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2012年9月25日 (火)

未曾有の刺激

予言とカタルシス願望1」「予言とカタルシス願望2」という記事を書いたのは今から5年も前のこと。その当時すでに「マヤの予言」はオカルトファンの間で流行していた。そして今はその予言が示した2012年。地球規模で地殻変動が活発化したせいもあり、かなり盛り上がっている。予言の結末は「人類滅亡」の他に、「アセンションする」「救世主が来る」「友好的宇宙人が来る」「新しい時代が始まる」とか色んなバリエーションがあり、予言を信じる人にもそれぞれ好みの結末があるようだ。

私も子供時代から妄想好きのオカルトマニアとして「ノストラダムスの予言」が終わった後も決して衰えない予言ブームを見つめてきた。そして今、ふと思うことがある。
刺激的な予言や刺激的な現象によって、今まで退屈だった世界が信じられないような未曾有の大激変を起こし、今までには考えられなかったことが当たり前のように存在する未曾有の可能性に満ちた面白く刺激的な世界になっていくことを夢見てあこがれる人々が予言好きやオカルト好き(一部スピリチュアル好きに)は多い印象がある。それはいわば「オカルト」という人知を超えた信じられないほど摩訶不思議なものに「未曾有の刺激」を期待し投影する心理かもしれない、と。

この「未曾有の刺激」、言うなればお腹の中とベッドの中しか知らなかった赤ん坊がその人生史上生まれて初めて外界の刺激に触れて大いに感動し、その刺激と感動が脳と心の発達(=未来の可能性)に劇的な効果を生み出すほど素晴らしいもので、本能的に手を叩いてキャッキャと喜んでいる時の感情・感覚と似ているかもしれない。
赤ん坊が初めて「外界」と遭遇し、そこから良い刺激を得る。それは赤ん坊の世界からみれば、信じられないような人知を超えた奇跡が起きたようなもの(これも個性化の一種)。まさに「想定外」。
従来の「胎内orベッド」という狭い世界は崩壊し、まさに世界が革命されたといっても過言ではない。
この感覚・感情を今のネットスラングにすれば、「うはwwwテンション上がってきたwwww」だとか、
「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」などをはるかに超えるかも。
(悟りを開いた人もそういう気分になっただろうか?グノーシス主義の世界なら『救済』にそれが投影されてる?)

赤ん坊にとって「外界から訪れた感動すべき未曾有の刺激」はオカルト的に例えると「大予言的中」とか「UFO着陸」とか「友好的宇宙人との公式接触と地球文明の飛躍的進歩や宇宙開港」等に匹敵する。それがあるのとないのとでは、未来が大きく異なるほど。
そんな「未曾有の刺激」に飢え求める心が、超常現象といういわば「もし発生すれば未曾有の刺激的な事態と可能性」を引き起こすものに投影され、それ(超常現象)に対する興味や関心、期待感を作り出すことは十分にありうる話だと思う(オカルトより恋愛に投影されるケースの方が多いだろうが)。

赤ん坊が手を叩いて喜ぶ時に匹敵する感動(刺激)というのは、それ自体が人生の宝物と言える。人間はいつになっても無意識にそれを求めているのかもしれない。
そして、例えば何らかの理由で赤ん坊時代や幼少期に適切な(良質の)外界刺激を十分に得られなかったり、何らかの理由で今までは自分の殻に閉じこもって外の世界には関心を払わない(むしろ拒絶し締め出す)生き方をしていたり、常に一つの分野(ないし狭い範囲)にだけ強く集中・没頭する生き方をしてきたタイプの人、すなわち外界からの刺激が少なかったか意図的に減らしていた人もこういう刺激欲求が発生することがあるのだろうか? 表面的には外部の刺激を煩わしいと思う反面、無意識は刺激に飢えていた、なんてことはあるだろうか?
(オタクや研究者、一部の芸術家等にもこういうタイプ多そう)

また、今まで自分の個性や能力・感性・可能性の大部分を気付かずに生きてきた人が無意識にそれらに気付きたいと思うようになると、そのことを象徴するかのように「未曾有の刺激(感動)」を求めるようになるかもしれない。
そして実際に「気付いた」時は、まさに未曾有の刺激と感動を味わうだろう。

赤ん坊の頃、多くが一度は体験したことのある無意識に手を叩くほど感動的な未曾有の刺激。人間が何歳になってもそんな刺激を欲する本能を持っているとすれば、それは人間が何歳になってもそのような感動を味わえる生き物だという証拠になる。「今更」なんてことや、「手遅れ」なんてことは一つも無いのだろう。それは永遠に続く発達と進化の本能であり、永遠の能力だから。
例え超常現象が体験できなくても、予言が実現しなくても、そこに投影した感動的な願いはきっと叶う。
自分の人生を変えていく力は、自分の中にこそあるのだから。内奥に秘められた、自分だけの発達の種に。種から咲くのは、あなたにしか分からない宝の花。

【余談】
「未曾有の刺激」を求める欲求を涼宮ハルヒはとても分かりやすく表現した気がする。
曰く、「この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
(作中ではキョンの存在がハルヒに未曾有の刺激をもたらしていることは言うまでも無い、本人は無自覚だが。)
主人公のキャラ設定、ないし作者自身。どちらかが上に挙げた例に近い背景を持っているのかもしれない。
一夜にして社会がガラリと変わることは稀だが、一個人の人生がそうなる可能性はそれより高い。自分の人生を創ってる運気が大きく変わることは割とあるからだ。
人生を変えたり閉塞感を打開したいなら、外の世界(社会)が大きく変わることに期待するよりも、自分の運勢(人生)を創ってる自分の内面を変えていく方が早い。外の世界が大きく変化することで人生を変えようとすると、自分の閉塞感に合わせて世界を変えなきゃいけなくなる。それこそ超人的な宇宙人や未来人を求めたくもなるが、自分の内面に刺激を与えて変化を促す方法なら外の世界に大変革をもたらす未曽有な事件や未曽有な人材を待つまでもない。内面変化を促す刺激との出会いは、ごくありふれた物事からごくありふれた形で、しかし未曽有に発生する。ハルヒにとってのキョン、キョンにとってのハルヒがまさにそれ。


【オマケ】
未知との遭遇」(1977)より。

終末予言の終末

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コメント

こんにちは。
面白い記事ですね。そう言えば私も子供の頃、友達からノストラダムスの予言を聞いたような。私的には、なんだかよく分からない恐怖の大王より、その時一緒に聞いた中性子爆弾のイメージの方が残っています。
予言って、医者の診断も、一種の予言と言えば予言ですよね。根拠があっても、相手が結果しか見えていない場合は、手品の種が分からないのと一緒で、不思議な力というような見方をする場合が多いですね。
私が興味深いと思うのは、直観や抽象的で曖昧なものは科学的、論理的に追求し、逆に具体的で科学的なものは直観や抽象的なものに照らし合わせてみるような作業なんです。そうすると、右目と左目とが揃うみたいに現象に奥行きが出て実態の把握が格段に上がると思うんです。

赤ん坊と胎盤って、宇宙人とUFOに似てませんか?(笑)ips細胞って時々テレビでもやってますが、あれは生命誕生の瞬間を模倣したもので、あらゆる体細胞に分化できる能力を持ちながら、まだ未分化の状態を再現する事で作らるそうです。それが万能細胞と言われるように、分化されて、その部分が黒く塗りつぶされ見えなくなる(機能が分化して特化する為に必要)前に、一時的に人は、万物を見通した状態になるんですよね。(オカルトでよく見るピラミッドに目)で、母親から産まれてくる際には胎児はちゃんと頷くんだそうですよ。それを合図に母親は出産体制に入り(頷かないと難産になる)、生れ「落ちて」くる訳です。生まれた赤ん坊を見ていても、よく見ると、赤ん坊が母親に指示してませんか?(笑)
赤ん坊はよく、ホワイトノイズ(滝の音とか)で泣きやむって言いますが、ホワイトノイズって図形にするなら曼荼羅らしくて、曼荼羅って仏の悟りや、言葉で表現できない宇宙だと言われてますよね。つまり、赤ん坊は、毎度おなじみのそこからやってきて(妄想)、やがて、体内で自己を分化したように今度は、成長するに従い自己と他者を分けていく。いないいないバーで喜ぶようになるのもそのような仕組みとか。
未分化から分化していくのは、種から根や枝葉に分かれて、又最終的に種という根も枝葉もない全体的なものになるサイクルとも類似してますよね。
なので、私の感想としては、眠れる赤ん坊を忘れなければ手を叩く程の刺激に感動しながら「永遠」に続く発達と進化の能力を発揮する事ができると。それが、毎度おなじみでありながら、「未曾有」の刺激となり、願いを込めた未知との遭遇でもある。(妄想)

>サボテンさん
面白いコメントありがとうございます。

>あらゆる体細胞に分化できる能力を持ちながら、まだ未分化の状態

これ、タロットでいうならまさしく「愚者」なんですね。0番のカード。
そして、このカードが象徴しているものは、生命が肉体化していく最初のスタート地点。つまり、セルフの段階なんです。馬車に乗る前のオーナーを示すもの。
(ちなみに目的地に着いたオーナーは世界のカード)
そして、御者(自我)はオーナーの一部。オーナーが「自ら」の一部を「分けて」作ったもの(=自分)。
馬車の車体(=肉体)も同様です。車体はまさに肉体次元のセルフともいえるIPS細胞が分かれて作られました。

そしてセルフのシンボルとしてよく取り上げられるモチーフが、なんと曼荼羅やUFOなんですね。だからサボテンさんの話は無意識に的を射ているように感じます。曼荼羅やIPS細胞やUFOというものに無意識にセルフを連想してるようです。
そしてホワイトノイズは、セルフを音で象徴的に表現したものかもしれません。

ここでも、「セルフ(オーナー)を忘れない」ということが重要な意味を持つのかもしれません。オーナーの指示に従って馬車旅行をすれば、その旅は手を叩くほどの「未曾有の刺激」に満ちたすばらしい体験になるはずです(赤ん坊のいないいないバアは旅の初期で起きる刺激ですね)。
その体験を通して、「私達=セルフ(自我も無意識も本能も、心全てを含めたもの)」は、一回り大きく成長する(進化する)のでしょう。
それがまた、次の旅を始める「IPS細胞」(種)につながっていきます。

>曼荼羅やIPS細胞やUFOというものに無意識にセルフを連想してるようです
面白いですねー。
IPS細胞、ノーベル賞とかってやってましたね。
私は、どちらかというと生命の神秘が全ての人間や他の生物にも共通して内蔵されていることを客観的に知ることができるという点でIPS細胞って分かりやすいな、って思ってて、その自然な仕組みにセルフを連想しているのだといいな、って思います。バイオテクノロジーは、正当な経過とか順番とかそういった時間の法則をいじってる感じもするので(そうすると別の所にしわ寄せが来るので)ヒポクラテスの言った「人間は誰でも身体の中に100人の名医を持つ」っていう方がしっくりくるのですけど、現代は極端化しているので、身体の中の名医も働けない状況かもしれませんね。
曼荼羅は、ユング心理学でも重要なキーワードなんですよね?臨床の現場で患者が治療する過程で描いたそうな。曼荼羅、ホワイトノイズは、自己治癒力最大の状態だそうです。

>目的地に着いたオーナーは世界のカード
世界のカード番号は21ですよね。今は21世紀で、この間のロンドンオリンピックも2012.7.27=21。世界のカードの意味は、wikiを参照にしてる位ですけど、宇宙という意味も含むとあり、他にも色々興味深いです。

自我境界について読ませてもらいました。
私はごく個人的な考えにすぎませんけど、例えば尖閣にしても、それまでまあ、曖昧に過ごしてきたものが、急にどっちのものか境界をハッキリさせなきゃならない的な動きになったように見えました。その点ではAYAさんと味方が逆ですね。今の世界は、年齢、学歴、経済状況、能力など分化がどんどん進んでてそれぞれの枠で自己閉鎖的になってるのを利用して、それを超えて目的を一つにする例えば多国籍企業やそう言ったものに、生活と直結する経済活動などで既にとうの昔に完全に内部は破壊され支配されている(逆に言うと、このやり方を理解すれば一方的な支配力から逃れる事もできる)と思えるのです。(栄養を吸い取られて中身のないみの虫状態)後は、国境をネタにやるしかない位で。
で、妄想的には、そういうのもある程度予定表があるような。例えば、東京タワーとスカイツリーも、東京タワー333m=3×3×3=27、スカイツリー634m=6×3×4=72。見事に反転というか陰陽的というか。因みに第一次世界大戦から第二次世界大戦までの期間は、27年。来年は、第二次世界大戦から72年後。見事に反転する訳ですね。で、世界大戦を開始した年は、その年を合わせると過去二回どちらも6から始まっているので、もう一つ6が揃うと666。ヨハネじゃないですけど国境より知恵がないと乗り越えられない世界に突入かとオスプレイなんか見てると思うんですけど。(完全にオカルト的なので読み流して下さい)

>サボテンさん
iPS細胞、ノーベル賞とりましたね。なんだか意味深。あの細胞は、生命の神秘(神)を連想させる(=神を象徴している)という感覚、私にもあります。
今やオーナーとのつながりを失った人間があの細胞(神=オーナーの象徴)をエゴの都合でエゴイスティックに使わないことを祈りたいです。御者がオーナーのものを所有しようとしたら「パエトーン」の二の舞ですから。

ホワイトノイズも自己治癒力最大の状態というのは面白いですね。というのも、ノイズ(音)というのはつまり波動のことですが、現代はその波動の原理を利用した医療が実用化されてます(特にドイツ)。胡散臭いオカルト話みたいに聞こえるんですが、日本でもそういう治療をする場所が少しずつ出てきて、私もその治療のお世話になってます。
簡単な解説→http://mikiko-clinic.com/integrated-care/d-a-4.php
要するに体には「健康(正常)な時の固有周波数」ってのがあり、特殊な機会でその周波数にチューニングするんですね。ウソみたいな話ですけど私には効くみたいなので気に入ってます。
そんなこともあり、「ホワイトノイズ」という音(波動)が治癒能力と関係してるというのは個人的に面白い話でした。

それから一連の「7と2の符号」の件について。五行で見ると7と2は共に火の数字です。7と2の合計9はヒンドゥー数霊術だと火星の数字。やはり火。そこで妄想したんですが、一連の「7と2の符号」は、我々が生きてきた「火の時代」と関係してるような気がするんですよね。
火(および火星)は戦いとか怒りとか情熱とか男性性といった意味があります。地母神とは異なる男性的な豊かさの獲得法は即ち「戦って勝ち取る」こと。決して「生み出すこと」ではない。戦って勝ち取ることへの情熱が暴走して戦争になる。奪い合い(戦い)は怒りを生む。
本当は男性性と女性性は調和し連携して初めて真の可能性を発揮するんですが、その可能性にはそっぽを向いて地母神を封印した男性性一辺倒の文明は、どうしたってどこかで奪い合いをするしかなくなる(戦争に限らない)。現代文明もそういうタイプの文明で、その発祥地は産業革命を起こしたロンドンです。
開会式に産業革命を演出したロンドン五輪、WW1とWW2、東京タワー、スカイツリー。これらが象徴するものすべてに「火」が共通してるのは意味深です。
http://aya-uranai.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-5d27.html

そういった今までの人類の営みを示すキーワードが戦いの「火」であれば、それを解決するのが調和を意味する数字「6」です。これは別名愛の数字とも言われてます。男性性と女性性の調和と連携もまた愛。6は金星の数字で、金星が恋愛を司る星とされるのもここから来てます。

また、「スタンドプレーから生まれるチームワーク(和)」も6です。で、スタンドプレーから生まれるチームワークというのは、各人が己の自我境界をしっかり持って自分の輪郭(=自分固有の姿)を生かさないと成立しません。スタンドプレーには不可欠。
いわば、それぞれ独特の音(固有周波数・波動)を持った色んな楽器達が集まって己を生かすことで自然と合奏が生まれていくようなものです。合奏は自分の楽器音(およびパート)と他人の楽器音を聞き分けることが不可欠で、コレが即ち自我境界・自他分類になります。
その合奏には「支配者(指揮者)」がいません。楽器たち自身の持つ「己を生かす本能」そのものが、指揮者のような働きをします。指揮者は一人一人の中にいる。「和」ってそういうこと。

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