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2013年5月

2013年5月31日 (金)

ワタミ会長占ってみた

自民、ワタミ会長の擁立決定

※以下、趣味で使ってる占星術ソフト「アストロロギア」より。鑑定結果が捏造ではないことを示すため、ソフトの原文ママ。

海王星と冥王星が非常に強いセクスタイル
信じられないような夢をもたらす世代。終戦直後の1940年代後半、および1960年代にもこの角度ができている。
(究極の夢追い人?)

火星と天王星が非常に強いセクスタイル
情熱と独創性の調和。新しい分野を切り開くことのできる才能あるいは素質の持ち主。変革の指導者としての適性あり。ユニークな感性で成功。自分のやり方を貫き通す
(裏目に出ると残念)

金星と土星が強いトライン
抑制のきいた控え目な性格。礼儀正しい。内面の美しさと外面の美しさが調和し、押しつけがましさがない。愛情は冷静。燃え上がるような激しい感情は持たないが、控え目な優しさと、永続する深く誠実な愛情を抱く。美に関する分野でも、堅実な向上が期待できる。

金星と冥王星が合
自己犠牲的ともいうべき異常なまでに献身的な愛の持ち主。しばしば愛情の押し売りとなる。美に関する分野では極めて強いパワーを持っている。
(この星回りが周囲にも自己犠牲を押し付けてしまう一因?)

金星と木星がスクェア
鋭い美意識を持つが、浪費家で派手好き。けばけばしい。宝石や貴金属など、高価な物をみだりに欲しがる。欲望に限界がなく、三食昼寝つきの安楽な生活を送りつつなお不満を抱いたりする。時に悪巧みをめぐらし、ずる賢く立ち回るが、本人もだまされやすい。怠け者で不用心。
(献身的なのかズル賢いのかどっちw)

金星と海王星が弱いセクスタイル
幻想的な詩や音楽など、夢幻の美の世界に適性。美しいビジョンを持った平和主義者。精神的に調和がとれており、温情的。謎めいたところがあり、それが不思議な魅力となっている。リリカルな恋愛を好み、夢のような甘い話が大好き。恋愛運は良いが、ひそかな片想いで幸せを感じるとか物語の中の人物に恋をするといった場合も含まれる。
(自分の幻想世界に浸るタイプと見た)

月と天王星が弱いスクェア
鋭い感覚と独創性の持ち主だが、ややユニークすぎる。単に目立ちたいがために人と違った奇矯な振る舞いに及ぶ。天才肌ではあるが偏屈。異常な感覚を持ち、突然ぱっと気持ちが変わることが多い。ユニークな創造性を生かせれば吉。
(既に十分目立ってます)

水星と天王星が弱いセクスタイル
知性・表現力と独創性の調和。他人のまねではない独自の表現を駆使する才能ないしは素質があり、芸術に適性。独自の感受性を目に見える形で表現することができる。知性面でも進歩的で、ちょっと風変わり。ユニークで生き生きとしたおもしろい人。天才肌で、専門的な学問分野にも適性。新分野・新理論を開拓することができる。
(ユニークな自論はあるものの、受けが悪い)

土星と冥王星が弱いトライン
非常な堅実さを表す世代的座相。必ずしも強い暗示ではない。

土星と海王星がごく弱いセクスタイル
平均すると十数年に1度の割合で生じる世代的座相。制限と夢幻の調和。地道な未来像という意味だが、それまでの浮ついたビジョンが崩壊するという含意もある。世界恐慌の1929年に、このトラインができた。
(自分が浸り追い求める夢と現実世界が対立?)

水星と火星がごく弱い合
凶角と似ているが、もっと鈍重。知的情熱は強いが、情熱を傾ける方向が見定まらず、空回りしがち。内心でイライラしながら焦燥感に駆られる。軽薄で粗野なところもある。しかし若々しい生き生きとした情熱の持ち主。ひとつのことに腰を据えて取り組めれば吉。軽快と闘魂の結合なので、スポーツ選手や社会改革家に向く。
(手を広げすぎてる感は否めない)

木星と冥王星がごく弱いスクェア
暴走の可能性を示す世代的座相。

【ヒンドゥー数霊術】
運命数3 霊数5。
今生のテーマは「無私の奉仕」と「冷静」。「無視の奉仕」に関しては金星と冥王星の合という形で星にも出ていた。「冷静さ」という点では、自分の情熱や能力を使うときの方向性についてもっと冷静に再確認して欲しい印象がある。(とくに報道されている諸々を見ていると)
いつか彼が冷静になれたとき、気がつくだろうか。相手を力ずくで支配・強要した末にやらせた「無私の奉仕」は、そもそも「奉仕」ですらないことを。
まず、立場の低い他人を自我の延長・自我の一部と捕らえてしまっていないか冷静に振り返ってみて欲しい。
また、方向性のズレた自己犠牲は、どんなに犠牲を払っても報われない。

【感想】
非常に集中力が高く、その持続力も貫徹力も高い人という印象を受けた。ブレない強い信念を作れる人だ。そして、非常に真面目な人なのかもしれない。ロマンチックさもある。
ただ、視野の狭さと強い幻想性をこじらせたことで、その集中力や真面目さを有効活用しきれず副作用(弊害)の大きい使い方をしてしまっている気がする。そこに悪意は無く、本当に正義だと思ってやっている印象。
個人的に妄想するとワタミ会長、自我境界が崩れて自我肥大した教祖様のようになってしまわまいかと心配。視野が狭く自分の幻想世界(自分だけの理想世界)に閉じこもり、己の理想に基づいて構築された独自の幻想世界を正義だと思い込み周囲に押し付け侵略してしまっていないかどうか。もしそうだと、自分の幻想世界を広げることがあたかも「聖なる使命」であり、貫き通すべき絶対正義であるかのような強い衝動欲求に駆り立てられてしまう懸念があり、まるで布教活動に全てを捧げる狂信者のような危うさがある。あるいは十字軍のようなアグレッシブさとでもいえばいいか。自分個人の理想を「万人の義務」として周囲に押し付けない注意。
「自分の考えには何の問題も無く、間違っているとしたらそれは周囲の方である」という思考に陥れば、自力で暴走を止めることは困難だ(そんな暴走を利用したがる人もいる)。

今までは駄々をこねたり暴力を振るって無理を通せば、「聖なる使命」は必ず勝った。「正義」は勝つ。・・・自分の根城「ワタミグループ」の中ではうまくいったそれが、外の世界でもうまくいくとは限らない。もし聖なる使命がうまくいかなかったその時、彼は「聖なる使命」を思い通りに進ませず妨害する外界に敵意や恨みを持つのだろうか?
常に国民やメディア等から批判的精神の視点で観察される「国会議員」という職業の世界は、外の世界だ。彼が根城にしていた世界とは勝手が違う。タロットなら「塔」のカードを連想する。
しかも、去年の大津イジメ事件以降、日本人の集合無意識は忍耐と泣き寝入りの違いに目覚めつつある。権力(お上)に対する封建的卑屈さから抜け出し、自分達が主権者(お上の任命者)であることをより深く自覚しつつある。彼にとっては「やりにくい時代」になっていくかもしれない。
(彼の繁栄を助けた要素の中には、奥ゆかしく泣き寝入りして耐え忍ぶ日本人の国民性、泣き寝入りを忍耐(美徳)と混同していいように使われてしまう弱点があった気がする)
自分が作り上げた「幻想」が何を象徴しているのか、その幻想の正体を解読することで己の心を正確に理解し適切な欲求の叶え方が見つかる。彼がそこにたどり着くことが出来れば・・・

以前何度も書いたが、古代東征時代に端を発し戦後の政財界にまで運気を供給してきた「アレ」は、震災を機に破綻している。今は余韻が残ってるだけ。だからアレに運気を依存してきた政財界や政党、それに依存して栄光を目指す人々(ワタミ会長含む)は、だんだん思っていたほどの運気が期待できなくなっていくかもしれない。

※以上に書いた見解は、全て個人の妄想です。

wiki先生によるワタミ会長の解説
「ものみの塔」で神父をやっていたことがあるとは。
ワタミ社内文書を週刊文春が入手

余談:
ワタミ会長の性格形成、もしかすると口唇期を引きずってないだろうか? だとすれば、地母神イザナミを失った創世神話を持つ日本の集合無意識にも共通するテーマの持ち主かもしれない。
口唇期性格

自我境界が未発達な国民性←ワタミ会長、ここで書いた「独裁者タイプ」に当てはまりそう。
自分の足を食べるタコ←【余談1】参照
いじめっ子を憎む心の落とし穴←「◆大衆心理が本当に憎むもの?」参照。アナタは「泣き寝入り癖」持ってない?

2013年5月23日 (木)

株価の暴落にまつわる奇妙な話

※以上に書いたことは、全て個人の妄想です。「ムー」を読むようなノリでお楽しみください。

東京株、暴落 終値下げ幅1143円安 1万4500円割る

◆奇妙な偶然?
・・・アベノミクス以降の株最高値~本日の暴落。今日は偶然にも、この流れと時期的にぴったり一致するタイミングで日本人による歴史的な出来事が起きていた↓
三浦雄一郎さん、最高齢80歳にしてエベレスト登頂成功

本日三浦さんがエベレストのピーク(山頂)にいた頃(日本時間午前9~10時頃)、日経平均はアベノミクス始まって以来のピーク値になっていた。
そして午後に三浦さんが下山を始めた頃、日経平均もピークから急な下り坂を描いて暴落が始まった。

日経平均が三浦さんの登頂~下山と不気味なほど一致している。この象徴的なシンクロニシティーは、三浦さんの登った山がヒマラヤという大きな龍脈の上にあったことにより、オカルトや風水の視点で見ても非常に意味深なものになった。
龍脈とは、大地の気の流れを意味する風水の言葉。風水ではその土地の運気を司るとされているほか、龍脈エリアの上で起きた象徴的な出来事は、それと関わる物事の運勢を象徴的に暗示しているといわれている。
で、オカルト脳の私としては、今回の「日本人によるエベレスト登頂最高齢記録」という出来事が日経平均と奇妙にシンクロしていたことは、日本の金運(アベノミクス)に関わる象徴的な暗示に見えてしまったのである。
三浦さんのエベレスト登頂~下山がアベノミクスの運勢を象徴しているのだろうか? アベノミクスによる今までの急激な上昇は「年寄りの冷や水」的なものであり、株価は恐らく三浦さん同様「多分再びあのピークには上らないだろう」という可能性が高いのだろうか?

なお、日本人の三浦さんがエベレスト登頂最高齢記録を果たす年は毎回なぜか世界規模で経済が荒れている。日本で長期金利最低&日経平均がバブル以来の最安値になった2003年とリーマンショックが起きた2008年にも最高齢記録での登頂に成功している。
また、リーマンショックをきっかけとする世界的な金運低迷が起きた09年、三浦さんは骨盤骨折をするなど、やはり運気が低下している。三浦さんのバイオリズムが経済の動向と何故かシンクロしているように見えるのは気のせいだろうか? そのうち変なジンクスが生まれたりしてw
ともあれ、偉業を成し遂げた三浦さん、無事に下山なさって元気なお姿が拝見できる日を楽しみにしている。

◆風水的妄想
風水的には、昨年バブルの象徴赤プリ(ジャパニーズ・バベルの一例?)が解体されたことでこの国の政治・経済の中枢である東京都千代田区の気の流れが既に激変している。
そのことがこの国の風水(金運)にどう作用するのか非常に気になるところである。この国の経済(金運)は、世界に大きな影響力があるのだから。

まだある。数日前、国際的な金融取引市場を抱え、どちらもその国の主要龍脈上に位置しているNYと香港で運気が呼応するかのような脱線事故が起きていたのだ(風水だと鉄道は水龍の一種)。事故発生はどちらも現地時間の5月17日夕方である。 香港~NYは鬼門・裏鬼門の関係にあり、両者の間にはあの「神の通り道」と畏れられる鬼門線が成立する。そんな場所が、同じ日付でシンクロするような事故を起こした。
その3日後20日には、米ゴールドマン・サックスが中国工商銀行株を全て売却した(記事)。 この売却が発生した場所は香港。エベレストのあるヒマラヤ山脈からやってきた龍脈の終点地である。

これが、今日の暴落直前までに起きた「オカルト的に気になる出来事」である。当然ながら、妄想なので因果関係の有無は証明できない。

5月24日追記
某所で三浦さんの「ジンクスもどき」が話題になっていたw

582 :名刺は切らしておりまして:2013/05/24(金) 12:29:28.83 ID:dUyAFqpx
>>462
>>463
三浦さん、ショッキングなことに08年の最高齢登頂記録をわずか
数日でネパール人に抜かれちゃったんだよね。
そしたらリーマンショック。

実はこれからそのネパール人がエベレスト登る。既に麓にいる。

583 :名刺は切らしておりまして:2013/05/24(金) 12:41:01.20 ID:d9gw/iQu
>>582
吹いたw
でもそういう人っているよねw


81歳もエベレスト挑む ネパール人男性、来週登頂へ
29日に登頂予定との事。ジンクスもどき、今年は外れることを祈る。

5月25日追記
最高齢記録を抜かれる・抜かれないに限らず、三浦さんがエベレストに登った年は毎回経済界で波乱があるだけに、今回もジェット気流吹きすさぶヒマラヤ上空のような複雑で激しい乱気流が市場に発生している。今後どうなるのか予想がつかない。しかし、当たり前の話だが、三浦さんもライバルのネパール人も、経済界の嵐や株価の推移に何一つ責任はない。
2013年8月追記:こんなジンクスもw

2013年10月13日
米債務上限問題 議会上院、上限引き上げ法案の投票について否決

自分の足を食べるタコ
人の器に宿りし金運

2013年5月18日 (土)

自分の足を食べるタコ


日本の「ブラック企業叩き」これで韓国に勝てるかと人事担当

シビアな人事制度で知られる企業の人事担当者が、こう皮肉る。

「韓国の一流企業は、出張したら帰りの飛行機で映画を見たり、酒を飲んだりせず、ひたすら出張リポートを書き、翌朝一番で提出するというやり方を幹部に求めています。そのうえで毎年、成績下位の1割は辞めさせる。そんな国の企業と、ブラック企業叩きをしている国が戦えますか?」

ユニクロ「やはりブラック企業」の批判 柳井氏の世界同一賃金構想が大炎上!

朝日新聞のまとめによると、ファーストリテイリング社の新卒社員が入社後3年以内に退社した割合(離職率)は、2006年入社組は22%だったが、07年入社組は37%、さらに08~10年の入社組は46~53%と高まっており、休職している人のうち42%(店舗勤務の正社員全体の3%にあたる)がうつ病などの精神疾患。「社員を酷使する『ブラック企業』との批判は、こうした中で高まってきた」(同紙)としている。

また、経営者のためのニュースメディア「税金と保険の情報サイト」は、(中略)「最低賃金などは、各国の労働法規によって定められている。それぞれの国の物価や生活水準に配慮した金額となっており、これを均一化するのは単純な違法行為」であり、コンプライアンスを無視してまでグローバル化におびえる理由は見当たらない、と指摘している。

※コンプライアンス:ここでは企業の法令順守のこと。企業コンプライアンス

ユニクロのブラック企業扱いに「個別企業批判しても仕方ない」

そもそも“ブラック企業”とは何か。本来ならば『労働基準法違反企業』といえばいいのに、ユニクロは労基法を遵守しているからそんな曖昧な言い方になる。問題があるとすれば日本型の労働、雇用慣行のほうであり、個別の企業を批判しても仕方がない」

グローバル資本主義は「ユニクロ化」する

ユニクロの労働条件はきびしいことで有名だが、その面だけを見て「ブラック企業」などと指弾するのはお門違いだ。ユニクロの店員のような単純労働の賃金が新興国に近づくことは、資本主義の宿命なのだ。ユニクロは全世界で2万人の雇用を生み出しているが、そこから逃げる企業は消滅する。

(中略)このように資本主義がグローバル化すると、世界の労働者の賃金が生存最低限の国に近づくという未来像は、1848年にマルクスとエンゲルスが『共産党宣言』で予告したものと似ている。社会主義は死んだようにみえたが、中国を含めて新興国では健在だ。ユニクロ化する世界は、150年遅れてマルクスの予言を実現しているのかもしれない

「使い捨て」の何が悪いのか 覚悟を持って働く若者もいる

実際にビジネスの最前線で働く人たちからすると、「使い捨て」の何が悪いのかと不思議に感じる人もいるだろう。使い捨てという言葉は、確かに人の感情を巧みに刺激するが、言い換えれば社員の「競争」と「選別」のことである。
共産党系の団体や弁護士たちは、営利団体たる企業においても、従業員には何の選別も行われないことをお望みなのかもしれない。いちど採用された社員は定年になるまで、仕事を通じた貢献度に関係なく豊かな生活を保証されるべきだ、と考えているようである。
要するにそれは「順位をつけない徒競走」であり、企業による「生活保護」だが、そんな責任を企業が負う必要などあるわけがない。それは国の役割である。他人が稼いだカネに集るのではなく、自分たちが成長を先導する意識がなぜ生まれないのか。傍から見ると、まるで競争に敗れた弱者のルサンチマンのようである。


※以下に書いたことは、全て個人の妄想です。

◆共食いで可能性が先鋭化(=先細り)?
「全ての生物は奪い合いの弱肉強食的システムのもとで何か(誰か)を犠牲にし続けなければ生きられない」
…という思い込みに基づいて作られ維持してきた文明が限界に来ているようだ。
競争(戦い)は激化する一方だし、競争が激化すれば犠牲者(戦死者)は増えていく一方だ。弱肉強食(=共食い)というのは、どこかで止めなければ最後は誰も生き残らない。共食いの果ては「絶滅」。
(共食い型文明の最終段階を象徴的に表現した現代の神話が『大戦争による人類滅亡説』かもしれない.)

「何か(誰か)を犠牲にし続けなければ生きられない(弱肉強食からは抜け出せない・共食いの外に生きる道なし)」
時にはこの文明でトップ層と言えそうな大企業の社長すら、この原始的な思い込みから抜け出せず壁にぶち当たっている。というか、「企業」と呼ばれる営み自体が共食いなしには成立しないんだからしょうがない。
1番めに貼ったニュース記事にある人事担当のコメントや一番最後に貼った記事に書かれた主張は、ともすれば あくまで「共食いからは決して抜け出せない」ことを前提に
「誰かを犠牲にしないと生きていけないし生き残れないんだからしょうがないだろ!」
という心の叫びに聞こえる(妄想)。

この文明社会を支配しシステムを形作る固定観念の中に
「何かを犠牲にしないと何も手に入らない。何かを犠牲にした者だけが、犠牲にした分だけそれに見合う大きさのものを手に入れられる。」
というものがあるが、この発想だと犠牲にした分量を別のものに変換しただけで全体量は全く増えてない

人々は今まで「沢山犠牲にすれば豊かに繁栄出来る」と騙され励んできたが、 実際には全体量が全く増えず繁栄も発展性もない仕組みに支配されてきたのかも。 むしろ、全体量が増えてると錯覚して浮かれたことがバブル現象を招く一因だったかもしれない。
全体量が増えない(収穫倍率0)なのに「繁栄」とはいかに?
(ここまで書いたら『沢山お布施すればご利益によって貧困から救済されます』と謳うカルト宗教のイメージが浮かんだw)
生き残る手段として選んだ「共食い」が、実は可能性をふるいにかけ続け先細りさせ続け少しずつ食い潰していくだけのものだったりするのだろうか。生き残ろうとして絶滅の方に進んでるのだろうか? などと妄想してしまったw
(なお、私は共産主義者ではない。歴史的に見るとアレも共食いの手段や一種のカルトにしかならなかったと思っている)

◆太れないタコ
本当に繁栄や発展性のある仕組みなら、何かをより大きく意義の深いものに変換させて全体量を増やしていける。一つ一つから沢山の可能性が生まれ拡大する。即ち低価値から高価値に進めるはず(収穫倍率的なイメージ)。だが、この文明世界は低価値の犠牲が高価値をもたらしてる気がしない。ほんの一部が一時的に潤うだけでは犠牲が高価値を生んだとはいえない。最近だと、被雇用者のなかに「自分を犠牲にした結果が割に合わない」と思う人が増えて離職率の増加になっている気がする。
上で一番最後に貼った某経済学者の話によると、やがて世界中の単純労働者賃金が生存最低限の国レベルにまで下がる宿命だという。みんな生活水準が下がって安いユニ○ロやし○むらの服ぐらいしか買えなくなるわけだ(それがユニ○ロの狙いだとか言う人もいるw)。多くの人が今より経済的余裕を失う結果、色んな商品が今より売れなくなっていき、経済は一部の分野しか儲からなくなっていくかもしれない。
やっぱりこの文明世界(共食い型)は、例え一部が肥えても全体で見ると格差を広げるだけでプラスを生まない「プラマイゼロの世界」なのかも(妄想)。

なんと言うか、人類は視野が狭いのか何なのか、根本的な部分で効率の悪い仕組みを選んでいて潜在的な能力が生かされてないのかもしれない。人類が持つ豊かさの能力(本当の金運)が封じられてしまった気がする。
(大昔に封じられた『地母神』がいたら今頃は格差じゃなくプラスを生み出してくれてただろう、などと妄想した)

自分の足を食べて生きてるだけのタコは、体を大きく出来ない。
タコが自分の足を食べる時は、極度の飢餓に見舞われる非常時だけ。

弱肉強食という「共食い」で繁栄(のふり)をしてきた人類は、ずっと異様な飢えの中にいるのかもしれない。
このままでは、いつか全ての足を食い尽くしてしまう。「衣食足りて礼節を知る」なんて夢のまた夢。

【余談1】
マンデン占星術によると、今年は日本の春分図で雇用を意味する6室に火星と天王星があり、それが司法を意味する9室の月や政策を意味する3室の冥王星とTスクエア。私には政策、法律(企業に関する法律や労働基準法など?)、雇用、国民(被雇用者)などの分野で波乱や葛藤の暗示を妄想させる星回りに見えた()。
(12月追記:結局、派遣法が改正された。)

マンデン占星術において、6室は雇用だけでなく、軍事を意味するエリアでもある。雇用と軍事が同じ場所に分類されているのだ。どちらも根っこは「弱肉強食の戦い(共食い)」ってことか・・・被雇用者は兵隊か・・・グローバル資本主義とかいう世界で「大戦争」が起きたら大変だな・・・などと妄想した。

【余談2】
オカルトな話。世界全体のほんの一部分を占める共食いの勝者しか金運を発揮しない(一部の勝者が金運を独占し、金運の流れが滞留して豊かさの運気が全体に行き渡らない)形をした今の文明から、一人一人全員が自分に備わる独自の金運を発揮する文明になると、流れる金運の規模はとても大きくなる。一人ひとりが自分の金運の流れを発揮することで地球が巨大な金運回路になるからだ。、そこを流れる金運が流れゆく先々で創造的に可能性を生み出し滞留することなく全体をめぐりめぐる。すると従来の小さな回路(勝者が金運を独占・滞留させて作った小さな回路)よりもずっと大きな金運になる。金運は電気と同じで、「流れること」によって運気が力を発揮し、様々に活用(現象化)できる。大きく流れた方が大きな力になる。
そんな「巨大な金運の回路」を形成し稼動させるには、一人一人が己の金運(自分にしか持ち得ない自分を活かすための運)を稼動させること。皆自分の金運があるからこそ集まると大きな金運回路が出来る。個々の小さな金運は大きな金運回路の細胞だ。個々が自分の金運を活かしたり活かし合ったりして生きることで、大きな回路も活性化する。それがスタンドプレーから生まれるチームワーク(=和)の金運回路。

世界の金運を人体、血の流れで例えた場合、今は一箇所(血を奪い合って勝った部分)にしか金運が流れず、全体で見るとうっ血した分と血行不良の部分があるだけで「全身をくまなく循環する巨大な血液網」としての機能が果たされず不健康な感じ。


自分の足を食べるタコ2
男性的世界と地母神の再会
心の飢えが本当の飢えを招く
飢えの恐怖と抑圧され犠牲になってたもの?
人の器に宿りし金運
経済ど素人の占い師があえて書いてみる ←経済に関する妄想を始めて書いた記事。豊かさを血液に例えた。
運勢の神業←私達一人一人の命に秘められた個人レベルの地母神について
移行する文明と首都のあり方?

2013年5月15日 (水)

曽祖父の見た海

時は明治の前半期。とある田舎の小さな島で生まれ育った「出来の良い」少年は、これから時代は産業の土台に電気が必要な時代が来ると考えていて、当時国中で最も電気技術が進んでいた東京へ行きたい気持を捨てきれなかった。
当時の島人にとって、東京はとても遠かっただろう。貧しい庶民には路銀を作ることさえ難しい。けれど少年の情熱は日に日に大きくなっていった。

そしてある日のこと。周囲が引き止めるのも振り切って、少年は「歩いて」東京へと旅立ってしまった。

野宿を繰り返し、畑の芋をこっそり頂戴し、道に落ちてる壊れたワラジを修理して取り換えながらの長い旅。良い子はマネしちゃいけない。
そして、少年はついに品川へ到着。その時、彼は風流にも品川の土手に寝転んで俳句を作った。その句が今も残っている。
「土手枕 江戸の入り江の 月見かな」・・・この上なくストレートな性格が表れている句w
紆余曲折の末、少年は自分の願いを叶えた。

そんな少年が、私の曽祖父である。初めてこのエピソードを聞いたときは思わず吹き出した。彼の無茶な冒険が成功しなければ、私はこの世に生まれ得ないと思うと感慨深い。
少年期から最先端科学を志した立派な肝っ玉のひいお祖父さん。ひ孫(勉強嫌いで異様に非科学的な妄想を好むオカルト変態のもやしっ子)を見たらどう思うだろう? などと思うと一瞬だけ妙に申し訳ない気分になったw

故郷に埋葬されたいという本人の希望により、没後は故郷の海を見渡せるお墓に眠ったひいお祖父さん。こんな美しい海を毎日見て育ったのか。浅瀬の透明度に思わず飛び込んでみたくなってしまった。が、明るい色してても結構深いらしい。早まらなくてよかった(ほぼカナヅチ)w

初めてお墓参りしに行ったけど、行って良かった。

(クリックで拡大)
Shima

Hashi

Gran_blue

2013年5月 9日 (木)

お知らせ

所用により、5月9日~5月14日まで鑑定とお申し込みの受付を停止します。

2013年5月 4日 (土)

FREYJA.sysで妄想

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。

以前書いた記事「男性的世界と地母神の再会」のテーマを私に連想させてくれたボーカロイド曲を見つけたので載せておく。

【ついでに湧いてきた妄想】
昔々、ある国(土地)の地母神が、危機に瀕するその国を救うべく地上に降りた。既に地母神信仰は失われて久しく、男性的世界が支配するその国において、地母神は「母性」としての姿を封印され、母性を持つ前の「乙女」の姿になってその国を救おうとした。そんな「乙女(ラ・ピュセル)」の名を、ジャンヌ・ダルクという。
戦いが支配する男性的世界の中でその国を救うには、彼女もまた「戦い」という手段に縛られてしまった。数奇な経緯を経て彼女が甲冑を身にまとい旗持ちとして戦に参加すると、兵士達は彼女の不思議な力に鼓舞されて戦は奇跡的な勝利を収めた。その国は危機を脱出した。
しかしその後、彼女はその国の宮廷内で繰り広げられていた複雑な派閥対立の犠牲となり、少ない支援のまま不利な戦いを継続させられるようになってしまった。
そしてとうとう、敵の手に落ちた彼女は魔女として火あぶりにされてしまう。
本来の目的を果たしながらも男性的世界の犠牲となり、省みられることなく再び地上から抹殺・封印された地母神。しかし彼女が乙女の姿で救った国は今もなお存続しており、その国の人々は無意識下で地母神の記憶を封印されたまま受け継いでいる。マリア信仰の形で名残りを残すほかは未だ封印され蘇らない地母神の記憶。
その記憶が蘇るとき、封印された地母神は地上に蘇る。そして解放と自由を手に振り返ることなく、希望に満ちた未来の行く先を導き示すだろう。

私はこの曲を聴いて、男性的世界を支配する「戦い(地母神の恵みを得られず生かせぬゆえの奪い合い)」に斃れたジャンヌダルクが地母神として蘇るようなイメージが浮かんだ。かつて本来の姿を封印された地母神の化身ジャンヌダルク。次は、甲冑をまとわず本来の彼女らしい姿で地上にやってくるのかもしれない。
(そういえばヘタリア4巻の「A bientot」、いい話だった)

地母神・・・それは、最も根源的な生命のシステムともいえる。彼女は生命活動を支え導くシステム(又はプログラム)。古代人は大地の恵みをその象徴とした。現代なら、人生を支え育み発展させる運勢的環境(金運含む)をもたらす力も彼女の象徴分野じゃないかと思う。
人々の中で地母神が蘇るとき、人々が集まり構成する社会にも地母神が蘇る。


この曲でベリーダンス(地母神の踊りが起源)を踊った人もいる。

2013年5月 3日 (金)

みんな「見えない何か」と戦ってる

女子×女子 同性から言われたキツイ一言 <職場編>

ハラヨさん(33歳・グラフィックデザイナー)が唖然としたのは、お局様の品の無い言葉。

「健康診断から帰った後、女性の先輩が『このコ(ハラヨさん)胸が大きいんですよ』と冗談で言ったら、当時40代のお局様(未婚)から『揉んでくれる相手もいないくせに』と不機嫌に言われました。まぁ私は見た目が地味だったんで」

ハラヨさんは「大人気ないなぁ。ただの雑談なのに……。っていうか、結婚したので揉んでくれる相手はいますよ(笑)」と思ったそうだ。ハラヨさんは出産のために退職するまでお局様と一緒に働いていたとのこと。お局様はまだ独身で頑張って働いている。

嫌味や誹謗中傷、暴言など、取り立てて言う必要のないことを我慢できずにその場でことさら相手に言ってしまう(言わずにはいられない)現象には、言った本人に何らかの心理的なこだわりや囚われがあることを意味している。
相手に対して暴言を放った場合、相手本人に対する不満や敵意や嫉妬が動機になっているように見られがちだが、今回はそこをもっと掘り下げて妄想してみた。

◆暴言の動機
例えば、無意識のうちに相手へ自分個人の葛藤やコンプレックス(ないし嫌な記憶)を連想・投影・同一視していて、本人は実在の相手ではなく内面のコンプレックスや葛藤に向けて暴言や敵意を放っているケースがある。相手が憎いのではなく、「己を不愉快にするもの(コンプレックスや葛藤)」が憎いのだ。
相手(の言動や話題)はたまたまそんな「内なる憎きもの」を連想させただけ。それでつい相手の様子や言動にこだわり囚われて我慢できなくなったり許せなくなってしまう。
ようするに、暴言の動機は相手の言動や様子にあるのではなく、自分の内面的問題にある。よって、誰かに向けて言葉を発しているように見えて、実際は見えない何かと一人相撲しているだけ。 見えない何かを罵っているだけで、本当は誰とも会話なんかしていない。

自分を不愉快にさせる葛藤やコンプレックスなど、「内なる憎きもの」が憎いのであって相手が憎いわけじゃないのだが、本人の脳内ではそれが区別できずに混同されている。
それで「内なる憎きもの」を無意識に連想→投影→同一視した相手を憎んでしまう。本当は何が憎いのか自分でも分からなくなってしまう。
そんな時、暴言をぶつけてきた相手に
「アナタ個人の問題を他人に(私に)投影して八つ当たりしたってアナタの問題は(惨めさは)変わらないし解決しませんよ。自分の問題から逃げてることを周囲にアピールしただけです。」
などと不用意に言ってはいけない。余計めんどくさいことになるから。

◆「お前は悪くないけどお前が憎い」
例えば、雑談でバストサイズの話題が出たときに胸の大きな後輩に対して「揉んでくれる相手もいないくせに」と憎々しげなセリフを発してしまうお局様。彼女は、【普段から自分の小さなバストサイズを口実にして可哀想なぐらい自己卑下している】ようだ。
だから胸の大きい後輩が話題に上ったとき、そんな自己卑下感がむくむくと沸き起こってつい後輩のバストにこだわってしまい、まるで後輩が自分の巨乳をダシにして貧乳の自分を卑下したかのような恨みを無意識下に抱き、自分に卑下感を与えて不愉快にした復讐とばかりに後輩へ取り立てて言う必要のない暴言をその場でことさら言ってしまったのだ。我慢できなかったのだ。
(自分に卑下感を与えたのは自分なのだけど)

そんなお局様は、未だみずみずしい思春期の少女と同じ(悪く言えば思春期未完で発達途上の)可愛らしい心を持っているともいえる。まだまだ十分若いってことだ(精神的に結婚適齢期より若い)。
『カワイイな。そこまで後輩に嫉妬すんなら俺が喜んで揉んでやるのに』と記事見て思った男性諸氏もいるかもしれない。実際、暴言現場に偶然通りすがったKYセクハラ上司が笑顔で同じ事を言い放てば、これまた未曾有の暴言となる。恐らく最近臭くて嫌いになってきた父親がリビングでエロ本読んでるところを目撃した思春期のお嬢さんのような目をするだろう。誰が、とは言わない。

なお、【】に書いた文の単語を「小さなバストサイズ」から「低い仕事能力」に置き換えると、記事にあった別の人のケースに当てはまる。

◆暴言する者と恨む者の共通点?
さて。暴言を言ってしまった人をことさら恨んでしまうのも、言われた本人に何らかの心理的なこだわりや囚われがあり、それが相手のセリフに投影されていることがある。例えば、「他者に高評価されることへの強迫観念」などを抱えている人は、自分をバカにする人、卑下する人、不当に低評価する人が許せない。【】の単語を「他者からの低評価(他人にとって利用価値が低いこと・他人の価値観に合致していないこと)」に置き換えればいい。

自分を不当に低評価したり些細な口実で誹謗中傷し侮辱する(暴言を言う)赤の他人がどうしても許せない場合、「その人から高評価されないと何が困るのか。なぜその人にそこまで正当な評価をされたいのか?」と自問自答してみるといい。その人からの正当な評価や理解など、さして欲していないことに気がつくだろう。自分が正当に評価され理解されたい相手は、他にいるはずだ。それは自分自身かもしれない。
周囲や他者の評価にこだわり囚われる心理の原因が「他者から正当に評価され理解され尊重されない限り、私は(人間は)自尊心を持つ資格がない」というルールに己を縛り付け洗脳する考え方にあるとしたら、どうしても許せないのは自分に対してそんなルールを洗脳し続けている考え方かもしれない。
(このルールだと、社会から人扱いされなかった黒人奴隷達や偏見によって社会から拒絶・隔離されたライ病患者達は自尊心を持つ資格がないってことになる。放射能への偏見から避難先の社会で忌み嫌われ孤立している原発事故の非難区域出身者も自尊心を持つ資格がない)

他者からの評価に自尊心を依存している人、普段から自己否定感が強く自前の自尊心(自分の命は自分にとって利用価値=生きる意義があるという認識)が作れない人など、どうしても他人に依存してしまう人(自立し切れてない人)は、他者からの侮辱や嘲笑や低評価を示す暴言をことさら恨んでしまうことがある。例え、暴言を発した者の動機が本人のコンプレックス(内なる憎きもの)を投影した結果の「一人相撲」だったとしても。強い心の葛藤に耐えられず投影対象へ暴言を発してしまったのだとしても。
誰よりも惨めさに苦しんでいるのは、暴言を抑え切れない本人自身だったとしても。

◆みんな「見えない何か」と戦ってる?
ことさら誰かを侮辱する側とそれをことさら恨む側。時にはどちらも心の裏側は自己否定感で一杯で、いつも見えない何か(内なる憎きもの)と戦っているのかもしれない。両者は同じ波長を共鳴させあった合わせ鏡・・・人間関係の悩みを占うとよく出るパターンの運勢だ。 人間は人生の中で多かれ少なかれ「見えない何か」と戦うことがあるし、それを外部に投影・同一視して八つ当たりた挙句ご迷惑をかけてしまうことだって珍しくないのかもしれない(いじめ問題にもこういうケースある)。

暴言は、自分に向かって放たれた言葉ではなく、本人の「内なる憎きもの」に向かって本人が放っている一人相撲のセリフだと思えるかどうか。その人は暴言をぶつけた相手について語っているのではなく、その人個人の内面的問題を語っているだけだと思えるかどうか。
暴言を受けたとき、一人相撲している暴言者の言動に己の「内なる憎きもの」を連想・投影・同一視し、そっちに向かって恨みを抱いたり、その恨みを動機にして暴言者を罵る(やはり一人相撲)状態に陥ってないかどうか。そこがポイントかもしれない。
(そういう現象、リアルだけじゃなくネット上の罵り合いでもよくある)

必要とされる必要がない

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