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2012年10月30日 (火)

運勢の神業

※あくまで占い師視点の個人的な妄想です。

飛び降りの弟、兄キャッチ…もう一人の兄は

28日午後4時20分頃、東京都大田区内のビル4階から、「男性が飛び降りた」と110番があった。
警視庁蒲田署員が駆けつけたところ、男性2人が路上に倒れているのを発見した。2人は病院に運ばれたが、いずれも軽傷という。

◆めちゃくちゃ生きたがってる本音
4階から落ちてくる大の男を受け止めて2人とも軽傷で済むというのは、奇跡か超常現象に近い。ハイレベルすぎる。
人間は皆誰でも心の奥底(無意識の底)から湧き出す真の望みだけは実現させる能力を持っている。いわば自己実現能力。それが開運の源でもある。
その能力は時に様々な「運勢」と呼ばれるものを作り出す。いわば運勢が真の望みを叶えるための各種インフラや「運命の導き」のようなものを作り出すわけ。この運勢は人が無意識下から作り出す運勢の中で最もハイレベルな神業とも言われている。
それが「誕生」という人生最初の自己実現を引き起こした。

明らかに、この兄弟は心の底から「生きよう」としている。具体的な自己実現の計画さえ持ってるかもしれない。
自殺未遂の弟は、「この生き方(orこの生き方を形成する考え方)をやめたい」と思っているだけで、「自分の心臓を止めたい」などとは微塵も思っていない。単に、より良い違う生き方をしたいだけだ。しかも、本人の無意識はそのような生き方を知っているし、それを始める能力を持っている。知らないのは顕在意識だけ。

◆狭い視野が本音を歪める
しかし、「この生き方はやめたい!」という無意識の強い思いは、無意識よりも視野の狭い顕在意識(自我)に向かう途中で歪められてしまうことがある。
すると視野の狭い顕在意識(自我)では、心臓を動かすことと「やめたいこの生き方を続けること」とが混同され、同一視されてしまうこともある。自分の無意識が知っている別の生き方やその方法(時に非科学的)は視野の外にあるため、顕在意識(自我)はそれらを自覚できなかったりする。
人間の自我は知性こそ発達しているものの、無意識との連携があまり発達していないといわれている。本能経由で連携しようにも、本能は理性によって制御されている。

「この生き方はやめたい!」という無意識の強いメッセージが顕在意識に向かって送信され、その情報が「この生き方」しか認識できない狭い視野の中に押し込まれると、データが歪んで正確に読み取れず、正確に理解できなくなってしまう。「自分で自分の心が分からない」という状態だ。
「この生き方【は】やめたい(=別の生き方しよう)!」という意図は「生きるのをやめたい!」に誤変換され意味を歪められてしまうのだ。
データの中身がすごく不正確になってしまい。もはや無意識本来の意図を表すことが出来ない。
例えば解像度もサイズも大きな衛星写真を古い携帯電話の画面に無理やりDLしたらどうなるかをイメージしてもらえれば分かるだろうか?
地上に写る目標物などまともに見えやしない。

自我(顕在意識)が無意識からの強いメッセージを歪んで受け取ってしまった結果、「自殺への強い思い」として感じてしまったら・・・
(まさしく、『はやまるな思い直せ』というセリフがぴったりだ)

◆ゴーストから神業
で、無意識(本心)の意図とは関係ない方向に暴走した己を何とか押しとどめ、出来れば正確な方向に修正し進みたいがために、あきらめない無意識は無謀とも思えるような大掛かりな神業を仕掛けることがある。
それが今回のケースの背後にあった物語のような気がする。弟(無意識)は兄(無意識)の協力を得ることが出来たようだ。2人が協力し連携し合った神業は、ほとんどサーカスに等しい荒業である。
命がけのサーカスのようなことをしているが、どっちも心から死ぬつもりが毛頭無いことは「軽傷で済ませる」という技からも見て取れる。
(弟さんはこの神業が発動した意味を良く考えて早まったことは繰り返さないでほしい)

この技も自己実現能力の一例なのだが、これは明らかに自我(顕在意識)の力を軽く超えている。「人間」が出来るようなことじゃない。だから人々はこのような技が発動すると、しばしばそこに奇跡や良き運命や神を見出す。そして神を自分の理想の上司兼庇護者にしたがる。
確かにその技は「人間」が身に着けた能力ではない。私達が人間じゃなかった頃、いわば私達が人として「誕生」する前から魂(ゴースト)の領域に備わっていた能力だ。無意識はゴーストとつながっている。

◆内なるゴーストとの連携能力
そして一人一人のゴーストに、「神」がいる。八百万の神。「セルフ」と呼んでもいい。
神を理想の上司や庇護者にしたいなら、無意識の中にあるゴーストとの連携能力を育てること。
それは何も古代人のように絶食したり滝に打たれたり難しい修行をする必要は無く、まずは「とりあえず自分の自我が持ってる視野はすごく狭いので、自我の視野だけで処理できる物事と、自我の能力を盲信しない方がいい物事がある(多分無意識が関わり、無意識にいる己のゴーストと連携した方がいい物事がある)」とか、「答えがすぐ出ないものに関しては、今の自分の自我が認識できる狭い範囲であれこれ考えて決め付けないほうがいい場合もある。未だ自我が認識できていない部分が視野の外に残っていて、全体像が把握しきれていないのかもしれない」「自分のゴーストと自我が連携した運勢・人生を生きられるように、心の底からの真の望みを自覚したい・自覚できる運勢を心の底から望む」という発想を持っておくこと。
そして、自分が抱く様々な願望のうち、どれが世間の風潮やコンプレックスや空想的不安感などに基づかない真の望みだろうか? その願望はどこから来てるんだろうか? と考えてみること。
(真の望み以外の願望に『神業』は発動しない)
そういう作業、最初は難しいかもしれない。しかし「正解」にたどり着く前に力尽きても、そういう作業をする習慣があるのと無いのとでは連携能力の発達がだいぶ違う。

また、最近流行の「萌え文化」で自分のアニマ・アニムス(理想の異性像にして自分の中の隠された個性や願望や可能性のシンボル)をキャラクターに投影している人は、そのキャラに対する自分の感情や「なぜそのキャラや作品が好きなのか」を分析するといい。それは、己の無意識との対話だ。キャラや作品への思い入れが真の望みを投影していたことによるものであれば、それを知ることでゴースト連携に近づける。
(時には真の望みを抑圧した結果の代償行為的な歪んだ願望を投影していることが判明した、というケースもあるw)

今回のニュースでは「兄弟」というごく近しい間柄でのゴースト連係プレー(神業)が紹介されているが、これが国とか民族とか地球人とかいった大規模なレベル(集合無意識レベル)でゴースト同士が連係プレー出来るようになると・・・


スゴイコトニナルネ

【余談】
昨日、「最近体調不良で妄想したり長文を書いたりする元気が無い」とか書いたばかりだが、実は妄想記事にしたいネタも見つけられなかった。でも自我の努力でネタを探そうとはしなかった。そういう努力をする意欲も湧かなかった。「妄想記事を書く」という活動は無意識が関わることだから、それを無視して自我だけでアレコレこねくり回したり、自我だけで「次の妄想ネタはこれ!」と決め付けてもしょうがないと思っていたので。
そしたら今日、無意識が勝手にネタを見つけて妄想を展開してくれた。
「ネタ探し」など意識していなかったのだが、たまたまこのニュース記事が目に入って、そこからふつふつと妄想が展開し、長文を書く気力が出始めたのだ。
やっぱりこのブログ、半分は無意識で進んでるんだな。

文中にある「無意識(本心)の意図とは関係ない方向に暴走」という状態をタロットで例えると、戦車の逆位置だ。
(ヨガとタロットの戦車を参照)ゴースト(神)は車のオーナー(=セルフ)


就活自殺の増加に思うこと
人の器に宿りし金運

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コメント

>真の望み以外の願望に『神業』は発動しない
私の好きなタイムトラベルの本に、人の運命を変えるより、その本心を見極める方が難しい、と書いてありましたが、この兄弟は極限において真の望みが自我の誤認を正して発動したのかもしれませんね。
(前に、AYAさんが松の廊下について書かれていましたが、あの年末恒例の赤穂浪士の討ち入りって、実は日本人というか、本来日本の風土が持つ無意識を巧妙に虐待してると思う。自我の健全な発達、成熟に必要な無意識の強いメッセージを逆に歪ませて、真の望みに気づかせない為に。)

>答えがすぐ出ないものに関しては、今の自分の自我が認識できる狭い範囲であれこれ考えて決め付けないほうがいい場合もある
>「正解」にたどり着けなくても、そういう作業をする習慣があるのと無いのとでは連絡能力の発達がだいぶ違う。
そうですね。すぐに答えを出すと生理的にスッキリするように出来ているのか、割と決めつけたりしますよね。そうすると中身を掘り下げなくなるというか。私も何となく直観的にこうかな、って思った事や、誰かの意見で違う気がする、って思った事は「保留」にして、自分の生活や、社会の動向、その他の現象をじーっと観察する事にしています。経過観察も治療の内っていいますし。そうすると、何だか絶妙なタイミングで、これは極端だったな、とか、これは頭の中では成功したけどそのままだと実用性はなかったかも、っていうような事が起こるんですよね。ちゃんと教えてもらってる感じで。でもまだ受け取り方に歪みがあったりして、それで正解かどうかは分からない訳で。

>これが国とか民族とか地球人とかいった大規模なレベル(集合無意識レベル)でゴースト同士が連係プレー出来るようになると
地球が静止する日っていう映画の感想に、「血の汚さ」という地球人類の、最後の業を乗り越えるための努力、という言葉があったのですが、ゴースト同士の連携プレーが、大規模になれば、その映画で言えばゴートプログラム(ゴートとゴーストって似てる)という人類の自滅から地球と他の生命を救うという「共存できない人類だけ勝手に滅びて下さい」的な自滅プログラムの発動を停止させる事も可能であると。(妄想)
そうなれば、対立構図や、放置した原因を逆手に取られたり(傾向性の奴隷状態)、一見不規則に見えるものの奥に規則性を込めて誘導したり(テレビ)、そう言った中での、見せかけの自由意思から、本当の自由意思に基づいた世界が開けてくるのかも。だとすれば、スゴイコトニナル、と私も思います。で、割と、ゴーストと連携してる人っている気がします。うどん屋さんでも、放射能から身を守る方法を知恵を振り絞って考えてる人とか(笑)血にこだわる汚さをなぜだか楽に乗り越えている人々の思考のずっと奥に。

>自分のアニマ・アニムス
私は、AYAさんが前に書かれていたように、男性性と女性性は調和し連携して初めて真の可能性を発揮する、と思っているんですけど、それって具体的な性別という現象でもあるんですけど、そのスケールも形も、もっと柔軟なものだと思うんです。なので、今のテレビなんかの、結婚や子供を産まなきゃ人にあらず(平家にあらずんば人にあらず的な)みたいなプレッシャーは、違和感を感じるので、調べてみたら、金融担当大臣=「 新しい公共」担当=少子化対策担当なのだそうです。ほんと、タオコードの世界というか、性は本来、種全体を守ろうとする働きを持つ、それを矮小化して、貶めて、その反動を経済的な目論見で利用すると言うやり方。

地球の歌、聴かせてもらいました。私の膝で眠ってた雷にも知らん顔してる猫が、すごい反応してました(笑)

>サボテンさん
>成熟に必要な無意識の強いメッセージを逆に歪ませて、真の望みに気づかせない為に。

そうですね。かつては真の望みを叶えられぬ心を慰めるための、いわば望みの代替手段であった忠臣蔵。しかし真の望みを突き止め叶える力を得た今、なおもそれに依存させるのは発達(個性化)を抑圧するのは虐待といえます。

>すぐに答えを出すと生理的にスッキリするように出来ている
これ、わかります。確かにその方が効率的にみえますが、クオリティもその程度のものになってしまうことがあるんですよね。
ボジョレーヌーボーとじっくり寝かせた年代モノのワインぐらい差があります。

>見せかけの自由意思から、本当の自由意思に
スゴイデスネ

案外、「モテること」をステイタスとして追い求めることよりも草食化して己のアニマ・アニムスと対話し連携するような文化を人類が作り上げ、それが世界中に広まっているのも、ゴーストの仕業だったりして。

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