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2012年7月12日 (木)

大津いじめ自殺事件と奇妙な偶然?

※以下に書いたことは根拠の無い個人の妄想です。

◆巨大な水気の塊?
大津事件の現場となった大津市は、近畿の星型結界中心部の鬼門に位置する。
そして、結界の北部(水の方角)に隣接した位置にある大飯原発がフル稼働し始めた時期(=結界北部が強い火気を放った時期)と、大津事件が大衆心理に火をつけ、集合無意識規模での動きを生み出した時期は一致している。
以前の記事に書いた【オマケ】で、結界の水の方角で強い火気を放つことがオカルト的にはミスマッチな形となる大飯原発の再稼動について、「いつか『巨大な水気の塊』がこの国の運勢へ押し寄せ・・・?」という妄想を書いた。本来あるべき場所の水気が強い火気によって押しのけられれば、それは反動になって一気に戻り押し寄せる、と。
大津の事件が引き起こした大きな集合無意識の動きは、この国の運勢に押し寄せた「巨大な水気の塊」の一端ではないかと感じる。
集合無意識のシンボルは「沢山の水(海)」だ。アレも「巨大な水気の塊」である。それが日本で様々な問題の一因となっている「日本的隠蔽体質」を洗い流したくて動き始めたかのような印象。
(この隠蔽体質、単にイジメ問題だけではなく、日本の原発事業にも巣食う困った要素である。これを洗い流すことが可能であれば、どっちの問題にもプラスになるんじゃないかと妄想)

また、大津の「津」にも海という意味がある。津波の津。大津は「大きな海」。 そこで起きた事件が集合無意識(シンボルは海)を大きくうねらせるきっかけになったというのは、意味深だ。ある意味「大津波」。
集合無意識という大きな水気の塊が大津の事件で文科省と警察を動かした直後には、熊本県の「大津町」で記録的豪雨が発生した。豪雨もまた「巨大な水気」なので、この現象にも妙なシンクロニシティーを感じる。

◆大津と古代史の大衆心理
大津は天智天皇~弘文天皇の時代まで、もっと正確に言うと白村江の戦いの敗戦~壬申の乱まで都が置かれていた。都の名前を「近江宮」という。
天智天皇の時代に朝廷が白村江の戦い(同盟国だった百済再興のために元百済民&倭の連合軍が新羅・唐と戦った) に敗けたことで、百済難民を東国へ移住させる&都を近江宮(大津市)へ遷都させる事業が発生していた。このことが民衆や豪族に大きな負担を与え、近江宮遷都の際、多大な負担を強いられた民衆や豪族の不満が爆発して火災がおきた。けれどこの火災(放火)は問題の根本解決にはならず、タダの「憂さ晴らし」にしかならなかった。(結局、平安京の時代になるまで朝廷は何度も遷都を繰り返し、民衆をいじめる結果になった)
この火災はいわば、前回の記事で書いた「無力感と泣き寝入りの癖」と、それを前提にして発生した、「どうせ何も変わらないのだ。勝ち目は無いのだ。・・・ならばいっそ手段を選ばずこの無念だけでも晴らす!」という泣き寝入り型憂さ晴らし心理のなせる業だろうか。忠臣蔵みたいな感じ?
丁度、大津の事件で関係者(大部分はそう決め付けられた別人)の個人情報晒しと住所への嫌がらせ、中学校や県庁への爆破予告滋賀知事への脅迫文といった目先の憂さ晴らし欲求に大衆心理が支配されたのとほぼ同じことが、古代の大津市でも起きていたのじゃないかと思う。当時の大衆心理と今の大衆心理が、歴史を超えて共鳴している?

あの時、民衆が近江の都に放火しても効果は無かった。放火は一時の憂さ晴らしに過ぎず、問題解決への適切な手段ではなかった。もしもあの頃の因縁がめぐりめぐって来たのなら、今度こそ憂さ晴らしではないより適切な手段が選ばれてよいはずだ。実際、そうすべく集合無意識は動き、憂さ晴らしの流れとは別の流れも生まれ、その流れに乗った世論は文科省と警察を動かした。文科省と警察。これらのトップを任命しているのは、ほかならぬ私達民衆(世論)である。ゆえに現代日本人は、もう忠臣蔵みたいな発想はしなくていいのだ。憂さ晴らしではなく、より適切な新しい発想が吉。
(権力を任命できる私達民衆が愚かではいけない。愚かな権力が生まれてしまうから)
(毎年大晦日に忠臣蔵を長時間派手に放送すると、人々に泣き寝入り型憂さ晴らし心理を強調させ新しい発想に意識を向けにくくさせてしまわないか? これからは忠臣蔵の視聴率、かなり下がるかも)
滋賀知事に脅迫文送ったおじいちゃんの発想は、すごく忠臣蔵ぽい。彼が若かった頃、『サラリーマン忠臣蔵』というのがあったw あの頃はまだそういう時代?)

◆壬申の乱との奇妙な偶然
そんなこんなで近江遷都は民衆の不満放火むなしく強行され、近江宮で朝廷のまつりごとが進められることになった。しかしそれも長くは続かなかった。遷都した天智天皇の死後、その子供の大友皇子(皇位継承者)と天智天皇の弟である大海人皇子の間で争いが勃発。日本古代最大の内乱、壬申の乱が発生したからだ。
壬申の乱で大友皇子(朝廷軍)は大海人皇子(反乱軍)に敗北。大友皇子は現在の大津市の山中で自殺した。大津事件の舞台となった「皇子山中学校」の名前になっている「皇子山」は、自殺した大友皇子に由来した地名である。

壬申の乱で大友皇子の部隊が戦端を開いたのが何と7月7日、この日付、大津事件が大衆心理に火をつけた頃と同じ時期だ。
乱は7月22日に大津市で大友皇子(朝廷軍)が大敗。翌日、皇子は自殺。勝利した大海皇子は翌年天武天皇として即位し、都を飛鳥宮に遷都した(また遷都!)。

即位後の天武天皇がどんなだったかをwikiでみると、「道教に関心を寄せ、神道を整備して国家神道を確立し、仏教を保護して国家仏教を推進した。その他日本土着の伝統文化の形成に力があった。天皇を称号とし、日本を国号とした最初の天皇とも言われる」とある。

◆龍脈変動がシンクロ?
中2自殺 市長が和解の方針表明
いじめ事件で揺れる大津市長の名字は「越」。昨日10日、古代には「越(こし)」 と呼ばれていた長野県北部にて震度5弱の地震(龍脈変動)が起きた。「龍脈変動によって国土の気の流れが変われば、その国の運気にも影響がある」という考え方は、このブログを読む方ならおなじみだろう。
「越」という地域自体が、大和朝廷に征服され、歴史の真相を「隠蔽」されてしまった地域でもある。

地震の起きた10日は大津市教育委員会がアンケート調査を2回していたこと、アンケートでいじめの内容が記載されていたことを見落としていて事実確認をしていなかったことを公表した日(越市長は不自然でずさんな教委を批判)。

そしてまた、文科省が直接大津事件の調査に乗り出すことと、文科省が通常行う自殺調査自体のあり方を見直す意志を記者会見で発表した日。 (イジメの隠蔽には自殺調査の弱点を利用されたような感じもある)

この日はいわば、日本に巣食う「日本的隠蔽体質」の運勢的地盤が初めて強くゆらいだ日でもある。これは古代から続く日本人の隠蔽体質史(泣き寝入り体質史)からみれば大きな出来事だ(妄想)。

大津市は古代に朝廷の守護と開運を意図して作られた近畿の星型結界中心部の鬼門(東北)にあり、長野県北部はそんな大津市のさらに鬼門に位置する。丁度結界が☆を描く時に通る淡路島~伊吹山にかけてのラインを更に延長すると、件の地震の震源付近に到達する。この事実、オカルト脳の私にとってはタダの偶然ではなく、「奇妙な偶然」に見えてしまう。

不都合なものや表面化してほしくない問題(=鬼)を封印した方角として忌み嫌われる鬼門は、別名「神の通り道」だ。
多分昨日、そこに神(?)が通った。

神は、事件に憤った心を単なる憂さ晴らしで満足させて終わる衝動的な大衆心理よりも、事件を契機に日本全体に巣食うイジメ問題や隠蔽体質・泣き寝入り体質の根本解決を願う大衆心理の方に手を貸してくれてるんじゃないかと思う。
神は、日本人の集合無意識と連携する。というか、私たちの集合無意識が「神」を作ったんじゃないだろうか?

何か不思議な力が手を貸してくれているのだとしたら、それをムダにすべきではない。そのためにも、現時点での和解がふさわしいかどうか、慎重に見極めた方ががいい気がする。


【感想】
古代、朝廷のために(権力者の都合に合わせて)作られた近畿の星型結界は、震災後から機能を失いつつある。
日本の権威体質・隠蔽体質(泣き寝入り体質)はこの結界が作られた頃、すでに形成さていただろう。そういう体質は権力者にとって好都合なのだ。
案外、結界は権力者層のためにそれらの体質を強める運気をサポートしていたり、「それらの体質支配から脱却しようとする力(=都合悪いものの一つ)」といったものも鬼門部分に封じ込める機能があったりして(妄想)。

それと、「忠臣蔵」、「切腹になってもかまわない」という覚悟が最初からあるならなおのこと、お上に直訴するなり何なりして権威に真っ向から立ち向かい問題の本質へ切り込む「正攻法」で行くべきだったかもしれない。「勝ち目は無いんだ」という泣き寝入り暗示が、エネルギーの方向性を憂さ晴らしめいた方向へと歪めてしまったような気がする。
明日からBSで始まる時代劇「薄桜記」の主人公が泣き寝入り型復讐心に燃える忠臣蔵の四十七士と真っ向から対決する立場の設定になっていることは、集合無意識レベルでの時代変化を象徴的に暗示しているように感じる(妄想)。

24時間いじめ相談ダイヤル←困っていたり身近に困っている人がいたらどうぞ

【オマケ】
この記事かいてたらタイの緑茶CM思い出したw 
かわいい青虫君の流す涙は「泣き寝入りの涙」ではない。浄化の涙だ。千年を超える隠蔽と泣き寝入りの魔術「涙の封印」が「海の力」によって解き放たれる時。涙は海と合流して一気に押し寄せる水気の塊となり、予想を超えた奇跡を起こす(←適当w)

「将軍様」とはもちろん東征の最高司令官、征夷大将軍。結界がサポートしてきた朝廷と同じ強圧的な運気を引継ぐ者。「力づくの権威(パワー)」は五行で言えば原発と同じ「火」のカテゴリだ。それに対峙するのが水のカテゴリである集合無意識。
大きな火は小さな水を蒸発させ押しのけてしまうが、大きな水は火を消してしまう。水の力は大きくなっている。

「新芽」は五行で言えば木気の分野である。適度な水気が木気を健康に育てる。その木は水気を十分含んでいるので、燃料(火の生贄)にはならない。

7.27追記
なんか男子サッカーで日本が強豪スペインに勝っちゃった。その時活躍した選手の名前は、やはり「大津」。このブログ的には面白い偶然w

9月5日追記
文科省がさらに動いた。効果を祈る。いじめ相談員、全公立中に 文科省方針、出席停止も活用

霧島とレイラインとスカイツリーの奇妙な話
自我境界が未発達な国民性3←不当な暴力に泣き寝入りいた経験が子供への暴力となって世代を超えた暴力の連鎖を起こすことも。

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コメント

>憂さ晴らしの流れとは別の流れも生まれ、その流れに乗った世論は文科省と警察を動かした。
とは、どのような流れがあったのですか?
>お上に直訴するなり何なりして権威に真っ向から立ち向かい問題の本質へ切り込む「正攻法」で行くべきだったかもしれない。
被害者の遺族が、とっくにやっています・・・。

机上の空論、現実的ではない理想ばかりです。

どれだけの人が迷惑しているか知りませんが、いじめられると分かっていて
毎日、登校する辛さ以上の人がいるのでしょうか?
多少の副作用があってもそれ以上の効果が望めば有効な手段でしょう。
それ位あって当然の組織的な大犯罪なんです。

気づいて無いかもしれませんが
あなたの思想は、いじめた側関係者の心理と同じです。
「こっちが迷惑」 「出るとこ出て正したら?」 「でも暴力はやめてね」

その集団心理レベルから、早く改善されるといいですね。


AYAさんの妄想シリーズ来ましたね。(*^^)v
長い間くすぶっていたけれど、蓋をかぶせられ、見て見ぬふりをさせられてきた民衆。それを根こそぎ洗い流し、根の深い問題を表面に浮き上がらせた
大自然=地球の意思?でしょうか?何かが目覚めているような、「浄化」が始まっているような、そんな気がしています。日本だけでなく、地球規模で。

>ゆうさん
>どのような流れがあったのですか?

多くの人が現地の教育委員会の「お上」である文科省に直接再調査し解明してほしいとの要望を送ったそうです。文科省は本腰をいれ、警察と連携した事件の再調査をすることと自殺調査のあり方自体が見直されることになりました。
http://mainichi.jp/select/news/20120710k0000e040176000c.html
文科省のトップを任命しているのは私たち有権者ですから、時にはそこまで上層に働きかける必要があります。
これは嫌がらせして済ませるだけよりも一層効果的。

>現実的ではない理想ばかりです。
これも泣き寝入りの発想が無意識下で動いていますね。「泣き寝入り暗示」は無意識下で心を支配し、(文科省に働きかけるなど)やれることすらしないでそれらを「無意味」と断じさせ、泣き寝入りや解決とは無縁の憂さ晴らしの方向に走らせますが、憂さ晴らしでスッキリしても問題は全く解決していません。
暗示にかかった本人は、憂さ晴らしが終われば「解決した・効果があった」と思い込んでしまいます。相手にはその方が好都合ですね。

>多少の副作用があってもそれ以上の効果が望めば有効な手段。それ位あって当然。

「効果のためなら多少の犠牲は仕方ない。受け入れるべき」と言う発想は、イコール「嫌がらせの巻き添えになった側が泣き寝入りをするのは当然」ってことになってしまいます。
しかもネットの嫌がらせに社会的効果はありません。イジメ問題も隠蔽体質も、何一つ解決しません。
匿名の立場でだれかれ構わず嫌がらせすること自体が「隠蔽を利用したイジメ」です。

また、「出るとこ出て正したら?」という台詞を吐く人自身、実は無意識に大衆の泣き寝入り暗示に依存しています。
「どうせ出るとこに出たって私が正されるはずが無い。世間には悪を正す機能など無いのだから、被害者は泣き寝入りの運命からは逃れられない(だから私は安心だ)」という無意識の思い込みが油断と慢心を生み、自分の首を絞めます。少なくとも、現代では。

法に触れる嫌がらせをやってしまう人達もやはり
「どうせ相手は泣き寝入りしか出来ない」という泣き寝入り暗示に依存した甘えが「法に触れる嫌がらせをしてもどうせ捕まらない。相手は泣き寝入りするだけだ」
という油断を生んでいるのではないかと心配です。あんなことで捕まったら、人生つまらないです。

>ぷうままさん
「何か」が目覚めちゃってる感じ、確かにしますね。人々の意識の変化と共に、思考パターンはもとより行動パターンも変わるのだろうと思います。すると社会の動きが変化しますよね。
そして、自然現象との奇妙な偶然が多発していると、確かに人間界だけの社会変化以上の何かが動いているような印象はやはり持ちます。
例えるなら、「惑星のバイオリズムが変化の周期に入ってるか何かで、そのバイオリズムにあわせて集合無意識も変化しているような感じ」ですかね。惑星に住んでる生き物は惑星の影響を絶対に受けますし・・・

まあ、全部妄想ですけど。

AYAさん

こんばんは、お邪魔いたします。
先日はご発言を当方のブログにて引用させていただきましたこと、
コメントをいただきましたこと、どうもありがとうございました

貴ブログ読ませていただきましたが大変面白く勉強になります。
集合無意識のシンボルが海(水)というのがすごくピンと来ました。
私は「結界」についてよく知らないのですが、なるほど!と思いました。
結界の作用として、日本人の泣き寝入り体質が連綿と続いてきたというのも
あるのかもしれない‥と。
泣き寝入り体質や無力感が、一方では日本人の持つ「儚さ」「ワビサビ」
といった美的感覚や死生観に繋がったのでは、と感じます。
忠臣蔵もそうですよね、パッと咲き儚く散る桜のように見て大衆が共感した。
個人的には忠臣蔵はテロリズムだと思っていますが。。
AYAさんが仰るように、これからはあらゆる隠蔽やお上の思惑からは
自由になった人々が増え、旧来の感情論に流されず冷静に思考・実行していく
動きがますます強くなっていくでしょうし、そう望みます。

>ゆみさん
コメントありがとうございます。お楽しみいただければ幸いです。
長い歴史の中、「泣き寝入り」で人知れず流された多くの涙が海(集合無意識)の大波となって白日の下になだれ込み、日本人の自由な動きと意識を封じていた牢獄の壁が押し流されはじめた気がします。
すでに意識も行動も「忠臣蔵」のパターンに縛られなくていい。

日本人の「儚さ」に対する思い入れ、確かにそういう背景がからむことはあったかもしれませんね・・・
そしてその思い入れには、「儚く消えたもの(時には抹殺されたもの)にも尊い価値がある」という考え方が根底にはあったでしょうから、それが「泣き寝入り体質」を洗い流そうとする動き(尊いものを抹殺すべきではない)につながりえたかもしれません。

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