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2012年10月 9日 (火)

自我境界が未発達な国民性2

「生意気」と歩行者3人はねる=殺人未遂で作業員逮捕-埼玉県警

埼玉県警所沢署によると、「道路を広がって歩いていたので注意したら、生意気な口をきかれ頭にきた」と容疑を認めている。(中略)
容疑者は運転中、白線で仕切られた歩道を約10人で2列になって歩いているグループを発見。車を降りて注意したところ、口論となった。会社員らは最後は「すみません」と謝ったが、同容疑者はいったん立ち去った後、車をUターンさせるなどして追い掛けて来たという。

◆対立する者同士には共通点がある?
被害者と加害者。立場は違うが抱えてる問題は同じかもしれない(妄想)。
自分の意図や行動を邪魔されたり否定されると自我や人格を損なわれたと思い込んで被害妄想的な恨み(認知の歪み)を抱くタイプの人は最近増えてる。

被害者は自分の歩き方を否定された(注意された)ことに人格を否定された被害妄想的な恨みを抱いて反撃し、
加害者は自分の行動(=運転)を邪魔された挙げ句に注意したら期待通りのリアクションをしなかった(=注意という行動を否定された)相手に被害妄想的な恨みを持った。
で、被害者の反撃に車体で反撃してお縄。

ギャグみたいな話だけど同じ仕組みのトラブルは最近増えてるから困る。
そういうタイプのトラブルを抱えて占い師に相談持ちかけた挙げ句、期待した結果が得られなくて逆ギレする人は占い業界全般で数え切れない。
「百パー相手の落ち度でアナタは何一つ悪くない」と言ってもらうために来たのに言ってもらえず、「わざわざ金かけて占いしに来た」という行動を占い師から全否定された挙げ句、トラブル解決のためには被害妄想の修正が必要だとか言われてしまう。
あのタイプの被害妄想を抱えている人の目から見れば許しがたい人格否定と侮辱になってしまうのだろう。
このタイプ、前回の自我境界が未発達な国民性1で言えば、「独裁者タイプ」に該当する。

◆「パブリック」の欠落と孤独
そういうタイプの人は、本来自分とは別モノ(=自分とは別の動きをする)である他人や公共物、公共の場といった「パブリック」を自分の一部、自我の延長として脳内処理してしまう印象がある。いわばパブリックがなくなって全部プライベートになっている。自他の分類をするという作業がうまくいってないか、欠落している。多分、普段から自他を分類する機能がしっかり動いてない。
その人はパブリックの存在しない世界、自分(プライベート)しか存在しない世界にいる。自分しか存在しないので、独りぼっちだ。
実際に孤立し、孤独感を抱える人もいる。

自他分類機能が未発達なのは、自我境界が未発達だということ。
自他分類、自我境界がゼロならコミュニケーションは成立しない。「他人(相手)」の存在を認識せずにコミュニケーションは成立しないからだ。ゆえに自我境界と自他分類はコミュニケーション能力の発達に不可欠だろう。

◆ネットでのやり取りは自他分類機能が低下?
自他分類が欠落し被害妄想的な認知の歪みによるトラブルはネットの世界でとても多く見かける。
例えば、被害妄想的な認知の歪みが「私と逆の意見(=私の思考を肯定しない=私の思考を否定する)人間は私の思考の源である私の人格を否定する敵だ」という図式の思い込みを無意識下に作ってしまうと、自分と違う意見を書き込んだ見ず知らずの他人(この人もまた、自分と違う考え方をする人間を憎むような言葉遣いで主張していることが多い)を一方的に恨み攻撃し、本題を忘れて互いの人格をけなしあうことが目的の口論になっていく光景など日常茶飯事だ。

これは恐らく、ネットでのやり取りは自他分類機能を動かしにくいからではないかと思っている。今までの時代は、人間同士が自分の個人的意見や個人的感情(=プライベート)について文章を使ってやり取りする場合、お互いに相手の顔も声もよく知っている者同士で行うことが大半だった。要するに、互いの間で既に自他の分類がしっかり成立している関係だ。けれどネットの世界では匿名性が高いので、顔も声も知らない相手と文章でやり取りするケースが大半になる。すると、頭が自他分類をするときのカギになっている「顔」と「声」のデータが手に入らない状態でのやり取りになる。五感で相手を感じ取れないバーチャル世界の匿名コミュニケーションが持つ特徴か。
これが自他分類機能をしっかり起動させにくくしているのではないか? などと妄想した。

で、普段から頭が自他分類の作業をあまり行わないやり取り(バーチャル世界の匿名コミュニケーション)にばかり偏ったライフスタイルで生きていると、リアルの世界でも自他分類機能がとっさに起動しなくなって「パブリック」を忘れたり、パブリックとプライベートを混同・誤認するような現象が起こりやすくなってるんじゃないかと思った。
よくブログやツイッターで「口を滑らせて炎上」という現象が増えているが、これも自分が「パブリック」な場所で発言していることを忘れてしまっていることに起因するのではないだろうか。
(迷惑行為や違法行為の写真をUPしてしまう現象なんかもその最たるもの?)

匿名性の強いネットの世界は気兼ねなくプライベートな本音をだだ漏れにして鬱憤を吐き出すこともできる便利な世界ではあるが、実はパブリックな世界でもある。自分の自我境界を保つためにも、被害妄想やトラブルを防ぐためにも、自他分類の作業だけは忘れずにやっておきたいものだ。

◆国民の不安定な自我境界が国の運勢に反映!?
国民の60%に自閉気質の遺伝子があるという日本人は、ただでさえ自我境界が未発達で脆弱になりがち(気質的な不得意分野?)。そこへネットが普及していけば、もたらす影響は大きい。バーチャルに偏って自他分類をする機会や頻度が減ってくれば、自我境界の発達はさらに抑圧されていく懸念。
自我境界が未発達だと過激な思想や大衆ヒステリーやデマにも簡単に煽動され、流されやすく釣られやすい。震災時におきた被災地への過度の感情移入から発生した諸々の現象も典型例のひとつ。
最近の典型例では、大津いじめ事件を引き金にしたネット住人達の暴走。
国民の自我境界が未発達(=脆弱)なことが露呈した「ネット住人暴走事件」の直後、そんな「自我境界の脆弱さ」を象徴的に体現するかのような運勢が日本国そのものにふりかかった。

それが、竹島の騒動と尖閣の騒動だ。日本国の領土・領海・領空の境界は、即ち日本国の自我境界。それにちょっかいを出されるというのは、オカルト的に見ると国の自我境界が不安定で脆弱になっていることを象徴する。自我境界即ち「自分の輪郭」が保てていない感じ。
これは、国民の未発達で脆弱な自我境界が国の運勢に反映したのではないかと思う。国民の集合無意識が国の運勢を作っているのだ。国の運勢を作っているのは、私達国民だ。私達がこの国を作っている。だから私達の有様が国の運勢に反映するのは、オカルトでも何でもなく、ごく自然なこと。

実は日本という国、自我境界の発達スピードは遅め。脆弱な自我境界しか持たない自我を何とか安定させ守るために、「引きこもり」と「独裁者(侵略者)」の間を行き来したことも。今もその間を漂っている。個人の中に「引きこもり」と「独裁者」が同居している。パブリックを忘れ、自分(プライベート)しか存在しない世界に引きこもり、外界を自分の延長にしてしまうことで、自我境界は崩れていく。
逆に、自我境界と自他分類を確立していけば、「独裁者化」を防ぐので自分と他人の双方を尊重することができる。
(自我境界の脆弱さは為政者にとって好都合でもある。人々を簡単に支配できてしまうのだ。意識ごと支配してしまえば、多少のことは都合よく泣き寝入りしてくれる)

私達が己の自我境界をしっかり保ち発達させることが、日本国の自我境界を安定させ保持するための身近で強力な開運法になるかもしれない。バーチャル・リアルを問わず自他分類作業を忘れずに行うことは、自我境界の発達を促進するトレーニングになる。だから人々がこの作業を忘れずに行うこと自体が、ひいては日本の集合無意識規模での開運法になるかもしれない。

自我境界が未発達な国民性3
日本の個性化←日本が集合無意識レベルで自分の輪郭(自分という個性の姿)をキープしにくい背景?
暴走せずに自分のペースを保つこと←必要ない所でムダに自分を押し殺すと自分のペースは保ちにくくなる。繊細であればなおのこと。

なぜ日本の若者は画一化が進むのか?←外部リンク。「子供を産まないことによる閉塞感」は「子供を産まないことによるプレッシャー」がより近い気がする。


2012.10.23追記
遠隔操作、少年の「無罪」申し立て 誤認逮捕で地検
遠隔操作(ウイルス)と誤認逮捕。これも自我境界の問題を象徴する現象だ。IT・医学・心理問わず、昨今の「何かに感染する」という現象が多発していること自体、自我境界の不全を象徴してる気がする。

自我境界が形成不全な人←外部リンク

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コメント

私たち個人と国レベルの大きなものはつながっているということですね。
逆に考えると「私にもできることがある」ということ。
国を意識して、自分の境界線を大切にしてみようと思います。
ありがとうございました。

>カキコさん 
コメントありがとうございます。
自分の境界線(自分の輪郭)を大切にできれば、他人の境界線(輪郭)も尊重することができるようになります。自分と他人、両方尊重できます。

自分の境界線を無視して「自分で無いもの(他者)」まで自分にしてしまうと、自分本来の姿(=自分の輪郭)を損なってしまいます。それは自分も他人も損なうことになってしまいます。

これは個人レベルでも社会レベル、国際レベルでも同じことが言えます。

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