« 新型肺炎で妄想 | トップページ | 某占い師、アマビエさんの撮影に成功 »

2020年3月16日 (月)

悔いなく生きよう

三浦瑠麗氏「コロナ、経済で死ぬ命は等価」「こっち派、こっち派の激論は生産的ではない

学校の休校措置が取られ、近隣の子供の面倒を見ることもあるという三浦氏。「オペレーションをやっているのは末端の私のような母親たち。政府がうまかったわけじゃない、そこは」とし、続けて「日本国民は優秀なんですよ。いざやれと言われればやれる」と、国民目線で語った。

 そのうえで、政府に対して「責任を持って経済の見通しを示してくれないと、私達がどんなにうまく自粛したり、休校措置に対する対応を頑張っても経済が死んだら終わり」と主張。
「それは経済VS命ではなく、命VS命。コロナで死ぬ命と、経済で死ぬ命は等価なんです」とした。

 また、三浦氏は「感染症の専門家ではありませんが」と前置きしたうえで、専門家を含め、さまざまな意見が出ている現状に「検査を巡っても専門家がふたつ、両極端の意見を言っている。こっち派、こっち派で分かれて大激論。これは本当に生産的ではない」と、問題点を指摘した。


そもそも、中国が新型コロナウイルスを一か月以上も隠蔽することでウイルスを世界中に拡散させ、なおかつ日本も春節特需優先で初期のウイルス封じ込め策を選ばなかったにもかかわらず、今になって「コロナが怖いから経済活動を自粛すべき」という風潮は滑稽だし今更何でも自粛すべきとする発想は無条件に洗脳された思い込みなのかもしれない。

一部の陰謀論クラスタは、「新型コロナウイルスによる混乱は世界経済大変動(世界覇権を変える戦争の代用品)を意図したものだ」と噂するw
従来の細菌兵器よりも致死率の低い感染症の流行で人類の世界経済を大変動させるには、煽った不安と責任問題を利用し経済活動に消極的な気分にする洗脳が不可欠なのだと彼らは言う。そして、「いつまで自粛すればいいのか分からなくて不安が増幅する(金融市場の暴落を促す)のが重要だ」とも。
陰謀論に過ぎないが、「一理ある」と思った。

「洗脳」・・・それは、人々の考える力を封じる呪術の一種だ。
新型コロナウイルスが誕生し世界中に拡散してしまった以上、人類は永遠にそれと付き合い続けて生きることになる。よって永遠に活動を自粛し続けるわけにもいかない。
21世紀の人類は新型ウイルス誕生前の同世紀よりも少しだけ「病気による死亡率が高い世界」で生きることになった。
それで私は柄にもなく「悔いなく生きること」に思いをはせるようになったw

かつて日本では、不治の病とされる結核が流行していた。しかし人々は感染拡大防止のための活動自粛を全くしていなかった。今よりはるかに死の恐怖が身近だったにもかかわらず、人々はそれに縛られず囚われず懸命に生きていたわけだ。そのお陰で存続している子孫の我々にも、その能力は受け継がれているのではなかろうか? 

毎日毎日コロナ不安を煽る情報を目にしながら健康不安や生活不安や死の恐怖や疑心暗鬼で頭がいっぱいで気が休まらないストレスにさいなまれて暮らし続けることが「悔いのない人生」と言えるだろうか?

数年前に百歳を超えて大往生した私の祖父も大学時代に結核菌に感染し肋膜炎を患った。
医者からは「肋骨を半分摘出する手術をすれば助かる」と言われたが、彼は「そんなことしたらどうせ長生きできない」と考え、手術を断り、入院中も(絶対安静って言われてたのに)普通に外を出歩いて近所の蕎麦屋に通っていたというw 
好物の蕎麦を肴に(当時患者には厳禁とされていた)日本酒を一合飲んでいた祖父。入院していた病院(後に院長が失踪)の劣悪な食事は半分も食べられなかったが、好物の酒と蕎麦なら完食出来た。「どうせ死ぬならとても食えたもんじゃない病院の食事を食べながら死ぬより好きなもん食って死んだほうがいいと思った」と後に語っていた。そんな「不摂生」の積み重ねが体力の低下を防いだのだろうとも。

やがて祖父は不思議と回復し、蕎麦屋の主人が感染することはなかった。当時の医者から見れば言語道断の非科学的不良患者だw
それは、私がこの世に存在するかしないかの分岐点の一つだったのかもしれないw

私が言うのもなんだが、学生時代の祖父の外見はいかにも華奢な佳人薄命タイプである(しかも理系w)。そんな非科学的で豪快な発想する人にはとても見えないが、曾祖父が豪快な人だった(記事)のでやっぱ無意識に遺伝子は受け継がれてるんだろうなと思ったw
若かった祖父は極限状態の中で、「自分にとって悔いなく生きるには」ということについて意識を集中させ高速回転させたのだろうと思う。
そして多分、飢えの恐怖でも死の恐怖でもなく、生きる喜びを、本当に望む生き方を動機と原動力にして決めたのだ。
(経済や文明の原動力もそっちの方がいい)

今後の新型コロナウイルス対策、強毒性のものが流行している地域はともかく、そうでない日本の場合は感染症に弱い人達を守りつつ(本人が望めば外出しなくても暮らせるようにしつつ)、病院のベッドを重症者にゆずりつつ、日々の手洗い・うがい等を欠かさず、出来るだけ経済活動を維持した方がまだ悔いが残りにくいのかもしれない(一番感染しにくい子供を家に閉じ込めると、世話のために親が仕事を休む羽目になる)。賛否両論のあるイギリスの新型コロナ対策はそういう発想に近い気がする。新型コロナウイルスの抗体検査をして、既に抗体を持っている人(=症状の有無に関わらず感染経験があった人)は通常通りの活動をするという発想もアリだと思う。集団免疫が出来上がっていないと自粛やロックダウンを解除した後に感染拡大が再発するリスクも出てくる。

ウイルス騒動をきっかけに無人化・自動化・遠隔化も進むだろう。そうなれば雇用ニーズが減るからいずれ遅かれ早かれ、現行の経済システムは続けられなくなりそう。大量雇用と大量消費の時代じゃなくなっても疫病が流行っても災害が起きても影響されにくい非監視社会型の経済システムがいずれ作れればいいが。

 

2020.5月1日追記
振動医学を有効活用できれば、安全に集団免疫を獲得する方法が見つかったりしないだろうか?
(コロナに振動医学を試してみる?

2020.10.21
英科学諮問委員会「我々は永久的にコロナウイルスと生きていかなければならない。絶滅する可能性は非常に低い」←え、今更?

« 新型肺炎で妄想 | トップページ | 某占い師、アマビエさんの撮影に成功 »

ニュース」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 新型肺炎で妄想 | トップページ | 某占い師、アマビエさんの撮影に成功 »

2020年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
フォト
無料ブログはココログ