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2012年3月 6日 (火)

新発見の小惑星から連想

小惑星:アマチュア天文家・佐藤さん、「Tohoku」と命名 3.11南の空に輝く /岩手

震災で、佐藤さんは天文仲間だった宮城県石巻市の友人を津波で失った。また、入間市の避難所でも福島県から避難した被災者たちを行政職員として支援し、命名への思いを強くしたという。これまで発見した小惑星の軌道を計算した結果、Tohokuが偶然にも今年3月11日に太陽や火星などとほぼ一直線に並び、最もきれいに輝くことから選んだという。

「Tohoku」が見える南は五行思想で火の方角。奇しくも今年3月11日に「Tohoku」と一直線で並ぶ太陽と火星は火の惑星。そして「Tohoku」の位置する獅子座は火の星座。
方角、惑星、星座・・・「Tohoku」にはなぜか火のシンボルがてんこ盛り。
「Tohoku」の公転周期は3.69年。語呂合わせするとミロク(弥勒)である。
弥勒ってのは「弥勒菩薩(マイトレーヤ)」の略で、仏教的な終末思想においては救世主に相当する存在でもある。
こう書くとこの小惑星、なんかすごくありがたそうな感じがするw

そんなことを考えていたら妄想が沸いた。
仏教というモノは本来基本的に、人間ひとりひとりの内面的な変容や意識変化について哲学したものだといえる。なので、「弥勒」はイエス・キリストみたいなたった一人の救世主(=特定の個人)ではなく、一人ひとりの心の中にあるもののシンボルではないかと思う。
心理学的に解釈するなら、一人ひとりの意識変化で一人ひとりが己の救世主になりうる、というのが仏教哲学の見解なのかもしれない。
平たく言うと、仏教哲学は「自分が心の中に『悩み』を作りあげたのである限り、自分自身がそれを解くカギを無自覚に持っている」というスタンスなのかも。
(まあ、自分が存在する前には『自分の悩み』も存在しないわな。悩みの作り手が存在しないのだから)

もしもオセロの中島がこの発想を知っていたら、占い師(霊能者?)に依存することも、その依存心理につけ込まれて洗脳・支配されることも防げただろうか?
彼女は、己の中に秘められながらも抑圧されて生かされぬままの「弥勒」を件の占い師に投影し、同一視のあげく誤認したのだろうか? だとすれば、占い師と共謀して己を酷く騙したことになる。ある意味では自分自身すら詐欺と洗脳の共犯者だ。己に対する最大の裏切りかもしれない。

「弥勒」と呼ばれる意識変化がどんなものかについては、伝統的にタロットの「力」が表現してきたイメージ(獅子が貴婦人になついてる図)にそのカギなりヒントなりがあるような気がする(過去記事参照)←右クリックで別窓
「力」のカードは獅子座に対応するカードでもある。
おそらく、獅子を手なづけた貴婦人の正体は、戦車のカードにおける車のオーナーだろう。彼女だけが、車の暴走(=荒れ狂う獅子)を鎮めることができるのかも。彼女と獅子。彼女と車。その連携した絆の中に調和があり、弥勒が起きる?

人間は、己の中にいる「貴婦人」との繋がりを抑圧したり遮断したりすべきではないのかもしれない。わりとやっちゃってるけど。

【オマケ】
心理学的に、「火」や「太陽」は自我のシンボルだ。「力」のカードに描かれるライオンを自我の化身として解釈すると意味深。自我が暴走するとろくでもないことになる。
また、究極の火気を発する原子力をライオンに当てはめても意味深。「Tohoku」は、原子力が暴走した東北に弥勒が発動する暗示の星になりうるか?
(ものの本によると、ウラニウムやプルトニウムてのは太陽などの恒星が生まれるときに核融合のエネルギー源として役割を果たすという。原子力はもともと人間用の力じゃないのかもしれない)

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