« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月

2012年9月27日 (木)

安倍晋三氏占ってみた

自民総裁選:安倍晋三元首相が新総裁に

【動画版】

【文章版】
以下、趣味で使ってる占星術ソフト「アストロロギア」より。鑑定結果が捏造ではないことを示すため、ソフトの原文ママ。

木星と海王星が非常に強いスクェア
発展と夢幻のあいだの緊張。理想と現実のあいだにギャップが生じ、計画を見直さなければならなくなる世代。個人的意味は、空想の暴走。放恣な想像力を建設的な方向に生かせれば吉。
(何かに一度のめりこむと我を忘れて傾倒し、頑固になるタイプ。自分も煽動されやすく自己暗示にかかりやすいことも)

太陽と天王星が非常に強いセクスタイル
活力と独創性の調和。新分野で精力的に活躍できる才能ないしは素質を持っている。新商品の開発や広告業など、豊かな発想力を必要とする分野に適性。行動にはユニークな面があり、しかも偏屈ではない。おもしろいやつとして好感を持たれる。

金星と火星が非常に強いセクスタイル
積極的で野心的だが、品位があり、正々堂々と物事に立ち向かう。ロマンスに関しては発展家。情熱的な恋愛によって生き生きと輝く。

海王星と冥王星が非常に強いセクスタイル
信じられないような夢をもたらす世代。終戦直後の1940年代後半、および1960年代にもこの角度ができている。

月と水星が非常に強いスクェア
神経質で移り気。情緒不安定。イライラしやすい。実際に感じることと表現することとのあいだにギャップがある。虚言癖、または、生まれ育った環境のせいで気持ちを素直に表現できない。行動にも気紛れで軽はずみな要素あり。知的好奇心は旺盛だが、飽きっぽく、物事を表面的にしか理解しない傾向あり。

木星と天王星が強い合
約14年に1度できる世代的座相。高邁な精神に基づいて社会を変革しようというエネルギーを持つ。高い意識を持ち自由と独立を愛するが、進歩思想に対する盲信傾向があり、新興宗教などに傾倒しやすい
(実はお父さんの代から統一教会や創価学会と縁が深いお父さんの影響はどの程度? 宗教右派とのつながりに関しては言うまでもない)

天王星と海王星がスクェア
平均すると半世紀に1度ほど生じる世代的座相。不透明なビジョンにもとづく性急な変革を暗示。

太陽と木星がセクスタイル
活力と発展の調和。勢い良く、どこまでも伸びてゆくことができる星回り。精神的には高潔で、寛大。王者のような貫禄がある。

火星と土星がごく弱いセクスタイル
情熱と地道な努力の調和。野心的、意欲的で勇気があり、しかも腰を据えてじっくりと努力を続ける集中力と持続力もある。人生において成功するタイプだが、雰囲気は陰気で、冷たい感じを与えやすい。

水星と海王星がごく弱い合
吉角・凶角両方の意味を併せ持つが、吉意が強い。未来に対して美しい夢を描き、それをはっきりと表現してゆく。芸術分野においては、幻想的で詩情あふれる表現力を持つ。ただし、やや耽美的、自己陶酔的で、押しつけがましいところあり。抽象的な学問分野にも適性。言葉で説明するとややこしくなる複雑な事柄を、イメージとして直観的に把握できる。
(パフォーマンスやプロパガンダに長けた政治家?)

月と金星がごく弱いトライン
感受性と美の調和。美的センスに優れ、柔軟で寛容。まろやかな優しい性格。優雅を好み、争いを嫌う。恋愛運にも恵まれる。

水星と木星がごく弱いスクェア
頭はいいが、どちらかというとずる賢い。おしゃべり。噂話などをととめどなくしゃべりまくる。物事を綿密に検討するのが苦手。いい加減な判断や楽観から窮地に追い込まれる。うかつな人物。もっと慎重になるべし。

金星と土星がごく弱い合
見た目はぱっとしないが、内面の深い美しさを持つ。多少屈折している。恋愛においても美的な分野においても、不器用だがまじめで誠実。地道に努力する。フットワークが重く、あまりにいちずなので、試練にあいやすい。鈍重でややアクがある。あかぬけない「ださい人」として悪い意味で目立つことも。でも、そんなあなたの、芯のある、内面の美しさに気づく人がいるでしょう。

【ヒンドゥー数霊術】
運命数4 霊数3 今生のテーマは「満足」と「無私の奉仕」。根はとても真面目な人が、夢見がちゆえの完璧主義、理想主義に傾倒すると現実的な判断ができにくいかもしれない。現実的なレベルで満足できず(現実を受け入れることが出来ず)落としどころを探りにくくもなる。完璧主義になると期待した通りの見返りや成果が出せない相手にイラつくことも?
自分が政治の世界や社会に投影していた「理想の夢」や「完璧なもの」の正体が何かを見極めるべし。個人的な夢や理想やロマンを追求するあまり公私混同して周囲を振り回さない注意。また、おだてられたり煽動・洗脳されやすい面もあり、大衆心理を支持集めの道具として利用するはずだったのに自分まで共同幻想にはまる恐れもある。
そうなると、彼を利用したがる人間の思うつぼ。

2012年9月25日 (火)

未曾有の刺激

予言とカタルシス願望1」「予言とカタルシス願望2」という記事を書いたのは今から5年も前のこと。その当時すでに「マヤの予言」はオカルトファンの間で流行していた。そして今はその予言が示した2012年。地球規模で地殻変動が活発化したせいもあり、かなり盛り上がっている。予言の結末は「人類滅亡」の他に、「アセンションする」「救世主が来る」「友好的宇宙人が来る」「新しい時代が始まる」とか色んなバリエーションがあり、予言を信じる人にもそれぞれ好みの結末があるようだ。

私も子供時代から妄想好きのオカルトマニアとして「ノストラダムスの予言」が終わった後も決して衰えない予言ブームを見つめてきた。そして今、ふと思うことがある。
刺激的な予言や刺激的な現象によって、今まで退屈だった世界が信じられないような未曾有の大激変を起こし、今までには考えられなかったことが当たり前のように存在する未曾有の可能性に満ちた面白く刺激的な世界になっていくことを夢見てあこがれる人々が予言好きやオカルト好き(一部スピリチュアル好きに)は多い印象がある。それはいわば「オカルト」という人知を超えた信じられないほど摩訶不思議なものに「未曾有の刺激」を期待し投影する心理かもしれない、と。

この「未曾有の刺激」、言うなればお腹の中とベッドの中しか知らなかった赤ん坊がその人生史上生まれて初めて外界の刺激に触れて大いに感動し、その刺激と感動が脳と心の発達(=未来の可能性)に劇的な効果を生み出すほど素晴らしいもので、本能的に手を叩いてキャッキャと喜んでいる時の感情・感覚と似ているかもしれない。
赤ん坊が初めて「外界」と遭遇し、そこから良い刺激を得る。それは赤ん坊の世界からみれば、信じられないような人知を超えた奇跡が起きたようなもの(これも個性化の一種)。まさに「想定外」。
従来の「胎内orベッド」という狭い世界は崩壊し、まさに世界が革命されたといっても過言ではない。
この感覚・感情を今のネットスラングにすれば、「うはwwwテンション上がってきたwwww」だとか、
「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」などをはるかに超えるかも。
(悟りを開いた人もそういう気分になっただろうか?グノーシス主義の世界なら『救済』にそれが投影されてる?)

赤ん坊にとって「外界から訪れた感動すべき未曾有の刺激」はオカルト的に例えると「大予言的中」とか「UFO着陸」とか「友好的宇宙人との公式接触と地球文明の飛躍的進歩や宇宙開港」等に匹敵する。それがあるのとないのとでは、未来が大きく異なるほど。
そんな「未曾有の刺激」に飢え求める心が、超常現象といういわば「もし発生すれば未曾有の刺激的な事態と可能性」を引き起こすものに投影され、それ(超常現象)に対する興味や関心、期待感を作り出すことは十分にありうる話だと思う(オカルトより恋愛に投影されるケースの方が多いだろうが)。

赤ん坊が手を叩いて喜ぶ時に匹敵する感動(刺激)というのは、それ自体が人生の宝物と言える。人間はいつになっても無意識にそれを求めているのかもしれない。
そして、例えば何らかの理由で赤ん坊時代や幼少期に適切な(良質の)外界刺激を十分に得られなかったり、何らかの理由で今までは自分の殻に閉じこもって外の世界には関心を払わない(むしろ拒絶し締め出す)生き方をしていたり、常に一つの分野(ないし狭い範囲)にだけ強く集中・没頭する生き方をしてきたタイプの人、すなわち外界からの刺激が少なかったか意図的に減らしていた人もこういう刺激欲求が発生することがあるのだろうか? 表面的には外部の刺激を煩わしいと思う反面、無意識は刺激に飢えていた、なんてことはあるだろうか?
(オタクや研究者、一部の芸術家等にもこういうタイプ多そう)

また、今まで自分の個性や能力・感性・可能性の大部分を気付かずに生きてきた人が無意識にそれらに気付きたいと思うようになると、そのことを象徴するかのように「未曾有の刺激(感動)」を求めるようになるかもしれない。
そして実際に「気付いた」時は、まさに未曾有の刺激と感動を味わうだろう。

赤ん坊の頃、多くが一度は体験したことのある無意識に手を叩くほど感動的な未曾有の刺激。人間が何歳になってもそんな刺激を欲する本能を持っているとすれば、それは人間が何歳になってもそのような感動を味わえる生き物だという証拠になる。「今更」なんてことや、「手遅れ」なんてことは一つも無いのだろう。それは永遠に続く発達と進化の本能であり、永遠の能力だから。
例え超常現象が体験できなくても、予言が実現しなくても、そこに投影した感動的な願いはきっと叶う。
自分の人生を変えていく力は、自分の中にこそあるのだから。内奥に秘められた、自分だけの発達の種に。種から咲くのは、あなたにしか分からない宝の花。

【余談】
「未曾有の刺激」を求める欲求を涼宮ハルヒはとても分かりやすく表現した気がする。
曰く、「この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
(作中ではキョンの存在がハルヒに未曾有の刺激をもたらしていることは言うまでも無い、本人は無自覚だが。)
主人公のキャラ設定、ないし作者自身。どちらかが上に挙げた例に近い背景を持っているのかもしれない。
一夜にして社会がガラリと変わることは稀だが、一個人の人生がそうなる可能性はそれより高い。自分の人生を創ってる運気が大きく変わることは割とあるからだ。
人生を変えたり閉塞感を打開したいなら、外の世界(社会)が大きく変わることに期待するよりも、自分の運勢(人生)を創ってる自分の内面を変えていく方が早い。外の世界が大きく変化することで人生を変えようとすると、自分の閉塞感に合わせて世界を変えなきゃいけなくなる。それこそ超人的な宇宙人や未来人を求めたくもなるが、自分の内面に刺激を与えて変化を促す方法なら外の世界に大変革をもたらす未曽有な事件や未曽有な人材を待つまでもない。内面変化を促す刺激との出会いは、ごくありふれた物事からごくありふれた形で、しかし未曽有に発生する。ハルヒにとってのキョン、キョンにとってのハルヒがまさにそれ。


【オマケ】
未知との遭遇」(1977)より。

終末予言の終末

2012年9月16日 (日)

暗示を抜け出そうとする潮流?

中国反日デモ、暴徒化拡大=日系企業に放火、略奪-30都市、72年以降最大に

日本政府による沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)の国有化に抗議する反日デモは15日午後も中国各地で続き、一部で暴徒化して日系工場が放火され、百貨店やスーパーが襲撃されるなど大きな被害が出た。日本大使館前のデモ参加者が2万人以上となった首都北京をはじめ、デモが展開された都市は30以上に広がり参加者は7万人に達し、1972年の日中国交正常化以降で最大規模に拡大したもよう。
 中国各地では、柳条湖事件(満州事変の発端)から81年を迎える18日を前に、16日以降も激しいデモが続く恐れがある。日中関係のさらなる緊迫化は避けられそうにない情勢だ。

◆投影された本当の怒りは何?
おそらく、今起きてる中国のコレと似たような現象が既に日本で起きている。
まず、日本では七夕シーズンに大津イジメ事件をきっかけにした大衆ヒステリーが爆発した。ネットや電話を使った各種嫌がらせはいかにも「日本人的な暴徒」だと思うw しかも教育長への「松の廊下」付き。
長い間歴史的に日本人(日本列島に住む人々)を縛り支配してきた「泣き寝入り暗示」。
大津イジメ事件を日本人が知ったとき、事件や加害者達にその嫌な暗示が投影され、それをきっかけに暗示が長年蓄積させてきた日本人の無意識の怒りが爆発。
方や憂さ晴らしを求め「イジメ加害者への天誅」という大義名分の下、関係者・無関係者を問わず嫌がらせを繰り返し暴れた暴徒。方や泣き寝入りをさせない環境への変化を求め文科省を動かしてイジメ調査のありかたを見直させることに成功した(=社会を暗示から少しずつ解放させる一歩を踏み出せた)大衆世論。
どちらも同じ日本国民の裏と表の姿だ。 (詳細

次は、日本で起きたのと同じ運気が国民性に合わせ形を変えて中国でも発生している(妄想)。
では、長い間歴史的に中国人(いわゆる中国大陸エリアに住む人々)を縛り支配してきた暗示は何だろう? 現地の人々が怒りを爆発させる物事にその暗示の特徴が象徴的に表されている。
その暗示が長年蓄積させてきた無意識の怒りを尖閣問題を機に人々が爆発させる現象は以前からたびたびあり、今回は爆発力がパワーアップした感じ。怒りを小分けにして爆発することを繰り返してたら、何かヒートアップしてきた?
言うまでも無く、中国の人々が本当に怒ってるのは日本でも尖閣問題でもない。そこに象徴的に投影された何かだ。何だろう?
やがて自分達を怒りに駆り立てる本当の正体(=投影の正体)に気付き、そこに意識が向かった時、もはや彼らが日系企業や日本製品、日本人を攻撃することはなくなるだろう。

◆暗示と怒りから抜け出すために
怒って暴徒化するだけでは問題(暗示)は解決しないし怒りは収まらない。大事なのは世論化。ただの憂さ晴らし暴徒化から卒業して、問題の改善・解決を目指した世論化に向かうことで社会を嫌な暗示から少しでも解放していくのだ。人々を支配し縛る嫌な暗示が嫌な歴史や嫌な社会を作ってしまい、人々を苦しめるのだ。
歴史や社会を作るのは人間達だから、人間達が暗示から抜け出して変わればいいのだ。そうすれば歴史も社会も変えていける。
人間達が暗示に支配された状態から変われないままいくら天安門に集まってみても、変革の運気は弱く不十分だったかもしれない。圧政と腐敗に苦しむ人々の怒りは、その圧政者と似たようなタイプの独裁者達が政権をとるための反乱に利用されるだけで、圧政や腐敗そのものが消え去ることはなかった。たとえ最初は崇高な信念の元に立ち上がった反乱者達も、最後は独裁と腐敗の巣窟と化す。結局、圧政と腐敗の主導が別の者達に代わるだけ。そんな歴史を何度も繰り返してきた中国。いつも反乱に利用されてはポイ捨ての民衆達は、夢を見させられて騙され暗示にかり、最後は裏切られて幻滅することの繰り返し。

その国やその民族が集合無意識規模で問題(暗示)を自覚し、それを解く。そこから己を解放する。オセロの黒が一点をきっかけに少しずつ白になっていくように。
そういう潮流を起こすことは、例えどんなに小さな規模でもとても意味のあることだと思う。
その潮流は日本や中国だけじゃなく、イスラム世界やキリスト教世界でも、別の形で発生しつつあるような気がする(前記事参照)。

集合無意識のうねりは、広く遠く広がる。海が1つにつながって遠くまでうねりを伝えるように、集合無意識も遠くまでうねりを伝える。


【オマケ】
占星術をする人の間では割と多くの人が17~19日を現状のピークないしターニングポイントと見てる。それ以降は次の段階、次のステージへ行けるといいな(妄想)。

あと気になるのは9月末~10月1日のシーズン。今年はこのシーズンに中秋節と国慶節、それに満月が重なる。この頃に、うまくいけば何らかの世論化の芽が生まれるかもしれないと期待。政府は芽を抑圧しようとするだろうが、今はネットもあるし、数億もいる人の口に戸は立てられない。
民主化意識が中国本土より発達している「香港」という土地(土地柄)も、何か力になるかもしれない。あそこは中国大陸南部を横断する巨大な龍脈「南龍」の終点にしてパワースポット(龍穴)だから風水を味方につけることも出来る気がする(妄想)。
(9月18日追記:香港紙がデモの変化を真っ先に報道

本土で今回の反日爆発が起きる直前に、香港は中国政府の愛国教育必修化(=圧力)を跳ね除けた。時を同じくして北京を職場とする習近平氏の様子がおかしいと囁かれはじめたのが意味深。
南龍が動くと反動で北龍(北京を通り朝鮮半島を縦断する龍脈)も動き、その土地にあるものの運気を変えることがある(例:南龍のチベット騒乱、翌年北龍のウイグル騒乱) 。

習近平氏占ってみた
共同幻想から自己を取り戻せ?

オフレコ:
国内の不満や注意を外に逸らせることが出来るので、尖閣とか竹島って意外と好都合なネタかもしれない。日本政府にとっても、あちらの政府にとっても。(案外打ちあわs・・・げふげふ)
日本が今、国内の注意(不満)を外に逸らせている隙にやってしまいたい事があるとしたら、オスプレイの件とかコレとか? 原発は2030年代に稼働ゼロをめざすとか言ってた矢先。
反日暴動真っ最中の時期に都内の路上で急死してしまわれた西宮中国大使、彼は何か知っていたのかもしれない。

2012年9月13日 (木)

米領事館襲撃事件と奇妙な偶然?

今回はチリとNZの偶然に見る異端妄想 と同じテーマの話。実在の信仰とは無関係な個人の妄想です。実在の信仰、組織を誹謗・中傷する意図はありません。

米領事館襲撃、発端はイスラム教預言者の「冒涜」映像

リビア東部ベンガジで11日夜、群衆による米国領事館襲撃を受けて避難しようとしていたスティーブンス駐リビア米国大使と3人の大使館職員がロケット弾攻撃で死亡した。襲撃の発端となったのは米国で制作された映画で、イスラム教の預言者ムハンマドが女性好きのほか、同性愛者などとしても描かれている。
米メディアは、問題となっている映画「Innocence of Muslims(原題)」について、イスラエル系米国人の不動産開発者が制作し、牧師のテリー・ジョーンズ氏が宣伝に関与したと伝えている。ジョーンズ氏は2010年にイスラム教の聖典コーランを焼却すると発表し、アフガニスタンでの抗議デモを誘発した人物で、映画について「風刺的だ」と語っている。

(↑この映画、さりげなく同性愛者もディスってる)

【奇妙な偶然その1】
この一連の騒動が起きているのと全く同時期、アメリカのソルトン湖という湖で魚が大量死し、広い範囲で悪臭が漂ったいう報道があった。そのソルトン湖がある場所の地名は「Mecca」。何と、イスラム教最高の聖地「メッカ」を示す一般的なスペルと同じである。 (詳細

【奇妙な偶然その2】
「メッカ」で大量死した魚の名前はティラピア。もともとは中東原産であり、キリスト教と非常に縁の深い魚である。聖書に出てくるイスラエル北部のガラリア湖。その地域では今でもティラピアを「聖ペテロの魚」と呼ぶ。聖ペテロは人類最初のキリスト教指導者(初代ローマ法王)になったイエスの弟子で、「天国の鍵」を預かったとされている。
また、ギリシャ語で魚のことをイクトゥスというが「イクトゥス」はキリスト教のシンボルでもある。ギリシャ語でイエス、キリスト、神の子、救世主それぞれの頭文字を並べるとイクトゥスになる。

【奇妙な偶然3】
襲撃事件で亡くなられた米国の駐リビア大使の名前はクリストファー・スティーブンズ氏。クリストファーと言う名前は、「キリストを担う者」という意味がある。転じてキリスト教の精神を担うことの高貴さを表す名称としてキリスト教徒に広く使われている名称だ。 クリストファー氏の亡くなられた日は9月11日、アメリカ同時多発テロ事件(911)のぴったり11年後。
(さらに、彼が亡くなる少し前、同じ名前の火山が噴火した。クリストバル=クリストファー。)

【感想】
イスラムを侮辱した映画を製作したのはイスラエル系米国人の不動産開発者。そしてその宣伝に関与したのはイスラムをディスって知名度を上げようとしたアメリカのお騒がせ牧師
そんな背景の映画が今回の騒動を起こすのと同時に「メッカ」に住んでいたキリスト教のシンボルフィッシュが大量死。同時に「キリスト教の精神を担う者」が911の11年目に殺された。・・・なにそれ怖い。

素人目に見ても、騒動になった件の映画にキリスト教の精神性(=魂)は宿ってないだろう。キリスト教がイスラム叩き、及び政治的な意図の隠れ蓑や煽動・正当化の道具として利用されるケースは多い。その有様は「キリスト教を担う」どころか「キリスト教徒を担ぐ」だ。
(特にアメリカでそういうケース多い。アメリカのキリスト教利用と同じ手口でイスラムが政治的意図の隠れ蓑やテロの煽動・正当化の道具に利用されている。・・・手口が同じということは、まさか同一犯?)。

今回の騒動、「キリスト教というシステムは既に魂が抜けてこの世での権威と役割を終えているが、人々は気付かないままその抜け殻に縛られ利用されている」ことを示しているのかも。その象徴として今回の騒動が起こり、メッカでは「イクトゥス&聖ペテロの象徴」達が、リビアでは「クリストファー」達が死んじゃったのかもしれない。
(そういえば最近、キリストの壁画を修復するハズが権威も魂も抜けたような絵に様変わりする事件があったばかり。町興しになったのが不幸中の幸いw)

近年、自然現象を含むいくつかの出来事でキリスト教関連の奇妙な偶然がやけに目立つようになってきた。そしてなぜか丁度その頃から、ローマ法王庁とサン・ピエトロ教会(聖ペテロ教会)があるバチカンの運気が不穏になりつつある。 バチカンには、聖ペテロが預かった「天国の鍵」があるという。そういう場所が・・・
予測できない自然現象を使って人間が人為的に「偶然」を作り出すことは難しい。にもかかわらず、今回以外にも自然界を巻き込んだキリスト教関連の奇妙な偶然は発生しており、しかも今年になって増えた気がする。
なんか不気味だなあ・・・ナンマンダブ(←日本人)

【9.21追記】
去年、一昨年から発生しつつある「教義設定の地盤が揺らぐ現象」がさらに進行した模様(ニュース記事


その他の偶然(キリスト教関連)
チリとNZの偶然に見る異端妄想
イタリアの地震と龍脈

2012年9月 8日 (土)

自我境界が未発達な国民性1

※以下の文章は全て個人の妄想です

若者に急増!「就活うつ」を防ぐ3つのヒント

1. 「今の気持ち」をカウンセラーにまるごと話す
2. 「オール・オア・ナッシング思考」を見直す
3. 自分を追い込まず、いったん休みを挟んでみる

以前書いたが、最近は就活うつがこじれて就活自殺が流行するご時勢になってるらしい。多分婚活うつも就活うつと同じ仕組みが働いている気がする。 どちらも外部からの評価に自分の存在価値や自尊心を依存しすぎた社会の弊害のような印象。
評価のために必死でスキルを磨いて働いてくれる人材は非常に利用価値として都合がいい。いわば「良質なポチ」だ。 人間や物事を目先の表面的な利用価値でしか見ることが出来なくなっていった社会は、良質なポチを量産したがる。良質なポチではない(利用価値が無い)ものを受け付けたくない。しかし、ポチばかりでは人材のバラエティーが偏り、社会の可能性が狭まる。挙句の果てに量産しすぎて売れ残って大暴落←今ここ
・・・社会そのものがそんなことでは、人間に不可欠な「幼少期からの正常な自尊心の発達」を邪魔されて自尊心を常に外部評価に依存する人間が量産されかねない。

◆自我境界と社会
オールorナッシング。社会や他者からの利用価値のみが全ての法になってしまえば、人間は自分のために生きるのではなく、利用価値を高めるためだけに生きる発想になってしまい、自分を尊重することさえ出来なくなる。
自分の命と人生と人格は利用価値(評価)のために存在するのであって、決して自分自身のために存在するものではなくなってしまう。即ち、「自分の存在や生き方は他人にとって価値があるが、自分にとっては価値が無い」という前提が当然のように支配する。これは自尊心と対極の発想で、自己否定だ。 自分の独自性も、それを尊ぶ心(=自尊心)も押し殺している。
この手の発想は、悪くすれば「利用価値の無い者は生きる価値も資格も無い」という方向へ発展しうることもあり、かなり危険(※)。

人間が無意識下でそんな前提のもとに社会を作り上げていったら、その社会に生まれた人間は自尊心を含む自我機能や自我境界(自分と社会や他人など『外の世界』とを識別する力)の発達に支障をきたしてしまいかねない。 「外の世界(他人や社会)から評価されることこそが自分個人の幸せ(=生きる価値)」とする価値観は、社会(外界)と自分との区別(境界)があいまいになってしまう。自分個人の生きる道を社会にとっての利用価値で代替しているので、社会と自我が同一化し混同されてしまう。 社会と混同された自我は簡単に社会に支配され独自性は押しつぶされる。
(良い子になろうとするあまり自分を押し殺しすぎるケースと似てる。社会を親に置き換えると・・・)

すると外界から容易に侵略されてしまう脆弱な自我になる。流されやすく操られやすい。自分自身の意見や思考・感情を持ったり、それを保ったりがしにくくなる(ゆえに成長が遅れる)。過激なイデオロギーや大衆ヒステリーやデマにも簡単に煽動される。洗脳されやすいからカルトにも簡単に引っかかる。 「他者からの利用価値のみが全ての法」という風潮にだって簡単に洗脳される。
(近代自我の発達てのは社会に対する自我境界をしっかり形成・発達させるってことなのかも)

◆「引きこもり」と「独裁者」
自我境界があいまいで損なわれやすい脆弱な自我は不安定で、不安定さはストレスになる。外界との境界(=己の輪郭)を保てない自我はまるで卵の中身だ。安定を保つために外界と自我を遮断する殻(卵)を作って内側に引きこもるか、安定を保つために自分が外界を侵略・支配して思い通りに操ろうとしてしまうことさえある。
いわば、「引きこもりor独裁者」という両極端。
(独裁者タイプはモンスタークレーマーやDVとかストーカーとか監禁事件とか物騒な方向に発展することも。思い通りではない鑑定結果を出した占い師が独裁者タイプの客に逆恨みされるケースも多い)。
(因みに特定の作業や遊びや妄想に周囲が見えなくなるほどハマって過集中するのも一種の脳内引きこもりを目的にしているケースは多い)

引きこもりor独裁者。この場合に発生した「自己中」と呼ばれる状態には、外界を遮断してしまったために周囲(外界)に気づかずうっかりそうなってしまうものと、外界を侵略・支配した結果そうなるものとがある気がする。どちらも、「自分を守った結果」だ。 一人の人間の中に2つのタイプが同居していることもある。
ついでに、最近増えた「キレる」という現象も防御反応的な要素でそうなったケースありそう。自我境界がうまく作れないために外界の影響を受けすぎて、自我(または自我防御)を損なわれたことに怒って癇癪が破裂した感じ。 引きこもりは卵の環境を壊されればキレやすく、独裁者は侵略・支配したはずの物事や相手が実は独自性を持っていて、自分の思い通りに動かないとキレやすくなる。いわばパニックと紙一重。

日本は「他者からの利用価値のみが全ての法」となる傾向が強まってるように感じる。それで自尊心や自我境界に支障をきたしている人が増えた感じがする。近代自我も未発達だ。 あまりひどいと社会自体が一種の発達障害みたいになりかねない。
自我を発達させることと自己中(エゴイズム)はイコールじゃない。日本人には日本人独特の精神性を生かした自我発達があっていいはずだ。ロングスパンで独自の発達キャリアがあっていいはずだ。

◆卵の孵化
「卵」の中身は自ら形を保つことが出来ない。殻が無ければ形の境界(輪郭)が無いからどこまでも流れ出して周囲に染み込み周囲を卵色にして自分と周囲の見分けをつかなくしてしまう(侵略)。あるいは周囲の影響を受けて無意識下にある自分本来の意図とは異なる変形をしたり、都合の良い形に変形されてしまう(ポチ)。
では卵の中身自体が自分の形を保てるようになるにはどうするかというと、孵化すること。卵の殻は外から破壊するのではなく、孵化によって内側から自分で破壊するもの。殻を破る力は己の形を生かす力。
孵化の例えをヒント3番の「自分を追い込まず、いったん休みを挟んでみる」に当てはめると、外界の評価(内定)と自尊心を混同し自我境界を見失った卵の中身を、「一度就活(=外界)から離れてゆっくり休み、頭の中をからっぽに」することで卵の中身を殻の中に一度入れなおして再度孵化を試みる方法でもある。休みの時間は、いわば孵化までの時間。孵化時間をいったん挟んでみる発想。孵化できれば、外界の評価とは無関係に独自の自尊心(心の安定)を保ち、それを自分のために生かすことができる。
いわば「独自の自尊心(と、それに基づく思考・判断・言動の能力)を持つ自分」が孵化する。
(もはや社会現象化しているニート・引きこもりといった卵も、やがて孵化出来ればこの上ない。卵の運命は孵化だ。)
(裏技的だが、『孵化に適した環境の職場・職業を選ぶ』という発想もアリかもしれない)

卵はやがて、自ら殻を破り孵化する。雛から鳥に発達していき、そのうち大空を羽ばたく。
独特の形を持つその羽ばたきは、それだけで己の可能性と社会の可能性を広げる。
社会も自分も、卵の孵化を妨げてはいけない。

ある時、卵色の不恰好なポチが言うかもしれない。
「僕、犬になろうとしてたけど本当は鳥だったみたい」

・・・ええと、もとは何の話だっけ?


この発想が社会の無意識下に存在しているがゆえに、若者達がホームレスを「利用価値の無い者(尊ぶ・尊ばれる価値のない命)」と見なして殴り殺す事件が起きたのかもしれない。ホームレスを面白半分に殺した彼らは、「ホームレスになら何をしても許される」と思っていたとのこと(事件の記事)。

自我境界が未発達な国民性2
就活自殺の増加に思うこと
「必要とされる」必要がない
村上春樹のスピーチ
人間を楽器に例えた恋の話

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
フォト
無料ブログはココログ