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2015年9月

2015年9月22日 (火)

改正安保占ってみた

※以下は趣味でやってる占星術ソフト「アストロロギア」より。鑑定結果が捏造ではないことを示すため、ソフトの原文ママ。あくまでネタとしてお楽しみください。(安保法の性格占い的な要素が強いです)。

木星と海王星が非常に強い衝
発展と夢幻のあいだの緊張。理想と現実のあいだにギャップが生じ、計画を見直さなければならなくなる世代。個人的意味は、空想の暴走。放恣な想像力を建設的な方向に生かせれば吉。
(反対派も賛成派も、その説明がどこか空想的との指摘も。法律の内容詳細を詰めていったらイメージと全然違う内容の法律になってたり?)

太陽と月が非常に強いセクスタイル
活力と感受性の調和であるが、単純に、「人生において普通の人よりややツキに恵まれている」と解する。10人にひとりくらいの「なんとなく運のいいやつ」。トラインの場合、いろいろなことがスムーズに進展しやすい。小さな努力によって、容易に道が拓ける。だんだん向上して力が満ちてくる。

月と火星が強いスクェア
ヒステリック。感情的になって争う。とくに母子関係に問題があることが多い。争いによって心が傷つく。本当は臆病なのに、やぶれかぶれの気分で大胆なことをしてしまいがちで、心がすさみやすい。陰湿なところがある。内面の葛藤から生まれるエネルギーを良い方向に生かせれば吉。
(賛成派も反対派も闘争心を暴走させヒステリックに紛糾した中で生まれた法律。法案可決により従来以上に危険な場所へ海外派遣される自衛官達が心のケアを必要とする事態になることを見越してパソナが自衛官のカウンセリング業務を独占している。『争いによって心が傷つく』という部分は自衛官達の事を暗示してるんじゃないかとちょっと心配)

水星と金星が強いセクスタイル
多彩な才能・素質を表す。

金星と天王星がトライン
独創的な新しい美を生み出す才能ないし素質の持ち主で、イラストその他の芸術的分野に適性。恋愛観も進歩的。風変わりな人物に惹かれやすい。物事を平和的に変革してゆくことができる。
(金星は美と平和の象徴。金星の位置が国の運気を今よりも平和な方向へ向かわせる民意の出現を予感させる位置でもある。皮肉にも安保法がそのきっかけに?)

水星と冥王星がスクェア
意味は吉角と同様で非常に頭が鋭いが、それゆえに世間にすんなり溶け込めず、葛藤が生じる。
(芥川龍之介と同じ星回り。マンデン占星術だと水星はマスコミの象徴、冥王星は強制的な圧力みたいな意味を持つことがある)

水星と天王星が弱い衝
鋭い知性を持っているが、平凡な社会に溶け込めず葛藤。ときに悪魔的な悪知恵をめぐらす。自説に固執しおかしな研究を続けたり、常人には理解できないような突飛な思想を唱えるマッドサイエンティスト的なイメージあり。未来的でエネルギッシュではあるが、かっとびすぎている。才能を特殊な分野で生かせれば吉。
(安保を改正させた一連の流れは軍需産業を活性化させる。日本は技術力の高い国なので、兵器開発とかすると結構怖い? しかしそういう路線は『世論の支持を得にくい・民意に溶け込みにくい』ことを表してる気も)

火星と土星がごく弱いスクェア
怒りが内にこもるタイプ。陰湿で冷酷。人間不信で猜疑心も強い。争いを伴う試練多し。新しいことを始める意欲はあるが、集中力と情熱が持続せず、挫折を味わいがち。ぎすぎすした性格で心もすさむ。激烈なエネルギーを秘めているが、病気などの不運にありやすい。本当に熱中できることを見つけられれば吉。
(ヒトラーもこの星回りを持っていた)

太陽と土星がごく弱いセクスタイル
活力と抑制の調和。長期的な展望をもって、コツコツと努力を続ける。遠大な計画を実現させることのできる才能ないしは素質が備わっている。冷静で落ち着きのある人柄。

木星と冥王星がごく弱いトライン
平均3年に1回くらい生じる。極度の発展を暗示する世代的座相だが、それほど強い暗示ではなく、毎回実現するわけではない。

改正安保可決 by かるか on pixiv

◆占った感想(専門的なヵ所は読み飛ばし推奨)
占星術で見た限り、一部の反対派が懸念するような「今回の法成立で日本がどこかと戦争するようになって徴兵制が敷かれる」とかいう気配はない。6室に星が一つも入らなかったからだ。
今回の安保改正は不景気な軍需産業分野(と利権が欲しいパソナ)に対して公共事業の発注をすることが主目的になりそう。それもどこまで効果があるかは不明。利権政治があからさまにならないようにプロパガンダや中国脅威論や空想的な説明で誤魔化していた感じ(反対派の説明も空想的なのでどっちもどっち)。
米にいる経団連の大株主様(石油利権もお持ち)的には日本で米と同じように格差作って経済的徴兵使うぐらいの大規模軍産公共事業狙ってた可能性はあるが、今回の法成立でその意向がどこまで反映できるかは運勢的に微妙になってきた。
水星と天王星の様子では日本が兵器開発及び試作品の実戦データ収集のためにいわゆる「戦争を利用した利権とビジネス」に首を突っ込んでいく可能性も見えなくはない(戦場無くして実用的な兵器開発は困難)。しかしそういった路線を選んでも成功を収める気配は薄い。

国のためというより関係者の利権のために働かされる自衛隊はいい面の皮だろう。
この安保法成立を機に政府に対する国民の不満が噴き出すようになって国内問題が表面化しそう。世論は与党(自・公は共に蠍座)やそれとつるんでる経団連(人によっては米国)に不信感を抱き、その民意が今以上に国の運勢へ反映する可能性を感じる星回りだ。木星を見ると創価学会信者もその民意に参加する気配。
獅子座ASC金星合だから日本史レベルの視点で見るとこの国はいずれ平和の方向に行くみたい。その流れには何故か維新(獅子座)が関わっているような気配もある。
また、この前共産党が防衛省の内部資料リークしたようにスキャンダルが漏れる可能性がある(水星と冥王星のスクエア)。

月と火星のスクエアを見るにつけ、前記事に書いたように「建前上は和を尊ぶ日本人」が目を背けて来た自分自身の中に巣食ってる弱肉強食発想(=闘争し何かを犠牲にする事で生き延びる発想。自分が敗者として犠牲になる恐怖と脅威感に苛まれ続け、その苦しみと戦って勝てる強い力に飢え続ける・犠牲にする生贄に飢えける)が様々な形で表面化するものと思われる。安保法とそれに付随する騒動はそんな表面化の一例だろう。
競争社会が激化しすぎて社会を発展させるどころか却って衰退させかねない極端な弱肉強食へと暴走し、そんな共食い社会のギスギスが限界に来てる。挙句の果てに「幼児期からの即戦力養成」を目指す極端な幼稚園(記事)まで出る始末。

社会が弱肉強食発想で営まれているがゆえに政治家と官僚は利権や保身のため民意と税金を犠牲にし、経団連は利益や市場競争のため労働者(所により自然環境)を犠牲にすることをいとわない傾向があるが、特にお金持ちではない我々一般人とて仕事や恋愛含む対人関係の場面で自分が有利になったり楽になるためなら誰かを犠牲にすることなどいくらでもやっている。そういった諸々のしわ寄せは景気停滞の一因となり、治安まで悪化してる。
店員に「似合わない服だろうがおだてて買わせる教育」してるアパレル系。居住需要が低く減価償却の困難な農地と知ってても美辞麗句で百姓をおだてて賃貸物件を建てさせ、案の定入居者が入らず運用破綻し資産損失しようがどうなろうが売った後の事なんか知らんぷりの大手企業。副作用が大きく効果の怪しい健康食品やサプリを美辞麗句で売りさばく者達。「株なんてするもんじゃない」と社員に忠告しつつ団塊世代(特に情弱)等をカモにしている証券会社・・・必要のない商品を買わせるために口先をフル稼働させ、買わせた後のことは知らんぷりのセールスマニュアルを叩きこまれる社員達。数々のブラック企業、妊婦を標的にしたマタニティ・ハラスメント、いくら断ってもしつこく食い下がり、自宅にまで押しかけ投資話で顧客と長時間玄関先で押し問答する(=顧客を疲弊させる)作戦を繰り返している大手銀行員・・・
そんな風に「自分が利益を得る(生き残る・有利になる)ためなら他の犠牲などお構いなし。他の犠牲こそ己の利益」な風潮が国民(主権者)の集合無意識の中にあるからこそ、その風潮は国政にも反映する。安保騒動然り、改正派遣法、マイナンバー利権、増税と引き換えの法人税引き下げ・・・一般国民の犠牲と引き換えに経団連と宗教団体と政治家と官僚だけにメリットのある政策ばかりが進む。
(そのうち軍需産業が戦争ビジネスに手を出しかねない。あれこそ露骨に他者の犠牲と利益がつながってる)

こういった政策に対し、同じく弱肉強食的な本能をくすぐられて
「国民を犠牲にする好戦的な敵(政府)を倒すために戦え! 何を犠牲にしても敵から主導権を奪い返せ! やらなきゃやられる! 自分達のパワーを思い知れ!」と、自分も不安感と裏返しの好戦的な闘争心(まさに月と火星の凶角)でヒステリックに対抗してしまうと同レベルに墜ちる。弱肉強食政策に対して同じ弱肉強食由来の闘争心で対抗しているということは、自分自身も目的のためなら誰かを犠牲にすることは厭わない発想なのだ(これが原因で60年安保時代には人殺しも辞さない過激派が生まれてしまった)。
対立するものは同じ土俵に立つとか波長があるからケンカする、深淵を除く者は深淵から見つめ返される、てやつ。

国民が自分達の集合無意識に潜む弱肉強食に囚われた不安と裏返しの好戦的・利己的な社会風潮を改善出来れば、国政の運勢も弱肉強食的な波長のものとは変わっていくと思う。
カギを握るのは、前記事で書いた「キジの物語」だ。不安は人に「力(power)」を求めさせるが、不安を真に救えるのは力(power)じゃない。パワーを求めなくても済むようにすることだ。
(敗者達の犠牲に依存したパワーに支えられる勝者は依存してる犠牲者達によって勝利の座をひっくり返されるが、そうして返り咲いた元犠牲者達もまた別の犠牲に依存したパワーを用いているのでいつかひっくり返される。人類史はその堂々巡り)

2015年9月17日 (木)

「キジの物語」で妄想2

◆「弱肉強食」という発想に長年支配された人間のサガ
今、弱肉強食の心理(=闘争することと何かを犠牲にする事で生き延びる発想。生贄依存症とも表現できる。常に恐怖と脅威感に苛まれ、その苦しみと戦って勝てる強い力に飢え続ける闘争的心理)-----------が日本の集合無意識下から歪んだ形で表面化つつある。この心理は人類規模の心理なので「和を尊ぶ日本人」も例外じゃなく存在する。ずっと取り繕っていたけど、ずっと前からあった。それが世界と共鳴し始めてる。
人類が長年抱え込んできた弱肉強食の心理は、常に「飢えた手負いの獣」のような追いつめられた感覚を帯びているものと思っていいのかもしれない。前記事で書いた「力」のカードのライオンが貴婦人と出会う前の状態と考えてもいい。キジに癒される前の「力」を求めるカラスの心と思っていい。

日本人の和を好み争いを嫌う心理は、自分達の抱えるこの弱肉強食心理と向き合う事を忌み嫌い、それが万が一表に出ることが無いように取り繕いたい気持ちの裏返しという一面もあった気がする。
特に、「和のためなら自分や他人を犠牲にする」という発想は陰湿に歪んだ形で表面化した弱肉強食でしかない。あれは和(平和主義)の仮面をかぶった弱肉強食現象だ。この伝統は少なくとも江戸時代には確立していたかもしれない。
例えば、「自分さえ(あなたさえ)我慢すれば丸く収まること」・・・現代でもよくあるパターンだ。例えばイジメの現場で生徒(弱者)が先生(強者)からそう説得され、「我慢しないことは和を乱す悪なんだ」と思い込んでしまい、それ以来いじめられてもSOSの声を上げることに罪悪感を感じてしまう事例もかなりある。最悪の場合、遺書にイジメの事を全く書かずに(あるいは遺書すら書かずに)亡くなる。かくして強者は弱者を犠牲にして安泰を保つことに成功する・・・

日本人が無意識レベルで自分達の抱えている弱肉強食心理から目を背けて見ないように抑圧したとすれば、それらは上に挙げた例のように歪んだ形で表面化する。自分の心理を恐れて目を背け、その存在を封じれば封じるほど、封じられた心理は反動で暴れる。その「反動(ツケ)」が不景気と増税で飢えの恐怖が強まったことも手伝って今出てきた。その表れの一端が現在クライマックスを迎えている平成の安保闘争という運勢ではないかと思う。

よく、安保反対派は政府と戦う発想にあり、安保賛成派は(中国など)外国と戦う発想にあるとか言う。
個人的には、政府と戦う発想になるか中国と戦う発想になるか(=国内と国外のどちらに脅威と闘争の対象を見出すか)は性格(内向・外向)の違いでしかなく、どちらも同じく長年目を背けてきた集合無意識下のと弱肉強食心理の表面化でしかないのかもしれないと思う。反対派も賛成派も動機や原動力は同じもので、ともすれば同族嫌悪になりかねない。両者はともに共通する課題を抱えている。
「対立するもの同士は同じ土俵に立つ」というやつだろう。
そして、「対立するもののどちらにも屈するな(byユング)」ともいう。両者が共通して抱えている課題は日本の集合無意識の課題でもある。今、それと向き合い理解し乗り越える時期に来たのかもしれない。

日本人が抑圧してきた闘争的な弱肉強食心理の反動的表面化とも言える安保騒動の運勢。そのクライマックスに合わせて熊谷の殺人事件を起こしたペルー人の容疑者。彼は自分の心が日本の「反動表面化」と共鳴し、自分自身も抱えていた同じ心理(特に脅威感と闘争心)が増幅され理性とTPOを突き破って暴走してしまったか。
ペルー人姉「誰かに殺されると話していた」
もしかすると、集団的自衛権に対する世間の関心が高まっていた時期に発生した佐世保女子高生殺人事件の犯人も似たような背景で共鳴した者であったかもしれない。
己の弱肉強食心理から発する脅威感(恐怖)と闘争心が世相の動きに共鳴し増幅。病んだ心はそれにどう反応するか。増幅された脅威感(恐怖)と闘争心の投影対象(スクリーン役)が特定の人になれば最悪その人に対して自衛の殺意を持つだろうか。もし特定の人に脅威感(恐怖)と闘争心の投影が固定せず、周囲の人間へ手あたり次第に投影してしまえば彼らを手当たり次第に殺してしまうことだって起こりうるだろうか。

弱肉強食心理は前記事に書いた「ペプシ桃太郎」に出てくる「カラス」の心理だ。人間なら誰でもこれを持っていることを忘れてはいけない。キジはこれまで直接向き合うことは避けてきた自分自身の心の象徴でもある「カラス」と勇気をもって直接向き合った。そしてカラスの心理を知ってもなおカラスを(=醜いと考え今まで目を背けてきた心理を抱えるそんな自分自身を)愛し、ゆえに救おうと考え、力に飢えるその心を癒すことで実際に救った。

◆「短所や醜さ」を持っていても愛せるか?
人ならだれでも持つ弱肉強食の心理。
「和を尊ぶ私(達)にはそんな罪深く醜いものは持っていません」という取り繕った態度こそが、実は一番危険なのかもしれない。自分が実は「罪深く醜いもの」を十分に持っていることを知ってしまえば、その事実を認めてしまえば、もはや自分を愛する事が出来ないという態度だからだ。それは、自分を愛するために自分の本当の姿を受け入れ認めることはしないということ。即ち、「偽りの自分を肯定していくために本当の自分自身を否定する(自己否定する)」ということだ。本当の自分を「罪深く醜い」と認識しているわけだ。
内側に存在するカラスを「恥」として糾弾し座敷牢に隔離・隠蔽すると、カラスはいつか「鬼」になる。

誰もが心のどこかに弱肉強食の心理とそこから生まれる闘争心を持っている。弱肉強食発想で社会が営まれている限り、どうしたってそこに対立や戦いが生まれ犠牲者が出る。時には「自分達が有利になるために誰を(どこを)犠牲にするか」という相談をしていたらケンカになってしまうケースだっていくらでもある(多分政治の世界でも)。
そんな弱肉強食心理を持っている事実やその心理に基づいた営みを人々がしているという事実からひたすら目を背け、弱肉強食心理に基づいた営みの一例(安保関連や軍事行動etc)だけを脅威とみなし非難・攻撃してみたところで腹いせにしかならない。そこには救いも解決もない。それだって「脅威を闘争で排除する」という弱肉強食の営みに過ぎない。

反安保派が冷静な発想のデモではなく、賛成派と共通する発想である「弱肉強食に基づく脅威感(恐怖)と闘争心」を原動力と動機に依存したデモをしているとしたらちょっと心配だ。60年安保の時みたいに暴力沙汰が起きてしまいかねない。
(利権のために国民や税金を犠牲にする手段を選びがちな)政府に反対する側までもが政府と同レベルに「目的のために誰かを犠牲にする方法」を考えてしまえば、先鋭化した過激派の温床になりやすい。60年安保ではそのせいで日本赤軍とか革マル派とかいった過激派が出てきてしまった。彼らを駆り立てた動機は社会体制が自分の人生や自我を抑圧してくるかのような脅威感(恐怖)と闘争心だ。彼らが他者を犠牲にする手段をためらわなかったのは、それが正当防衛の一種みたいな感覚だったからかもしれない。結局、敗戦から20年も経たないうちに彼らはかつての日本国と同じく「カラス」になったのだ。
ここ数年は戦後史の焼き直しみたいな運気が発生していると以前書いたが、そんなところまで焼き直さなくていい。

自分のために、自分が今まで目を背けて来た心理の存在を認めてそれをしっかり向き合い把握する事。そのような心理が心の中に存在することを自己否定の根拠にしない事。その心理が自分を苦しめるのだとしたら、己を救うためその心理の発生原因を背景ごと探ってみること。そんな作業自体が自分自身への愛情表現になっていく。
賛成派とか反対派とかを一度脇に置いて、皆で「誰か(何か)を犠牲にする手段しか思いつけない弱肉強食という意識の支配」からどうやって抜け出せばいいのか(ただし誰かを犠牲にしない方法で)、そしてそのためには人間同士がどのように協力し合えるか、といったことを仲良く考えてみるといいかもしれない。
社会の無意識下に弱肉強食心理が強く響いていなければ、同じ波長を抱えた国と共鳴して戦いになる運勢は生まれにくくなる。そういう意味において、戦争を予防するには、国内(国民)がどんな波長で社会を営むかもポイントの一つだ。国内が弱肉強食を強めると国際関係も弱肉強食の戦いに巻き込まれやすくなる。
国民主権国家の国政は、良くも悪くも主権者達の内面を反映させる鏡(ないしバロメーター)になることがある。主権者達が己の暗黒面を乗り越えた時(己の内なるカラスを癒した時)、国の運勢は(国内外含めた)社会を取り巻く弱肉強食心理がもたらす暗黒面を乗り越えるだろう。安保問題や政府側と反対派の軋轢、(軍事含めた)国際関係の運気にも良い効果が表れる。
国民一人一人の心が一人一人の運勢を作り、一人一人の運勢が集まって国の運勢を作るのだ。
そんな国民一人一人の「内なる暗黒面を乗り越えた心」と運勢が合わさってキジに力(strength)を与え、キジとカラスの物語を開運させるのだ。そうやってキジはカラスを救う技をやり遂げる。
キジはカラスに「力に飢えなくても(弱肉強食という『共食い』をしなくても)君は幸せに生きられる。もうそんなことしなくていいんだ。僕が君を(=自分自身を)助けるよ」と言い聞かせているようにも見えた。丁度タロットの「力(strength)」で貴婦人がライオンにそう言い聞かせるかのように。
一人一人のカラスが救われた時、この国のカラスも救われる。人々は弱肉強食(共食い)という手段なしに生きられる社会を作るだろう。

(ちなみに『世界の警察』として戦争をすることが多いアメリカは、日本よりはるかに国内が弱肉強食社会である。実力だけを命綱にアメリカンドリームを掴んだ一握りの勝者の陰には大きな格差と多くの貧困層と悪い治安と訴訟ビジネス大国。政策上の理由から格差問題を放置・利用し社会福祉・社会保障を整備してこなかったことや銃社会にしてきたこともその一因だろう。そもそもアメリカが依存し巨大化していった軍産複合体自体が他者の犠牲無くして繁栄できない。武器商人なわけだから。
そんなアメリカ社会を支配してきた弱肉強食発想がここにきて微かに変化の兆しを見せている。軍産複合体とは異なる派閥に属すオバマ大統領が社会福祉の整備に手を出し始めたからだ。しかしオバマはオバマで別の企みを持っている。経済的な戦争とも言えるようなことを・・・)


魂の環境インフラ←これが発動すると何事であれ弱肉強食的な(誰かを犠牲にする)手段をとらずに済む。ゆえにカラスは癒える。
目覚めよ我らが解決能力
自分の足を食べるタコ
男性的世界と地母神の再会

偽りの個性 偽りの自尊心
佐世保女子高生殺人事件で妄想
進撃のアドレナリン

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