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2016年4月

2016年4月22日 (金)

変動が浮き彫りにする経済のひずみ?

※以下に書いたことは一個人の妄想です。無知ゆえにトンチンカンな暴論になっている可能性があります。
基本的には「心の飢えが本当の飢えを招く」といった今まで書いてきたこととかぶる内容で、個人的に頭を整理するための覚書として書いたものです。

◆被災地の有様から連想したこと
九州の被災地では水龍(風水用語で、金運を司る龍脈に相当。金運や豊かさを運ぶ機能を持つもの。河川や橋、道路、線路など、物資を運べるもの全般が水龍となる)がまともに機能していないために物資(豊かさ)の流れが正常に機能しなくなった結果、食料が足りない避難所と食料が余って期限切れになったオニギリを捨てる避難所が出るなど「豊かさの偏り(格差)」が発生した()。
物資(豊かさ)は確かに十分存在するのに、必要な場所に必要な量が行き渡らない。これは現代経済のひずみの象徴に見える(幻覚)。

九州の地震でも、311の買い占めパニック(飢えの恐怖による奪い合いで本当に飢えを産む)同様、現代文明のひずみを象徴的に表す現象が発生したと言える(妄想)。
その社会や文明に大きく影響するほどの運気変動をもたらす災害時には、その社会やその文明が抱えている問題点が如実に表れやすいのかもしれない(今後もそのような現象が起きる可能性はある)。
現代文明は飢えの恐怖を原動力にした奪い合いの経済システムなので、需要(シェア)も供給も雇用も奪い合っている。奪い合って勝たないと豊かさが得られない。飢えてしまう。
飢えの恐怖を原動力にした奪い合いの経済システムは、「飢えないように行き渡らせる」という機能をまともに持つことが出来ない。奪い合うから行き渡らない。潜在的な豊かさは確かに存在するのに、必要な場所に必要な量が行き渡らない。
行き渡らせようにも、行き渡らせるための正常なシステムが存在しない。行き渡らないから、やっぱり奪い合いになってしまう悪循環。かくして世界の金運は滞りまともに機能しなくなってあちこちで飢えた避難所のような場所が生じる。
人類史がこの悪循環から抜け出せなかったのは、「奪い合いに勝つこと(奪って生き残ること)」を優先し行き渡らせるシステムを作るまでの余裕がなかったからだろうか。
「奪い合いにかまけなければ、そもそも飢えは発生しなかった」という事例、「行き渡る仕組みがあればそもそも飢えや格差や奪い合いは起こらなかった」という事例。この二つは、この国の龍脈変動が教えてくれた地母神にかかわるひずみなのかもしれない。

◆過去の習慣や固定観念から抜け出せてない?
人類が経済を推し進めてきた原動力はハングリー精神、即ち飢えだとしたら、飢えを原動力に依存したシステムは飢えを手放すことができない。結局、飢えに依存してるから飢えから離れられない。
かつて生産力の乏しかった時代は、「行き渡るほどの量が作れず結果的に行き渡らせる仕組みを作れず奪い合いになってしまった」という問題が確かに出やすくしかも乗り越えにくかったかもしれない。
だが今は、そんな問題はとうに解決できているほどの生産力を人類はとっくに手に入れているわけだ(むしろうっかり生産しすぎて売れずに飢えてしまうほど)。後は行き渡らせればいい。
何も昔みたいな生産力が低かった(行き渡らず飢えを抱えていた)頃の前提で文明や経済システムを考える(営む・作る)必要などとうにないのだ。新たに行き渡るシステムを作っていいし、作れる。
我々はいつまで自分達が無人島で遭難したようなひもじい状況にある(生産力が不十分で行き渡らない)と思い込んで生きていくのだろう? いつまで無人島で遭難していると思い込んでるんだろう? いつまで無人島で遭難してた頃の仕組みとルール(共食い的)を採用し続け縛られているのだろう?

目の前には自由に使える広大な畑も作物もキッチンも運搬機能も十分ある(飢えずに生きる自由な生産力と行き渡る力が十分ある)というのに、遭難し飢えてる前提でしか頭が働かないからそれらを有効活用できていないし有効活用できてないという自覚すらない(だから飢える)。まるで、長年塔に監禁されていた人が扉が開いたのに長年の癖と固定観念と異常環境への順応で状況変化が理解できずに外へ出ようとしない(外へ出てもどう生きればいいかわからない・自由な生き方を忘れた)まま塔の中で引きこもって暮らしているみたい。

生産力がなくいき渡らずひもじい環境を前提にした共食い型経済システムでは飢えの恐怖を原動力にしてしまうのも無理はない。生き残るために独占し争い共食いをするのも無理はない。独占ありきで行き渡らせる発想がなく生産力を生かせず飢えるのも無理はない。飢えをしのぎ奪い合いの戦いを有利にするために人々を大量消費(生産のための大量消費)へ促すのもあり得なくはない。
ひもじくなくなったことに気が付かない・封じられた自由な生産力と行き渡る力(=豊かさの力)に気づかず生かせず飢えを改善することができない現状。そこに目を付けた一部の者達が、自由な生産力と行き渡る力を人質にとって支配し人々を飢えの恐怖で縛り付け支配した結果、人々はぶら下がったニンジンを買うために働き続ける馬車馬にされてしまった。その馬車馬達も、ニンジンを求めぬロボットが大量生産されれば用済みだ。

◆封じられた豊かさの力を解放するには?
人類が己の中に秘められた「自由な生産力と行き渡る力」という豊かさの力(これも地母神)に気が付き人質から解放させれば、消費のための適度な生産だけで十分に行き渡るから環境への負荷も減る。強迫的な大量消費が必要なくなる。
「豊かさの力」さえ人質から解放されれば、地母神は蘇るかもしれない。行き渡るのだから独占することも奪い合うこともないわけだ。
ただし、それを実現するには生産と流通と消費のシステム(=経済システム)を誰にも支配・独占させたり人質にさせないようにしなくてはならない。人類の精神性がそこまで成熟できているかどうかがポイントだ。飢えの恐怖をそのまま転用・変換した欲望に取りつかれている(まだ飢えの恐怖に取りつかれている)ままだったり、(飢えをしのぐための奪い合い・共食いを起源とする?)弱肉強食発想から人々の大事な豊かさの力を人質にして(弱みを握って)征服欲や支配欲を満足させる衝動に取りつかれている者がいるうちは実現できない。
(BIにしたって美辞麗句で人々の豊かさを掌握し人質にとって全員を支配・隷属させるための道具にできる。権力に逆らえば文字通り生活できなくなる、という恐怖を植え付け飼いならすことも可能。結局はニンジンぶら下げられていいように使われる馬と変わらなくなる。)

◆やたら市場化せず可能なものは「自給自足」する世界の妄想
今はまだ夢のまた夢に過ぎないが、仮に生産力が人質から解放されたとある架空の文明社会を妄想してみる。まずその社会の半分を担う経済活動を書く。
その世界では、「生産活動(労働)」の半分は従来のようないわゆる貨幣経済や市場経済の世界でいう「労働」的な概念ではなくて、貨幣も市場も介在しない家事(料理)や家庭菜園での自給自足作業に近いものになると思う。生産するものが農作物とは限らないというだけだ。生産物が車や服やスマホやコンテンツやサービス、医療、社会保障支援、教育等になるかもしれない。生産物は「売るため(現行経済システムを用いて豊かさを得るため」ではなく、「行き渡らせるため(飢えによる奪い合いではなく充足のため)」に生産される。
要は国内生産可能なものを生産する活動(労働)に限り、裏庭で食べたいもの・好きなものを育てて(生産して)収穫して自分で食べるのと変わらない感覚になる(ただし、労働や作物を搾取する存在などすでにいないことが前提だが)。それだと基本的には売るためではなく行き渡らせる(充足させる)ための活動なので、利益目的で無理に生産や消費を増やす必要もない。自分達で消費できる分だけ作ってもれなく自分達で消費するだけ。生産と消費が直結。一人一人の労働量は大量に売るための強迫的な大量生産を目的にしない分負荷が低く、ワークシェアリングもしやすい。機械化・ロボット化できればなお楽だ。
大量消費・大量生産からの脱却は、環境にもいい。コスト節約のために粗悪な物を作ったり、安全よりも利益を優先するようなこともない。生産側の不祥事も減るかもしれない。
自分達が消費するものを自分達で生産するわけだから、より良いものを作ろう、可能な限り改良したり質を上げようとする意欲(可能性への好奇心)も保たれる。売るためだけ(=飢えをしのぐためだけ)に脅迫的な感じで無理やりニーズを作りどんどん新しいものを作ってすぐ流行が変わる(無理やり作ったニーズは寿命が短い)、なんて現象もなくなる。

従来の「作ったって売れなければ豊かになれない。売れるためには大衆心理を扇動したり流行という同調圧力をかけて強迫的にでも購買欲求を植え付けなければ。政府と癒着して利権も作らなければ。安く売るために少人数を安い給料で残業代なく超過労働させなければ」という回りくどい仕組みではなく、「社会全体で常に基本的なニーズのあるものを適度な量作れば自動的に行き渡りるシステムを作り、人々は自分達で生産した基本的な必需品が自動的に手に入るため、自分達の生産労働がそのまま自分達の豊かさに直結する」という感じ。
いわば、生産したものを市場経済に組み込むことなく行き渡らせる。行き渡らせるためには商店の一部が配給所になり、配給の管理にはマイナンバーを使うと便利かも。
こんな妄想世界のシステムは市場経済(父性的・男性的)に対して「充足経済」(母性的・女性的)とでも言えばいいだろうか。
これが妄想上の文明における経済活動の約半分。そしてもう半分は・・・

◆市場経済と充足経済の連携(妄想)
今まで「充足経済」の話をしたが、私の妄想文明では市場経済を完全撤廃するわけではない。国内での生産が不可能なもの、本当にニーズが出るかどうかも分からないもの、ニーズが社会全体にまで及ばず限られているもの、マニアックなもの、充足経済用に生産したが需要を上回る余剰が出来た分のもの、輸出メリットの高いものに関しては充足経済と併用する形で存続させた市場経済が分担してもいいかもしれない。
また、ニーズの怪しいマニアックなものでも、本当に良いものなら安定したニーズを作るだろう。社会が「基本的なニーズのあるもの」と判断し、充足経済に組み込まれ生産され行き渡るケースだってあるかもしれない。いずれにせよ、人間界で「新しく面白いものを生み出す創造的な意欲」は失われないだろう。また、充足経済で自給率を上げればその分貿易依存度は下がる。

余裕のある国なら市場経済を回す財源に「市場経済活動を維持と発展のため」に、小遣いが配られても面白い。小遣いを貯めて起業してもいいし、市場商品の消費に充ててもいいし、市場経済の世界で仕事を持ってもいい(占い師もこっちに分類される職業だろう)。
充足経済で営むと良さそうなものと、市場経済に投入して問題なさそうなものを分類し両システムを巧みに使い分け、使いこなす世界・・・そう、以前書いた記事(男性的世界と地母神の再会)の例えを使うなら、「オトウサンとオカアサンが力を合わせて子供達を健やかに養い育て成長させる」のだ。
要するに、生存に不可欠なものまで市場経済という一種のマネーゲームに投入しなくてもいいんじゃないかと思う。命綱までゲームに投入してしまうから飢えの恐怖を原動力にした経済の営みが生まれてしまうのではないだろうか? ゲームはあくまでゲーム。安定した生活手段にはなりえない。ゲームに生活を依存させた(=支配させた)世界で本当に豊かになれるのは、ゲームの主催者(=胴元)ぐらいなものだろう。彼らがゲームに生活を依存した者達の支配者になるのは必然だ。ライフラインを支配したんだから。

◆生産と消費の間の無駄を出来るだけ省けたら?
こう書くと私が共産主義思想(占いがNGな思想なので占い師には鬼門)を持っているという誤解を受けやすいのであまりロシアの事例を使うのは好きではないが、上記の妄想である「充足経済のある世界」はダーチャ(農地付きセカンドハウス)のある生活から着想を得た。ロシアの家族がダーチャで手分けして欲しい作物を生産し好きに料理して自分で食べるのと何も変わらない。生産可能なものに関しては、自分達で欲しいものを欲しい分だけ生産すればいい。役割分担は平等に(今の人類には多分ここが無理)。

ロシアでは、ダーチャのお蔭でソ連が崩壊し経済が破たんしてモノが買えなくなってもほとんど餓死者が出なかったという。食料を市場経済に(市場経済・現行の経済システムに組み込むことに)依存させる必要が無かったのだからそりゃそうだろう。生産と消費の間の無駄(ここに奪い合いの経済システムあり)が省かれている。モノが売り買いできなくてもそこまで飢える恐怖が無ければ社会に余裕が生まれ、飢えの恐怖を原動力にはしない。
ちなみに日本の場合、現在の農地法では農家でなければ農地が借りられない上に、農地に建築物を建てることができない。つまり現状の日本では、家庭菜園は可能だが、ダーチャは法律上、造ることができない。
これは、ひねくれた見方をすると「豊かさの力(充足の力)」を人質に取られた(独占された)有様を象徴的に体現しているようにも見えなくはない(幻覚)。

◆結論
肝心なことは、全てのシステムは主権者(ニーズを持つ者達=生産者にして消費者)によって人道的に作られ営まれ管理・所有される事。独裁や腐敗や利権、過重労働を作らせない仕組みにする事、システムを支配欲や征服欲に駆られた者に奪われない事、パワーゲームの道具にしないことである。
・・・よって、弱肉強食というパワーゲームを卒業できないまず今の人類には無理なんじゃないかな?
資本主義だろうが社会主義や共産主義だろうが世界政府だろうが、どんなシステムやイデオロギーも人類がパワーゲーム(=弱肉強食)の道具にしてしまう(むしろほぼそれしかできない)うちは何一つ成功例を出すまい。

余談:
私はその国や地域の水龍が事故や災害などで変動した場合、その国orその地域の金運に関する暗示と見なす癖があるのだが、神戸で建設中の橋げたが落ちた事故()はやはり水龍(金運)の変動を暗示する象徴的なものに思えた。建設中だった橋げたは「作成中の金運(実現に向けて進めている最中の経済計画や事業)」の象徴のように見えてしまった(幻覚)。

そういえば豊洲市場・・・

自分の足を食べるタコ

2016年4月16日 (土)

九州の龍脈変動

※以下に書いたことは全て個人の非科学的な妄想です。

熊本地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。犠牲になられた方のご冥福をお祈り申し上げます。

熊本県で震度7の地震 写真特集
熊本で震度6強相次ぐ=11人死亡、800人超負傷―阪神大震災級、M7.3
阿蘇山で小規模噴火、地震との関係は分からず
阿蘇神社、楼門も拝殿も倒壊 神職「パニック状態」

◆熊本地震とレイライン
九州で現在も余震が続く(しかも震源が鬼門方向に移動することもある)今回の大地震は、このブログで311の時からお馴染みの古代呪術「冬至レイライン(今回は北ルート)」が関わっているように見える。
このレイラインは阿蘇~京都~伊吹~諏訪~日光を通り、海まで延長すると311の3連動地震を引き起こした震源海域に至る。(レイライン図のピンク線)
日本列島には、日本の背骨とでも言うべき「中央構造線」という龍脈(大地の気の流れ。地震や噴火その他などで変動するとその土地・その国の運気に作用する))が通っている()。この中央構造線を南北に挟みこむ形で2本の冬至レイラインが通っている。311の時はこの2本のレイラインを海まで伸ばした場所が南北に長い震源海域と一致する。

今回はまず、熊本のレイラインエリアにある震源地域(阿蘇付近)が大きく揺れた時、同じくレイラインでつながった諏訪も震度1を観測している()。中央構造線に位置する同一レイラインエリア同士が共鳴した感じだ。
次に、熊本地震が始まる約30分前に発生した東京(江戸)の地震である。この地震、熊本地震の前兆のようにも見えるが、厳密に言うと「前兆地震の結果」である。熊本地震の前兆(北ルートレイラインを破たんさせる龍脈変動の前兆)は、東京の地震から数時間前に日光で起きた2回の地震(14日15時39分頃と17時25分頃)である。
そう。熊本地震の震源とレイラインでつながっているあの日光(東照宮は改装中)だ。
日光は徳川時代に江戸に向かって気を引きむ呪術が施されている。これが江戸幕府の運気供給源だった。だから日光が変動すれば呪術回路でつながった江戸が影響を受けてもおかしくはない(レイライン図の白線)。
この東京と日光を結ぶ北極星ラインが2本の冬至レイラインをつないでいる。呪術的につながっているということは、片方の破たんがもう片方に影響しやすいということでもある。今後は両レイラインエリアに熊本地震に由来する何らかの反応現象がみられるかどうか・・・は不明。

311の時は鹿島~霧島を走る冬至レイライン(南ルート)が破綻を開始し、311の前月には霧島が噴火し、311では鹿島神宮の鳥居が倒壊した。311では異なる3つの震源で同時に地震が発生し、「3連動地震」と言われた。北ルートレイライン破綻開始の引き金となった今回の地震も、やはり3連動的な特徴を持っている。
熊本地震:熊本、阿蘇、大分…3つ別々の地震が同時に発生
中央構造線を川に例えるなら、レイラインはその川から気を引いて作られた2つの用水路みたいなもの。用水路(呪術回路)に気を持っていかれた龍脈は、龍脈本来の姿や動きを封じられてもいただろう。長年あるべき姿を封じられてきた中央構造線が己を縛る呪術を断ち切り本来の動きをさらに強めているのだろうか。

当ブログではレイラインをはじめとする古代に作られた為政者のための開運呪術(東征とも縁深い)が日本各地にあること、その開運呪術は江戸幕府(東征の総大将である征夷大将軍による軍事政権)にも利用され、明治期になると近代日本政府に、戦後は政財界(経団連含む)に開運力を供給してきたこと、東京も冬至レイライン上に位置しており、東京タワーが戦後日本で新たに作られたレイラインエリアの開運呪術装置となっていたが311の揺れで歪んでしまい開運装置としての機能を失ったことは以前から書いてきた。
ここにきて、いわゆる「奇妙な偶然」といえるレベルではないかもしれないが、少し気になっていることがある。レイライン(古代開運呪術)の破たんを開始させる地震(龍脈変動)には311にしろ熊本地震にしろ「3連動」という特徴があるようだが、実は311で歪んだ例の東京タワーの高さが「333m」なのだ。3がみっつ・・・まあ考えすぎか。
熊本もまた、古代東征同様に「大和朝廷とまつろわぬ民の戦いと征服」という因縁を持っている。ヤマトタケルの熊襲退治などがそれである。そういう意味で、311と熊本地震、どちらも共通する因縁を持っている。
(参考記事は3.11以降の余震多発地域の共通点と東征史。番外の項目に阿蘇を載せてあった)
熊本地震もまた、311辺りから始まった流れの一部でもあるのではないかと妄想した。冬至レイラインの破綻がもう一本の冬至レイライン破綻を誘発したとしても不自然ではない。
もう少し科学的に考えるなら、そもそも311によって日本の地面は新たな力が加わったり新しいひずみが生じたりしているわけで、熊本の地震も311からの影響を受けていてもおかしくはないのだろうと思う。

◆熊本地震と龍脈
割と狭い範囲に強烈or活発な火山の多い九州の龍脈は火気の密度が濃く、地域的に火の力が強い。五行で言う「火」は、権力や軍事を司る。この強い火気の力とイギリス武器商人の支援を得て、薩長土肥連合勢力が江戸幕府から政権を奪取し、大和朝廷をお神輿として近代日本を立ち上げた。いわば、近代以降は薩長土肥の火気を得た勢力が古代から続く為政者用開運呪術の所有者となり現在に至るわけだ(自民党の拠点である山口県もまた、九州から鬼門方向に流れる龍脈を持つ地域である)。
そして件の開運呪術が、311以降破綻を開始し、今回の熊本地震でそれがさらに大きく進んじゃったとすれば、以前にも書いた通り、今まで呪術から供給されていた運気によって強い権力や繁栄を得ていた物事の運気がさらに衰退するだろう。そうなれば日本の運気はさらに激しい変化を見せる。
実際、311(およびそのとき生じた原発事故)以来、戦後日本を復興・繁栄させ支配もしてきた政財界(経団連含む)の運気は素人が見ても下降気味だし、パナマ文書騒動もそれに加担しうる勢いだ(日本政財界がパナマ文書から影響を受けるとしたら、お金の不徳を正す効果がありそうな「あの島」も関わっているだろう)。NHKの番組「クローズアップ現代+」がパナマ文書を扱った回を放送する予定日に熊本地震が起きて放送休止になったのは何の因果か。
開運呪術に支えられてきた物事の運気変動に加え、中でもとりわけ薩長土肥の火気に支えられてきた物事の運気変動が始まる気配。

熊本地震後、個人的にはもう一つ気になっていることがある。現在トンネルの掘削工事で中央構造線の下をぶち抜く前代未聞の工事に挑戦しているリニア構想(経団連の利権事業にして原発産業とも密接)だ。
中央構造線という龍脈が本来の姿と動きを取り戻しつつある(=活性化しつつある)現在、リニアのトンネル工事が中央構造線龍脈に対してどんな刺激を与えうるのかよく分からない。
激しい龍脈変動・運気変動の始まった日本で従来の支配勢力が呪術による力の供給を失い衰退してゆく。すると、それになり代わってこの国を支配する者達(従来支配勢力の衰退が好都合な者達)は何だろう? このブログでも時々書くが「多極派(※)」と呼ばれる勢力だろうか?
従来の運気基盤を持つ支配勢力に属し、なおかつ対米従属利権を維持したい日本の官僚機構にとっては脅威であると言われているこの多極派、いわば「皆で仲良く天下統一」を世界規模でやろうとしているわけで、ある意味では幕府を倒して近代日本を立ち上げた「薩長土肥連合のグローバル版」みたいに見えるw 
しかしこの多極派も、日本の龍脈変動が引き起こす運気の流れに最後までついて来れるのか、そのうち弾き飛ばされるか計画変更(あるいは自身の変容)を余儀なくされるんじゃないかという妄想も湧く(特に、あの島との相性が悪そうw)。

※多極派:軍産複合体の対抗勢力。経済成長が限られてしまう従来の英米一極覇権の世界秩序を嫌い、複数の有力国家による多極覇権の世界秩序の樹立とを志向する国境を超えた勢力。BRICSは多極派が利用している国々で、国連は多極派が立ち上げた組織だと言われている。キッシンジャー、ニクソン、オバマは多極派に属しているとされ、多極派の米国内活動、米国に世界警察をやめさせ、各国の米国依存をやめさせる方向へ持って行くことだという。日本を対米自立させ独自の国防力(=軍備拡張)を持たせるために右向きの世論誘導を試みたり、パナマ文書事件は多極派の仕業だとか言う噂もある。

◆雑感
21世紀に入って以降、日本のみならずこの星の龍脈が世界各地で大きな変動を起こしている(スマトラ地震もその一つ)。星が自分の経絡の詰まりや歪みを解消すべく大きく身じろぎしてるのかもしれない。この星に住む人間達は龍脈(自然界)に自分の都合を押し付け支配・所有して開運を試みる発想をするよりも、もし開運したいのなら己が「魂の底から望む生き方」を自覚・志向することで開運を試みるべきかもしれない。本人が魂の底から望む生き方を志向した時、その実現を促す運勢を発動させる例の「魂の環境インフラ(個人規模の地母神)」が稼働するような生き方だ。これは表層のエゴレベルで望む浅い願望とは異なるものなので、なかなか自覚しにくいかもしれないが、まぎれもなく自分の心が望んでいること。そして、自分にしか実現できないことだ。

運勢・運気はその人の無意識が作っている。無意識の深層には魂があり、この部分は強力な運気を作る力があるとされる。だから「魂の底から望む生き方」をすれば、当然運気の流れも良くなる。実際に体内の気の流れも良くなる。そのような生き方が、結局最も自然な命の姿なのだろう。
魂の環境インフラ(地母神)が稼働するような生き方が実現できれば、もはや龍脈を利用した呪術は必要がなくなる。何かを奪い合ったり、力ずくで搾取と支配をしたり、弱肉強食の戦いの末に誰かを犠牲にする方法を取らなくても開運するだろう(そして、今までの開運法を前提に成立させてきた物事は必ずしも存続しない。必要がなくなるからだ)。
占星術的に見ると、熊本の地震はセレスという小惑星が牡羊座に入った日に始まったのだが、セレスの司る分野に「地母神」がある。古代から封印されて来たアレだ。一人一人に内在する(ゆえに社会規模でも存在しうる)地母神が稼働する(封印から蘇る)時は、さらに近づいた?
惑星規模の龍脈変動は、この星に住む人々が魂の環境インフラを発動させるような「魂の底から望む生き方」に向かって少しずつ導き促すような効果をもたらす可能性は、0じゃないと思う。
あの生き方は生命の本能みたいなものだ。星だってその本能で動いていてもおかしくはない(妄想)。ならば、その星に住む生命達も・・・

以上が今回のとりとめもない妄想である。

4.18追記
九州で余震が静まらないさなかに、今度はエクアドルでM7.8の大地震が発生・・・(ニュース記事)。まさに惑星が身じろぎしている、という感じ。
奇妙なことにこのエクアドル地震の震源、地球の反対側が偶然にも2009年にあったスマトラ沖地震の震源(バダン沖)付近だったりする。
ここでエクアドル地震の震源に近いムイスネという地名を指して『地球の裏側へ』をクリックするとわかる。
地球の裏側同士で呼応するような大地震・・・それは何を意味するのだろう?

京都・平安京跡から9世紀後半の震災遺構が大量出土
この時期にこういうシンクロニシティーが起きるわけで。阿蘇と京都は同一レイライン上。しばらくは冬至レイライン(北ルート)に注目したい。
レイライン北ルートは京都の他に神戸や淡路島の付くも通るので、阿蘇の変動が山口組の運気に作用しうる? ・・・などと考えてたら案の定やはり京都でこんなニュースw→宇治のファミレスで10数人の男たちが乱闘か…山口組分裂抗争の可能性も

11.24追記
22日に福島沖を震源にM7.4の地震が発生した。震源海域は冬至レイライン(北ルート)を海まで延長した際の海域と重なる。この火気流失の2日後、東日本は平年よりも低い気温となり、水気が押し寄せている。
今年の冬至には何かがあるのだろうか?

2016年4月 5日 (火)

共通点は「現実逃避」

※以下に書かれていることは全て一個人の妄想です。

<「ひきこもり」で迂闊な放送?>精神科医・斎藤環氏が「TVタックル」をBPOに審査要請呼びかけ

「ビートたけしのTVタックル 3月21日放映 23:15~24:15同番組で『ワンステップスクール伊藤学校』による『ひきこもり支援現場』が放映されました。
彼ら(伊藤学校の職員)は両親の依頼を受け、事前にひきこもり当事者の十分な許諾を得ることなく、当事者の部屋に土足であがりこみ、長時間の説得、恫喝、怒鳴り上げ、ドアを蹴り破るなどの暴力的な手法で当事者を部屋から連れ出し、共同生活の寮に連れて行き作業をさせるという『支援』を行う事業所です。
10年ほど前にほぼ同様の手法で支援活動をしていた「長田塾」を持ち上げたのもテレビ朝日ですが、長田塾はその強引な手法を塾生から訴えられて敗訴、関連機関のアイメンタルスクールの経営者は塾生を監禁して死亡させ逮捕という事件を起こしています。
まともな専門家や支援者には一切取材せず、こうした暴力的な手法を採る業者だけを肯定的に取り上げる報道姿勢には、世間への目配りと迎合はあっても、適切な人権意識が欠けています。ぜひとも審査対象としていただきたいと思います」

◆「原因」というものが存在するわけで
困ったことに、引きこもりの相談を精神科やカウンセラーじゃなくて占い師にしちゃう人がたまにいる。何故か精神科よりも占い師に相談する方が抵抗感が少ないという人が未だにいる。当事者が精神科や資格を持ったカウンセラーへの相談に抵抗感を持ちすぎていることも問題を複雑化してると思う。
引きこもりの何割かは神経症や精神障害、発達障害、人格障害といった何らかの病気や障害を患っていることに本人も周囲も気付いてないケースがある。また、精神科の受診を薦めても親御さんや本人が拒否するケースもある。
引きこもりの支援活動をするなら多種多様な「引きこもった原因・きっかけ」にまずアプローチしてみないと始まらないだろう。引きこもった本人が自分の抱える原因やきっかけにアプローチする意欲や好奇心を持たないと始まらない。場合によっては本人と親御さん、両方がカウンセリングを受ける必要があったりもしうる。

引きこもった原因にアプローチせず障害の有無を確認することもなく、ひたすら勧善懲悪の心地よい構図を使った自己正当化に基づいて引きこもりを裁き、物理的に部屋の外へ引っ張り出す(引きこもった原因にアプローチする姿勢が全く無い)という行動をTVカメラの前でやっちゃってる時点で「引きこもりを力ずくで思い通りに動かし自己満足に浸りたいだけで問題解決なんか最初から考えてない」と全国のお茶の間に向かってアピールしちゃったようなものだ。まっとうな引きこもり支援をなさってる専門家の方が見ればすぐにわかることだ。というか非科学的な占い師が見ても何となく分かる。

相手が引きこもりだろうとそうでなかろうと、人間を力ずくで思い通りに動かすことはある程度可能だろうが、それは問題解決とは言わない。問題は全く解決していない。戸塚ヨットスクールの創始者、戸塚宏氏もそこら辺を混同している。症状や障害や問題を抱えた人を力ずくで治ったかのように振舞わせたり従順にさせることは一時的に可能だろうが、それは治療でも回復でもない。
一時的には力ずくで思い通りにできたとしても、原因を放置したままなのですぐにボロが出るし限界が来る。障害や症状を力ずくで100%思い通りに制御することなどできはしない。戸塚宏氏はそれがよくわからなくて「もっと殴れば思い通りになるに違いない。おかしいな? じゃあもっと殴ろう」と思い込んで殴り続けていたら預かったお子さんを殺害してしまった。実はこういう結末は戸塚ヨットスクールだけではなく、他の支援団体でも起きている( )。
占い師もびっくりな中世のペスト治療並にズレた手法では、治るものも治らない。そんなズレた手法に依存している支援者も親御さんもその事に気づかないか、あえて目を背けている。

◆全員が現実逃避
こういうズレた支援団体の手口は悩み救いを求めている(辛い現実から逃げたいタイプの)人を標的にしたカルトの勧誘に似てる。勧誘された側は、相手の手口や様子に違和感を感じても、その事実から目を背け「おかしくなんかない。きっとこれで救われるんだ。これが正しいんだ」と期待を盲信に変えていくのは一種の現実逃避。そう。ズレた支援団体を盲信し同じ心理に陥った引きこもりの親御さん(リンク①参照)もまた、「現実から逃げる」ことを選択したという点では引きこもりの子供と同じものを持っている。
そして、ズレた手法に依存している支援者(違和感を感じても見ぬふりのスタッフ含む。リンク②参照)もまた、「自分達はズレている」という現実と向き合わないという点で引きこもりと同じものを持っている。みんなどこか似ている。
親御さんも支援者も本人も現実に存在する「引きこもった原因・背景・きっかけ」というものには全くアプローチする発想が無い。これが3者に共通する「現実を見ようとしない」という問題点であり、3者の問題点が共鳴し合い3倍に増幅されて最悪の結果を招くのかもしれない。
まさに、「類は友を呼ぶ」だ。「子は親の鏡」とか「同族嫌悪」も含まれている?

己を現実逃避に駆り立てる自己暗示はこんなことを言うかもしれない。
「現実はどこにも救いが無いんだ。解決などないんだ。絶望しか無いんだ。だから現実を見てはいけない。現実という絶望から自分を守るためには現実から逃げて幻想に避難するしかない。それ以外の救いは許されない。」
このセリフを疑い、現実に起きている問題(目に見える部分のみならず、目に見えない心理的な部分含め)をよく観察し、その中から手がかりを得て実在する問題発生の原因や背景やきっかけを突き止める。突き止めることが出来て、自覚することが出来れば、心理面はそれだけで大きく変化する。
(例えば、引きこもりの原因が『親やその親から刷り込みで代々受け継がれた狭い価値観への信仰が無意識下で自分のしたいことや望む方向をことごとく否定し禁じてしまい、その結果人生に意欲を見いだせなくなり無気力になっていた』ということが突き止められれば、その人は狭い視野や狭い視野に基づく価値観が万能ではなく、それを万能として盲目的に信仰し従うことは危険であることに気付いて違う視野・違う考え方に基づく生き方を探っていけるようになる。そうなれたらもはや以前ほど無気力ではなくなっている)

◆解決か自己満足か
引きこもる人を裁くのは容易だが、裁くことで解決する問題ではない。裁くのではなく、問題をよく観察して問題の原因や背景やきっかけ(=問題の本質)を突き止めること、本人にや支援者にその意欲や好奇心が芽生えていることが重要ではないかと思う。当然、言うのは簡単だが実行するのは難しく時間がかるのが現実だ。その面倒な現実を受け入れられず「ズレた手口による自己満足」という現実逃避を選んでしまう支援者と親・・・
まっとうな支援をするなら、裁かず自分の考えを押し付けず本人の話をただ聞くこと。本人が話したくなるような信頼関係を作ること。本人が信頼できる聞き役がいてくれることで誰にも打ち明けたことのない深い部分まで話しているうちに自分でも話すまで気づかなかった多くの事に気が付いていく(自覚力が発動し始める)、その過程を通して問題の本質が自覚的に突き止められていき、変化が起こり始める。
そのような静かで劇的な展開を、多少の経験を積んだだけの非科学的な占い師ですら知っている。いわんや専門家ならなおさらよく知っていることだ。よって、そのような経験を持つ専門家が一人もいない引きこもり支援団体は「裁くだけの自己満足」に陥るリスクが比較的高いと思う。
問題の本質を自覚することが効果を出す。これは引きこもりに限ったことではなく、多くの悩み事に共通するのではないかと占い師の経験からは思っている(ま、これも幻想かもしれないが)。
大事なことなのでもう一度書くが、引きこもりの相談は占い師じゃなくて専門家にして下さい。それはちっとも恥ずかしいことじゃありません。

上手なニートの過ごし方←一部の引きこもり・ニート達は、「子供の頃にやりたかったこと・やり残したこと(それを通して社会性を身に着けられたかもしれないこと)ができないままで先に進みたくない(したかったことや今でもしたい事を犠牲にしたまま他の事に時間とエネルギーを費やしたくない)」という心理が無意識下で働いているケースもあるかもしれない。そしてその大半は、「やりたかったこと(やりたいこと)」を自覚していない可能性もある。

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