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2013年3月20日 (水)

市民の声? 団体の声?

ヘイトスピーチ:「殺せ」… デモ、目立つ過激言動

「殺せ、殺せ」「ゴキブリ」「日本からたたき出せ」

2月上旬、外国人が多く暮らす東京都内の繁華街でデモがあり、そんなシュプレヒコールが飛び交った。デモは特定の外国人を排斥する目的でインターネットで告知され、男女100人以上が参加した。
既存の右翼団体とは異なり、参加者もほとんどが一般人。こうした現場を取材してきたフリージャーナリストの安田浩一さんは「数年前に比べ文言がより過激になっている。『殺せ』という言葉はヘイトスピーチと言えるのではないか」と話す。

一方、デモを呼びかけた団体の一つは「参加者から自然に出た言葉で、推奨しているわけではない。何がへイトスピーチなのか明確な定義はなく、デモの表現としてあっていいと思う」(広報担当者)と説明している。

◆デモ参加は団体の性格を要チェック
「デモ」というものには、、広く社会の一定層の大衆心理が反映されている場合と、もっとローカルに主催団体の性格が反映される場合とがある。今回の話は後者で、フリーチベットデモやフジテレビ抗議デモはどっちかといえば前者ではなかろうか。

今のところ、最近出てきた特定の団体が主催するデモ「だけ」がやけに口汚くて悪目立ちしているようだ。反韓流という共通点を持ったフジテレビへの抗議デモとはだいぶ雰囲気が違う。
恐らく、あのシュプレヒコールは社会における一定層の声を代弁するようなものではない。もっとローカルに、特定団体の性格を表現しているに過ぎない。
(社会の一定層を代弁しているかのように見せかけてはいる)

ぽっと出た特定団体のデモだけが持つ過激さを妙に一般化して「大衆心理の過激傾向・一般市民が過激になりつつある」として報道するのは慎重になった方がいい(まさかマッチポンプ??)。日本人は「皆と同じにならなきゃ」という同調圧力が高いので、報道を見た他の人たちも汚い言葉遣いを真似してしまいかねない。
忘れてはいけないのは、似たような主張をしている団体皆が過激表現を用いているわけじゃないということ。特定団体のデモに参加した「一般人」だけがああいうパフォーマンスをしているということ。

内容に限らず、妙に目立つデモ、異質さや違和感を感じるデモは主催団体をよく観察したり調べたりしておくといい。
文面では他と同じような主張をしている団体がいくつかあって、その中のどれかのデモに参加したい場合は、一度その団体のデモを外から観察して自分のフィーリングと合ったもの、自分にとって異質さや違和感を感じないものを選ぶことが大切だ。デモの動画をupしている団体は多いから。
他団体と似たような主張であっても他とは異なる動きを見せて妙に目立つ団体は、主張とは別に、彼ら独自の目的を持っていることもある。

表向きの主張を隠れ蓑にした別の目的。
例えば、社会的主張よりも団体自体を目立たせるためのアピールや団体の宣伝が主目的だったり、大衆心理に何らかの流行を意図的に仕掛けたい思惑があったり、デモ主催団体とは別組織の勧誘や宗教勧誘の窓口だったり、街宣右翼的な「仕事」だったり、署名などで個人情報を集めるためだったり。単なる悪ふざけや憂さ晴らし、はたまた出会い目的のイベントめいたものだった、なんてこともある。
(あくまで一例)

◆社会的主張と深層心理
今回のケースとは恐らく別な話だが、「別の目的」が団体の深層心理に潜んでいるケースもある。
例えばシーシェパード。彼らは「クジラを救え・クジラを殺すな」が表向きの主張だが、その活動の背後にある深層心理はクジラを救いたいというより、クジラに己の内面を投影し感情移入した自分達(の内面)を救いたいんじゃないかと思う。
例えばフリーチベットブーム。あれも抑圧されたチベットに抑圧を抱える自分の内面を投影・同一視し、「チベット解放=自分の解放」という図式が出来上がって一時的にのめりこんだ印象。
「日本」という国自体に自己投影(自己同一化)して活動している団体だってあるかもしれない。人間なら誰でも持ちうる心の醜さ(当然、自分の中にもある)を憎み、特定の対象にそれを連想・投影して攻撃(八つ当たり)している団体もあるかもしれない。
いずれにせよ、自分のエゴを「○○のため」とか「社会的良心」という大義名分で無意識のうちに正当化できる。

感情移入や外部の物事に投影した内面のストレスを解消するために便宜上の価値観と正義(チベット解放・クジラ救済・排外主義など)を作り上げ、それを他人に押し付けコントロールを試み、思い通りに動かない相手(=正義に反する者)を許せず攻撃する心理は、下手をすればシーシェパードみたいな方向に陥る危険がある。
活動目的がいつの間にか「社会のため」ではなく、自分のエゴのためになってしまうのだ。
自分のエゴを社会正義にすりかえ正当化する発想(=自分の中の嫌な考え方・心の醜さ)を中国や北朝鮮や韓国に投影して排除・攻撃したい(八つ当たりしたい)心理が過激なヘイトスピーチに発展する可能性もある。

時には、「自分を愛する心(自尊心・自己肯定」が何らかの理由で抑圧されてしまい、それが別の歪んだ形で表面化した結果、エゴイスティックな愛国心やエゴイスティックなイデオロギーになることもある。自分を愛せないので、代わりに「自分」に見立てた(自己投影し自分の延長にした)国家や特定思想を愛すること。これは一種の代償行為だ。この場合、自分が本当に望んでいることは自分を愛することなので、むしろそれが出来なくなってしまった原因を探り向き合った方がいい。その作業自体が「自分を愛すること」の一つになる。

他には、国家にユング心理学の「セルフ」を投影しているケースもある。これは以前書いたので割愛。

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