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2012年3月13日 (火)

桜島噴火から連想したこと

桜島が爆発的噴火、警戒必要範囲を拡大

12日午後3時7分、鹿児島市・桜島の昭和火口(標高約800メートル)で爆発的噴火が発生し、火口の2合目付近まで、直径50センチ以上の噴石が飛んだ。

丁度1年前に開通した九州新幹線は微妙に龍脈を刺激するルートをとっている。
刺激される龍脈エリアに桜島がある。
なもんで、この新幹線が刺激を開始したぴったり1年後に桜島で爆発的噴火が起きたのは非常に興味深い偶然。

丁度1年前に爆発したのは日本の鬼門エリアにある原発。
それもあって九州新幹線は開通をおおっぴらに祝えなくなってしまい、出来の良かったCMも放送できなくなってしまった。
(CMは後にカンヌ国際広告祭で金賞受賞)
そのぴったり1年後、今度は裏鬼門の桜島が元気よく爆発。この噴火がまるで景気づけみたいに思えてしまうのは、私が降灰の被害を知らない関東人だからかもしれない。

九州新幹線のCM、マスゲームのような統制された動きではなく、同調圧力の結果でもなく、皆が思い思いに自由な自己表現をしていることでとても楽しくクリエイティブな光景になっている。思い思いに好き勝手な動きをしているのにそれが素晴らしい演出になっている。参加者の自由な感性と表現とそれらをうまくまとめた編集の妙か。

このCMから受け取る印象は
「チームプレー(マスゲーム)」じゃなくて、
「スタンドプレーから生まれるチームワーク」の方だと思う。
個人プレーと集合無意識の高度な連携技とでも言えばいいのか。
集合無意識が個人プレーを調和の取れた順序とタイミングに「編集」する感じ。それは「神業」といってもいい。
そしてそれこそが、日本が古来より重要視してきた「和」の本当の姿だったんじゃないかと思う。

和という神業をもたらす「神」は、集合無意識の中にいるのかもしれない。そしてその集合無意識を構成するのは私達だ。だから神は八百万(『すごく沢山』の意)いるのかもしれない。
日本では時代が下るにつれてこの高度な「和」を行うことができなくなっていったような印象もあるのだが、このCMを見ると抑圧されていったそれが復活し、リニューアルする可能性もあるんじゃないかと感じる。

東征や歴史の流れで抑圧されていった日本の個性が解放された時に起きることは、ソレなのかもしれない。

めでたいはずの開通日に未曾有の災害と事故が重なってしまうというなんとも言えないタイミングのためにTV放送されることがなかったこのCM、震災と原発事故のダブルパンチで呆然と途方にくれた大衆心理に癒し効果をもたらしたらしく、当時ネットで大人気になった。
別の見方をすれば、開通があのタイミングだったからこそ、あのCMが最大の効果を発揮したんじゃないかとも思うのだ。

やっぱこれも神業?

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