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2014年4月

2014年4月29日 (火)

奴隷の反乱

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。

競争力会議の格上げ求める 経団連が提言
「残業代ゼロ」厚労省懸念 政権、前のめり 競争力会議

高齢化で46年後は1京円超…国と地方の借金

財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の財政制度分科会は28日、財政の長期推計をまとめた。
高齢化で社会保障費が増えるため、このままのペースだと、2060年度には、国と地方を合わせた借金(債務残高)は、国内総生産(GDP)の約5・6倍となる1京1422兆円(京は1兆の1万倍)という天文学的な数字に膨らむと警告している。

消費税30%にしないと… 「国の借金減らすには」試算
2021年度に国内総生産(GDP)の8・9%にあたる約57兆円分が必要だという。消費増税によって歳入を増やすだけで達成しようとすると、消費税率を30%近くまで引き上げなければならない計算だ。
28日の財政審では委員から「社会保障費を厳しく切り込んでいかないといけない」などの意見が出た。

◆奴隷の反乱
「生活苦しく社会に不満」と財務省前でナイフ所持の男 自宅には火炎瓶

佐藤容疑者は7日夕、東京都千代田区霞が関の財務省前の歩道で、カッターナイフを所持していたとして銃刀法違反容疑で逮捕された。直前に同省近くで破裂音があり、警戒中の麹町署員が佐藤容疑者に職務質問したところ、マジックペンを改造し、ねじを飛ばしたことを認めたという。
起爆装置として、高性能爆薬「HMTD」が使われたとみられ、自宅から原料となる火薬のようなものが数グラム見つかった。火炎瓶のほか、化学薬品のようなものも押収されており、公安部が成分などの鑑定を進めている。佐藤容疑者は「生活が苦しく、社会に不満があった」などと供述しているという。

とうとうこんな事件が起きるようになってしまった。
伝統的に自民政権が経団連と仲良しであることは有名。国の借金が膨らむ中での法人税引き下げ、派遣法改正や残業代0など、最近の安倍政権も経団連の影響力が強いといわれている。
特に残業代0を提言した「産業競争力会議(議長は安倍首相)」や財務省等は強い影響を受けている。

とまれ相手が政治家だろうが政治を牛耳る経団連だろうが「テロ(物言えぬ奴隷の反乱手段)」をやる発想は、自分がこの国の主権者 (政治家や官僚のボス)であり、かつ経団連から見て「お客様(=神様?)」でもある事実を忘れ去った挙句に、
「自分は奴隷のように文句も言えずひたすら一方的に虐げられ搾取されるだけの存在なのだ」
という卑屈な自己認識が無意識下にあるからこそ選ぶ手段。この手のテロ行為それ自体が立派な自己卑下の証だ。
自分を奴隷扱いしたのは、ほかならぬ自分自身。主権者が自らを奴隷扱いすれば、その意志は主権に基づき社会に反映される。
この国の政治も経済も、私達(国民)がいなければ一日も存続できない。存在できない。そのことを忘れ、国民という「国家のボス」で「経団連のお得意様」のくせに政権や官僚という部下や経団連という販売者にまともな仕事をさせず、クレームも出さず監視もせず首にもしないで長年泣き寝入りしてきたからこそ(=主権を行使してこなかったからこそ)今がある。
私達は奴隷じゃないので文句を言える。なのに今までずっと文句を言う人が極端に少なくて、多くは泣き寝入りし続けたまま。肝心の相手には言いたいことを言えずに陰で愚痴を言うだけ。その卑屈さに長い間付け込まれっぱなし。そんな主権者にあるまじき卑屈な精神性がこの国の現状を招いた一因だ。私達は共犯者。

◆巨大な監禁事件継続中?
「監禁(共依存による支配服従関)」という状況下で起きたマインドコントロール(暗示)による異常な惨劇として有名な尼崎事件北九州監禁殺人事件。この国の現状を招いた卑屈な精神的背景はそれと全く同じ構図だ。
どちらの事件も、主犯はまず監禁(=逃げられない)という環境下で暴力を使って人々を脅し言うことを聞かせていた。最初は痛めつけられて泣く泣く従っていた人々も、やがてそのような暴力的強制が長い間常態化するにつれ、暴力抜きで何でも主犯の意志通りに動く奴隷になっていき、本人達自身がそのことを異常だと思わず常識的なことだと感じるようになる。むしろ命令通りにに動かない・動けない者を非難し罰するほどになる。これでマインドコントロール完成。異常な環境が日常になってしまった(狭い)世界に閉じ込められて生きる人々の脳が「絶対服従」を習慣化させてしまうのだ。こうなると文句を言わないどころか逃げられる状況下になっても逃げる発想が出てこない。逃げないから監禁が長期化するし見つかりにくい。
尼崎事件の場合は主犯の弟が暴力装置として働いていたが、弟自身もすでに主犯からマインドコントロールを受けていたのかもしれない。マインドコントロールは自我境界を破壊し共依存関係を作る。

日本の集合無意識は、古代や鎖国時代に起きたそんな「監禁状態でのマインドコントロール」からまだ抜け出せてない。抜け出さないうちは惨劇の共犯者のままだ。日本が巨大な監禁部屋のままだ。
卑屈な暗示から抜け出さないうちは解決よりも憂さ晴らしを優先するイジメ文化だって消えない。部活など、暴力が横行する教育現場でもマインドコントロール現象は起きている。桜宮高校体罰自殺事件はその代表例だ。暴力が常態化(常識化)した環境下で加害者も被害者も暴力を異常なこととは感じ取れなくなってしまうことが、体罰による死亡事件や障害が残るような重傷を負わせる事態を招いている。自衛隊の中でもそのような問題が起きているが、表面化するのは氷山の一角だ()。
大津いじめ自殺事件・・・桜宮高校体罰事件・・・機動隊員水死事件・・・女子柔道強化選手による告発・・・震災以降、日本の集合無意識に刷り込まれた泣き寝入り根性を生み出した暗示(マインドコントロール)を象徴的に見せつけるかのような事件が結構起きている。日本の無意識が「暗示から抜け出せ」と伝えてるように。
ブラック企業の問題だって根っこは同じものだ。マインドコントロールが抜けてないから暴力を受けることがなくなった今でも奴隷のようになったり何もせずに泣き寝入りしている。

◆「奴隷」から我に帰れ
日本の大地が自らとんでもなく大きな整体をして龍脈(経絡)がどんどん新しく再構築されていく今、整体前の気の流れに頼ってたような運気が続くはずもない。マインドコントロール(暗示)が続くはずもない。
即ち、私たちがいつまでも「共犯者」のままでいられるはずがない。
尼崎事件もまた、数年前からずっと続いていたにもかかわらず、警察の怠慢もあって震災後にやっとその事実が判明した。尼崎事件を告発した男性は死の危険にさらされながらたった一人で告発するのにどれほど勇気が必要だったろう。彼はたった一人で立ち向かったけど、私たちは沢山いる。殺される心配もない。暴力装置なんかとっくにいない。さらに、もしも「お客様が神様」なら、私達は八百万の神ってことになるw
神様が経団連のお供え物になってる場合じゃないw
(先日起きた八王子の大規模停電もまた震災を引き金にした龍脈変動の一種。八王子は富士~首都に流れる龍脈の上にある。肝心の富士山は雪崩でスカイラインが埋まって人が入れない→人払いした聖地系パワースポットは群集に乱されずパワーを強いまま保てる→いつもより強い力を発する)

26日にメーデーで残業代0や派遣法改正をヤジられた直後の安倍首相がニコニコ超会議自民党ブースに痛選挙カーで登場し、自民党のスタッフがうっかり旧日本陸軍憲兵(暴力的支配の象徴みたいな組織)のコスプレイヤーに「自民党」のたすきをかけて屋根に上らせ敬礼させてしまうというもはや超常現象レベルの事態(画像)が発生したことは非常に意味深な運勢だ。特定秘密保護法なんて昔憲兵がやってた「ジャーナリズムの抑圧」に通じうるというし・・・
(コスプレイヤー自身にはさしたる政治的意図はなく、ただの軍服マニアがスタッフに勧められて乗っただけ)
尼崎事件では人々を脅し従えるための暴力装置が主犯格の弟だったが、日本という監禁世界で一番最近まで存在していた暴力装置が憲兵だといえる。そんな憲兵殿がたすきをかけて自民党の痛車に・・・
不思議なことに、マスコミはこれを今も全く報道していない。前記事に書いた「グランドクロス」は、今も続いている。

この国の現状を変えるなら、まず自分達を奴隷ではなく主権者(国家の上司)であり経団連最大のお得意様だという認識に変えていくことも開運法となるだろう。


【経団連に意見したい人向け】
労働政策本部、労働法制本部など参照
【派遣法改正が心配な人向け】
派遣法改正案に反対する市民集会by日弁連
厚生労働省

運勢の神技
いじめっ子を憎む心の落とし穴
古代から続く支配の手口
自我境界が未発達な国民性3
自我境界が未発達な国民性1
誤魔化されず本質を見る力
人の器に宿りし金運

2014.7.2追記
派遣法改正案、しょうもない条文ミスで廃案になってたw しかし文章書き直せばいつかは・・・

2014年4月22日 (火)

自分の足を食べるタコ2

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。

「残業代ゼロ」一般社員も 産業競争力会議が提言へ
アルバイトなのに残業?!それってあり?なし?「残業代が出るならOK 69%
「残業代ゼロ」だけの問題ではない!

・・・最近まったく妄想が思い浮かばないなーと思ってたらこんなニュース。
よりによってグランドクロス(不穏な運気になりやすいとされる星の配置。星々が十字架型の配置になる)のピークにあたる今この提言が発表されちゃった。内容的にも占い的にも縁起が良いとは言えない話。
これじゃ政府がせっかく国内の風潮を右傾化させてきたのに反動で針が思いっきり左に振り切れる可能性が出てきちゃったかも。不満が出て 政府の人気運落ちちゃうかも。
「人件費が高くて発展力や競争力の足かせになってる日本人なんか、日本にとっては経済成長や競争力アップの敵でしかない。日本人こそが日本のお荷物だ。もはや日本に日本人は必要ない」
なんて皮肉を言う人が昔いたw 特定秘密保護法案騒ぎに国民の注意を引きつけてる隙にまんまと派遣法が改正されたり、「グローバル経済になると労働者の賃金が生存最低限の国に近づく()」 と言われている昨今では、強烈なブラックジョークだ。

派遣法改正に残業代ゼロ・・・企業に勤めるメリットがどんどんなくなってしまう。「高学歴になって良い会社に入って」なんていう時代は高度経済成長期だけなのだろう。
いかにも占い師的な言い方だが、企業に人生を依存したり支配されたりしないで命に秘められた自分だけの運勢をフル活用して欲しい。人生は自分の運勢が創っている。その運気をしっかり外に出せれば、例え会社員をしてても企業や景気に自分の人生を損なわれはしない。

◆泣き寝入り根性に付け込まれた結果?
残業代0は違法だけど実質は今までも暗黙の了解で皆泣き寝入りし続けてきた。収入の低い平社員でさえそうなることは珍しくなくなってきた。なんとなく、日本人の集合無意識に刷り込まれた泣き寝入り暗示がとうとう為政者による「サビ残合法化」を招いてしまった感じ。今回の提言は「収入の低い社員に対してのみ会社と労組と本人の合意が条件」とは言うものの、今の社会的風潮では「合意しない社員」に対する風当たりやプレッシャーはきついだろう。労組以外に「残業代0に反対する社員連盟」みたいな互助組織が欲しくなる印象。今回の提言が実現してもしなくてもそれがサビ残を強いられている社員達の助けになる。

日本の主権者は国民なので、国民は政府の上司なんだけど、例の暗示に縛られてしまって未だに大昔からずっと「お上には逆らえない」と思い込んで泣き寝入り を続ける傾向がある。「お上」は自分達なのに。
そして抑圧された不満や自己表現は職場テロ(バカツイート)や職場いじめという歪んだ形で表面化させ、発散を試みる。たぶん古代とか江戸時代とかと変わらない。
けれど、為政者(お上)のために施された古代朝廷の呪術結界も江戸幕府の呪術結界も震災で破たんした今、そろそろ暗示をはねのけてもいい頃ではないだろうか? 
どんな政治家も政党も政権もその支持母体も、国民がしっかり注意し監督しコントロールできなければ(主権を発揮しなければ)どうしたってまともな仕事より利権に好都合な動きをしたがるものだ。政府という部下に仕事をさせる上司は私達だ。部下を育てるのも私達だ。特定の上司(支持母体)に操られた状態を正すのも私達だ。

◆グランドクロスが示すもの?
「この世は弱肉強食の共食い。自分以外の誰かを犠牲にしなければ生き残れない」
という集合無意識に刷り込まれた強迫観念(これも暗示の一つ)が当たり前になってしまった人類史の世界だと、異なる立場や主張による意見対立は、ともすれば「次は誰を犠牲にすべきか」で揉めているだけだったりすることがある。それぞれの違いは「何を犠牲にするか」の違いでしかなかったりすることがある。
「(自分達が)快適な社会のために社会のどこを犠牲にするか」といった、あくまでも犠牲を出す解決方法しか思いつくことができないうちは、本当の意味で社会問題は解決しないのだろう。「社会問題」とは、犠牲にすると決めた部位で犠牲が蓄積し続けて広範囲に悪影響が出た現象だからだ。
だから犠牲ありきの解決方法は、問題解決するんじゃなくて、問題(犠牲)が社会の中を移動するだけだ。プラマイゼロ。発展性(プラス)は無い。

そういう社会はまるで、自分の足を食べて生きる方法しか知らないタコが「次はどの足を食べよう?」と悩んでるみたいだ。そのタコは、自分の足を食べないで別のものを食べてそのフンを別の生き物の栄養にする(生態系の循環に参加する)って発想がない。生態系の循環では、決して共食いタイプの弱肉強食は発生しない。そんなことしてるのは人間ぐらいだ。エネルギーがまともに「循環」してないのだろう。だから金運も循環しない。

今起きてるグランドクロスには「犠牲ありきの共食い発想に囚われた世界のひずみ」を象徴してるみたいだ。クロス(十字架。時に犠牲の象徴)だけに。
このグラクロシーズン中に起きた韓国の客船沈没事故にしたって船長が「乗客を犠牲にしなければ自分は助からない」と強迫観念的に思ってしまったことが悲劇を大きくした。船の行き先だった済州島もまた、3・4事件という共食いによって数万の島民が犠牲になった場所だ。

犠牲を出さない社会を作るには、私たちが集合無意識規模で刷り込まれた諸々の暗示をはねのけて、集合無意識規模で「スタンドプレーから生まれるチームワーク(=和)」の運気を発動させる必要がある。これがあのタコにとっての「生態系の循環」に相当する。某サイバーパンク作品風に「上部ゴーストレベルからの連携プレー」と表現してもいい。下部ゴーストだけでは出来ない神技だ。
今のところそれはまだ難しいらしく、過渡期なのだろうと思いたい。今出来ることは暗示の呪縛を意識すること。それが今出来る開運法の一つだ。

自分の足を食べるタコ
誤魔化されず本質を見る力
就活自殺の増加に思うこと

【今回の提言に意見したい人向け】
日本経済再生総合事務局
TEL.03-5253-2111(代表)  内線:84816

2014年4月16日 (水)

小保方晴子氏占ってみた

※以下、占星術プログラム「アストロロギア」より。鑑定結果が捏造ではないことを示すため原文ママ。個人を誹謗・中傷する意図はありません。あくまでネタとしてお楽しみ下さい。

土星と海王星が非常に強いセクスタイル
平均すると十数年に1度の割合で生じる世代的座相。制限と夢幻の調和。地道な未来像という意味だが、それまでの浮ついたビジョンが崩壊するという含意もある。

海王星と冥王星が非常に強いセクスタイル
信じられないような夢をもたらす世代。終戦直後の1940年代後半、および1960年代にもこの角度ができている。

土星と冥王星が非常に強い合
約35年に1度できる世代的座相。異常なまでの自制心を表す。

火星と土星がトライン
情熱と地道な努力の調和。野心的、意欲的で勇気があり、しかも腰を据えてじっくりと努力を続ける集中力と持続力もある。人生において成功するタイプだが、雰囲気は陰気で、冷たい感じを与えやすい。

水星と冥王星がトライン
異常なまでの情報収集能力を持つ。知的能力や表現力も高い。異常なまでのすばやさという意味もある。

火星と海王星が衝
実現不可能な非現実な夢に情熱を傾け、空回りする。不透明な分かりにくい性格なので、いさかいや摩擦が多い。たいした理由もないのに他人と争い、それがエスカレートしがち。原因不明の事故、不透明な性的関係といった意味もある。鋭いイマジネーションを持っているが、ビジョンが粗野で、独り善がり。大事な点を見落としやすい。妄想の世界に没頭する人もある。夢想の世界にかける情熱を建設的な方向へ生かせれば吉。

水星と金星が弱いセクスタイル
多彩な才能・素質を表す。

水星と海王星が弱い衝
鋭い感覚を秘めているが、全般的に物事をしっかりと把握するのが苦手。自分で自分を理解できないことも多い。精神的に不安定で、脆さがある。想像力は豊かだが、それを間違った方向に用いてしまいやすい。嘘をついたり、つじつまのあわない非現実なことを主張する。しばしば自分だけの「お話の世界」の中に閉じこもってしまう。夢想を建設的に生かせれば吉。

火星と冥王星が弱いトライン
異常なまでの情熱の持ち主。揺るぎない勇気をもって、とことん頑張ることができる。肉体的な愛情関係において、官能的な強い喜びを得ることができる。

水星と土星が弱いトライン
知性・表現力と抑制の調和。研ぎ澄まされた簡潔な表現をなす才能ないしは素質を持っている。勉学においては、地道で着実な努力を行い大成する。どちらかといえばやや陰気だが、控え目で魅力的な人柄。

月と金星が弱い衝
わがままでぜいたく。虚栄心あり。尖鋭的な美意識を持つが、精神的な葛藤あり。しばしば母親や恋人と不和。

木星と天王星が弱い合
約14年に1度できる世代的座相。高邁な精神に基づいて社会を変革しようというエネルギーを持つ。高い意識を持ち自由と独立を愛するが、進歩思想に対する盲信傾向があり、新興宗教などに傾倒しやすい。

金星と冥王星がごく弱いセクスタイル
いつくしみ深い性格。献身的な愛を限りなくそそぐ。美に関する分野で極端な才能ないし素質を持つ。

水星と火星がごく弱い合
凶角と似ているが、もっと鈍重。知的情熱は強いが、情熱を傾ける方向が見定まらず、空回りしがち。内心でイライラしながら焦燥感に駆られる。軽薄で粗野なところもある。しかし若々しい生き生きとした情熱の持ち主。ひとつのことに腰を据えて取り組めれば吉。軽快と闘魂の結合なので、スポーツ選手や社会改革家に向く。

ヒンドゥー数霊術
運命数、霊数ともに「2」。今生のテーマは「安定性」・・・

2014年4月 1日 (火)

お花見2014

数日前の嵐にもまけず、見事に花が咲いてくれた。
去年以降、近所のお花見スポットで野点(のだて。野外で行う茶の湯)をするのが気に入っている。今年はこの歳になってようやく「風流」というものとその魅力がおぼろげながら何となく分かるようになって来たかも。
日本人は季節を愛でる文化が発達しているといわれている。その土地の桜や紅葉、季節ごとに採れる産物(自然の恵み)を味わうことで自分が住む地域の自然界のリズムに己を同調させることで感性がより繊細になっていき、自然の営みが持つ美しさや魅力を一層堪能できるようになる。己を自然界と同調させると自分も自然界に属する存在(=生命)だということを改めて思い出せるような気分。
そんな自然界との感応を好む心を「風流」というのかもしれない(妄想)。

拾った椿と一緒に
Nodate_3
Hand

ジブリ的な風景?
Jiburi_2

お気に入りの桜
Ikeyoko
Iketate

写ってる東屋付近では地元のおじさんが尺八で見事に竹田の子守唄」を吹いていた。これがまた風流でイイ感じだった。尺八の音を聞くと私の中にある日本人のDNAをくすぐられるような感じだ。今では尺八を吹ける人、減っただろうな・・・

竹田の子守唄

桜は「儚さ」の象徴にされるけど、私にはあんなにめいっぱい元気に咲いてる花が「儚い」とは思えない。確かに咲いてる期間は短いけれど、その分凝縮された生命力がぱーっと一気に咲き誇る。その元気な様からは、儚さや弱々しさは連想しにくい。限られた花の命を悔いなくめいっぱい生きてる気がする。

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