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2012年9月 8日 (土)

自我境界が未発達な国民性1

※以下の文章は全て個人の妄想です

若者に急増!「就活うつ」を防ぐ3つのヒント

1. 「今の気持ち」をカウンセラーにまるごと話す
2. 「オール・オア・ナッシング思考」を見直す
3. 自分を追い込まず、いったん休みを挟んでみる

以前書いたが、最近は就活うつがこじれて就活自殺が流行するご時勢になってるらしい。多分婚活うつも就活うつと同じ仕組みが働いている気がする。 どちらも外部からの評価に自分の存在価値や自尊心を依存しすぎた社会の弊害のような印象。
評価のために必死でスキルを磨いて働いてくれる人材は非常に利用価値として都合がいい。いわば「良質なポチ」だ。 人間や物事を目先の表面的な利用価値でしか見ることが出来なくなっていった社会は、良質なポチを量産したがる。良質なポチではない(利用価値が無い)ものを受け付けたくない。しかし、ポチばかりでは人材のバラエティーが偏り、社会の可能性が狭まる。挙句の果てに量産しすぎて売れ残って大暴落←今ここ
・・・社会そのものがそんなことでは、人間に不可欠な「幼少期からの正常な自尊心の発達」を邪魔されて自尊心を常に外部評価に依存する人間が量産されかねない。

◆自我境界と社会
オールorナッシング。社会や他者からの利用価値のみが全ての法になってしまえば、人間は自分のために生きるのではなく、利用価値を高めるためだけに生きる発想になってしまい、自分を尊重することさえ出来なくなる。
自分の命と人生と人格は利用価値(評価)のために存在するのであって、決して自分自身のために存在するものではなくなってしまう。即ち、「自分の存在や生き方は他人にとって価値があるが、自分にとっては価値が無い」という前提が当然のように支配する。これは自尊心と対極の発想で、自己否定だ。 自分の独自性も、それを尊ぶ心(=自尊心)も押し殺している。
この手の発想は、悪くすれば「利用価値の無い者は生きる価値も資格も無い」という方向へ発展しうることもあり、かなり危険(※)。

人間が無意識下でそんな前提のもとに社会を作り上げていったら、その社会に生まれた人間は自尊心を含む自我機能や自我境界(自分と社会や他人など『外の世界』とを識別する力)の発達に支障をきたしてしまいかねない。 「外の世界(他人や社会)から評価されることこそが自分個人の幸せ(=生きる価値)」とする価値観は、社会(外界)と自分との区別(境界)があいまいになってしまう。自分個人の生きる道を社会にとっての利用価値で代替しているので、社会と自我が同一化し混同されてしまう。 社会と混同された自我は簡単に社会に支配され独自性は押しつぶされる。
(良い子になろうとするあまり自分を押し殺しすぎるケースと似てる。社会を親に置き換えると・・・)

すると外界から容易に侵略されてしまう脆弱な自我になる。流されやすく操られやすい。自分自身の意見や思考・感情を持ったり、それを保ったりがしにくくなる(ゆえに成長が遅れる)。過激なイデオロギーや大衆ヒステリーやデマにも簡単に煽動される。洗脳されやすいからカルトにも簡単に引っかかる。 「他者からの利用価値のみが全ての法」という風潮にだって簡単に洗脳される。
(近代自我の発達てのは社会に対する自我境界をしっかり形成・発達させるってことなのかも)

◆「引きこもり」と「独裁者」
自我境界があいまいで損なわれやすい脆弱な自我は不安定で、不安定さはストレスになる。外界との境界(=己の輪郭)を保てない自我はまるで卵の中身だ。安定を保つために外界と自我を遮断する殻(卵)を作って内側に引きこもるか、安定を保つために自分が外界を侵略・支配して思い通りに操ろうとしてしまうことさえある。
いわば、「引きこもりor独裁者」という両極端。
(独裁者タイプはモンスタークレーマーやDVとかストーカーとか監禁事件とか物騒な方向に発展することも。思い通りではない鑑定結果を出した占い師が独裁者タイプの客に逆恨みされるケースも多い)。
(因みに特定の作業や遊びや妄想に周囲が見えなくなるほどハマって過集中するのも一種の脳内引きこもりを目的にしているケースは多い)

引きこもりor独裁者。この場合に発生した「自己中」と呼ばれる状態には、外界を遮断してしまったために周囲(外界)に気づかずうっかりそうなってしまうものと、外界を侵略・支配した結果そうなるものとがある気がする。どちらも、「自分を守った結果」だ。 一人の人間の中に2つのタイプが同居していることもある。
ついでに、最近増えた「キレる」という現象も防御反応的な要素でそうなったケースありそう。自我境界がうまく作れないために外界の影響を受けすぎて、自我(または自我防御)を損なわれたことに怒って癇癪が破裂した感じ。 引きこもりは卵の環境を壊されればキレやすく、独裁者は侵略・支配したはずの物事や相手が実は独自性を持っていて、自分の思い通りに動かないとキレやすくなる。いわばパニックと紙一重。

日本は「他者からの利用価値のみが全ての法」となる傾向が強まってるように感じる。それで自尊心や自我境界に支障をきたしている人が増えた感じがする。近代自我も未発達だ。 あまりひどいと社会自体が一種の発達障害みたいになりかねない。
自我を発達させることと自己中(エゴイズム)はイコールじゃない。日本人には日本人独特の精神性を生かした自我発達があっていいはずだ。ロングスパンで独自の発達キャリアがあっていいはずだ。

◆卵の孵化
「卵」の中身は自ら形を保つことが出来ない。殻が無ければ形の境界(輪郭)が無いからどこまでも流れ出して周囲に染み込み周囲を卵色にして自分と周囲の見分けをつかなくしてしまう(侵略)。あるいは周囲の影響を受けて無意識下にある自分本来の意図とは異なる変形をしたり、都合の良い形に変形されてしまう(ポチ)。
では卵の中身自体が自分の形を保てるようになるにはどうするかというと、孵化すること。卵の殻は外から破壊するのではなく、孵化によって内側から自分で破壊するもの。殻を破る力は己の形を生かす力。
孵化の例えをヒント3番の「自分を追い込まず、いったん休みを挟んでみる」に当てはめると、外界の評価(内定)と自尊心を混同し自我境界を見失った卵の中身を、「一度就活(=外界)から離れてゆっくり休み、頭の中をからっぽに」することで卵の中身を殻の中に一度入れなおして再度孵化を試みる方法でもある。休みの時間は、いわば孵化までの時間。孵化時間をいったん挟んでみる発想。孵化できれば、外界の評価とは無関係に独自の自尊心(心の安定)を保ち、それを自分のために生かすことができる。
いわば「独自の自尊心(と、それに基づく思考・判断・言動の能力)を持つ自分」が孵化する。
(もはや社会現象化しているニート・引きこもりといった卵も、やがて孵化出来ればこの上ない。卵の運命は孵化だ。)
(裏技的だが、『孵化に適した環境の職場・職業を選ぶ』という発想もアリかもしれない)

卵はやがて、自ら殻を破り孵化する。雛から鳥に発達していき、そのうち大空を羽ばたく。
独特の形を持つその羽ばたきは、それだけで己の可能性と社会の可能性を広げる。
社会も自分も、卵の孵化を妨げてはいけない。

ある時、卵色の不恰好なポチが言うかもしれない。
「僕、犬になろうとしてたけど本当は鳥だったみたい」

・・・ええと、もとは何の話だっけ?


この発想が社会の無意識下に存在しているがゆえに、若者達がホームレスを「利用価値の無い者(尊ぶ・尊ばれる価値のない命)」と見なして殴り殺す事件が起きたのかもしれない。ホームレスを面白半分に殺した彼らは、「ホームレスになら何をしても許される」と思っていたとのこと(事件の記事)。

自我境界が未発達な国民性2
就活自殺の増加に思うこと
「必要とされる」必要がない
村上春樹のスピーチ
人間を楽器に例えた恋の話

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