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2015年5月

2015年5月 3日 (日)

We are the world

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。

◆「脅かされる恐怖」が争いを生む
任意の価値観や意見を押し付けることで他者やその人生を侵害しない(侵略しない)ルールが正常に機能している世界では、その世界が自分(達)の価値観や意見で統一されていなくても自分や人生が脅やかされることはない。「押し付けない(侵害・侵略しない)ルール」によって一人一人の独自性が守られているからだ。

自分と異なる価値観の存在に自分や人生が侵害・侵略される(特定の価値観や意見を押し付けられそれに支配される)不安を持つ心理は、「自分の価値観によって世界を都合よく統一し支配したい(=世界を私物化したい)」という心理の裏返しだったりすることもある。
(過去の被侵略トラウマなどが原因で)侵略者によって独裁的に支配・抑圧される恐怖を持つ者もまた、侵略者や独裁者と同じく「自分にとっての異質を排除し世界を私物化しないと、世界(の中に残る異質)から侵略されてしまう」とか、「自分を守るためには世界全体を私物化(=侵略)するしかない」という強迫観念を持っていたりする。
そんな強迫観念を抱える人達は皆同じ波長や課題(カルマ)を抱えているわけで、それがあまりに強かったりすると波長が共鳴し合って、運勢が「類は友を呼ぶ現象」を発動させちゃうこともある。同じ強迫観念を持つ者同士が呼び合い出会ってしまえば、お互いが相手に向かって「先制的自衛・先制攻撃」に走り争いが生まれるだろう。あるいは同じ強迫観念を持つ者同士が意気投合しちゃって「我々が世界を私物化するための」大きなカルト的勢力になるかもしれない。
無意識が慢性的に抱え込んでいる「侵略される恐怖・脅かされる恐怖」を動機と原動力にして何かを行うとかえって恐怖を強調してしまったり、実際に侵略や脅威の運勢を招きやすくなることがある。心の飢え(飢えの恐怖)が本当の飢えを招くように。
飢えの恐怖を原動力依存していれば当然飢えからは解放されない。脅かされる恐怖を原動力に依存していれば脅かされる危険は手放すことができない。
(逆に、『自己実現していく喜びと意欲』といったポジティブなものを原動力にしていれば、それらを手放すハメにはならないのかも)

多種多様な個々人(プライベート)が集まることで「世界(パブリック)」が構成・構築され機能することを忘れたくない。個々人は皆異質なのだ。「自分と同じもの」など一人もいない。
各プライベートを尊重し合わず互いに損ない合えば、それらで構成されてる世界を損なってしまう。
「異質(自分とは異なる者)」が広く許され尊重される環境こそが、自分達自身を守るのだ。でなければ、異質扱いによる排除を恐れて皆が他人の顔色に怯えるようになったり、異質扱いによる排除を恐れ自分を守るために世界を私物化する(自分以外の全てを異質扱いし排除する)ことで自分を守ろうとして世界の取り合いを始めた挙句、誰一人尊重されない危険な環境になるだけだ。
自分が尊重されてさえいれば、人は(自分にとっての)異質に寛容になれる。異質を尊重できる。
むしろ、「多様な異質が尊重されている=自分も尊重されている証」と認識し、「多様性を尊重するこの世界なら、自分も尊重されるので世界を私物化しなくても安全でいられる」と考えることができる。

そういう環境に生きられれば、だれも「身を守るための世界私物化(異質排除)」など望まない。

「世界」を創造した神は、私達だ。私達もまた、八百万の神々だ。そういう環境において、「異質」とは「唯一無二の個性(と可能性)」だ。何とも個性豊かな八百万の神々ってわけだ。

◆社会や世界の平和に関わる開運法?
それは、「被侵略のトラウマが生み出す強迫的な不安による世界の私物化(侵略)衝動」におちいらないこと。
例えば、国内で人々を侵略しているかのような独裁的・抑圧的な政権への抗議活動やってる団体の原動力が実は「独裁者を倒した代りに世間へ我々の価値観(これが唯一絶対の正義)を植え付けて統一したい」とかいうものであった場合は、独裁政権とその団体はお互いが自分を映し出す鏡となって一人相撲してるだけだったりする。類は友を呼び合った感じ。
(なもんで、人類史には抑圧的・独裁的な政権や王朝を倒した抵抗組織・革命組織が新たな独裁政権になるケースが割とある)

「特定の価値観や利害で社会を統一・統制しない(=異なる者達全員の尊重が保証される)」ということが社会にとって一番の安全だったりする。そういう仕組みを発達させていくといい。
「全員の意見や価値観が異なるから争うのだ(ならば全員の意見と価値観を統一しよう)」という思考回路の落とし穴にはまることなく、「意見の異なる者同士が(被侵略不安ゆえに)異論・異質の存在を許せない・認めない・(怖くて)受け入れられない」という心理状態こそが平和を脅かし争いを生む一因であることを忘れたくない。
(ビジネスや利権のためにあえて人々をそんな心理状態に向けて扇動する輩にご注意。彼らもまた飢えの恐怖や将来の不安にとり憑かれて安心・安定確保のためになりふり構えず半狂乱になっった結果、かえってリスクの高い手段に走っているかも。彼らと波長を合わせなければ扇動されることはない)

歴史的に見て、人類が「争いを招くほど強い被侵略不安にしょっちゅうとり憑かれる」のは何故だろう?
それは、社会が弱肉強食に原動力依存して成り立ってきたことも関係してるかもしれない。
人類は長いこと自分達が弱肉強食の仕組みに依存し弱者を捕食(侵略)して繁栄をめざしのし上がり栄枯盛衰の営みを繰り広げて来たわけだから、その記憶(トラウマ含む)が集合無意識下で被侵略・被捕食不安の強迫観念を形成してしまってる可能性がある。
また、現代の日本もそういう仕組みでのし上がった先進国である。そういう仕組みでのし上がり繁栄した文明社会に依存して我々の日々が成り立ち、今までにないほど格差が広がるほど激化した競争社会の中で暮らしているわけで、無意識下に被侵略不安(被捕食不安)の強迫観念が蓄積しやすくなっているかもしれない。
自分自身は心のどこかで独裁者のような「身を守るための世界私物化欲求」を抱えていないかどうか、そのような欲求を原動力にした行動や思考のパターンに陥っていないか、自分自身を良くチェックしておきたい。自分自身の心が独裁者と似た波長になっていると必要以上に侵略(捕食)の不安感が募りやすいかもしれない。

独裁者的思考回路に陥らず、相手と自分の『違ってる部分(異論・異視点・異利害)』をどうにかしてお互いのために活かすことはできないだろうか? 互いの違ってる部分をそれぞれ活かした新しい方法・アイデアはないだろうか? 互いに傷つけ合うのではなく、互いに生かしあうことで己も生かす方法はないだろうか? できるだけそんな発想を持ちたいものだ(恋愛運UPの開運法にも応用できる)。 この国を構成する一人一人がそういう意識を持ちながら日々を生きると、自分個人とこの国両方にとって開運法になりえる。

◆違いこそ力(strength)
現代社会では、たとえ民主主義的な手段であろうと「自分の意見と価値観で相手を侵略(折伏)し、持論のみで全体を統一する」という発想のもとに人々が動いているケースもわりとある。政治の世界でも経済(企業)の世界でもそうだ。ともすれば主導権と利益の奪い合いに終始してしまう。会議がある意味「血の流れない侵略戦争」や「独裁者VS革命組織(次の独裁者)の戦い」みたいな図式になっているケースも珍しくない。そういったケースでは、当事者達が弱肉強食の仕組みそのものに脅かされて捕食(侵略)に怯え、「自分を守るためには世界全体を私物化(=侵略)するしかない」という強迫観念にとり憑かれ、それを原動力に争ってるのかもしれない。

このブログでよく書いた「飢えの恐怖」が弱肉強食の世界を生み出し、弱肉強食の世界が被捕食・被侵略の恐怖と強迫観念を生み出すのだろうか。
一人一人の独自性が守られ保証される環境の世界(パブリック)を設定しすれば、その中にひしめく多種多様の個性(プライベート)達が安心して各々の持つ異なる視点や個性を互いの可能性拡大やその支援になる活かし方をして「プラス・プラスの関係」が作れる。誰かを犠牲(敗者)にせず、全員にとってプラスのある結論を求めて(利害を超えて)力を合わせることができる。それが世界(パブリック)全体をを開運に導く。そうなると個性(プライベート)が多様多彩であればあるほど、それによって構成される世界(パブリック)の可能性(=潜在的開運力)も大きく広がる。利害の違いすらも、それ自身がヒントとなって新しいアイデアや可能性を開く扉になりうる。
これは「スタンドプレーから生じるチームワーク(和)」の一例だ。
自称「和の国」と言えど、我々もまだこういうの実現したことがないと思う。

どんな小さな単位でも、社会(世界)を構成する個々の「違い」こそがの全体可能性を伸ばし広げる力になりえるのかもしれない。この「力」はパワーと表現するよりも、パワーよりはるかにバランスと効率・循環率に優れた規模の大きい「ストレンス」と表現できる力だ。か弱い身でも被捕食の恐怖(ライオン)をゴロニャンと手なづける。
「和」が実現する世界で主流となる原動力は、飢えの恐怖ではなく「自己実現していく喜びと意欲と可能性への好奇心」みたいなものかもしれない。

【余談】
一時人気が出た九州新幹線のCMもまさにそれぞれの個性が自由に発揮された結果生まれた「スタンドプレーから生じるチームワーク」が魅力的な作品かもしれない。沿線に住むCM参加者達一人一人の個性が活きた自由な(好き勝手な)自己表現こそがチームワークとなって素敵な作品を成立させている。キャッチフレーズは「ひとつになってくれてありがとう」。また、CM曲の歌詞に「We are the world」とあるのがいい。世界を構成する多様な個性達の歌に聞こえる。

【余談2】
人を独裁者的にしたり攻撃的にさせる「被侵略不安」の原因は他にも、本当の自分や本当の望みとは異なる思想や価値観にいつの間にか支配・束縛されてしまい、そのことに無自覚なまま窮屈な苦しい生き方をしてしまっている場合も、そのストレスを象徴するかのような「被侵略不安」にかられることがある。その結果、被侵略不安を外部の何かに投影・同一視して敵と誤認し攻撃的になることもある。心が目に見えない侵略を受けているわけだ。
そんなことをする侵略者の正体は、他でもない自分自身。
心が抱える被侵略不安を投影・同一視した相手(敵と誤認したもの)がもし万が一「社会全体」や「異教徒」だった場合は簡単にテロリストになってしまう(一例)。そのように心理誘導するカルトやテロ組織もある。


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