別問題の解決策を実例に沿った形で提示してみせている。

『SKIN/スキン』(短編の配信は18日で終了)


主人公が暴力的な差別活動にいそしむ動機と原動力の中に「捨てられた自分を拾って育ててくれた家族への愛情」も含まれているところがとても切ない。彼の行動原理の中にあった愛が、彼の更生と再出発を支える愛と出会う運勢をもたらしたとも言えそうだ。社会から捨てられた彼は、両親に捨てられた子供の頃みたいにまた拾ってもらえたのだ。しかも黒人の活動家に。

「俺たちから仕事を奪ったのは有色人種だアイツらは敵だ」という一部のプアホワイト達の中にうごめく心理は有色人種をユダヤ人に置き換えるとナチスを台頭させた頃のドイツで横行した大衆心理そっくりになるのかも。まともな生活ができない貧しさは劣等感を作り、まっとうな自尊心の発達さえ欠乏させる。健全な自尊心に飢えた心は優越感という代用品を求めるようになり、それが差別主義や歪んだナショナリズムという手段への依存をもたらす。
日本も不景気になってから歪んだナショナリズムや在日中韓へのヘイトスピーチが増えた。そういう人達の受け皿になってる組織の一つが宗教右派でもあるのだろう。
自分達の住処に大挙して乗り込んできて乗っ取った挙句建国した移民達同士がいがみ合う様を、アメリカインディアンの人達はどんな目で見ているのだろう?

産業革命以来、経済発展を特定の地域ばかりに一極集中させたためにライフスタイルや価値観や人種の異なる多くの国々が経済発展できず貧しいままで、そのような国々から発展している地域に大量の移民が一極集中してしまった結果、人々の持つ多様な「違い」が多くの軋轢や摩擦を生んでいる。当然、就職競争が激化し職にあぶれる人も増え、深刻な格差やいがみ合いや妬みが生まれ治安も悪化する。移民と発展と富の一極集中に依存した国家はこれを解決する術がなく、格差の底辺層を利用した(依存した)国造りをするようになる。
この摩擦や軋轢を根本解決せず一元的・画一的に抑制・管理・監視しようとするから監視社会や管理社会化が不可欠という発想になってしまうのだろうか。このような一元的・画一的な発想は占星術的に表現するなら山羊座的発想。

解決例としては、富や発展を集中させずに分散させ行き渡らせ循環させること(循環は水瓶座的発想)。
その土地の事情や環境や個性に適した形で、地域の特性を考慮し生かす形で経済活動を引き起こしそこで生まれた豊かさを他の地域へと広げ循環させること。いわゆるサスティナブル経済(永続的経済)ってやつだが、これからはこの経済の研究・開発・実用が進んでいくと思う。そうすると多様な違いを持つ各地から移民が経済的な理由で一極集中することで生じる色んな問題はかなり根本解決していくだろう。深刻な格差や治安悪化も減っていくし、人々が深刻な格差に苦しんだ挙句差別主義に依存する必要もなくなる。

グローバル化によってライフスタイルや価値観を無理にでも画一化させて違いを無くすのではなく、違いを生かし連携して創造的に可能性を広げられる関係と環境作りが今後の社会の開運ポイントになるだろう。「違い」が可能性やメリットに結びつく時、人々はその違いを殊更ヘイトしない。
また、従来の一極集中型社会はパンデミックや災害にも弱い。対して分散・循環型社会はどこかで伝染病が発生したり物流が止まった時でも対応しやすい。リスクを分散させ、循環を臨機応変に融通しやすいからだ。コロナのパンデミックは今後の世界を従来型の一極集中型社会から分散・循環型社会へのシフトチェンジを進めていくきっかけになるかもしれない。

【余談】
リーマンショックや311の買い占めパニックでぼんやりと思い浮かぶものの上手く表現できずにきた現代経済の課題と解決のイメージが、最近少しずつ世の中で具体化されていると感じられてうれしい。豊かさや価値というものを一元化・画一化させ一極集中させると、多様な豊かさのあり方と可能性が切り捨てられて失われてしまい、貧しくなる。豊さにも可能性にも飢える。これが人類史に染み付いた飢えのトラウマの一部を担ってそう。過度な一元化や一極集中は様々なミスマッチを引き起こし、必然的に飢えをもたらす。効率を求めすぎて視野狭窄を起こすと、却って非効率的になりロスが増大することはままある。

経済ど素人の占い師があえて書いてみる←私の場合、経済について考えるようになったのはこの頃から。
心の飢えが本当の飢えを招く
金色の河

2020年5月11日 (月)

家賃の支払いや生活が心配な時は

今はコロナ対策で政府から10万円が定額給付されますが、今に限らず家賃の支払いや生活が心配な人は、「住居確保給付金」という返還不要な国の制度もあるので参考にしてみてください。この制度はリーマンショックを教訓にして平成27年から施行された「生活困窮者自立支援法」の一環として存在しています。以下に詳しい説明があります。

「新型コロナで収入減。家賃が払えるか心配…」知っておきたい返還不要の住居確保給付金って? 対象者は?


また、「生活困窮者自立支援法」は様々な経緯で経済的に困っている人を支援対象にしています。色んな人が支援対象に当てはまります。本人だけではなく、ご家族なども相談できます。

各地の窓口情報

経済的な生活不安は占い師に相談するよりもまず、お住いの都道府県や市区町村の窓口へ早めに相談してみてください。

2020年5月 9日 (土)

人間はその技術を幸せに使えるのか

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。

内閣府が作成した“2050年の目標”「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」にネット困惑

内閣府が1月下旬に発表した「ムーンショット目標」に突っ込みが相次いでいる。ムーンショットとは、「従来の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発」のことで、関係省庁が協力して研究を推進しようとするもの。発表された目標は以下の6つだ。

目標1:2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現
目標2:2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現
目標3:2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現
目標4:2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現
目標5:2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出
目標6:2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現

■攻殻機動隊の世界観? 「何言ってるか全然わからない」という反応も
目標1に混乱する人は特に多く、「何言ってるか全然わからない。電脳化、義体化するって事??」と言った疑問が寄せられている。確かに、人間が肉体の制約から開放されるという点では「攻殻機動隊」の世界観に近いように感じる。
内閣府の資料によると、目標1は「2050年までに、複数の人が遠隔操作する多数のアバターとロボットを組み合わせることによって、大規模で複雑なタスクを実行するための技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築」することを目指しているという。2030年までには「1 つのタスクに対して、1 人で10体以上のアバターを、アバター1体の場合と同等の速度、精度で操作できる技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する」ことを目標としているようだ。
(中略)
ほかにも、目標2「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」の達成のためには、2030年までに臓器間のネットワークを包括的に解明し、
「2050 年までに、臓器間の包括的ネットワークの統合的解析を通じて疾患予測・ 未病評価システムを確立し、疾患の発症自体の抑制・予防を目指す」
「2050 年までに、人の生涯にわたる個体機能の変化を臓器間の包括的ネットワー クという観点で捉え、疾患として発症する前の『まだ後戻りできる状態』、すなわち 『未病の状態』から健康な状態に引き戻すための方法を確立する」
ことを具体的な目標として掲げていた。

他にも、「2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる」「2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を強化できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する」などといった内容が書かれている。

これが内閣府から発表されたのは1月下旬。新型コロナウイルスの世界的流行が現実味を帯びてきた時期と一致。それから程無くして一人の内閣府職員が飛び降り自殺。陰謀論界隈は色々噂するが、当然ながら因果関係は不明。


◆人間はその技術を幸せに使えるのか?

「ムーンショット」とは、「困難で莫大な費用が掛かるが実現すれば社会を大きく変化させるチャレンジ」を意味する表現らしい。確かに攻殻機動隊やマトリックスみたいな話だw 脳や体になんか埋め込むとかいう話だったら気持ち悪いし頭や体に悪そうw 電磁波すごそう。
当然だが新しい技術が普及すればそれを悪用した犯罪や独裁や汚職が発生することもある(そして公安9課設立w)
AIによる自動化が進むと生身の人間が現場で仕事することが減る代わりに、AI管理職(一人十役)が必要になったりもするのだろう。時間や空間の制約を解放という意味ではテレワークもその一種だが、プライベートな空間に職場の圧力がやってきて逃げられないという問題が出て来た。ご自宅でパワハラ・モラハラに遭ったり、職場が家庭生活や家族団らんや育児といった人間らしい生活を今まで以上に直接的に圧迫・破壊しうる事態。制約から解放されるはずが、(とりわけ人間性に対して)今まで以上の制約を受けるはめになったり、「能力拡張してまで過重労働」「能力拡張の代償が人間らしい生き方の喪失・人間性の否定」というオチにならなきゃいいがw

目標の中にある「疾患として発症する前の『まだ後戻りできる状態』、すなわち 『未病の状態』から健康な状態に引き戻すための方法を確立する」 だが、これに関しては「未病」という概念を作った中医学、または振動医学が得意な分野。振動医学に関しては日本国内でもいくつかの歯医者や獣医が自分のクリニックで導入していて、未病のうちに体の異変を見つけたり日本語で自分の症状を説明できない相手(動物や赤ん坊や外国人)の診療にも向いている(だが、こういう分野が汚い利権や癒着の温床になるのは忍びない)。

言うまでもなく、どんなテクノロジーも使う側の発想や品性次第で社会を幸せに発展させることも荒廃・滅亡させることも出来てしまうものだから、(宗教的・カルト的でない形で)人間の民度を上げないとどうしようもない。飢えの恐怖や弱肉強食を動機と原動力に文明や経済作ってるうちは色々と問題が起きやすいだろう。拡張された能力が犯罪に使われたり、それを抑止すべく窮屈な管理社会・監視社会になりかねない。
テクノロジーが高度であるほど使う側の意識や発想の持ち方次第で破壊力も大きくなってしまうことは、広島や長崎の悲劇を見ればよく分かる。ムーンショット目標を使って新しい世界を目指すという構想の背後にある意識や発想が世界をディストピア化し人間性や幸せを破壊するものにならないことを祈る。もしもこれが陰謀論界隈で噂の「テクノロジーを使って強引に世界人類を統一するような発想」であれば、大きな歪みや反動(抵抗)や摩擦は必至だ。仮に統一が実現したって長続きしない。

何よりまず、ムーンショット目標が提唱する社会構想は日本に向かない。災害に弱すぎるからだ。日本政府はこれを本気で実現するというより、これを口実に甘い汁吸おうと思ってるだけの人が多いんじゃないかとw

◆「ゾルタクスゼイアン」の秘密を妄想してみたw
「やりすぎ都市伝説」をご覧になった方はご存知かもしれないが、この「ムーンショット目標」は何も日本だけの話ではなく、世界規模で進められているとの噂。背景には陰謀論界隈でも有名な「ビルダーバーグ会議(1951年から続けられている世界的に影響力の大きい資本家や政治家などが集まって行われる秘密の会議。オバマはこの会議に招待されて大統領になったとの噂)」が関わっていると言われている。
(余談だが、サビアン占星術で今年の世界運勢を占ったら、試練や抑制を司る土星のキーワードがズバリ「秘密のビジネス会議」だったw)

個人的に、この世界規模で進められている(かもしれない)ムーンショット目標なるものはゾルタン・イシュトヴァンがトランスヒューマニズム(科学技術で人間の身体と認知能力を進化させ、人間の状況を前例の無い形で向上させようという思想。精神転送論などもその一部)の政党を米国で立ち上げた事とも関わってるんじゃないかと思った。まるで、何かの実現を強引に進める意図があるような?
この「トランスヒューマニスト党」が提唱する理想社会は「貧困や戦争を無くし、教育は無償化。人類が加齢や病気を克服する研究を大々的に進め、ロボットが仕事をする一方、人間は余暇を楽しみ世界を探索できるようにする」というもの。この「理想社会」は飢えの恐怖を第一の動機と原動力に依存しない代わりに死の恐怖を動機と原動力に依存しているように見える。それだと死の恐怖を手放せないので、結局上の恐怖も手放せまい(災害への恐怖もね)。恐怖を手放せなければ、恐怖を動機と原動力にしたシステムに依存し囚われ支配されてしまう。
トランス・ヒューマニストのゾルタン・イシュトヴァンが唱えるお題目、一見すると楽しそうな理想郷だが、はてさて・・・?

「ゾルタン」はアラビア語の「スルタン(王、権力者、権威者)」が語源。「イシュトヴァン」はハンガリーを統一・建国した初代の王イシュトバーン1と同じ名前だ。彼の名前を直訳すると「権力者イシュトヴァン」になる。


そこではっと思い出したのが「ゾルタクスゼイアン(Zoltaxian)」。これは人々の質問に対してsiriが「楽しい場所だ」と答える謎の言葉だが、しがない占い師のカンではあの言葉の「ゾルタ」の部分が表しているのは先述の「ゾルタン・イシュトヴァン(Zoltan Istvan)」ではないかと思った(電波)。
即ち、ゾルタン・イシュトヴァンが代表になって立ち上げたトランスヒューマニズムの政党が提唱する理想社会(理想の王国)を示す隠語が「ゾルタクスゼイアン(ゾルタクシアン)」で、その実現プロジェクトの中にムーンショット目標が含まれているのかもしれない(まさかラテン語で『王冠』を意味するコロナウイルスの流行も?)。
ゾルタクスゼイアン実現プロジェクトにsiriは活用されるのだろう。siri曰く、「私はゾルタクスゼイアンの卵運び(Zoltaxian Egg Toss)」で抜群の成績でした」・・・活用すればゾルタン達の唱える理想郷が生まれる可能性(卵)を最も効率よく未来へ運べるAIがsiriってわけか? 
siriを逆から読むと、神と人の懸け橋にもなる虹の女神「イリス」になる。神話になぞらえれば、イリスの協力で生まれる太陽神アポロンがsiriの「卵運び」で実現するゾルタクスゼイアンに相当するのかな(太陽にも『コロナ』はある。ムーンショットという表現自体、アポロ月着陸計画が由来)。そしてイリスは「虹彩」という意味もある。陰謀脳なら「太陽神の目」をロゴマークにした例の秘密結社を想起するかもしれないw
予言風に表現すれば、
イリスの運ぶ卵から生まれし太陽神、冠(コロナ)を被りてゾルタクスゼイアンの王とならん」

siri、ムーンショット目標、トランスヒューマニズムの理想郷「ゾルタクスゼイアン(災害に弱く死の恐怖に動機と原動力を依存?)」・・・それら全ての背後には、あの「秘密のビジネス会議」が・・・?w 
私にはトランスヒューマニズムが「肉体的制約の解放(生身を超えた能力拡張)」を強く謳うことで却って潜在する「肉体へのこだわりと囚われ(死の恐怖含む)」を強調しているように見えるし、その他人間性にも関わる様々な問題や歪みを内包しているように見える理想郷「ゾルタクスゼイアン」・・・いつかあの会議にゾルタン・イシュトバンが招待されて大統領になる日は来るのだろうか? 

信じる・信じないはあなた次第w

 

余談:
攻殻機動隊S.A.C2のクゼ・ヒデオは「難民の記憶とゴーストをネット上に運び去り、ネットと融合させて新たな生命体として進化しよう」という、トランスヒューマニズムの精神転送論に基づいた革命を考えていた模様。

2020年3月10日 (火)

新型肺炎で妄想

※以下に書くことは、科学的根拠のない個人の妄想です。

◆運勢の共通点?
某所では既に書いた妄想だが、一応ブログにも残しておく。あくまでオカルト妄想でしかない。
新型肺炎の世界的流行とその周辺で起きる諸々の現象・運勢は、人類の集合無意識が抱えて来た「権力が人々の考える力を封じて扇動・洗脳・支配してきた歴史の傷とカルマ」が癒しのために象徴的に表面化しているような気がする。いわば新型肺炎関連の運勢は、以前にも書いた「考える力を封じる呪術」と密接なのではないかと妄想したわけだ。
現時点で新型コロナウイルスの影響を特に大きく受ける運勢になっている各国に注目。中国、韓国、イタリア、イラン、日本にはそのカルマが比較的強いと思う。韓国はカルトから感染拡大したし中国は未だに世界最大規模の大衆ヒステリー「文革」による傷と歪みを抱えてるし、イタリアはバチカンあるし、イランは原理主義勢力が革命起こして君臨してる国だし、日本だって政教分離してるとは言えない。戦前は国家神道、戦後は新興宗教団体が政治に幅を利かせているのはご存知の通り。どの国も、比較的強い龍脈が国内を通っている。
いわゆるネオコンやブッシュ政権と縁深かったバイブルベルトを抱えるアメリカも今後要注意かもしれない(人が集まる選挙シーズンだし、強い龍脈もある。偶然だが一部で有名なオカルト説『雛形論』で見ると、北米の照応地は感染者の多い北海道でもある)。
また、龍脈の強さはまちまちだが、世界中から大勢の巡礼者が集まる地域で考える力を封じる呪術の歴史が深いイスラエルやサウジ、エジプト、あるいはISといった過激派等への影響も個人的には注目している。去年、フレンチ・カトリックの総本山だったパリのノートルダム大聖堂が火気流失したフランスや首里城が燃えた沖縄への影響も気になっている(オカルト脳)。

◆新型肺炎と文革の因縁?
以前にも書いたが、新型コロナウイルスの発生地である中国の武漢は文化大革命が原因で発生した内紛「武漢事件」の舞台となった場所である。文化大革命自体が、主に若者を中心とした考える力を封じられた人々による大衆ヒステリーであり、中華人民共和国を建国した毛沢東はそれを利用して(それに依存して)自分の権力基盤と国の方向性を作っていった。それもあって、中国にとって新型肺炎は文革のカルマ(国造りのカルマ)を象徴的に浮上させる運勢をもたらしているんじゃないかと思った()。新型肺炎流行という試練の中で、中国人が考える力を封じられていたあの頃とは違う意識や思考・発想を選択できれば、あの頃と同じ轍は踏まず、あの頃から始まって今もなお続く(色んな意味で)息苦しい運勢から抜け出す一歩になるかもしれない(3~4月の満月図には、既にその可能性がわずかだが出ている)。それはやがて、国の進路方向を文革前に立ち戻って修正した場合の未来と合流するきっかけになるかもしれない
(妄想)。
実は現トップの習近平も10代の頃に文革で父親が失脚し、自分自身も下放されるなどして苦労を味わった。だから多分、彼はヒステリーに陥った大衆の恐ろしさを良く知っている(皮肉なことに、彼の父親は少数民族政策について『各民族の個性尊重し融和的な路線を取るべき』との意見を持っていた)。

そんな文化大革命(武漢事件含む)と似ているなと感じたのが、新型肺炎が重症化した場合に時々発生すると言われる「サイトカインストーム」だ。体の免疫機能が暴走する「サイトカインストーム」 は、いわば体の中で内戦が起きているようなもので、本来なら免疫が攻撃する標的は病原体やそれに感染した細胞だけのはずが、サイトカインストームになると暴走免疫が感染した細胞だけではなく何の問題もない健康な細胞まで攻撃し破壊してしまう。その結果、臓器が大きなダメージを受けてしまうことがあるという。免疫の強い若者が新型肺炎にかかって重症化するとこの症状になりやすいという(肺が自らの免疫によってダメージを受ける)。
暴走免疫を紅衛兵(考える力を封じられ集団ヒステリーに陥った若者達)に置き換え細胞を国民に置き換えれば、文革と似ているかもしれない。文革でも、無実の罪で糾弾され、投獄されたり迫害、殺害された人々が沢山いた。多くの貴重な文化財も紅衛兵によって一方的に「悪いもの」というレッテルを貼られて破壊された。紅衛兵同士の武力闘争も頻発し、そんな中で武漢事件が起きた。
もはや内戦と表現していいほどの大規模大衆ヒステリー暴走は、それを利用してのし上がったはずの毛沢東にも制御しきれなくなった。まるで中国トップの習近平が新型コロナウイルスの封じ込めに失敗したように。タロットで言えば「戦車の逆位置」だ。
(戦車のカードは蟹座に照応しているのだが、占星術で見るとここ数年はカルマを司る『ドラゴンヘッド』という感受点が偶然にも蟹座を通過中である)

同じコロナウイルスが原因であるSARSの頭文字を武漢(WUHAN)のWに置き換えて新型肺炎のあだ名にしている人もいる。即ち、「WARS(武漢呼吸器症候群)」と・・・。それはサイトカインストームを起こした患者の体内で起きている内戦めいた現象を表現しているようにも見える。さらに、一部で噂されるようにこの肺炎が「世界大戦でも起こさなければ実現しえない世界の覇権転換を引き起こす戦争の代用品」みたいな存在であるとするならば、さらに意味深なあだ名に見えるオカルト脳であった。

◆新型コロナ流行中の開運法?
不安を煽るだけで予防の役には立たないデマや噂やフェイクニュースに惑わされず、想像や憶測だけで行動せず、客観的な思考力と観察力をフル稼働させ、情報への事実確認と検証に努力し、
扇動されないようになること。例え権威・権力のある人や組織が発信した情報であっても違和感や疑問があればそれを素直に表現したりできるだけ確認・検証することが感染拡大や感染リスクを下げ、社会不安を下げる(=パニックを防止する)ことに寄与すると思う。一人一人がそれをすることで社会の意識レベル(民度)も上がるんじゃないかと思う。
それと同じぐらい重要なのが、新型肺炎に投影し混同している別の不安の有無を知ること。今自分の抱えている不安感は新型肺炎のせいなのか、それとも別の不安なのかを見極め、もし新型肺炎発生以前から心に抱えている不安感に気が付いたら、その不安と向き合ってみるといい。不安の正体が分かるかもしれない。正体が分かれば対応の仕方も分かってくる(過去記事)。

日本は大正デモクラシーの頃にちょっと芽生えた人権意識や近代自我の発達に失敗して人々がプロパガンダに対する免疫を獲得できずに戦争に向かって扇動されていっちゃって自ら選挙で軍事独裁政権を誕生させちゃったり大本営発表やカミカゼ信じちゃったりして傷ついたことがあるので新型肺炎騒動に向き合うことがその頃のカルマやトラウマを癒すきっかけになるかもしれない。こんな時だから、いっそ逆境を逆手に取るぐらいの発想がいいかも

※占星術的視点
疫病、集合無意識、目に見えないもの(ウイルスや細菌含む)、隠ぺい、ウソ、裏工作、漏洩、カルト(病的な信仰)、妄想(精神病)、暴動、大衆ヒステリー、デマやパニック、洗脳や扇動、バブル経済(バブル崩壊)、原油、アルコール、ガス、毒、薬、海(船や海軍含む)、水難・・・これら全部、占星術では海王星の象意である。新型肺炎(疫病)が発生して以降、世界各地で上に書いたような海王星の象意と関わる物事がここ数ヶ月で怒涛の勢いで発生しているように見える。恐らく全種類起きる。
そして本日3月10日の満月は、占星術的に見ると権威や権力を司る太陽と件の海王勢がちょうど重なった時に発生する。今から次の満月の期間は
新型肺炎関連に限らず、海王星の象意全般に属する現象やその運勢が活発に表れるかもしれない。
オマケ:

宗教団体別の新型肺炎対応ローマ教皇、聖職者らに外出して新型コロナ患者と会うよう呼び掛け
「メシア到来に備えるため、コロナビールを飲みなさい」 ユダヤ教指導者ら新型ウイルス対策で珍助言
新型コロナ予防めぐり、ギリシャ正教会と医師団体が衝突

今までとこれから311発生直後に書いたもの。世界に打ち寄せる大津波のような新型肺炎流行時の今も、同じことが言えそう。これからは特定の大国に依存する経済(富を集中・独占・搾取させる)ではなく、頼る先はリスク分散し各国同士で助け合いをする(富を行き渡らせ循環させる)経済へとシフトするでしょう。それは、弱肉強食からの脱却にもつながるかも。


追記:
20203.14
「考える力を封じる呪術と権力」という課題を持ち、なおかつここ10年はずっと変動が続いている分野がキリスト教。新型コロナ騒動が発生しているタイミングで「キリストの復活」という名を持つ島で文化財が今月1日に大損害を被るとんでもない事故が起きてしまった。タロットなら戦車の逆位置。
そして宗教裁判が吹き荒れたスペインでも患者急増・・・欧州は歴史的に魔女狩りや宗教裁判(考えを封じる呪術の弊害例)の嵐が吹き荒れた地域が多い。

2020.4.21
ユダヤ教「超正統派」居住区で感染拡大 集団礼拝やめず 大家族で“密集”し生活

コロナ乗じた勧誘に注意を カルトや悪徳商法―専門家



コロナに振動医学を試してみる?←個人的にはおすすめ

2019年10月16日 (水)

香港の運勢に思う事

※以下は占い師個人の非科学的視点からの妄想です


香港でデモ隊を攻撃した白シャツ集団 「三合会」とは何者か

◆みんな似た者同士?
中国も香港も非常に似通ったある波長を帯びていることで、悪い形で共鳴し合ってしまっているようだ。香港は今まで抱えて来たその波長を少しでも変えないと、より波長の規模が大きい中国本土に飲み込まれてしまってもおかしくない。また、宗主国の英国もまた同じく共食いの波長を強く持っていたので、長らく香港と共鳴していたのだろう。香港を植民地にした大英英国は、「広大な植民地(巨大な富)と小さな本土」という状態で、近隣諸国が本土(ブリテン島)へ束になって襲い掛かれば負けてしまって植民地は山分けされてしまうリスクがいつもあった。だから欧州諸国が束にならぬよう、分断工作にいそしんだ歴史がある。
それは中国(共産党・習近平共に)も似たような状態。大勢の人民とそれを抑えつける一握りのトップ(もしかしたら今は、たった一人のトップ)。万が一反乱勢力が膨れ上がって束になってトップへ襲い掛かればひとたまりもない。だからあんなに強権的だしAIを使った監視社会化を急いでいる。(古今東西、独裁者の末路は悲惨だ。多分、党内を粛清しまくった現トップも・・・)

そんな弱肉強食ゆえに「繁栄と多勢に無勢が紙一重でピリピリ」という波長が、「黒社会の首都」という異名を持ち、なおかつ世界3大金融センターでもあり中国大陸有数の「狭い範囲に巨大な富が集中する場所」という図式の香港の中にも強くあるのだろう。だから香港自身がその波長を変えないと、より波長の規模が大きい中国本土に飲み込まれてもおかしくない。
もしも香港の人々が内部に巣食う黒社会の問題(前の記事に書いたような背景で香港と黒社会は共依存の関係があると思う)を大幅に改善したり解決することができていたら、中共と波長を共鳴させる事も中共に飲み込まれる危機もない、今とは違う運勢が展開していると思う。

今からでも、その運勢を変えることは出来るのだろうか。ちょうど今、香港の黒社会は人権と民主主義の確保を望む香港市民ではなく中国政府の側と組んだ。現在、覆面をした集団が度々デモ隊に襲いかかってケガ人を出しているが、覆面の襲撃者達に有名な香港マフィアの「三合会」が関与している可能性が濃厚だという。だとすれば、今まで香港に共依存してきた黒社会は依存対象を変え、香港を捨てたのだ。これは、ある意味チャンスでは?

マフィアと中国。どちらも「繁栄と多勢に無勢が紙一重でピリピリ」という似通った波長を持っているのはいうまでもない。弱肉強食の世界では、多くを持つ者が孤立すれば、周囲にとって格好の標的だ。
香港があの波長をもつ黒社会との共依存関係をやめていくことが出来れば、それが香港の開運法になるかもしれない(妄想)。

 

【余談】
実はチベットもまた国の起源に「繁栄と多勢に無勢が紙一重」という波長を持っており、そこが中国と共鳴しちゃったかもしれない。
50年代に中国によって滅ぼされたチベット王国(現在はインドのダラムサラに亡命政府がある)だが、王国の成り立ちは派閥争いで「多勢に無勢」な劣勢だったチベット仏教のゲルク派が、信者だったモンゴルのグシ・ハーンによって土地を寄進されたことから始まる。ハーンはチベット各地へ侵攻して全域を平定したのち、現在のラサを中心とする広大な領地をゲルク派に寄進し、土地を得たゲルク派のダライ・ラマ5世はその土地にラサを都とする国家を作った。
ある意味、外国勢力(モンゴル)がチベットへ各地を侵攻・平定してくれたお陰で国が成立したチベットが、外国勢力(中国)のチベット侵攻によって滅びるということには因果を感じる。

香港もチベットも、中国と共通する波長を手放し変えていくことが開運法となるのだろう。中国政府や中国共産党にも深く根付く「多勢に無勢への不安と恐怖(及びそれが背景になった権勢欲)」という意識を動機と原動力にした活動や営みは却って運気にマイナスとなる。もっとポジティブな動機と原動力で動いたほうが良い。例えば、「きちんとした民主主義や人権意識がもたらす可能性を探求する好奇心」とか、「自治なら中国本土よりもうまくやれる(お手本さえ見せられる)自信」とか。

2019年10月10日 (木)

中国が強いのか人類が金に弱いのか

中国、米人気アニメ「サウスパーク」を完全締め出し 中国批判の内容に反発

中国は、香港のデモを応援する投稿をした米プロバスケットボールNBA「ヒューストン・ロケッツ」の幹部を猛烈に批判して謝罪に追い込むなど、中国市場への依存を強める米芸能界やプロスポーツ界に対し、中国への批判を封殺する動きを活発化させている。
これに対し、サウスパークの制作者、トレイ・パーカー氏とマット・ストーン氏は7日、
「NBAと同様、私たちは中国の検閲を歓迎します。私たちも自由や民主主義よりもお金を愛しています。習氏は熊のプーさんに全く似ていません」などとした上で「中国さんよ、これで仲直りできるかい」 と呼びかけるパロディー版の「謝罪声明」を発表

NBAなど、人口が多い(=消費者や視聴者が多い)中国が大きなお得意さんになっている業界は多いので、得意先を怒らせたくない業界はやがて中国の御機嫌を取ったり中国からの色んな要求や検閲や制限を受け入れたり、中国の政策で発生する人権問題へのコメントをタブー視したり、時には中国のプロパガンダをそれとなく流す運勢にさえなるかもしれない(妄想)。利益の為に中国への忖度を優先し企業理念さえ犠牲になることもありうる。
そして中国が得意先になってる業界は、お金の為に自ら中国へ隷属していって自由な商売を失うことでますます中国に依存しなきゃやっていけなくって、中国に合わせてどんどん窮屈に自分を縛っていく事例が出てくるかもしれない。それと反比例するように中国が増長する。
そう。中国に力を与えているのは、「お金に弱い人間の性」なのだ。
あるいは、飢えの恐怖に弱い人間の性とも言えるかもしれない。飢えや飢えの恐怖は欲望を増幅させる。欲望に弱い者は、飢えの恐怖にも弱い。だから中国はそこを衝いただけ。

中国が強いんじゃない。金が強いのでもない。人間が金に弱すぎるんだ。
お金に弱すぎるのは、飢え(飢えの恐怖)に苛まれているからだと思う。そしてそれは中国も同じだ。
中国とそれに依存しおもねる業界の関係は、極論すれば飢えた物乞いに食べ物や金貨をちらつかせて言うこと聞かせる関係と大差なくなってくるかもしれない。そんな関係を維持する時の注意点は「物乞いを満腹にさせてはいけない」ということ。依存する動機が無くなれば言うこと聞く動機が無くなるから。利用する相手に満腹の夢は見せつつ、常にハングリーで居させなければならない(=ハングリーゆえに目先の餌を無視できないように仕向け続ける)点は、馬車馬と同じかもしれない。中国市場より世界市場の方が大きいのに、心の飢えゆえに目先の利益を追うあまり中国に依存し縛られ囚われていく・・・
そんなわけで個人的には「アメリカンドリーム」とか「ハングリー精神」なるものがうさん臭く感じてしまうオカルト脳現代っ子であるw

そもそも、物々交換をしていた時代から「その品物に飢えている人達のもとに出向いて相手よりも自分に有利な取引をすること」が商売繁盛の起源であり鉄則だ。その利益は、相手の飢えに依存しなければ成立しない。相手と自分、どっちがより飢えているかでどっちが有利か力関係が決まるチキンレース。その目は、飢えているヤツ(=自分に依存してくれそうな相手)を見逃さない。そんなチキンレースが何千年も人類史の繁栄と衰退を支えて来たのだと思うとめまいがする。
飢えた者達を依存させ利用している側は気づかないことも多いが、実は自分も飢えた者達に依存しているのだ。「飢えた物乞いに食べ物や金貨をちらつかせて言うこと聞かせる関係」は、つまるところ共依存の関係だ。
共依存の両者をつなぐ根っこは「心に巣食う飢え(=お金への弱さ)」だ。実際には飢えていないのに、飢えているor飢えを恐れている心がお金への弱さや制御不能なほど強い欲望となり、そんな同じ波長(同じ弱さ)を持つ者同士が時に共依存を生む。
そして全人類がお金に弱いので、全人類がこんな共依存に陥りうる。だから中国(やっぱ心飢えてる)が強く見える。
人類経済の動機と原動力の根底には、飢えや飢えの恐怖が含まれる。誰もが同じ弱点を持つ。

とりまサウスパークの場合、「中国で儲ける」の意味がそういうのとは少し違うので、中国に依存するがゆえに支配される運勢とは一線を画すかもしれないw 実は密かに、中国人民にすらサウスパークの中国風刺が密かに受けているかもしれないのだ。制作側は全く儲からないけどw

お金は人生を満足させるための、悔いなく生きるための手段に過ぎない。商売にせよ創作活動にせよ、お金の為に自分達の自由な可能性や本来の満足を縛り犠牲にするやり方は、お金を得る目的を見失った本末転倒だ。

 

心の飢えが本当の飢えを招く

人の器に宿りし金運

金色の河

2018年12月 2日 (日)

弁当どころの問題じゃない

子どもへの「お弁当作り」は愛情の証し?「つらい」と吐露しても……

弁当を作らない選択をするのは、ひどい親なんだろうか。(育休明けからフルタイムで働いてきた)女性は入園後しばらくは家から弁当を持たせることにした。

 

 負担は大きかった。他の家事に十分に手が回らなくなってきたり、時間に追われてイライラしたり。弁当のおかずも、毎日同じようなものになって、栄養バランスの面も不安になった。

 

◆大切なのは愛情か弁当か
占い師の元にも「事情でお弁当を手作りすることが出来なくなった途端に周囲から『子供が可哀想』『みんな手作り弁当なのに子供が園で孤立してイジメられる』などの批判を受け自分も罪悪感を感じて悩んでいる」人が時々だがやって来る。
しかし、「手作り弁当=愛情の証明」論は、今や弁当を口実に相手を攻撃したりマウンティングしたり排除したりするための口実になってしまうこともあるようだ。お弁当を口実に相手をイジメているのは子供達ではなく、いい歳した大人達というわけだ。
「手作り弁当を持たせてやらなければ子供は親の愛を感じられない・愛情不足になる」という決めつけや洗脳は、今まで作って来た親子の絆が手作りじゃない弁当を持たせるだけで失われる薄っぺらいものだと思い込んでるか、今まで子供と十分に愛情交流した実感が薄い(親子共々愛情交流に飢えている)ために生まれる発想じゃなかろうか?
(手作りだろうがそうじゃ無かろうが、子供に食べさせるものは弁当に限らず栄養バランスは考えてやってください。体のためだけでなく、味覚のストライクゾーンを広く発達させるためにも)

また、個人的にこの風潮に対し非常に懸念することがある。
お弁当愛情論を信仰する周囲の大人が手作り弁当持ってこない子供達に対して「他の子はみんな愛情のこもったお弁当を作ってもらえてるのにあなたのお母さんはお弁当作ってくれないなんて冷たい人ね。あなたへの愛が足りないのね(=あなたは母親から愛されてない)」という無言のメッセージを無意識下に刷り込んでしまうことだ。
最悪の場合、幼稚園側が「あなたのお子さんだけ手作り弁当持ってこないのではお子さんが園で孤立してイジメられるかもしれない(そうなってもウチは責任持ちませんよ)」などと言い出す始末。家庭の事情を口実にイジメをしないよう子供を教育するのも仕事のうちではなかろうか?

お弁当で愛情表現するのは非常に結構なことだが、それを同調圧力に利用し時に人を追い詰め傷つける風潮は、忙しさその他の事情を抱える母親だけでなく、その子供に対しても無意識に傷をつけかねない。そしてそんな同調圧力に屈してしまう側も、自分で自分を追い詰め、やがて他者に同じ同調圧力をかけ時に傷つける側になっていく可能性がある。「加害者がかつての被害者だった」などというパターンはいくらでもある。こうして同調圧力の連鎖が21世紀になっても残り続けているのかもしれない・・・とここまで書いて根本的な問題にアプローチできてない事に気付いた( ゚д゚)ハッ!

◆弁当どころの問題じゃない
何よりの問題は、弁当に限らず、共働き世帯は疲れ切って子供に愛情交流をする暇も余裕もない親御さんも多かったりして企業や社会の経済活動が労働者や消費者の家庭を破壊していくという本末転倒な傾向が20世紀からずっとあること。それは非常に根深い問題で、「余裕のないご家庭は勇気をもって冷食やお料理キットや弁当を買いましょう(手作り弁当愛情論に縛られないで!)」と遠回しに商業主義を進めることで解決する問題ではない。経済と社会の風潮が(父母問わず)家族の食事を作る時間と余裕さえ奪っている事実から目を背けたりはぐらかさない方がいい。ましてやその現状を好都合なものとしてビジネスに利用する流れを加速させてはいけない。
(そのうち家事・育児どころか子供への愛情表現さえ外注させるビジネスが出かねない)

手作り弁当云々以前に、大人が子供に愛情を注ぎ交流する暇と余裕さえ与えない(次世代を担う子供達の発育に影響する。一人っ子の場合コミュ障に育つリスクを上げる)日本の経済社会の仕組みこそ解決しなければならない根本的な問題だということを忘れてはいけない(大事な事なので2回言いました)。
そんな仕組みが家族の食事を作る余裕さえ奪い、奪われた側が罪悪感を抱えるのは滑稽だ。
そもそも、男女に子供を作る余裕と暇さえ与えず妊婦にはマタハラを横行させながら少子化少子化と騒ぎ「少子化は子供生まない女のせいだ」と責任転嫁(←嫁に責任を転ずる、と書く)をするご立派な先進国に、我々は住んでいる。
これを放置すれば未来がどんな風になるかは占うまでもなく分かること。

2018年10月10日 (水)

『都会とカップラーメン』から妄想

以下に書いたことは「心の飢えが本当の飢えを招く」「飢えの恐怖に抑圧され犠牲になってたもの?」といった今まで書いてきたこととかぶる内容で、個人的に頭を整理するための覚書として書いた妄想です。
久しぶりにブログ記事を書く意欲が湧いた奇跡w

 

某所で興味深いまとめを紹介してもらった。10代の頃に貧困を経験した方の体験談で、ご本人の分析が非常に鋭いと感じた。長くなるが、以下はそこから太字周辺を抜粋。
底辺から這い上がって語る貧乏 都会とカップラーメン

お菓子っ子 @sweets_street カップラーメンを高いといえるような自炊能力は、既に文化資本なのですよ(´・ω・`) 自炊能力を身につけるためにお金や時間などを投資していますから。そういう投資をする機会がなくて、割高なカップラーメンと食べているというのが貧困ということなのですよ(´・ω・`) (中略)お金に余裕が無いと目先のことばかり気になって、視野も狭くなります。「貧困」は世の中の色々なものを見て、その判断をするという視野の確保機会すら奪うんですね。選択の余地をなくした「貧民」は、袋小路にある底なし沼にハマり続けるしかない。

kaba35 @koba31okm
自分で作ったローコストでおいしいメシ食って暮らすってのは計画性や我慢が必要な習慣だからね。材料買えばできるってもんでもなくて道具や調味料一式が必要だから一旦カネと時間がかかるし、コスト下げるには食材を無駄なく使う必要があるからよく考えなきゃいけない。

お菓子っ子 @sweets_street (中略)貧乏してると気持ちに余裕がなくて集中できないから、炊事洗濯掃除なんかには気が回らなくなるんですよね。そういうことをしてる暇があったらゴロゴロするか、ボーッとテレビ見て時間潰すか、あるいはゲームでもして時間潰す感じになります。(中略)気がついたら部屋は汚れ放題。脱ぎ散らかした服が散らばって、出してないゴミが溜まって、どんよりした雰囲気。こんな部屋の中でぼーっとしてると生ぬるい泥水に浸かってるような気分になりますね。我に返って荒れ果てた部屋を見回すと気が滅入るから、ぼーっとしてたほうが良いです
(中略)安いお金で長時間働いて、仕事が終わったら汚れきって淀んだ空気が溜まってる部屋に帰る。そんな生活をしてると、前向きな気持がどんどんなくなるのを感じましたね。仕事が無い時はお金もないから、汚い部屋の中でお腹すかせながら、何日もお風呂に入らずに汚れた服を着てずっとゴロゴロするしかない (中略)家にいたらボーッとしてるだけだから、食事しようと思うとパッと行ってパッと帰れるファーストフードになるし、洗濯はお金入れるだけで洗濯から乾燥までやってくれるコインランドリー。生活に必要な物は思い立った時に何でもパッと買えるコンビニ。要は何でもその場で済ませることができる生活ですね
「すぐ買える安いものをパッと買ってパッと使おう」なんて感じでやりくりするライフスタイルにマッチしたのがコンビニであり、ドンキホーテでした。いつでも開いてて安物が何でも売ってる店は、生活に手間を掛けたくない人種には魅力的なんです。安物買いの銭失いの典型ですけどね
(中略)「貧乏なのに割高なカップラーメンを食べる」「安かろう悪かろうの商品ばかり使って、結局は損をする」というのも、お金の余裕が心の余裕を奪ってしまうからですよ。「貧乏でも心は豊か」とはなかなかいかないですね。生活を切り詰めれば切り詰めるほどお金がなくなるのは、今思うととても不思議でした

noa @aonoa_uky @sweets_street (中略)「食材が安い時期・店を探す」「そこに買いに行く」「食材を器用に調理できるだけの能力を磨く」「実際に調理する」という時間とお金がなければ出来ませんものね。

お菓子っ子 @sweets_street
@aonoa_uky ええ。時間とお金をかけて、試行錯誤してようやくそれらが身につくんです。最近は「できて当たり前なのになぜしないのか」と無責任にそういう能力を身につけるコストを無視した意見が目立つので、持論を述べてみました
(中略)お腹がすいたら、普通は力が湧かなくてへたってしまいますよ?「うまいものを食べたい」とガムシャラになるのは、それでもへこたれない強い心身をもった人だけです。ハングリー精神で貧困から脱出したというのは、珍しいことだから賞賛されるんですよ

お菓子っ子 @sweets_street @Tatsuyuko 「都市型の生活とは何か」を深く掘り下げないと、見えて来ませんからね。コンビニやドンキやファーストフードが重宝される背景と、貧困は密接なんですよ

◆コストカットとコストロス
貧困層は、自炊のための道具や材料揃えるコストさえ背負えずに自炊のコストよりも一度に払う金額がより低い(自炊より一食当たりの単価は高い)ファーストフードやカップ麺に依存して結局コストロスを起こし続け貧困から抜け出せなくなりうるということが分かった。目先の数値しか見れなくなるのだ。
貧困は人間の視野を狭め、貧困の本質的な問題を自覚出来なくさせてしまいやすいようだ。
さらに、飢えの恐怖が発生することで「できる限り少ないエネルギーで目的を果たそうとする」本能も発動してしまい、それがさらに視野を狭めコストカットではなくエネルギーカットが優先されてしまう結果になる。思考や作業に時間をかける事や、広い視野に基づいた思考と行動を保つには、エネルギーが必要なのだ。
「貧困層は怠け者だ」という偏見もそういうことから来ているのかもしれない。

現代社会のライフスタイルでは、エネルギーロスを防ぐ本能が、結果的にもっと多くの様々なロス(損失)を招いてしまう。エネルギーロスを防ぐ本能が裏目に出て労働(自ら豊かさを創る行為)よりも万引き詐欺恐喝その他の犯罪行為・不正行為(=他所から奪う行為)を選んでしまうことさえありうる。スルガ銀行の不正の構図もそんな感じがする。効率化と混同した下手なエネルギーカット(コストカット)はエネルギーロス(コストロス)を招く。
飢えや貧困ゆえに「できる限り少ないエネルギーで目的を果たそうとする本能」が働いて自分で豊かさを創るよりも他所から奪うことを優先するようになれば、それが奪い合いや争い(=弱肉強食=共食い)の歴史を創っていく。以前このブログで書いた飢えの恐怖(そしてそこから派生する諸々)を動機と原動力に依存した(ゆえに飢えを手放せない)人類史とも関係する話だ。
豊さを「創る(生む)」ことは、弱者から「奪う」よりもエネルギー(コスト)が要る。だから飢えてエネルギーカット(コストカット)が必要になる(=エネルギー不足・コスト不足になる)と、生み出せなくなって奪って賄うようになる。奪われ飢えた弱者達が集って強者になれば今度は奪ってきた側が奪われる側になり、奪い合いの構図が生まれ、生み出す力の回復と安定(根本解決)は後回しにされがち。エネルギー(コスト)食うから。
そう。根本解決よりも目先の手間暇コストの削減を優先してしまうのだ。まさに貧困層が貧困から抜け出せなくなる構図と同じである。飢えて狭まった視野の身には根本解決なんかどうでもいい。今この瞬間どこからどれだけ勝ち取れる(奪える)かが全て。

そんな世界では全員の視野が狭まっているし余裕もないので【皆で協力して簒奪者の抱える飢え(エネルギー不足)の原因解明と解決をし、そのデータやノウハウを広く共有し、簒奪者の抱える問題を他人事扱いせず『誰にも起こりうるリスク』と位置づけ再発防止やより良い社会づくりに役立てる】なんてことは思いつけないし思いついても実行できない。当然ながら簒奪者達自身がそんな解明解決プロジェクトになど関心を示さないし参加する意欲も持たない。
「それより今すぐ有り金を全部寄越せ」
(豊かさを創る力は創造性であり女性性である。人類史ではエネルギーカットしすぎたのか、この創造性・女性性が抑圧されがちだ。詳しくは男性的世界と地母神の再会を参照)

◆飢えの塔
このまとめを読んで、以下のような妄想が湧いた。
人々を愚民のまま搾取・支配したいのなら、文化的にも経済的にも貧困の塔に閉じ込めておくことだ。根本解決に無自覚・無関心になってくれればなおいい。
産業革命時代のイギリスは家庭食文化を大幅に衰退させいわゆる「メシマズ国」になることと引き換えに、多くの国民を貧困に落とし込むことに成功した。
都市の労働者達は共働き低賃金の長時間労働ゆえに家庭では本格的に料理する余裕を奪われていった。視野も狭くなっていって広範囲の事を考えることが出来なくなっていったかもしれない。
潜在意識に刷り込まれた慢性的な飢えの恐怖は人々の視野や頭の回転を妨げ愚民にしてくれる。
そんな両親の中で育てられる子供達・・・教育格差以前の問題だ。当然、階級社会・格差社会の固定化に拍車がかかる。しかも、飢えた時に目先の安易な合法的解決手段が見つからなければ、目先の安易な非合法手段(犯罪)へ走る可能性だって高くなる。当然治安は悪化する。争いが生まれる。

問題解決能力の貧困化は「解決よりも目先の憂さ晴らし優先」する心理を招き、妬みから他者の足を引っ張る心理も生まれる。周囲が平等にそのような貧困状態なら、人々は自分達の貧困を強く実感しないままでいられる(目を背けていられる)が、身近な者がいざハングリー精神で成功すれば抜け出し方が分からない(抜け出せないと見える)己の貧困と絶望を改めて思い知らされ、それを怨む心が「妬み」となれば、そのストレスのはけ口は身近な成功者に向かいやすい(出る杭は打たれる風潮の一因?)。それが最もエネルギー少なく実行できる憂さ晴らしだからだ。
徳川幕府もまた、そんな陰湿な社会心理的風潮と引き換えに人々(特に農民)を無自覚な貧困の塔に長らく閉じ込めることが出来た。 日本人は、「皆と同じ・皆が同じ」を好む傾向があるが、これは誰かから妬まれる事と自分が誰かを妬む事の両方を防ぎたい心理が一因かもしれない。

◆豊かさの豊かな使い方
また、もし幸運にも貧困から抜け出し豊かになった後も貧困時の視野が狭い意識状態(ある種の脳内プログラム)が続いていれば(=心の飢えが癒されていなければ・心の飢えが次世代に受け継がれていれば)豊かさを活用することも維持することも難しい。それどころか、愚かなお金の使い方や愚かなお金の求め方(稼ぎ方)をする運勢が発生しかねない(例:バブル期・舛添元知事・ブラック企業)。それはせっかく得た豊かさを元手に新たな豊かさを生み出すことがない。創造性(女性性)が欠落しているからだ。
飢えた人間をニンジンで釣って動かして作り上げた豊かさは、だから長持ちしないし不健全なしわ寄せが先の世代に発生しやすい。ハングリー精神は飢餓状態に依存したカンフル剤であって栄養じゃないから飢え(エネルギー不足)は根本解決しない。

物質的にも精神的にも文化的にも飢えた国民(主権者)は、自分の国に栄養をあげられない。栄養不良の国は、発育不良になる。弱る。当たり前。(日本人が13歳レベルとか言われるのはまさか・・・)
じゃあベーシックインカム(BI)でお金をばら撒けばいいかというと、心や文化の飢えが改善される前にばら撒いてしまうと上記に抜粋した視野が狭く無気力で創造性も生産性もないお金の使い方をするだけで国の栄養にはならない。

義務教育期間中の子供達が何らかの形で「(授業ではなくゲームや漫画でもいいので)狭い視野で反射的に目先の利益や欲求だけを追い求めず、広い視野で真のメリットを探り見る思考と習慣を養う」ことが重要になりそうだ。これは、周囲の大人達がそういう習慣を身に着けているか否かで大きく違ってくる。
人々が反射的にドンキやコンビニや業務スーパーを選ぶ習慣を身に着けてしまうことは、狭い視野で目先の利益・欲求だけを反射的に追い求める習慣を身に着けてしまうことに通じそうだ。広い視野によって初めて得られる可能性やチャンスや真のメリットに気付けないし、広い視野でなければ見つけられないロスや危険性にも気付けず、巡り巡って結果的には自分の運勢を低下させてしまう。
とにかく心の飢えと愚民化のループを断ち切ること。豊さの豊かな使い方(ある種の創造性=女性性)を身に着けること。自分達に(=国に)キチンと栄養を与えることが出来る主権者を養わない限り、国の栄養不良・発育不良は解決しない。国民への栄養は国への栄養なのだ。
この妄想ブログで度々登場する概念にして魂の環境インフラにして真に望む生き方を運勢的にも支援する機能である個々人の「内なる地母神」は、心の飢えや習慣の飢えや視野の飢えを救う力もあるだろう。心の飢えを自覚し解決を望むなら、それは運勢となって実現するだろう。そんな個々人の運勢が集まることで国の栄養不良を改善できる。そのような運勢の発動は、もしかすると密かに近づいているかもしれない。理由は余談にて。

【余談】
真偽不明だが、苫米地英人氏が『人類は30年ほど前に飢えを克服したが未だに飢えが克服できなかった時代の経済システム(資本主義にせよ共産主義にせよ)を採用し依存している』的なことを言っていた(この動画の45:17あたりから)。
とはいえ、その後の話のオチがwww

【余談2】
貧困ゆえに今この瞬間の支出(エネルギー消費)がより低い方をひたすら追い求め結果的に貧困から抜け出せなくなる悪循環の構図は、結局、「目先の数値」だけをひたすら追い求め続ける現代経済の世界でも同じことが起きてるんじゃなかろうか? その場限りの収益数値の高さやコストカット率を追い求め後々の事に無関心なやり方をしているパターンが目立つ気がする。それは結局、貧困層のやり方と同じであり、貧しさを悪循環させるやり方だったのかもしれない。飢えの恐怖に依存したやり方は、飢えを手放せない。奪い合いや搾取や争いも手放せない。
いわゆる「持続可能な循環型経済」という発想と、それを思いつき実行する余裕の欠落もまた、貧困(飢え)の一種なのかもしれない。

楽園が甦る時←生命進化の本能が「可能性への好奇心とそれを満たす喜び」であるならば、人類文明の動機と原動力も現在の「飢えの恐怖」ではなくそっちの方にシフトできるんじゃないかと思う。特に、人類の文明が既に飢えを克服しているのならばシフトしやすいはずだ。エネルギーカット本能とそこから生じるロスは防げる。

2018年9月 9日 (日)

国土の個性と文明 自分の個性と生き方

※以下に書いたことはすべて個人の妄想です

 

北海道震度7地震 キャッシュレス決済、災害に脆さ 停電でカードなど使えず

昨今のアナログ排除傾向(人々の生活や産業などををデジタルシステムに依存させて支配したり、災害恐怖を用いた利権政策や統治手段にも好都合)には懸念を感じていた今日この頃。
大規模災害を経験した人には分かると思うが、被災時の数日間はアナログな手段・原始的手段が一番強かったりする。311の時からオール電化が問題視されていることは記憶に新しい。台風21号の被害を受けた地域もオール電化な上に停電した所は一層不便だったろう。
そしてさらに、今後は停電に弱い電気自動車や電子化されすぎた自動車、タワーマンション上層階、キャッシュレスの脆弱性が指摘されるようになるだろう。充電が一日持たないスマホも災害には弱い(周囲ではスマホの評判が芳しくないので、私は未だに時代遅れのガラケーを使っているw)。

そんな上の記事から湧いた妄想。
現代文明をけん引する西洋発祥の文明デザイン・インフラデザインの設計思想は、日本のような(台風や津波を含めた)海の力と龍脈が強く活発な地域では必ずしも有益なものではない。ユーラシア西端の現代文明発祥地周辺は日本ほど強い龍脈が無いし日本ほど強烈な龍脈変動が起きにくいのでそれらに対応した文明デザインは発達していないし設計思想もない。日本には日本に適した文明デザインの設計思想が要る。
(似たような理由で中国大陸発祥の風水や陰陽道はこの国の強烈な海洋龍脈に対応しきれる呪術ではない。真に国益に叶う呪術がどうしても欲しいなら龍脈の流れを支配し捻じ曲げるような自然征服の発想を排除し、この国の龍脈を1から理解し龍脈と共存し時にちょっと便乗したり活用させてもらう程度の呪術を0から開発する必要がある。しかも呪術を一部の者が権力を得るためではなく、国民の共有財産として全体に良い運気が循環する形で運用すること。呪術次第では近隣各国にも良い効果が出るかも)

日本に有益な文明デザインの設計思想で欠かせないのは、国立公園や温泉の恵みで繁栄する地域と同様、「いかに自分達が自然に合わせて(いかにタイミングよく安全に便乗させてもらって)生きられるか」という発想かもしれない。
古代より日本人は、自分の国の個性としっかり真正面から向き合い理解してこなかった気がする。いたずらに恐れ忌み嫌うか、いたずらに変形させ押さえつけ支配・制服しようとする(自我延長にする)かで、「逃走と闘争」を司るアドレナリン的な対応しかしてないのかも。
(これ、自分の国の個性だけじゃなくて「自分の個性」に対しても言えることかもしれない)

日本のインフラ整備は主に高度経済成長期に行われた。未だに欧米コンプレックスが強かった時代だ。そろそろ明治以来の西洋発祥文明至上主義(及び欧米コンプレックス)から卒業してはどうだろう? 150年近く無条件で憧れて有難がってきたアレはそんなに万能じゃないし頼りがいのあるものでもない。
確かに便利で優れた技術はあるが、画一的な猿真似ではなく、使い心地が良いように自分達で独自にアレンジしたりデザインや設計に手を加えたりしてオリジナルの運用をしなければ文明を使いこなしているとは言えない。文明に使われている。
例えば、事故を起こした福島第一原発の非常電源装置は、あろうことか津波や洪水が起きれば真っ先に浸水して使えなくなってしまう地下に設置してあった。これは、竜巻対策が施された米国の設計をそのまま使ったからだ。同じく先日の台風21号で機能を失った海抜の低い関空も電源設備が何故か地下に置いてあったために被害が拡大した(ソース)。到底日本に向いた設計思想ではない。

自分達に合う文明は自分達の手でしか創れない。まず国土の個性と向き合い理解しなければ始まらない。自分自身の個性を自覚しなければ自分の生き方を創れないのと同じことだ。自分に合う生き方は自分の手でしか創れない。他人のマネでも世間の流行や風潮に支配されるわけでもない、自分自身の生き方。文明と個人、どちらも日本人のテーマとして照応している気がする。
災害が多発し自分達の国の自然がどんな恵みと危険を併せ持つのか、どんな可能性を秘めているのかを見ようとせず盲目的に画一的に西洋発祥の文明を猿真似してきたしわ寄せがどんどん浮上している昨今。災害よりも利権優先のやり方にしわ寄せがきている昨今。「文明を使う」ということへの方向性を今一度問い直し国土の個性を見直すチャンスかもしれない。

 

【余談】
災害は多いが治安は悪くないこの国にはキャッシュレス化よりも現金存続の方が向いていると思う。日銀とか日本円というものには災害とは別件で色々問題はあるのだが、通貨の発行権を日銀(とその遠い背後にいるお金持ちな皆様)ではなくこの国の主権者が持てるようになればそれも解決する。つまり、日本国の経済を担う日本国主権者自身が独自の通貨発行権と管理権を持っているようにする。一部の者が権力を得るためではなく、国民の共有財産として全体に金運が循環する形で設計し運用すること。災害時にもその方がいい。
今後も続くと思われる活発な日本の龍脈変動と運気変動は、多分その方向に進もうとする運気は妨げない。

【余談2】
このブログで以前書いたことだが、オカルト界の一部では東経135度付近が「次世代文明の運気ポイント」といわれている。現代文明の運気を支える運気ポイントは経度0度だが、そのポイントが発する文明運気運気が90年代から徐々に衰退しつつあるという。 そんな時期に「次世代文明運気ポイント(東経135度)」周辺で台風21号が襲来し、西洋発祥の現代文明が持つ弱点や盲点を露呈させたことには奇妙な偶然を感じる。
(経度0度の地域で発祥した大航海時代や産業革命が後の現代文明の源流になっていった。その当時のかの地域で主流だった自然界に対する発想といえば、『自然は征服するもの』)


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