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2021年1月 6日 (水)

漫画版ナウシカで妄想

 

NHKで漫画版ナウシカをもとにした歌舞伎の放送を見たけど、やっぱりナウシカ(もとい宮崎アニメ)や彼の漫画は絵の表現や映像美が魅力なのだと改めて知った。舞台化するとその要素が弱くなってしまうのは否めない。
漫画版ナウシカは小学生の時から何度も読み返している。初めて読んだ時は色々凄すぎるわ情報処理が追い付かないわで( ゚д゚)←本当にこんな顔するしかなかった。そのショックでしばらくドはまりしていたw 

歌舞伎をきっかけに改めて漫画版を思い出すと、ナウシカに出てくるいくつかの要素は別の宮崎作品にも形を変えて登場することに気が付いた。例えば崩壊した「墓」は「天空の城ラピュタ」だと「城の基底部(すごい雷兵器があって黒くて変な浮彫のある無数の巨大ブロックがいっぱい。バルスで崩壊)」として表現されてると思った。それに対し崩壊しなかった「庭」はラピュタにおける「崩壊を免れた部分」に相当するか。
そして王蟲はもののけ姫だとシシ神になっている。もののけ姫でも大海嘯みたいなことがラストに起きる。
恐らく王蟲やシシ神はユング心理学でいうセルフのシンボルなのだろう。命が本来のあるべき自然な姿を奪われたり歪められて生じる大海嘯は、いわば巨大なタタリ神現象なのかもしれない。宮崎作品から影響を受けたと思しき『モアナと伝説の海』ではテ・カァと島や海を脅かす黒い影の描写がそれに当たるか。

◆漫画版ラストは本当に人類滅亡フラグ?
よくナウシカの漫画版ラストは人類滅亡フラグじゃないかと言われること多いけど、「墓」は死んでも「庭」が残ってるので浄化された空気の中で生きる技術は墓崩壊後も残っている。庭のヒドラが「ナウシカが庭で吐血しないよう肺に細工した」的なことを言ってるのがヒント。
この技術が(不死身のヒドラや博士達に手伝わせるなどして)腐海のタイムリミットである千年以内に世界へ普及すれば墓崩壊後も人類にワンチャンあると思う。 ナウシカはそのことを踏まえた上で墓と哲学問答し、ついに崩壊させていると考えれば個人的にはしっくりする。
準備されていた新人類の卵(受精卵?)をナウシカが皆殺しにする展開が衝撃的過ぎて印象がそっちに全部持っていかれると気付きにくいチャンスでもあるw 危険な賭けであることには変わらないが・・・

◆命が自然な姿を失う時
新たな人類の間に邪な心や醜い心や争いが生まれないように、脳が穏やかな感情しか持たないプログラムが施されている新人類は、もはや不自然過ぎてロボット同然だ。そこに命や魂は本当に宿るのだろうか? 人工生命の巨人兵すらそんなプログラムはされてないのに。命は、魂は、本当にそんなところに宿りたいだろうか? 種族の生命が本来のあるべき自然な姿を歪められ奪われてしまえば、人類という種族そのものが巨大なタタリ神になってしまう気がする。墓所(その存在自体が旧世界文明の遺したタタリ神のようなもの)が大事に保管してきた新人類の卵の行きつく先は、無数のタタリ神だったかもしれない。

人類が繰り返す醜さも争いも凶暴さも、そうなるにはそれなりの理由や原因や背景がある。そこにアプローチせず一元的な狭い視野で、対症療法的な解決法を究極的に追求し続ければ確かに「予め種族そのものに細工する」という結論になるだろう。一元的な視野しか持たないそんな発想を、漫画は「一つ目がトレードマークの墓所と教団」という形で表現している。墓所や教団にサポートされて権力を成立させている土鬼王朝もまた、同じような視野だったのだろう。歴代皇帝達もまた、墓所の技術で生命本来のあるべき自然な姿を歪められ、タタリ神のようになってしまった。だから大海嘯を起こしたのかもしれない。そして最期は墓所同様、全員が自然な命とは程遠い変わり果てた姿になって死んでいる。

狭い一元的視野(一つ目)ではなく、せめて両目を使った両元的(二元対立ではなく、二元連携という意味で)な視野ぐらいは持っておきたいものだ。旧世界が滅んだのも一元的な狭い視野しか持たなかったからかもしれない(妄想)。そんな狭い視野での営みは、命本来の自然な姿を発揮できなかっただろう。
(なお、恐らく人類は三元的視野まで獲得できると思う。第三の目的な意味でw もしかするとその状態は命本来の自然な姿なのかもw)


【余談1】
今となっては、「変異した新型粘菌」による大海嘯が変異した新型ウイルスによるコロナ禍に見えてしょうがない。恐らくコロナ禍も大海嘯と似たような経緯をたどって収束するだろう。即ち、「新型の遺伝子と旧型の遺伝子の交雑による弱毒化」だ。
(まさか新型コロナウイルス誕生の経緯と不自然な新型粘菌誕生の経緯まで似てないだろうな←陰謀脳)

【余談2】
オカルト脳には自分達の技術を活用してくれる強い支配者と契約関係を結ぶ「目がロゴになってる教団」はミニオンズっぽくもあり、宇宙人と交信して色んな技術を伝授されているとかゆう噂のある「一つ目ロゴの某秘密結社」ぽいところもあるw 

・・・とまれ漫画版いいよね。外伝で「その後のクロトワ」とか出ないかなw

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コメント

以前にコメントさせて頂いたことのある者です。
この間、別記事のタロットカードNo8の力の意味を読ませて頂いてました。

命や魂が本当に宿りたいと思うか?
タロットNo8で説明されてる事だと本来のオーナー、御者、馬とが連携できれば、力づくではない本来の力(三次元的視野を含む)を発揮できるようになるのかと思いました。


>サボテンさん

お久しぶりです。お元気になさっていますか?

>オーナー、御者、馬とが連携できれば、力づくではない本来の力(三次元的視野を含む)を発揮できるようになるのか

そうなんじゃないかと思います。オーナー、御者、馬の視点を併せ持つ三面的視野でその力は発揮できるかも。
一元的視野は一面的視野による二元対立を生みます。二元的視野は「両者」という異なる(相反する)視点から二面的視野で物事を見れるので相手の立場から見て考えるなど、ある程度は多角的になれます。
三面的視野はより一層多角的になり、「両者と全体(個と全)」の視点(=王蟲の視点)を併せ持ち連携させることができます。
命って、本来は視点・視野を自由自在に行き来し、水のように自由自在に姿形を変え、王蟲のように「全にして個、個にして全、時空を超えて心を伝えゆく」存在なのかもしれません。
それは「モアナと伝説の海」で描かれている事にも通じる・・・
http://aya-uranai.cocolog-nifty.com/blog/2017/10/post-b7dd.html

コロナ下のご時世です。ご健康でお過ごしください。
http://aya-uranai.cocolog-nifty.com/blog/2021/01/post-65b446.html

お返事ありがとうございます。
個人的に色々経験しましたが、お陰さまで元気でやっています。
AYAさんもお元気でしょうか?

最近、岡本太郎の本を読んでいて、「人生、即、無条件な遊び」って書いてあり、そこに「無償の生命力の輝き」とは、何々の為に何々をする、と言ったものとは別の生命そのものを原動力とする、と言うような事が書かれていました。

>「全にして個、個にして全、時空を超えて心を伝えゆく」
と書いておられる時空を超えて伝えゆく、肝心の「心」とは、そう言う生命そのものの無条件な喜びを経験したいと言うエネルギーによって作られ、だからこそ人間の枠を超えて時空を超えていく程の力を持っているのかもしれません。

モアナと伝説の海、読ませてもらいました。
今だからこそ分かることもあり、興味深かったです。

AYAさんも、ご自愛ください。

>サボテンさん

私も元気でやらせていただいております。
サボテンさんのなさったご経験がいつか糧に代わることをご健康共々勝手にお祈り申し上げます。

>「人生、即、無条件な遊び」
>生命そのものの無条件な喜びを経験したい

いいですねそれ。そういうのがクリエイティブな欲求とか創造性につながっていくんですかね。
「無条件な遊びの喜び」を動機と原動力にすれば色々楽しいアイデアも生まれそう。
そんな動機と原動力で生命活動する(=遊ぶ)生命は、この世で具体的な姿・形を持つ前から既に生命として活動してる(遊んでる)んでしょうね。無条件な遊びに創造的なアイデアが閃き、その一環で特定の姿形をとるけれど、それは一時的・便宜的なもので絶対永遠のものではない。しかしその姿形での生命活動から経験したものは姿形の寿命を終えても糧となり、無条件な遊びのアイデアの源泉を豊かにする・・・
我々は本来、生命活動という無条件な遊びを喜んでしている創造的で多次元的生命だとしたら、人生楽しくなりそうです。

またいつでも遊びに来てください。

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