日記・コラム・つぶやき

2020年4月20日 (月)

被害者と加害者は「批判への怖れ」が強すぎ?

モラルハラスメントとは…被害者・加害者になる人の特徴

身近な誰かの行動の中に非難できるポイントを見つけ、そこを陰湿に指摘するなどして、相手を貶めるのが加害者の常套手段です。加害者は相手を見下すことで、優越感に浸ることができます。

こうしたモラハラは、家庭の中だけで起こるものではありません。友人や恋人との関係でも起こりますし、職場内の優越性を利用した嫌がらせ(パワハラ)、性的嫌がらせ(セクハラ)も、モラハラの仲間です。

占い師やってる人はこういう相談を受けたことが多かれ少なかれあると思う。
この手のハラスメントに遭って自分はダメだ情けない恥ずかしいと罪悪感や劣等感を持ってしまう被害者は、「相手が常識的な人間ではない(時には精神が正常ではない)」ということに気が付かないか、失念してしまってるケースも多い。

自分が批判されると無条件に自分が悪いのだと思えてしまう、条件反射的に罪悪感を持ってしまう癖を抱えた人が被害者には多い気がする。また、一言軽く謝れば済むようなささいなケアレスミスを大げさにあげつらって攻撃してくる人(ヤクザやモンスタークレーマーと同じ手口)に洗脳されちゃって自分が取り返しのつかないミスをしたかのように思い込んじゃう人もたまにいる。
以下、モラハラ相談も受けることがある占い師個人の視点から。

◆被害者と加害者の共通点(一例)
モラハラ被害者になりやすい人は、「絶対に相手(他者)から批判されたり低評価されてはいけない・機嫌を損ねてはいけない」という根拠のない強迫観念に陥ってる人が多いようにも感じる。
例えば、幼少期の親子関係がそんな感じで育ってしまい、人生の初期に学習したそんな対人関係の掟(当時の自分には生きるために欠かせないと思えた掟)をその後全ての人間関係に対して無意識に条件反射的に適用してしまっていたと打ち明けた相談者もかなりいる(それに気付けた人達はモラハラ相手から評価・承認される不毛な努力を辞める=相手に自己肯定を依存する不毛な努力を辞めることで自ら新しい人生へと再出発できた人が多い)。
そういう育ち方した人がモラハラに遭って、やがて蓄積したストレスをモラハラ加害者になることで解消するようになったりすることもある(多くは意識的な加害者だが、無意識的にそうやってた人もいた)。ネットリンチに参加する人も一定数いるだろう。

モラハラ加害者の中には他人の事情や立場に思い至れないので考慮も配慮も出来ず自分中心の狭い視野でしか物事を見て判断できなかったり、相手を自分の思い通りに動く自我の延長だと勘違いしている(しかもこだわりが強かったり完璧主義だったりする)人も多いように感じる。
こういう人は自ら自分の非を認めることも理解することもまずない。無理に非を自覚させようとすると自分がモラハラに遭っている被害者だと認識し傷つき逆恨みしやすい(そんな経験を人生の中で何度も繰り返して恨みや傷や劣等感が蓄積してる場合、なおさら自分の非を認めなかったり、批判を恐れるがゆえに過剰反応する傾向はさらに強まる)。
こういう人とは波長を合わせず、むしろ反面教師にする発想を持つといい。それで自分が今まで気づかなかった癖(そういえば自分も視野が狭くなることがある、近しい相手が自我の延長のように振舞うことを期待しちゃうことがある、完璧主義になりすぎることがある、自分も相手と同じく批判や低評価を過剰に恐れているetc)に気が付いたりしていくうちに自然とご縁が離れていくことも多い。

◆モラハラに遭って罪悪感や劣等感を持ってしまったら
人間は100%全員から愛され評価・承認されることはない。「決して他人から批判されたり低く評価されてはイケナイ(たとえそれが非常識な相手や精神に異常を抱えている相手からであっても)」とか、「もし他人から批判されたら批判されないようにしなかった自分が100%悪なのだ」「他人が機嫌を損ねたらどんな理由や背景があろうと無条件に100%自分が悪い」「

他人の機嫌を損ねたら必ず不幸になる」という自己暗示を持っていないか、あるいは、モラハラに遭う前から罪悪感や劣等感を抱えていなかったか要確認。
まず自分に問いかけよう。
「その人から本当に評価されたい(愛されたい)のか、評価されない(愛されない)と本当に困るのか、その人から評価され愛されるメリットが本当にあるのか」を。
自己肯定する根拠を「他人から見た自分の存在価値(利用価値)」に依存していないかどうか、自分自身を人間ではなく道具のように扱う価値観を持っていないかどうかを。
モラハラ相手からこき下ろされたりして傷ついた場合、自分の価値観も共犯者になって自分を傷つけていないかどうかを。

他者を貶め傷つけることで優越感を味わいたい心理は、それだけ劣等感や自己否定感を強く抱えている(ゆえに批判を恐れる)という事でもある。モラハラの被害者と加害者は、心の一部分が共鳴し合ってご縁が出来てしまったケースが割とある。
優越感を持たせてくれる「自分より劣ったターゲット」に精神安定を依存し甘えているという事でもある。
モラハラは、そんな自分の心理を職場や誰かに向けてアピールしちゃう行為でもあることに気付いてる人は何人いるだろうか(マウンティングにも共通する心理)。

コロナ騒動で家にこもって暇を持て余しているなら、自分が抱えている(時に自己暗示で洗脳してしまった)劣等感や自己否定感の正体を探ってみるのもいい暇つぶしになるかもしれない。これはモラハラ加害者にもおすすめの暇つぶし法である。

「必要とされる」必要がない

2020年3月16日 (月)

悔いなく生きよう

三浦瑠麗氏「コロナ、経済で死ぬ命は等価」「こっち派、こっち派の激論は生産的ではない

学校の休校措置が取られ、近隣の子供の面倒を見ることもあるという三浦氏。「オペレーションをやっているのは末端の私のような母親たち。政府がうまかったわけじゃない、そこは」とし、続けて「日本国民は優秀なんですよ。いざやれと言われればやれる」と、国民目線で語った。

 そのうえで、政府に対して「責任を持って経済の見通しを示してくれないと、私達がどんなにうまく自粛したり、休校措置に対する対応を頑張っても経済が死んだら終わり」と主張。
「それは経済VS命ではなく、命VS命。コロナで死ぬ命と、経済で死ぬ命は等価なんです」とした。

 また、三浦氏は「感染症の専門家ではありませんが」と前置きしたうえで、専門家を含め、さまざまな意見が出ている現状に「検査を巡っても専門家がふたつ、両極端の意見を言っている。こっち派、こっち派で分かれて大激論。これは本当に生産的ではない」と、問題点を指摘した。


そもそも、中国が新型コロナウイルスを一か月以上も隠蔽することでウイルスを世界中に拡散させ、なおかつ日本も春節特需優先で初期のウイルス封じ込め策を選ばなかったにもかかわらず、今になって「コロナが怖いから経済活動を自粛すべき」という風潮は滑稽だし今更何でも自粛すべきとする発想は無条件に洗脳された思い込みなのかもしれない。

一部の陰謀論クラスタは、「新型コロナウイルスによる混乱は世界経済大変動(世界覇権を変える戦争の代用品)を意図したものだ」と噂するw
従来の細菌兵器よりも致死率の低い感染症の流行で人類の世界経済を大変動させるには、煽った不安と責任問題を利用し経済活動に消極的な気分にする洗脳が不可欠なのだと彼らは言う。そして、「いつまで自粛すればいいのか分からなくて不安が増幅する(金融市場の暴落を促す)のが重要だ」とも。
陰謀論に過ぎないが、「一理ある」と思った。

「洗脳」・・・それは、人々の考える力を封じる呪術の一種だ。
新型コロナウイルスが誕生し世界中に拡散してしまった以上、人類は永遠にそれと付き合い続けて生きることになる。よって永遠に活動を自粛し続けるわけにもいかない。
21世紀の人類は新型ウイルス誕生前の同世紀よりも少しだけ「病気による死亡率が高い世界」で生きることになった。
それで私は柄にもなく「悔いなく生きること」に思いをはせるようになったw

かつて日本では、不治の病とされる結核が流行していた。しかし人々は感染拡大防止のための活動自粛を全くしていなかった。今よりはるかに死の恐怖が身近だったにもかかわらず、人々はそれに縛られず囚われず懸命に生きていたわけだ。そのお陰で存続している子孫の我々にも、その能力は受け継がれているのではなかろうか? 

毎日毎日コロナ不安を煽る情報を目にしながら健康不安や生活不安や死の恐怖や疑心暗鬼で頭がいっぱいで気が休まらないストレスにさいなまれて暮らし続けることが「悔いのない人生」と言えるだろうか?

数年前に百歳を超えて大往生した私の祖父も大学時代に結核菌に感染し肋膜炎を患った。
医者からは「肋骨を半分摘出する手術をすれば助かる」と言われたが、彼は「そんなことしたらどうせ長生きできない」と考え、手術を断り、入院中も(絶対安静って言われてたのに)普通に外を出歩いて近所の蕎麦屋に通っていたというw 
蕎麦を肴に(当時患者には厳禁とされていた)日本酒を一合飲んでいた祖父。入院していた病院(後に院長が失踪)の劣悪な食事は半分も食べられなかったが、好物の酒と蕎麦なら完食出来た。「どうせ死ぬならとても食えたもんじゃない病院の食事を食べながら死ぬより好きなもん食って死んだほうがいいと思った」と後に語っていた。そんな「不摂生」の積み重ねが体力の低下を防いだのだろうとも。

やがて祖父は不思議と回復し、蕎麦屋の主人が感染することはなかった。当時の医者から見れば言語道断の非科学的不良患者だw
それは、私がこの世に存在するかしないかの分岐点の一つだったのかもしれないw

私が言うのもなんだが、学生時代の祖父の外見はいかにも華奢な佳人薄命タイプである(しかも理系w)。そんな豪快な発想する人にはとても見えないが、曾祖父が豪快な人だった(記事)のでやっぱ無意識に遺伝子は受け継がれてるんだろうなと思ったw
若かった祖父は極限状態の中で、「自分にとって悔いなく生きるには」ということについて意識を集中させ高速回転させたのだろうと思う。
そして多分、飢えの恐怖でも死の恐怖でもなく、生きる喜びを、本当に望む生き方を動機と原動力にして決めたのだ。
(経済や文明の原動力もそっちの方がいい)

今後の新型コロナウイルス対策、強毒性のものが流行している地域はともかく、そうでない日本の場合は感染症に弱い人達を守りつつ(本人が望めば外出しなくても暮らせるようにしつつ)、病院のベッドを重症者にゆずりつつ、日々の手洗い・うがい等を欠かさず、出来るだけ経済活動を維持した方がまだ悔いが残りにくいのかもしれない(一番感染しにくい子供を家に閉じ込めると、世話のために親が仕事を休む羽目になる)。賛否両論のあるイギリスの新型コロナ対策はそういう発想に近い気がする。新型コロナウイルスの抗体検査をして、既に抗体を持っている人(=症状の有無に関わらず感染経験があった人)は通常通りの活動をするという発想もアリだと思う。集団免疫が出来上がっていないと自粛やロックダウンを解除した後に感染拡大が再発するリスクも出てくる。

ウイルス騒動をきっかけに無人化・自動化・遠隔化も進むだろう。そうなれば雇用ニーズが減るからいずれ遅かれ早かれ、現行の経済システムは続けられなくなりそう。大量雇用と大量消費の時代じゃなくなっても疫病が流行っても災害が起きても影響されにくい非監視社会型の経済システムがいずれ作れればいいが。

 

2020.5月1日追記
振動医学を有効活用できれば、安全に集団免疫を獲得する方法が見つかったりしないだろうか?
(コロナに振動医学を試してみる?

2020年3月10日 (火)

新型肺炎で妄想

※以下に書くことは、科学的根拠のない個人の妄想です。

◆運勢の共通点?
某所では既に書いた妄想だが、一応ブログにも残しておく。あくまでオカルト妄想でしかない。
新型肺炎の世界的流行とその周辺で起きる諸々の現象・運勢は、人類の集合無意識が抱えて来た「権力が人々の考える力を封じて扇動・洗脳・支配してきた歴史の傷とカルマ」が癒しのために象徴的に表面化しているような気がする。いわば新型肺炎関連の運勢は、以前にも書いた「考える力を封じる呪術」と密接なのではないかと妄想したわけだ。
現時点で新型コロナウイルスの影響を特に大きく受ける運勢になっている各国に注目。中国、韓国、イタリア、イラン、日本にはそのカルマが比較的強いと思う。韓国はカルトから感染拡大したし中国は未だに世界最大規模の大衆ヒステリー「文革」による傷と歪みを抱えてるし、イタリアはバチカンあるし、イランは原理主義勢力が革命起こして君臨してる国だし、日本だって政教分離してるとは言えない。戦前は国家神道、戦後は新興宗教団体が政治に幅を利かせているのはご存知の通り。どの国も、比較的強い龍脈が国内を通っている。
いわゆるネオコンやブッシュ政権と縁深かったバイブルベルトを抱えるアメリカも今後要注意かもしれない(人が集まる選挙シーズンだし、強い龍脈もある。偶然だが一部で有名なオカルト説『雛形論』で見ると、北米の照応地は感染者の多い北海道でもある)。
また、龍脈の強さはまちまちだが、世界中から大勢の巡礼者が集まる地域で考える力を封じる呪術の歴史が深いイスラエルやサウジ、エジプト、あるいはISといった過激派等への影響も個人的には注目している。去年、フレンチ・カトリックの総本山だったパリのノートルダム大聖堂が火気流失したフランスや首里城が燃えた沖縄への影響も気になっている(オカルト脳)。

◆新型肺炎と文革の因縁?
以前にも書いたが、新型コロナウイルスの発生地である中国の武漢は文化大革命が原因で発生した内紛「武漢事件」の舞台となった場所である。文化大革命自体が、主に若者を中心とした考える力を封じられた人々による大衆ヒステリーであり、中華人民共和国を建国した毛沢東はそれを利用して(それに依存して)自分の権力基盤と国の方向性を作っていった。それもあって、中国にとって新型肺炎は文革のカルマ(国造りのカルマ)を象徴的に浮上させる運勢をもたらしているんじゃないかと思った()。新型肺炎流行という試練の中で、中国人が考える力を封じられていたあの頃とは違う意識や思考・発想を選択できれば、あの頃と同じ轍は踏まず、あの頃から始まって今もなお続く(色んな意味で)息苦しい運勢から抜け出す一歩になるかもしれない(3~4月の満月図には、既にその可能性がわずかだが出ている)。それはやがて、国の進路方向を文革前に立ち戻って修正した場合の未来と合流するきっかけになるかもしれない
(妄想)。
実は現トップの習近平も10代の頃に文革で父親が失脚し、自分自身も下放されるなどして苦労を味わった。だから多分、彼はヒステリーに陥った大衆の恐ろしさを良く知っている(皮肉なことに、彼の父親は少数民族政策について『各民族の個性尊重し融和的な路線を取るべき』との意見を持っていた)。

そんな文化大革命(武漢事件含む)と似ているなと感じたのが、新型肺炎が重症化した場合に時々発生すると言われる「サイトカインストーム」だ。体の免疫機能が暴走する「サイトカインストーム」 は、いわば体の中で内戦が起きているようなもので、本来なら免疫が攻撃する標的は病原体やそれに感染した細胞だけのはずが、サイトカインストームになると暴走免疫が感染した細胞だけではなく何の問題もない健康な細胞まで攻撃し破壊してしまう。その結果、臓器が大きなダメージを受けてしまうことがあるという。免疫の強い若者が新型肺炎にかかって重症化するとこの症状になりやすいという(肺が自らの免疫によってダメージを受ける)。
暴走免疫を紅衛兵(考える力を封じられ集団ヒステリーに陥った若者達)に置き換え細胞を国民に置き換えれば、文革と似ているかもしれない。文革でも、無実の罪で糾弾され、投獄されたり迫害、殺害された人々が沢山いた。多くの貴重な文化財も紅衛兵によって一方的に「悪いもの」というレッテルを貼られて破壊された。紅衛兵同士の武力闘争も頻発し、そんな中で武漢事件が起きた。
もはや内戦と表現していいほどの大規模大衆ヒステリー暴走は、それを利用してのし上がったはずの毛沢東にも制御しきれなくなった。まるで中国トップの習近平が新型コロナウイルスの封じ込めに失敗したように。タロットで言えば「戦車の逆位置」だ。
(戦車のカードは蟹座に照応しているのだが、占星術で見るとここ数年はカルマを司る『ドラゴンヘッド』という感受点が偶然にも蟹座を通過中である)

同じコロナウイルスが原因であるSARSの頭文字を武漢(WUHAN)のWに置き換えて新型肺炎のあだ名にしている人もいる。即ち、「WARS(武漢呼吸器症候群)」と・・・。それはサイトカインストームを起こした患者の体内で起きている内戦めいた現象を表現しているようにも見える。さらに、一部で噂されるようにこの肺炎が「世界大戦でも起こさなければ実現しえない世界の覇権転換を引き起こす戦争の代用品」みたいな存在であるとするならば、さらに意味深なあだ名に見えるオカルト脳であった。

◆新型コロナ流行中の開運法?
不安を煽るだけで予防の役には立たないデマや噂やフェイクニュースに惑わされず、想像や憶測だけで行動せず、客観的な思考力と観察力をフル稼働させ、情報への事実確認と検証に努力し、
扇動されないようになること。例え権威・権力のある人や組織が発信した情報であっても違和感や疑問があればそれを素直に表現したりできるだけ確認・検証することが感染拡大や感染リスクを下げ、社会不安を下げる(=パニックを防止する)ことに寄与すると思う。一人一人がそれをすることで社会の意識レベル(民度)も上がるんじゃないかと思う。
それと同じぐらい重要なのが、新型肺炎に投影し混同している別の不安の有無を知ること。今自分の抱えている不安感は新型肺炎のせいなのか、それとも別の不安なのかを見極め、もし新型肺炎発生以前から心に抱えている不安感に気が付いたら、その不安と向き合ってみるといい。不安の正体が分かるかもしれない。正体が分かれば対応の仕方も分かってくる(過去記事)。

日本は大正デモクラシーの頃にちょっと芽生えた人権意識や近代自我の発達に失敗して人々がプロパガンダに対する免疫を獲得できずに戦争に向かって扇動されていっちゃって自ら選挙で軍事独裁政権を誕生させちゃったり大本営発表やカミカゼ信じちゃったりして傷ついたことがあるので新型肺炎騒動に向き合うことがその頃のカルマやトラウマを癒すきっかけになるかもしれない。こんな時だから、いっそ逆境を逆手に取るぐらいの発想がいいかも

※占星術的視点
疫病、集合無意識、目に見えないもの(ウイルスや細菌含む)、隠ぺい、ウソ、裏工作、漏洩、カルト(病的な信仰)、妄想(精神病)、暴動、大衆ヒステリー、デマやパニック、洗脳や扇動、バブル経済(バブル崩壊)、原油、アルコール、ガス、毒、薬、海(船や海軍含む)、水難・・・これら全部、占星術では海王星の象意である。新型肺炎(疫病)が発生して以降、世界各地で上に書いたような海王星の象意と関わる物事がここ数ヶ月で怒涛の勢いで発生しているように見える。恐らく全種類起きる。
そして本日3月10日の満月は、占星術的に見ると権威や権力を司る太陽と件の海王勢がちょうど重なった時に発生する。今から次の満月の期間は
新型肺炎関連に限らず、海王星の象意全般に属する現象やその運勢が活発に表れるかもしれない。
オマケ:

宗教団体別の新型肺炎対応ローマ教皇、聖職者らに外出して新型コロナ患者と会うよう呼び掛け
「メシア到来に備えるため、コロナビールを飲みなさい」 ユダヤ教指導者ら新型ウイルス対策で珍助言
新型コロナ予防めぐり、ギリシャ正教会と医師団体が衝突

今までとこれから311発生直後に書いたもの。世界に打ち寄せる大津波のような新型肺炎流行時の今も、同じことが言えそう。これからは特定の大国に依存する経済(富を集中・独占・搾取させる)ではなく、頼る先はリスク分散し各国同士で助け合いをする(富を行き渡らせ循環させる)経済へとシフトするでしょう。それは、弱肉強食からの脱却にもつながるかも。


追記:
20203.14
「考える力を封じる呪術と権力」という課題を持ち、なおかつここ10年はずっと変動が続いている分野がキリスト教。新型コロナ騒動が発生しているタイミングで「キリストの復活」という名を持つ島で文化財が今月1日に大損害を被るとんでもない事故が起きてしまった。タロットなら戦車の逆位置。
そして宗教裁判が吹き荒れたスペインでも患者急増・・・欧州は歴史的に魔女狩りや宗教裁判(考えを封じる呪術の弊害例)の嵐が吹き荒れた地域が多い。

2020.4.21
ユダヤ教「超正統派」居住区で感染拡大 集団礼拝やめず 大家族で“密集”し生活

コロナ乗じた勧誘に注意を カルトや悪徳商法―専門家


2020年3月 4日 (水)

買い占めパニック再来

「トイレットペーパー不足デマの発信元はこの人!」→というデマが流れて個人叩きに

311の時も首都圏を中心に、被災地でない場所で買い占めパニックが発生した。「バカな買い占めパニックで品薄になってる。今はストックがあるけど将来補充したい時になってもバカな買い占めパニックのせいで手に入らないかもしれないのが不安だから今のうちに私も買っておかなきゃ!」という不安に駆られて自分がバカにしていた買い占めパニックに自分も巻き込まれていく人達が非常に多かった。それがさらなる買い占めパニックの拡大に拍車をかけ、自宅に大量の在庫を抱える人がいる反面、本当に必要で本当に補充したい人には行き渡らないという事態を招いた。今回もその傾向があるようだ。逆に、今とあの時の大きな違いは、困っている人を支援しようという発想が大衆心理の中に乏しいという点だ。不安にさいなまれている自分自身が「困っている人」だからかも。

買い占めパニックの背景には「物資不足への怖れ(飢えの恐怖)」ということの他に、大衆の内面では個々人が抱えるそれぞれの「物資不足に投影し混同した別の不安感」があり、しかしそのことに無自覚なので「物資不足の不安を解消すればこの不安は解決する」と思い込んでしまったこともあるのではないかと思えて来た。
「新型コロナウイルスに投影した無自覚な別の不安感」が混同されることでウイルス恐怖が増幅されデマやフェイクニュースに踊らされる現象と同じことが買い占めパニックでも発生しているのかもしれない。
また、「こいつがトイレットペーパーが不足するとかいうデマをまいた張本人だ!」というデマを信じて無関係な他人をつるし上げ個人情報を晒したり自宅に嫌がらせが来たりする事態も発生している。トイレットペーパー不足のデマに惑わされた行動をとる人も「こいつがデマの犯人」というデマに惑わされた行動をとる人も本質的には何も変わらない。きっとフリー〇ーソンとか悪の組織とかから見れば「扇動しやすい愚民共(黒笑)」に見えているに違いない(陰謀脳)。

それと同時に、311発生時に書いた「心の飢えが本当の飢えを招く」という記事も思い出す・・・「本来は存在していない飢え」への不安が「買占めパニック」という奪い合いの戦いを生み、 その戦いが本当の飢えを生み、本当の飢えが不安による奪い合いの戦いを更に深め拡大させ、 更に飢えが深まり拡大する悪循環。それは戦争が貧困を生み、貧困が更なる戦争を生んで来た人類史の縮図。 いつしか人類は、飢えや飢えの恐怖すら武器として利用し時に依存するようになった・・・

とにもかくにも、このような時期だからこそ、今まで抑圧してきた「考える力」の封印を解くことが大切だ。
「ウソに惑わされず、客観的な思考と観察をする能力(=真実を自覚する力)」は誰の中にも眠っているのだ。それは、デマに惑わされないようにする効果だけではなく、自分自身をウソの不安で惑わすことから卒業させ、本当の不安の正体を自覚させることにも役立つのだ。


不安の正体を探ると・・・←かなり前に書いた記事だが、今のような時期にも役立つ部分はあるだろうか?

2019年10月22日 (火)

他人の幸せが許せない=自分の不幸が許せない

■「他人の得が許せない」人々が増加中 心に潜む「苦しみ」を読み解く

「彼女はとにかく新しく入ってきた若い人を片っ端からいじめていました。退職に追い込むまで。10人くらい辞めていったと思いますよ」
(中略)
自身はなぜかいじめの対象にならなかったが、ある日、どうしてそんな振る舞いをするのか聞いてみたところ、こんな答えが返ってきた。
「若い人はどこでも就職できるのがねたましいし、腹が立つ。私なんかはもうどこにも行くところがない」

 この女性は、職場でのいくつものいじめの行為が会社に認定され、職場を追われたという。

 

他人が自分よりも得をしている(幸せそうである)有様を見て妬みに苦しむのは、その有様があまり意識しないようにしていた自分の抱える不幸や不満(思い通りにならなかった、欲しいのに得られない、境遇が悪い、不器用で要領が悪くて損する癖を直せないetc)を強制的に連想させ意識させ刺激・強調するからだと思う。
そんな傷に爪を立てるような苦しみを与えた相手に復讐したい気持ちが人を「妬みによる嫌がらせ」に駆り立てることもあるのだろう。要は本人にしかわからない個人的な事情による逆恨みなので、嫌がらせの被害者にしてみれば「身に覚えのない恨みによって復讐された」ということになる。

自分が不満や不幸を抱えていなければ、現状に満足感や充実感があれば、いくら他人が幸せでも得していても妬みやルサンチマンは成立しない。そういう意味で、たとえ地味な生活でも他人を妬まなくて済む程度には充実感を持って生きられるのは幸せだ。

先日の台風により武蔵小杉で被災したタワマン住民を叩いている人々の中にも、タワマン住民を妬む心の片隅に、そっと隠しておきたい不満や不幸や惨めな劣等感を抱えた人がいるだろう。彼らの人生に真の幸あれ。

2019年10月 7日 (月)

共通点は「努力が報われない」

燃えつきてしまった…頑張る人に起きやすい3つの症状

1. 情緒的消耗感……心身ともに疲れ果てた感じ
2. 脱人格化……人を人とも思えなくなる感じ
3. 個人的達成感の減退……取り組んでもやりがいを得られない感じ

燃え尽きた客を占った経験のある占い師から言わせてもらうと、燃え尽きるかなと思ったら、自分はそもそも何を求めてその仕事をしているのか、何を求めて努力や忍耐をしているのかを再確認するといい。その仕事を通して本当は自分のどんな目的を満たしたいのか、己を恥じたりカッコつけたり裁いたりすることなく、正直に向き合うこと。

努力も忍耐も仕事も、それ自体が目的ではなく、手段に過ぎないものだ。
手段の方にだけ気を取られすぎてしまうと、目的を見失ってしまったり、目的を忘れたがゆえに効果的な手段の選び方、使い方が出来なくなることさえある。そうなると、人は燃え尽きやすくなるようだ。
(ブラック企業などは従業員のプライベートを奪い手段(業務)以外のことに意識を向けさせず意図的に個人の目的を見失わせ、手段を目的と誤認させるように洗脳したり、目的を人質にとることさえある。いわゆる『やりがいの搾取』というやつ)
そもそも、自分の選んだ手段が適切ではなかったことに気付くケースもかなり多い。
目的と手段を再確認することは地味だが欠かせない作業になることがある。

例えば、「人に喜んでもらいたい」という欲求を持つ若い人が接客業のバイトに就いたとする。しかし、期待するほど客から喜んでもらえなかったり、顔も見てくれない客やセクハラなども多くて燃え尽きて辞めてしまったとする。
この時点で本人は「人に喜んでもらうこと」こそが仕事の目的だと思い込んでいて「なぜ人に喜んでもらいたいのか」については自分でもあまりよく分かってない。
何故なら、「人に喜んでもらうこと(そのような欲求を持つこと)」それ自体が単なる手段に過ぎないという事に気が付かないからだ。「なぜ人から喜んでもらいたいのか」ということまで掘り下げないと本当の目的が分からなかったりする。喜んでもらいたい理由の中に本当の目的が隠れていたりする。

そこまで掘り下げた時、ある人によっては
「両親の離婚から自分の誕生に罪悪感や自己否定感を抱いてしまうようになり、それを癒したくて自分が何らかの形で誰かに喜んでもらう経験をしたかったから」ということに気付く場合もある。
またある人によっては
「長く優等生として期待に応えて褒められながら育ったものの受験と就職に失敗し、長く支えてきてくれた大好きな家族からも失望され冷たい仕打ちを受けるようになった傷を癒したかったから。そのためにもう一度褒められていた頃を疑似体験できればいいと思ったから」ということに気付く場合もある。

両方とも、本当の目的に有効な手段は「バイトで客に喜んでもらうこと」ではない。だから、バイトで客に喜んでもらう努力をしても本当の目的にとって「努力が報われる」ことはない。本当の目的(本当の欲求)に気付かなかったために、適切な手段を選びそこなったのだ。
両者とも、本当の目的に有効な手段を、改めて考え直す必要がある。両親の離婚は自分の責任でも自分が原因でもないことを再確認したり、成果と引き換えに家族の愛を得る取引関係以外の幸せな生き方について考えてみたり(むしろこっちを占った方がいい)・・・

心のどこかでその事を感づいていたりすると、ズレた努力をする意欲が急低下して燃え尽きてしまうという現象が起きやすい。無理もない。それはごく正常なことだ。
(ブラックな組織やブラックな価値観はそうなった人間を精神論で糾弾したり罪悪感を植え付けて抜け出せないように支配する)

人間の脳には、欲求が満たされた時や満たされると分かった時、満たされる様子を強くイメージした時、あるいは報酬(欲求の充足)を期待して行動(努力)しているときに活性化し、快感をもたらす神経系が存在する。いわゆる「脳内報酬系」というやつだ。人間はこの神経系が活性化することで味わえる快感を追求する本能が行動や努力の動機・意欲の源になっていることも多いという。いわゆる「幸福の追求」というやつだ。

この脳内報酬系を適切に使いこなす上でも、仕事や努力を通して手に入れたい自分の本当の欲求(本当の目的)を再確認することは重要だと思う。くれぐれも、手段を使いこなすのであって、手段に使われてしまわないように・・・

オマケ:私たちを影で操る脳内の「報酬系」とは?

2019年5月31日 (金)

登戸で占いやってた人間の妄想

※以下に書いたことは全て個人の妄想です

川崎・登戸殺傷 児童ら18人襲われ小6女児と男性死亡 確保の男も死亡

川崎・登戸殺傷 児童ら18人襲われ小6女児と男性死亡 確保の男も死亡
川崎・登戸殺傷 児童ら18人襲われ小6女児と男性死亡 確保の男も死亡

占い師としても色んな思い出がある登戸でとんでもない大事件が起きてしまい、言葉を失った。犯人は自殺してしまったので、犯人しか知らない多くの真相が闇の中に葬られてしまうのだろう・・・
犠牲になった子供達の通う学校の名前は「カリタス」。無条件の慈愛とか、人類愛といった意味だ。恐らく、犯人が求めていたものでもあるんだろう。自分が自分に与えたかったもの(愛を自分に与えると自己肯定になる)じゃないかとも思う。「カリタスの中で学び成長する子供の死」・・・なんとも意味深な偶然を感じる事件だ。

発育本能を持つ子供にとって、「自分は発育できるんだ(可能性があるんだ)」と自覚することは非常に重要だ。「まっとうな発育環境にいる」という認識と、「新しい事が出来るようになった」等の体験を通して自分の中には確かに発育能力が存在するという自覚。この経験の積み重ねが後々芽吹く健全な自信や自己肯定の種まきになる。それが自分の発育に資することを積極的にやろうとする本能的な意欲にもつながる。
この経験があるのと無いのでは大きく違うだろう。容疑者には、この経験が少なかったのかもしれない。
カリタス小学校に通う生徒さん達は、事件にめげることなくこの経験を積んでいって欲しい。犠牲者のご冥福をお祈りします。

◆犯行目的は「自殺」?

尾木ママ「1人で自殺してくれ的な発言は止めること」川崎襲撃事件の“連鎖”懸念 

【川崎殺傷】橋下徹・元大阪市長「死ぬのなら自分一人で死ねってことはしっかり教育すべき」

 ↑ 
非科学的な占い師のカンでしかないが、登戸の事件は世間で噂されているような「死ぬことが主目的の犯行」ではないと思う。
登戸の事件で世間の人々をはじめキャスターやコメンテーターも「死にたきゃ一人で死ね」的なことを言ってるが実はこれ、犯行目的を見間違えている可能性が高いのではないかと思った(なお、自殺は他人を巻き込まなくても迷惑行為になるし本人含め色んな人が傷つく悲劇でしかないのでそれを肯定する前提でものを考えることはお勧めしない。本気で拡大自殺を考えている人には挑発や扇動になりかねないコメントもお勧めしない)。
登戸の事件は加藤や宅間の起こした事件と同じく「自己実現の代償行為」という側面が強い可能性を感じる。何というか、「メディアが取り上げて社会が驚き注目するほどの偉業(自己実現) を成し遂げたい」「他人がめったにマネできないことをやってのけるすごい自分になりたい」というコンプレックスに由来した願望(情熱大陸コンプレックスとでも表現すべきか?)を歪んだ形で代償的に表現しちゃった印象だ。
「でっかい花火を打ち上げたい」という強迫観念や焦燥感にも似た心理の裏側には、自分の生きる価値や意義(=自分なりの生きる喜び)を感じる体験(=自己実現)が出来ずに人生を愛せず自己肯定感や自尊心が持てない心・・・そんな人を登戸でも何人か占ったっけ。
自分の人生を愛する(己の生に喜びを見出す)ということは、自分の命を愛することでもあり、動物的本能だけでは生きられない生物である人間にとっては非常に大切なことだ。

他人から驚嘆されたり高く評価され認めてもらうこと(優越感を持つこと)に自己実現や生きる価値の実感や自尊心や自己肯定等の代償行為を依存出来る人もいる。それはそれで悪い事じゃないし本人が幸せならそれでいい。ただ、生憎といい子ちゃんや優等生になれる才能や優越感を保つ才能を持ち合わせていない人も多い。自己実現や自己肯定の代償行為を求めるあまり自分の本心はそっちのけで他人の顔色を常に伺う生き方に疲れてしまう人も多い。評価してくれる相手や周囲を見下し優越感が持てるような相手を通して自己肯定や自己実現の代償行為をするために出会いを探し求めさまよう人生に疲れてしまう人も多い。イイネ依存症になって本当は家でゴロゴロしていたいのにイイネが欠乏する不安で行きたくもない場所へ写真を撮りに行き、休日なのに仕事している気分に陥る人もいる。
中には、「自分個人の生きる喜びをいくら持とうが、神が私の存在を許可し肯定し承認・評価しなければ私には生きる資格がない」と思い込んでしまったカルト信者の方々もいる。

そんな「高評価や優越感の獲得」という自己肯定や自己実現の代償行為が実行できず行き詰った末に「代償行為の代償行為」が必要となり、それが最悪の手段になってしまった典型例が登戸や宅間や加藤の事件なのかもしれない。
(『気に入ったアイドルが人気投票の上位になれるよう応援する』という手段で実行できない代償行為の代償行為が出来ればまだよかったのかもしれない。多くのファンによる応援で『偉業』を実現するアイドルは時に、自己実現や自己肯定の代償行為願望を象徴するアニマになりうる)

自己実現や自己肯定の代償行為しか許さない人生。例えば、社会や他人からの評価に依存し他人の顔色を気にしながら本音や本心や自分の喜びを自覚せず殺して生きることしか自分に許さない人生。見下せる他者がいなければ優越感を保てず自己否定的になってしまう人生。個人的にはそんなのつまらな過ぎて愛せなくても無理はない。代償行為が上手くいかなくて事件を起こす方向にエネルギーが向いちゃったり、カルトの餌食にもなりやすい。代償行為が上手くいかなくて行き詰ってるところを見透かされて過激派にスカウト・洗脳されて絶対に点火しちゃいけない花火に点火して自爆するパターンとか目も当てられない。
(中には、「神が私の存在を許可し肯定し承認・評価しなければ(=神が私の命を喜ばなければ)私には生きる価値がない。自分個人の生きる喜びをいくら持とうがそれは所詮独りよがりである。自己存在の正当性を証明しない。そして神の許可なく誕生した私の命を神はお喜びではないので私の生きる価値は永久に発生しない。どんなに生きる喜びを創ろうが不当に誕生した命の免罪符にはならない」と思い込んでしまったカルト信者の方々もいる。洗脳を解かないとどうしようもない)

自己実現や自己肯定の根拠となる自分の価値基準を「社会や組織や他人の都合による利用価値評価」だけに依存する限り、人生がつまらなくなりやすい。親がそういう生き方しか知らないまま子供がその価値観を条件反射で無意識に受け継ぐこともあるが、何も考えず条件反射的に受け継いだだけの価値観はその事実を自覚することで自ら変えていくことができる。

◆代償行為じゃなくて本当の望みを実現するには
自己肯定感や自尊心や己の生きる価値を感じること(=自己実現)が本当の望みなら、他人からの評価や他人と比較しての優越感(自己肯定の代償行為)を優先するのではなく、他人抜きで自分の人生を愛せるようになること(=生きる喜びを感じること)を優先すればいい。占い師としての経験から言わせてもらうと、それはそんなに難しくない。生きている限り何歳になっても可能だ。
社会貢献になるものや他人から評価されるようなものじゃなくていい。ド派手な偉業ではなく、ささやかな趣味でも中二病でもBLでも何でもいいから「自分の生きる喜び」を持った方が人生を好きになりやすいし自己肯定感を持ちやすい。自己肯定が出来れば代償行為は必要なくなる。自分が今までどんな「他人と無関係な自分だけの喜び」を感じたかを振り返って自分の生きる喜びがどんな特徴を持つのか探ってみてもいいだろう。例え小さな喜びであっても、その積み重ねはバカにならない。どれもこれも、自分がこの世に存在して初めて味わえた喜びだ。世界で唯一自分だけが味わえる喜びだ。
そういう喜びを生まれてから一度も味わった経験のない人は、何か好きな娯楽や好きな食べ物や趣味を持つことをお勧めする。

本当に自尊心や自己肯定や己の生きる意味を見出している人は、自分が平凡で目立たない普通の一般人であっても(他者を見下して優越感を持てるような根拠がなくても)自分の人生を愛しているし、自分の人生を愛せるような体験や経験を内面ではして来ている。世界でたった一人、自分にしか持ち得ない愛すべき経験。それが外からは見えないというだけだ。一目見てそうと分かる華やかリア充よりは、内面充とでも言うべきか。

それは要するに、幸せってことだ。


【余談】
書き終わったら「涼宮ハルヒの消失」のシーン思い出した。キョンはワガママなヒロインに散々振り回されたり死ぬような目に遭ったりしても、そんな自分の人生を愛せるような体験や経験(大量のプレゼント)を知らないうちに蓄積していたんだね・・・




中二病の有効活用

上手なニートの過ごし方

 

2018年10月10日 (水)

『都会とカップラーメン』から妄想

以下に書いたことは「心の飢えが本当の飢えを招く」「飢えの恐怖に抑圧され犠牲になってたもの?」といった今まで書いてきたこととかぶる内容で、個人的に頭を整理するための覚書として書いた妄想です。
久しぶりにブログ記事を書く意欲が湧いた奇跡w

 

某所で興味深いまとめを紹介してもらった。10代の頃に貧困を経験した方の体験談で、ご本人の分析が非常に鋭いと感じた。長くなるが、以下はそこから太字周辺を抜粋。
底辺から這い上がって語る貧乏 都会とカップラーメン

お菓子っ子 @sweets_street カップラーメンを高いといえるような自炊能力は、既に文化資本なのですよ(´・ω・`) 自炊能力を身につけるためにお金や時間などを投資していますから。そういう投資をする機会がなくて、割高なカップラーメンと食べているというのが貧困ということなのですよ(´・ω・`) (中略)お金に余裕が無いと目先のことばかり気になって、視野も狭くなります。「貧困」は世の中の色々なものを見て、その判断をするという視野の確保機会すら奪うんですね。選択の余地をなくした「貧民」は、袋小路にある底なし沼にハマり続けるしかない。

kaba35 @koba31okm
自分で作ったローコストでおいしいメシ食って暮らすってのは計画性や我慢が必要な習慣だからね。材料買えばできるってもんでもなくて道具や調味料一式が必要だから一旦カネと時間がかかるし、コスト下げるには食材を無駄なく使う必要があるからよく考えなきゃいけない。

お菓子っ子 @sweets_street (中略)貧乏してると気持ちに余裕がなくて集中できないから、炊事洗濯掃除なんかには気が回らなくなるんですよね。そういうことをしてる暇があったらゴロゴロするか、ボーッとテレビ見て時間潰すか、あるいはゲームでもして時間潰す感じになります。(中略)気がついたら部屋は汚れ放題。脱ぎ散らかした服が散らばって、出してないゴミが溜まって、どんよりした雰囲気。こんな部屋の中でぼーっとしてると生ぬるい泥水に浸かってるような気分になりますね。我に返って荒れ果てた部屋を見回すと気が滅入るから、ぼーっとしてたほうが良いです
(中略)安いお金で長時間働いて、仕事が終わったら汚れきって淀んだ空気が溜まってる部屋に帰る。そんな生活をしてると、前向きな気持がどんどんなくなるのを感じましたね。仕事が無い時はお金もないから、汚い部屋の中でお腹すかせながら、何日もお風呂に入らずに汚れた服を着てずっとゴロゴロするしかない (中略)家にいたらボーッとしてるだけだから、食事しようと思うとパッと行ってパッと帰れるファーストフードになるし、洗濯はお金入れるだけで洗濯から乾燥までやってくれるコインランドリー。生活に必要な物は思い立った時に何でもパッと買えるコンビニ。要は何でもその場で済ませることができる生活ですね
「すぐ買える安いものをパッと買ってパッと使おう」なんて感じでやりくりするライフスタイルにマッチしたのがコンビニであり、ドンキホーテでした。いつでも開いてて安物が何でも売ってる店は、生活に手間を掛けたくない人種には魅力的なんです。安物買いの銭失いの典型ですけどね
(中略)「貧乏なのに割高なカップラーメンを食べる」「安かろう悪かろうの商品ばかり使って、結局は損をする」というのも、お金の余裕が心の余裕を奪ってしまうからですよ。「貧乏でも心は豊か」とはなかなかいかないですね。生活を切り詰めれば切り詰めるほどお金がなくなるのは、今思うととても不思議でした

noa @aonoa_uky @sweets_street (中略)「食材が安い時期・店を探す」「そこに買いに行く」「食材を器用に調理できるだけの能力を磨く」「実際に調理する」という時間とお金がなければ出来ませんものね。

お菓子っ子 @sweets_street
@aonoa_uky ええ。時間とお金をかけて、試行錯誤してようやくそれらが身につくんです。最近は「できて当たり前なのになぜしないのか」と無責任にそういう能力を身につけるコストを無視した意見が目立つので、持論を述べてみました
(中略)お腹がすいたら、普通は力が湧かなくてへたってしまいますよ?「うまいものを食べたい」とガムシャラになるのは、それでもへこたれない強い心身をもった人だけです。ハングリー精神で貧困から脱出したというのは、珍しいことだから賞賛されるんですよ

お菓子っ子 @sweets_street @Tatsuyuko 「都市型の生活とは何か」を深く掘り下げないと、見えて来ませんからね。コンビニやドンキやファーストフードが重宝される背景と、貧困は密接なんですよ

◆コストカットとコストロス
貧困層は、自炊のための道具や材料揃えるコストさえ背負えずに自炊のコストよりも一度に払う金額がより低い(自炊より一食当たりの単価は高い)ファーストフードやカップ麺に依存して結局コストロスを起こし続け貧困から抜け出せなくなりうるということが分かった。目先の数値しか見れなくなるのだ。
貧困は人間の視野を狭め、貧困の本質的な問題を自覚出来なくさせてしまいやすいようだ。
さらに、飢えの恐怖が発生することで「できる限り少ないエネルギーで目的を果たそうとする」本能も発動してしまい、それがさらに視野を狭めコストカットではなくエネルギーカットが優先されてしまう結果になる。思考や作業に時間をかける事や、広い視野に基づいた思考と行動を保つには、エネルギーが必要なのだ。
「貧困層は怠け者だ」という偏見もそういうことから来ているのかもしれない。

現代社会のライフスタイルでは、エネルギーロスを防ぐ本能が、結果的にもっと多くの様々なロス(損失)を招いてしまう。エネルギーロスを防ぐ本能が裏目に出て労働(自ら豊かさを創る行為)よりも万引き詐欺恐喝その他の犯罪行為・不正行為(=他所から奪う行為)を選んでしまうことさえありうる。スルガ銀行の不正の構図もそんな感じがする。効率化と混同した下手なエネルギーカット(コストカット)はエネルギーロス(コストロス)を招く。
飢えや貧困ゆえに「できる限り少ないエネルギーで目的を果たそうとする本能」が働いて自分で豊かさを創るよりも他所から奪うことを優先するようになれば、それが奪い合いや争い(=弱肉強食=共食い)の歴史を創っていく。以前このブログで書いた飢えの恐怖(そしてそこから派生する諸々)を動機と原動力に依存した(ゆえに飢えを手放せない)人類史とも関係する話だ。
豊さを「創る(生む)」ことは、弱者から「奪う」よりもエネルギー(コスト)が要る。だから飢えてエネルギーカット(コストカット)が必要になる(=エネルギー不足・コスト不足になる)と、生み出せなくなって奪って賄うようになる。奪われ飢えた弱者達が集って強者になれば今度は奪ってきた側が奪われる側になり、奪い合いの構図が生まれ、生み出す力の回復と安定(根本解決)は後回しにされがち。エネルギー(コスト)食うから。
そう。根本解決よりも目先の手間暇コストの削減を優先してしまうのだ。まさに貧困層が貧困から抜け出せなくなる構図と同じである。飢えて狭まった視野の身には根本解決なんかどうでもいい。今この瞬間どこからどれだけ勝ち取れる(奪える)かが全て。

そんな世界では全員の視野が狭まっているし余裕もないので【皆で協力して簒奪者の抱える飢え(エネルギー不足)の原因解明と解決をし、そのデータやノウハウを広く共有し、簒奪者の抱える問題を他人事扱いせず『誰にも起こりうるリスク』と位置づけ再発防止やより良い社会づくりに役立てる】なんてことは思いつけないし思いついても実行できない。当然ながら簒奪者達自身がそんな解明解決プロジェクトになど関心を示さないし参加する意欲も持たない。
「それより今すぐ有り金を全部寄越せ」
(豊かさを創る力は創造性であり女性性である。人類史ではエネルギーカットしすぎたのか、この創造性・女性性が抑圧されがちだ。詳しくは男性的世界と地母神の再会を参照)

◆飢えの塔
このまとめを読んで、以下のような妄想が湧いた。
人々を愚民のまま搾取・支配したいのなら、文化的にも経済的にも貧困の塔に閉じ込めておくことだ。根本解決に無自覚・無関心になってくれればなおいい。
産業革命時代のイギリスは家庭食文化を大幅に衰退させいわゆる「メシマズ国」になることと引き換えに、多くの国民を貧困に落とし込むことに成功した。
都市の労働者達は共働き低賃金の長時間労働ゆえに家庭では本格的に料理する余裕を奪われていった。視野も狭くなっていって広範囲の事を考えることが出来なくなっていったかもしれない。
潜在意識に刷り込まれた慢性的な飢えの恐怖は人々の視野や頭の回転を妨げ愚民にしてくれる。
そんな両親の中で育てられる子供達・・・教育格差以前の問題だ。当然、階級社会・格差社会の固定化に拍車がかかる。しかも、飢えた時に目先の安易な合法的解決手段が見つからなければ、目先の安易な非合法手段(犯罪)へ走る可能性だって高くなる。当然治安は悪化する。争いが生まれる。

問題解決能力の貧困化は「解決よりも目先の憂さ晴らし優先」する心理を招き、妬みから他者の足を引っ張る心理も生まれる。周囲が平等にそのような貧困状態なら、人々は自分達の貧困を強く実感しないままでいられる(目を背けていられる)が、身近な者がいざハングリー精神で成功すれば抜け出し方が分からない(抜け出せないと見える)己の貧困と絶望を改めて思い知らされ、それを怨む心が「妬み」となれば、そのストレスのはけ口は身近な成功者に向かいやすい(出る杭は打たれる風潮の一因?)。それが最もエネルギー少なく実行できる憂さ晴らしだからだ。
徳川幕府もまた、そんな陰湿な社会心理的風潮と引き換えに人々(特に農民)を無自覚な貧困の塔に長らく閉じ込めることが出来た。 日本人は、「皆と同じ・皆が同じ」を好む傾向があるが、これは誰かから妬まれる事と自分が誰かを妬む事の両方を防ぎたい心理が一因かもしれない。

◆豊かさの豊かな使い方
また、もし幸運にも貧困から抜け出し豊かになった後も貧困時の視野が狭い意識状態(ある種の脳内プログラム)が続いていれば(=心の飢えが癒されていなければ・心の飢えが次世代に受け継がれていれば)豊かさを活用することも維持することも難しい。それどころか、愚かなお金の使い方や愚かなお金の求め方(稼ぎ方)をする運勢が発生しかねない(例:バブル期・舛添元知事・ブラック企業)。それはせっかく得た豊かさを元手に新たな豊かさを生み出すことがない。創造性(女性性)が欠落しているからだ。
飢えた人間をニンジンで釣って動かして作り上げた豊かさは、だから長持ちしないし不健全なしわ寄せが先の世代に発生しやすい。ハングリー精神は飢餓状態に依存したカンフル剤であって栄養じゃないから飢え(エネルギー不足)は根本解決しない。

物質的にも精神的にも文化的にも飢えた国民(主権者)は、自分の国に栄養をあげられない。栄養不良の国は、発育不良になる。弱る。当たり前。(日本人が13歳レベルとか言われるのはまさか・・・)
じゃあベーシックインカム(BI)でお金をばら撒けばいいかというと、心や文化の飢えが改善される前にばら撒いてしまうと上記に抜粋した視野が狭く無気力で創造性も生産性もないお金の使い方をするだけで国の栄養にはならない。

義務教育期間中の子供達が何らかの形で「(授業ではなくゲームや漫画でもいいので)狭い視野で反射的に目先の利益や欲求だけを追い求めず、広い視野で真のメリットを探り見る思考と習慣を養う」ことが重要になりそうだ。これは、周囲の大人達がそういう習慣を身に着けているか否かで大きく違ってくる。
人々が反射的にドンキやコンビニや業務スーパーを選ぶ習慣を身に着けてしまうことは、狭い視野で目先の利益・欲求だけを反射的に追い求める習慣を身に着けてしまうことに通じそうだ。広い視野によって初めて得られる可能性やチャンスや真のメリットに気付けないし、広い視野でなければ見つけられないロスや危険性にも気付けず、巡り巡って結果的には自分の運勢を低下させてしまう。
とにかく心の飢えと愚民化のループを断ち切ること。豊さの豊かな使い方(ある種の創造性=女性性)を身に着けること。自分達に(=国に)キチンと栄養を与えることが出来る主権者を養わない限り、国の栄養不良・発育不良は解決しない。国民への栄養は国への栄養なのだ。
この妄想ブログで度々登場する概念にして魂の環境インフラにして真に望む生き方を運勢的にも支援する機能である個々人の「内なる地母神」は、心の飢えや習慣の飢えや視野の飢えを救う力もあるだろう。心の飢えを自覚し解決を望むなら、それは運勢となって実現するだろう。そんな個々人の運勢が集まることで国の栄養不良を改善できる。そのような運勢の発動は、もしかすると密かに近づいているかもしれない。理由は余談にて。

【余談】
真偽不明だが、苫米地英人氏が『人類は30年ほど前に飢えを克服したが未だに飢えが克服できなかった時代の経済システム(資本主義にせよ共産主義にせよ)を採用し依存している』的なことを言っていた(この動画の45:17あたりから)。
とはいえ、その後の話のオチがwww

【余談2】
貧困ゆえに今この瞬間の支出(エネルギー消費)がより低い方をひたすら追い求め結果的に貧困から抜け出せなくなる悪循環の構図は、結局、「目先の数値」だけをひたすら追い求め続ける現代経済の世界でも同じことが起きてるんじゃなかろうか? その場限りの収益数値の高さやコストカット率を追い求め後々の事に無関心なやり方をしているパターンが目立つ気がする。それは結局、貧困層のやり方と同じであり、貧しさを悪循環させるやり方だったのかもしれない。飢えの恐怖に依存したやり方は、飢えを手放せない。奪い合いや搾取や争いも手放せない。
いわゆる「持続可能な循環型経済」という発想と、それを思いつき実行する余裕の欠落もまた、貧困(飢え)の一種なのかもしれない。

楽園が甦る時←生命進化の本能が「可能性への好奇心とそれを満たす喜び」であるならば、人類文明の動機と原動力も現在の「飢えの恐怖」ではなくそっちの方にシフトできるんじゃないかと思う。特に、人類の文明が既に飢えを克服しているのならばシフトしやすいはずだ。エネルギーカット本能とそこから生じるロスは防げる。

2018年8月17日 (金)

種族と本能

◆特別な時に発動する本能
人類には、「種族」や「一族」などといった一つの大きな生命体として、その一員(大きな生命体の細胞)として、時に自己犠牲的にさえ振舞う本能がある。いわば「個体(個)」ではなく「種族(全体)」の視点で個より全を優先するために動く本能だ。親になってその本能を実感する人も多いだろう。
いくつかの条件が合わさった時、個体の生存本能よりも優先度の高い本能として特別に作動する本能といえるかもしれない。それが作動する条件は多分、己が属する種族や一族が危機に陥った(と個人が認識した)場合が一番多いだろう。「己の命が属する集団(種族・一族etc)が滅べばどのみち自分も生きられない」と思えるほどの危機感だ。
(ラピュタの力を得たムスカの暴走を見て本能的に人類の危機を悟ったパズーとシータは個よりも種を優先するその本能を無意識に作動させたために死の恐怖=個体の生存本能がキャンセルされていた?)

そんな人類が持つ特別な本能を自分達のために悪用し、無意識のうちに自分達(組織や国家含む)と「己の命が属する集団(種族・一族etc)」を混同・同一視させ、様々な方法で「今こそ個よりも種を優先すべき時だ」と錯覚させる手口(洗脳・扇動等)によってその本能を意図的に作動(誤動作)させたりすることで、古今東西の為政者・支配者・権威者達は支持者、奉仕者、志願者、信者、鉄砲玉等を得て来た。生贄、志願兵、挺身隊、ナチス、カミカゼ、カルト、自爆テロ犯等々・・・ 
本来は種族のために備わった特別な本能を「錯覚」によって都合よく人工的にエゴイスティックに作動させ利用し操り支配する「禁断の知恵」が使われるようになったこと、即ち種族という大きな生命体のための特別な本能が種族から奪われ一部の権力者によって乗っ取られ支配されて誤作動するようになってしまったこと自体が実は種族(一族)にとっての大きな危機なのだが、洗脳されれば誰もそんなことには気が付かない(まさか自分が一族や種族を危機に陥れてるなんて考えたくもないし)。

ナチスの高官へルマン・ゲーリングによるニュルンベルク裁判での陳述:

……もちろん、国民は戦争を望みませんよ。運がよくてもせいぜい無傷で帰ってくるぐらいしかない戦争に、貧しい農民が命を賭けようなんて思うはずがありません。一般国民は戦争を望みません。ソ連でも、イギリスでも、アメリカでも、そしてその点ではドイツでも同じことです。政策を決めるのはその国の指導者です。
そして国民はつねに指導者のいいなりになるように仕向けられます。……反対の声があろうがなかろうが、人々を政治指導者の望むようにするのは簡単です。
国民にむかって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。そして国を更なる危険にさらす。このやりかたはどんな国でも有効ですよ。

◆本能のハッキング 
種族(一族)自身から見れば、特別な条件下でのみ自らのために発動するよう設定してあったプログラム(本能)がハッキングされ誤作動し暴走するようなものだ。しかも、犯人が自分の一部(同じ種族/一族の者)だったりするわけだ。
まるで自己破壊。免疫系が誤作動して自分の身体を攻撃してしまう病気(自己免疫疾患)みたいなものだ。

自己免疫疾患はストレスによっても発生しやすくなるという説がある。行き場を失ったエネルギーが吐け口を見つけられずに自暴自棄的・自己破壊的・代償行為的に暴走するような印象だ。種族本能のハッキングという現象も、種族自身の中に何らかのストレスや行き場を失ったエネルギーの暴走が発生したためかも。その時点で既に種族は危機にある。本能のハッキングは種族をさらなる危険にさらす。
結局、禁断の知恵を用いて人々に自ら献身や奉仕を志願させることに成功した王朝や文明や社会はどんなに繁栄しても最後には滅んで行った。現代文明もまた同じ運命をたどるのだろうか?
(ま、滅んでも別の文明や社会が生まれるんだが)

◆大いなる欲求不満
種族や一族といった大きい単位の生命体にとって、個体は単なる使い捨ての端末(道具)に過ぎない存在ではなく、個体もまた自分(自ら分かれた者)である。なので、自分(の一部)がエゴイスティックな都合を優先し個体を蔑ろにすると、大きい命は色んなことをしたくてわざわざ個体に分かれて取り組んでいるのにそれを抑圧することになる。欲求不満になるだろう。したいことをするためのエネルギーは行き場を失うことになる。
そう、自分で自分を欲求不満にさせエネルギーの行き場を奪い、その代償に自己破壊へと導いているのだ。本当にしたいこととそうでない事をすり替えて(取り違えて)後者を選択してしまうことでそれは発生する。
それは、人間一人一人が今この瞬間も無意識にやっちゃってる事だったりする(それが積み重なれば種族のストレスに)。それをやると運勢が低下する。このブログで言う所の「内なる地母神(心の底から真に望むことを実現する方向へ運勢を導く魂の環境インフラ)」が機能を低下させるからだ。金運(豊かさを供給する運)だって低下する。だから飢える。飢えると奪い合いや争いが生まれ弱肉強食(共食い)の世界が展開したりする。飢えをしのいだり弱肉強食の世界で生き残るために誰かの本能をハッキングして利用する現象が出る。

そんな有様を解決して内なる地母神機能を回復させ運勢を回復させ開運するには、本当の望みだと錯覚した方向に進んでいないかよく確認すること、本当の望みを自覚すること。それを意識するだけでも低下した地母神機能には効果がある。
自分のホンの一部(エゴ)が狭い視野や思い込みで決めつけた優先順位や本当の望み(嘘)に縛られないで生きるって結構難しい。だから人間は試行錯誤して占いや心理学やカウンセリングを発明してみたのかもしれない。

余談: 例の本能は、タロットカードで例えるなら「吊るされた男」だ。正常に作動すれば正位置、誤作動なら逆位置に照応できる。代表的なカードの意味は「試練に耐える意義、本当に大切なもののために何かを諦める、自己犠牲、利他精神、執着を捨てる、優先順位が変わる」
自分のためではなく周囲のために自ら進んで己を生贄に捧げた結果逆さ吊りの刑を甘受した男の姿が描かれたあのカードは、別名を「刑死者」という。イエス・キリストと同類だ。

「父親の都合で童貞のまま30代で人類のために死んだ男」の神話もまた、人類のあの本能を巧みに利用した(都合のいい)自己犠牲を称賛するプロパガンダの一つとして、救世主願望を創る道具として機能する歴史をたどって来たのだろう。 英雄と救世主と生贄は、時々同じ意味になる。

 

2018年3月20日 (火)

「いいね!」依存症

※以下に書いたことはすべて個人の妄想です。

フェイスブックやインスタグラムを含むSNSが、「人間の心理学的な脆弱性を悪用する」意図で設計され、「いかに子どもの脳を破壊しているか」が元CEOより暴露されるより:

あなたがたは、もっと《いいね!ボタン》をと求める…そして、もっと好意的なコメントをと……
これは社会的検証のフィードバックループだ...。そして、これらはまさに私のようなハッカーが思いつくようなもので、なぜなら、これはあなたがた人間の心理の脆弱性を利用しているからだ
(フェイスブック現CEOの)マーク・ザッカーバーグ、あるいは、インスタグラムのケビン・シストローム(Kevin Systrom)... このすべては、意識的に、この《人間心理の脆弱性》を理解してやっていた。そして見事にやってのけてしまった

◆自尊心の代用品 ・・・
「いいね!」依存症は抑圧された自尊心(自己肯定)の代償行為に中毒した状態でもある。暴走する承認欲求の背後には、自尊心(自己肯定)の形成を抑圧しているがゆえの自己否定感(劣等感)も見え隠れしているかもしれない。
他者から否定されたりこき下ろされたり低評価されたりするのが怖いのは、代償行為が実現・成功できない事への恐怖であり、抱え込んだ自己否定感(劣等感)を紛らわせることが出来ない恐怖であり、自尊心(自己肯定)が未だ持てない(抑圧されていて自覚できない)ことへの恐怖でもある。
それは、「自分なりの生きる幸せ」が自覚出来ずにいる・作れずにいる恐怖でもある。

恐らく、「いいね!」ボタンのあるSNSで他者を攻撃したりこき下ろす習性のある人(いじめ加害者含む)の何割かは、潜在的に上記のような恐怖感を抱えており、なおかつ「代償行為(他者からの評価)」が満足できるほど成功していないor代償行為に失敗しているケースがあるかもしれない。 自分の現実や人生が「うまくいってない・幸せじゃない・自分にとっての喜び(評価点)が少ない」と無意識に感じている人である可能性も。
ある意味では、その手の攻撃やネットイジメ衝動はその人の心の悲鳴が歪んだ形で表現されてしまった結果かもしれない。ある意味で、SOSの出し方を間違えたようなもの。
(余談:世間ではいじめ被害者の相談に乗ったり支援する動きは出てきているけど、イジメ加害者側の相談に乗ったり、自分でも止め難いイジメ衝動を卒業する支援する動きは未だ出てきていない。『どうしても他人をイジメることが辞められない』という悩みは誰にも相談しづらくて、結局占い師に相談してしまうケースさえある)

◆優越感と自尊心の違い
優越感を作るには、他人に高く評価してもらうか、それが出来なければ自分よりも劣っている(と見なしたい)誰かをバカにさせてもらうしかない。どちらにせよ、他人の助けなしに優越感は作れないので、優越感に依存している状態は精神的な自立が出来ていないという事でもある。
それに対し自尊心は、趣味(中二病含む)だろうが萌えだろうがラーメンの食べ歩きだろうが、自分が人生の中で本当に好きなことや本当に喜びを感じる何か(『いいね!』をもらえるよりも楽しくうれしい)と出会うことで、そんな喜びのある自分の人生やそれに不可欠な自分という存在に対し個人的な価値や意義や喜びを自覚することで形成されていく。自分が喜びを自覚することが不可欠なだけで、他人の助けは必要ない。
その「個人的な喜び」の価値を例え他者が認めなかったとしても、全く困らない。他人が同意・評価しなかったとしても、自分にとってそれが他人の同意や承認や評価が貰えることよりも好きで喜びになっている事には変わらない。自分の好きな物事(あるいは同好の士)をこき下ろす他人に対してムキになって反論したり言い負かそうとする必要もない。そんな時間があったら自分の好きなことをするために使う。
自分が何かを好きになったり何かに喜びを感じることに誰かの承認や同意など必要ない。いちいち他人からの同意や承認をもらうメリットも無い。自分の人生で発生する喜びは、世界でたった一人、自分だけが創り味わえる喜びだからだ。自分の喜び方と100%全く同じ喜び方を持つ人間は存在しない。物事の感じ方は十人十色だからだ。「自分と全く同じ喜び方をしてくれる他人」がこの世に存在しなくても、寂しがる必要はない。むしろ、自分にしか実現できない喜びに誇りを持ち、他人の喜びを尊重し、時には互いにしか持ち得ない感性

優越感を抑圧された自尊心の代用品にしてる人達、およびその代用品でしかない優越感(他者を見下し自分よりも低く評価する心)を肥大させてる人達は、本当の幸せや真に望む生き方を見つけてないか、既に持っているのに気が付いていないという事でもありそう。

◆心を搾取させてくれる人々に依存する何者か
なお、他人に対して自分なりの幸せを見つけ実践する生き方を許さず、その代わりに用意した好都合な代償行為に依存させるよう仕向ける組織をカルトと言う。ホームグロウンテロの先駆けともなったボストンマラソン爆弾テロ事件の犯人(兄)がこの手口で洗脳されていた()。それはまさに、SNSが誘発するイイネ依存症とも共通する仕組みだ。
その仕組みを利用している何者かはこう思っているかもしれない。
「お前個人の幸せなど何の価値もない。認めない。許可しない。
我々にとって利用価値のある思考と行動をする者だけ(我々が心理搾取できる者だけ)に存在価値を認めてやる」←認めてもらうメリットが無い。
彼らもまた、「搾取させてくれる誰か」に依存しているという点では他者の評価や優越感に依存する人々とどこか似た部分があるのかもしれない。本当の幸せを見つけていない・気付いていないという点は同じか??

◆「いいね!」よりもうれしく楽しいもの
自分が真に望む生き方やライフスタイルを抑圧し目を背け無自覚なまま放置した結果、無意識下の欲求不満が歪んだ形で(代償行為を求めて)暴走した結果が「いいね!」依存症であり、自分が本当にしたいことをする代わりにインスタ映えする写真を撮る(さして食べたくもない割高パンケーキを注文する・さして関心のない場所へ行く)ことに貴重な休日を使い潰す日々だったりするんじゃないだろうか?
(ああ、イイネを餌に心理と生き方を搾取されている。イイネに釣られて本当に望むことを探す時間さえ搾取されてしまった)←「搾取で生じた人生と心の飢えはイイネ獲得で満たすしかない」と何者かは洗脳する。

本当は、自分にとって「いいね!(=他者からの評価や承認)」をもらい、「いいね!」に縛られ囚われることよりもずっと楽しい事や嬉しい事がこの世には転がっているんじゃないかってことに、うすうす気が付いてるイイネ依存症の人も多いんじゃないかと思う。
そう思えるということは、自分なりの喜びや幸せや自尊心を作れる力にうすうす気が付いているということだ。
心のどこかで、自分を開運させる本能的な命の力を感じている証だ。

選挙権が18歳に引き下がる時代。人格形成期に「いいね!」依存症となり自尊心を形成する上で大切な栄養分である「自分なりの喜びや幸せを探す心理と時間」を搾取され続ける若者(自分の幸せを知らぬがゆえに騙され扇動され利用される=利用価値のある思考と行動をする者。カルトに最適な人材)が量産されることの意味を、今一度考えてみて欲しい。
「人々が幸せになればその国も幸せになる」という開運法則から見れば、「自分の喜びや幸せへの自覚が搾取される病」が蔓延している現状は好ましくないが、人類はいつかこれを乗り越えるだろう。
自分を開運させる命の本能的な力によって。

 

 

中二病の有効活用 「必要とされる」必要がない 就活自殺の増加について 上手なニートの過ごし方

より以前の記事一覧

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
フォト
無料ブログはココログ