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2011年8月22日 (月)

人の血肉になりしカツオの生命

高知県出身のグロゆるキャラ“カツオ人間”が8月21日に銀座に出現!

この「カツオ人間」、タッチは今風で可愛いが、「カツオの頭部と人体」を組み合わせたデザインそのものはプリミティブで呪術的ですらある。
頭部だけのカツオは、そいつが「食べられ終わった」存在であることを現す。誰がそいつの体を食べたかといえばもちろん人間。
カツオは死して人の血肉となり、人の命の一部となって生きることになったわけだ。カツオの命はカツオとしても人体としても生きることになった。
それがあの姿にシンボリックに表れてるんじゃないかと思った。

実際、伝統的に土佐という地域の人々の体はかなりカツオで出来てるのだと思う。
特に沿岸部の人々は縄文時代からカツオの含有率が高めなのだと思う(体だけじゃなく、生活とか共同体自体がかなりカツオに支えられていたかもしれない)。
カツオに支えられた命がDNAで何世代も受け継がれている可能性がある。その時先祖代々カツオが肉体素材になって来たという記憶もDNAレベルで受け継がれてるかもしれない。

カツオ人間は、そんな風土に生きたDNAの記憶が潜在意識から表層の意識領域に浮上することでひらめきとなって生まれたものなのかもしれない。

古代の土佐には海人族(あまぞく)という人々の一派が住んでいたようである。海人族はポリネシア系の人々と共通の祖先を持っており、いわゆる「まつろわぬ民」の一種であった。
多分彼らもカツオ人間のようなふんどし一丁姿で漁をしていたんじゃないかと思う。 彼らの栄養となり肉体の細胞として生まれ変わった幾多のカツオがカツオとして最期に見たものは、彼らのふんどしだったかもしれない。
まつろわぬ民の時代から続く記憶によって生み出された現代の精霊「カツオ人間」が東征の都である東京の中心地にやってきた。
これは、まつろわぬ民たちの個性(抑圧されてきた日本の個性)が目覚める予兆? なんちゃってw

以上、自分でも意味不明なエセ民俗学風文章。

(どうもうちの母方のひいじいさんが土佐出身らしい。私自身はカツオあまり食べないし興味ないけど海辺に生まれたひいじいさんは食べていたかもしれない。)


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おまけ

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