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2013年8月23日 (金)

領空侵犯と日露戦争のオカルトな因縁?

ロシア爆撃機2機が領空侵犯 福岡県沖 2月以来

防衛省は22日、ロシアのTU95爆撃機2機が同日午後0時10分ごろ、福岡県沖ノ島付近の領空を2分近くにわたって侵犯したと発表した。航空自衛隊のF2戦闘機4機が緊急発進(スクランブル)して対応した。ロシア機による領空侵犯は今年2月以来。

※以下にに書いたことは全て個人の妄想です。

◆神の島
上記の露領空侵犯、実は結構オカルトな因縁がある。まず事件現場付近にある沖ノ島について軽く説明。
ここは島全体が女人禁制の御神体で、宗像大社の沖津宮があり、島民は宮司が1人だけ。交代で10日間勤務し、毎日神事を行っている。基本的に一般人は上陸禁止。
宗像大社は別名「裏伊勢」と呼ばれるほど格式が高い神社である。神秘性なら表伊勢(伊勢神宮)より上かもしれない。宗像大社は3つの神社(辺津宮、中津宮、沖津宮)の総称で、総社は辺津宮である。3つの社はどうやって測量したのか、海を挟んで10km以上離れているがきれいに一直線に並んで建てられている。
島内には巨石の陰に古代の祭祀跡があり(どうやったのか、巨石自体が人工的に組み合わされているという説もある)、また海底にも遺跡がある。島からは沢山の貴重な出土品が数万点発掘。
運良く島を訪問できた方の写真を見るに、観光地化されてないし自然環境が保存されててまさに「聖地」という雰囲気だ。
(こういう場所はみだりに入っちゃいけない。場が乱れると力が損なわれる)

◆奇妙な因縁
そんな神秘の沖ノ島、あの日露戦争とも縁深い。何しろこの神社の御神領となってる海域で日露戦争の日本海海戦が行われたからだ。砲声が聞こえる中で島の神官は祝詞をあげていたという。当時沖津宮の神官に仕えた下働きの少年、佐藤市五郎が木に登って日露戦争の日本海海戦を一部始終目撃している(彼はあの戦いを目撃した数少ない一般人とのこと)。目撃の詳細は沖津宮の創建以来受け継がれてきたという日誌に記録されている()。 御神領で露バルチック艦隊を破った日本側司令長官の東郷平八郎は、戦勝へのお礼として戦艦三笠の羅針儀(コンパス)を宗像大社に寄贈した(辺津宮で見学可能)。

神聖な海域でドンパチとは無粋な話だが・・・まさかオカルト要素を入れた作戦だった?w

件の日露戦争日本海戦、沖ノ島の北西方向で行われたのだが、今回のロシア機領空侵犯も沖ノ島の北西である。領空侵犯の発生時刻を見ると、丁度日本海海戦で艦隊が戦いの海域(御神領)に終結している頃に当たる。佐藤少年が木の上で固唾を飲んでいた頃かもしれない(本人が書いた日誌曰く『身がしきりに震え、無闇に涙がこぼれて、どうにもならなかった』)。
沖ノ島北西・・・日露戦争の日本海海戦・・・ロシア軍機領空侵犯・・・何か妙な偶然の一致にオカルトな因縁を感じてしまう(妄想)。

なお、今回の領空侵犯、ロシア側は「そんなことしてないよ」と主張。 (
(6月にフィンランドで同じことやらかした時にも似たようなこと言ってた)

(ロシアの)国防省は、核ミサイルを搭載可能な同爆撃機2機が「日本海と太平洋の公海上空で計画に基づいて飛行した」と日本列島に接近した事実を確認。その一方で「機内の管制機器データによると、外国の領空侵犯はなかった」と主張した。

もし本当にあの時ロシア機の計器が何故か領空侵犯のデータを出さず、そのせいでパイロット達がうっかり日本側に入ってきてしまったのだとしたら・・・

・・・・・・・まさか、あの海域に呼ばれた?

余談
沖ノ島にはたった一日だけ一般人が島への上陸を許される日がある。それが日本海海戦のあった5月27日だ。この日に島で海戦を記念した大祭がある。
事前申し込みの中から抽選で選ばれた200人の男性だけが上陸前日に宗像大社の中津宮に参拝してから翌日船で沖ノ島へ来て裸で海に入って身を清めた後、初めて上陸が許される。
そして御神水意外は島内の「一草一木」たりとも持ち帰ってはならない。

日本の北西はロシア。沖ノ島(裏伊勢の一部)の北西にはロシア艦隊。伊勢の北西には出雲大社。モスクワの北西にはフィンランド。
どれも、かつては敵対する勢力同士だった。
今後は仲良くなってください。

追記1:
日露戦争因縁の地での領空侵犯だが、その2日前には何と現ロシアのバルチック艦隊がまるで映画のようなミスをしていたw (ニュース記事)。地元のメディアからは、上陸する砂浜を間違えたのではないかという見方も出ているという。

・・・ロシアの海軍と空軍、一度コンパスをお祓いしてもらった方がいいかも?

追記2:
領空侵犯から3日後、ロシア哨戒機が佐渡付近まで南下して自衛隊がスクランブル。
佐渡は日本海海戦の際にロシア水兵の遺体が2つ流れついた場所。当時、本荘了寛という僧が漂着した遺体を弔い、佐渡には今も「ロシア兵の墓」がある。あれから3日しか経ってないこの事件も、やはり「呼ばれた」かのような妙な因縁を感じる。

一連の奇妙な現象、今後日露関係運気が変動する予兆なのだろうか?

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