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2011年8月

2011年8月29日 (月)

野田佳彦氏占ってみた

野田総理になりましたね。

動画で言った例の場所で代表選当日に起きた事故
中央・総武線一部運転見合わせ 幕張―幕張本郷で事故
事故現場が例の変動中な断層エリアど真ん中。
与党代表が選ばれる時とその出身地の龍脈変動・運気変動が偶然シンクロすることって珍しいんじゃなかろーか。
しかも出身地が首都圏だから、相変わらず震災以来首都圏の龍脈は変動し続けてるわけで、彼の就任後も首都の運気は変わるってことだ。

件の断層龍脈は野田氏の出身地である東京湾北岸から北西に進み、埼玉あたりで再び断層を形成し群馬の高崎市へ至る。

占ってみた人一覧

東京湾北部での地震増加についての記事

目覚めよ我らが解決能力

2012.8.4追記
武蔵野線ポイント故障、始発から10時間止まる
野田市の出身地を通る龍脈が北部で変動した模様。この2日後に内閣不信任案提出に野党7党首が一致したというニュースが流れた。彼の運気やいかに?

2011年8月27日 (土)

海江田万里氏占ってみた

そして動画にしてみた。

今まで占ってきた人々を見る限り、民主党は妙に夢見がちな星回りを持つ人が多い印象。
彼も政治家と言うより芸術系の評論家タイプ。いかにも政治家向きの性格とは違う。
(まあ政治家向きの人間が良い政治家とは限らないが;)

占星術的に見た限りでは、魚座の守護星である海王星が今年から来年にかかけて水瓶座から魚座に向かおうとしているので、魚座の海江田氏にある程度運気が流れやすいかもしれない。

別のオカルト視点だと、海江田氏は水の気が多い。
霧島噴火と震災で火気が大量流失した日本。すると、今まで火気に押しのけられていた水気がその反動で堰を切ったように押し寄せる。すでにそれを象徴的にあらわす運勢が現象化している(寒かった今年の春しかり)。
特に首都東京は江戸時代からずっと火気を沢山集めるような風水的仕掛けが施されていた。江戸時代に作った結界、明治時代に作った結界(結界の中心は靖国神社)、火の気を発する戦後の開運モニュメント「東京タワー」(震災で破損し呪術機能停止)・・・

東京が江戸時代から繁栄と引き換えに繰り返し大火に見舞われることが多かったのは、まあそういうことも影響してるだろうか。
で、東京の火気も日本同様に霧島噴火や震災以降、どんどん流失している。明治政府が作った結界の各所で火災も発生(新橋、築地、歌舞伎町など)しており、火気を集める機能が死につつある。すると今まで押しのけられていた水気が一気になだれ込む運勢になりやすい(先日の豪雨も・・・)。

政治家向きではなくても水気の多い海江田氏が小沢の後押しを得て有力候補になってるのも、水気が増加してる(なだれ込んでる)首都の運気を反映してるのか?

霧島噴火と龍脈
霧島とレイラインとスカイツリーの奇妙な話

2011年8月25日 (木)

占い師AYAとタロットの世界

※この占いは、FM湘南ナパサの番組「元気が出るラジオ! 水曜ハイテンション!」における、毎月第四水曜日の占いコーナー「占い師AYAとタロットの世界」(19:40~)の占いコーナー「占い師AYAとタロットの世界」(19:40~)の内容を、許可を頂いてを文章化したものです。

今、あなたの目の前に三枚のカードが並んでいます。

     □ □ □ 
     左 中 右

三枚のカードのうち、どれか一枚を選んで下さい。選んだカードがあなたのこれから1ヶ月の運勢のアドバイスを示しています。
その結果は・・・

 


 


 


一枚選んでから見てくださいね。  
 
 
 
 
 
 
 
 

◆右のカードを選んだあなた◆
【塔】
今まで自分を縛っていた思い込みや心配事から解放され、出来なかったことが出来るようになりそう。自分が「根拠のないウソ」に囚われていたことが確認できる手がかりも手に入る運気。何事も確認せずに憶測や過去の投影や先入観で進んでいくのはNG。金運は「必要金額確保」の暗示。恋愛運、カップルは勝手な空想に囚われると相手の言動を歪めて解釈しかねないので、空想する前にまず確認が命! フリーは何も始まる前から「自分は嫌われてしまう」「不幸な恋しかできない運命なのだ」とか思わないで。

◆中のカードを選んだあなた◆
【杯の5】逆位置
このカードを選んだ人は視野を狭くしないことがコツ。時には臨機応変に軌道修正もアリ。自分がいいと思ってた方向が本当はイマイチだったりベストな選択が別にあったりすることが判明した場合は運が新しい方向やベスのト方向に連れて行ってくれそう。新しい選択肢を得たり自分の新しい可能性を知る予感。金運は、良い使いみちが現れるまで焦らないこと。恋愛運、カップルはひとつのデートプランにこだわったり囚われないこと。相手のリアクションを細かく期待せず、ありのままの姿を楽しんで。フリーは表面的な価値観抜きにして本当に魅力を感じられる人と出会う確立UP。

◆左のカードを選んだあなた◆
【金貨の3】逆位置
このカードを選んだ人の多くは純粋に自分の能力を育てていくこと自体を目標の理由にしているケースが多いかも。なので、外部の評価や途中経過での成果のよしあしといった余計なことを考えるとプレッシャーに。そっちを本来の目標と取り違えないことが肝心。金運は目標金額達成の暗示。恋愛運、カップルは相手の心象を気にして自分を出さないでいると発展性のある交流につながりにくそう。相手もあなたを知りたいはず・・・ フリーは例え人気の高い人に対しても、遠慮なく自分の持ち味を見せてみて。

・・・感想はお気軽に。番組へのFAX、お待ちしております。

リクエストは
FAX番号0463(22)0783

お便りは
神奈川県平塚市宝町3-1MNビル10階
『水曜ハイテンション』係りまで

2011年8月22日 (月)

人の血肉になりしカツオの生命

高知県出身のグロゆるキャラ“カツオ人間”が8月21日に銀座に出現!

この「カツオ人間」、タッチは今風で可愛いが、「カツオの頭部と人体」を組み合わせたデザインそのものはプリミティブで呪術的ですらある。
頭部だけのカツオは、そいつが「食べられ終わった」存在であることを現す。誰がそいつの体を食べたかといえばもちろん人間。
カツオは死して人の血肉となり、人の命の一部となって生きることになったわけだ。カツオの命はカツオとしても人体としても生きることになった。
それがあの姿にシンボリックに表れてるんじゃないかと思った。

実際、伝統的に土佐という地域の人々の体はかなりカツオで出来てるのだと思う。
特に沿岸部の人々は縄文時代からカツオの含有率が高めなのだと思う(体だけじゃなく、生活とか共同体自体がかなりカツオに支えられていたかもしれない)。
カツオに支えられた命がDNAで何世代も受け継がれている可能性がある。その時先祖代々カツオが肉体素材になって来たという記憶もDNAレベルで受け継がれてるかもしれない。

カツオ人間は、そんな風土に生きたDNAの記憶が潜在意識から表層の意識領域に浮上することでひらめきとなって生まれたものなのかもしれない。

古代の土佐には海人族(あまぞく)という人々の一派が住んでいたようである。海人族はポリネシア系の人々と共通の祖先を持っており、いわゆる「まつろわぬ民」の一種であった。
多分彼らもカツオ人間のようなふんどし一丁姿で漁をしていたんじゃないかと思う。 彼らの栄養となり肉体の細胞として生まれ変わった幾多のカツオがカツオとして最期に見たものは、彼らのふんどしだったかもしれない。
まつろわぬ民の時代から続く記憶によって生み出された現代の精霊「カツオ人間」が東征の都である東京の中心地にやってきた。
これは、まつろわぬ民たちの個性(抑圧されてきた日本の個性)が目覚める予兆? なんちゃってw

以上、自分でも意味不明なエセ民俗学風文章。

(どうもうちの母方のひいじいさんが土佐出身らしい。私自身はカツオあまり食べないし興味ないけど海辺に生まれたひいじいさんは食べていたかもしれない。)


関連記事:福島民謡×DEEP FPREST


おまけ

2011年8月17日 (水)

目覚めよ我らが解決能力

早くもハッキリした「ポスト菅政権」も短命

「何もかも菅が悪いのだから菅さえやめれば解決する」と思ったら大間違い。
最近は政府機構自体、政治家自体がまともに機能してないからだ。

そして、そういう政治を選んじゃう日本人自体がまともに機能してないのかもしれない。まずそこから変わらないと(私含め)。
日本人は「長いものには巻かれろ」「忍耐は美徳」「出る杭は打たれる」という発想が長いせいか、問題解決能力が発達せず低い。
問題提起する人間がいたら本人に全部押し付けて(足を引っ張ることはあっても)協力はせず、それでうまくいかなければ批判するだけ。
日本において、批判するだけで代案も出さないし協力しあうこともないのは政治の世界だけじゃない。協力も代案もない批判だけに終始する風潮があちこちに蔓延し、建設的な意見が生まれ育つ環境を奪う。
物事の発展や問題解決に向けた協議の場が、弱肉強食の争いの場にすり替わってしまっている。「発展や解決」が「相手を引きずりおろすこと」へと目的や優先順位がすり替わってしまっている。

そういう世界では、問題提起や建設的意見を出す者は格好の標的だ。
(出る杭は打たれる)
そしてそんな世界を延々と繰り返す。解決されることも改善されることもなく。
(長いものには巻かれろ)
ゆえに問題は「解決されるもの」ではなく、「隠蔽されるもの」になっている。あるいは「押し付けるためのもの」か。
批判さえかわせれば(または相手を批判して引きずり落とせれば)問題など解決する必要がない、という感じ。
そして解決しない代わりに、生贄にした誰か(何か)を叩いて憂さ晴らしをする(あるいは保身する)。
そんな鬱屈した状況が長い間繰り返される。問題解決はそっちのけ。
(忍耐は美徳)

代案のない批判と保身(時々パフォーマンス)だけで政治家の仕事がほぼ成り立つ国というのは世界でも珍しいかもしれない。
しかし本当に問題なのは、そんな政治家達よりむしろ問題解決能力の発達を抑圧する前提で作られた日本の伝統的な体質そのものかもしれない。私達の機能を封印・抑圧しストレスを募らせる私達自身の体質だ。
多分、この体質自体は古代からずっとあると思う。それが近現代まで続き、原爆投下を数時間前には知りながらろくな手を打てず後の祭りになった話()も、福島の原発事故がグダグダなのも、この体質が影響してる気がする。
福島で吹き飛んだ2つの建屋とあの時核で吹き飛んだ2つの都市は時空を超えて運勢照応してるみたいだ。
恐らく、こんな体質も古代から続く「日本の個性抑圧(自己否定)」が関わっている気がする。
個性の抑圧は、潜在的な能力と視野をも抑圧する。

政治が社会の縮図になりうるならば、社会(それを構成する人間)の問題解決能力が低いと問題解決能力の低い政治を選びやすいのかも。 社会がそういう運勢を作ってるのかも。
日本人が本質的に愚かなわけじゃないとは思うが、今のところ日本の集合無意識は本来の力(機能)が抑圧される傾向になっており、時折そのフラストレーションが歪んだ形で噴出するような印象。
どの話とは言わないけど、「ブーム的な八つ当たりや憂さ晴らし(代償行為)」による流行的な社会運動と「問題提起に基づく理性的な批判」を大衆が混同しているようじゃ「まともに機能してる」とは言いがたい。

政府や政治家がまともに機能しないなら、国民自体がまともに機能できるようになって、問題解決能力を上げるしかない。封印・抑圧された私たち自身の本来の機能(能力)を解放するしかない。
(これは独裁者願望のある有能な人間につけこまれない秘訣でもある)
私たち自身が、私達の体質を癒すしかない。建設的な意見を標的にしない体質へ。解決よりも代案なき批判の応酬を優先させない体質へ。弱肉強食の争いを、なりふり構わずどこにでも持ち込まない体質へ。弱者(敗者)に転落する恐怖に取り憑かれない体質へ。買い貯めパニックを起こさない体質へ・・・

「解決」と「解決しない代わりの憂さ晴らし(代償行為)」
選ぶのはどっち?

悩める当事者達に眠った個性溢れる解決能力よ、目覚めて互いの能力と連携を成せ。満開に花開け。

関連記事:心の飢えが本当の飢えを招く

2011年8月13日 (土)

【福島民謡×DEEP FOREST】 相馬盆歌

※以上に書かれた内容は全て個人の妄想です。根拠は何もありません。

気になる音楽コラボ動画を発見。

「相馬盆歌」は余震激しい福島県中通り・浜通りに伝わる民謡だ。歌詞は豊作を予祝(縁起を担いで予め祝うこと。先に祝っておくと実際にその通りになる、という考え方からの開運法)する内容である。
相馬盆歌の歌詞

「相馬盆歌」の後ろで流れてる曲はディープフォレストの「Pacifique」 。この曲もいい。

この「Pacifique 」という曲がイメージしているのは南太平洋。寒い東北の民謡と暖かい南太平洋をイメージした曲が妙に合うのは面白い。
南太平洋は龍脈区分で言うと第4龍脈のエリアだ。
(第4龍脈の通り道はヒマラヤ~雲南~東南アジア~インドネシア・ニューギニア~南太平洋~NZ)
この龍脈は昔から地震や噴火が活発な地域だったが、何故か震災直前~震災以降からはこの龍脈と日本が変動呼応を起こしやすくなっているようなのだ。Seismic_Monitorを見ていると、Mが大きめの地震が第4龍脈エリアで起きた数日以内に日本でも余震の震度がいつもより上がりやくなるケースが目立つ・・・

仮にそれが気のせいではなかった場合、何で南太平洋を通る第4龍脈と日本が呼応するのか。あくまでオカルトマニアによる個人的な想像ならできる。
東北沖の日本海溝~パラオまでを走る龍脈が第4龍脈エリアと合流していること。
古代日本で「まつろわぬ民」とされてしまった人々のなかにも、第4龍脈エリアに住む各種民族(ポリネシア系)と共通の祖先を持つ人々がいたこと(日本と第4龍脈地域に歴史的な縁があること)。
まつろわぬ民抑圧の歴史と龍脈の歪みが解消されていく流れが、縁のある龍脈同士の呼応を起こさせている可能性があること。

「Pacifique」 動画の後半、半裸の男達が不思議な歌と踊りを行うが、これはポリネシア系民族の儀式である。この儀式の中でも有名なのはマオリ族の「ハカ」。現代ではNZのラグビーチームが試合前に行っている。そうやってチームを鼓舞するのだ。
で、動画にもそんなハカの一種が使われている。
NZ(ここも第4龍脈エリア)のラグビーチームが踊るハカはちょっと面白い。NZは今年の恵方方角にある国なのでこのハカも今年の恵方の方角に存在するということになる。その歌詞はオカルト的に見ると今の日本のご時勢にとって何とも味わい深い歌詞なので以下にご紹介。

私は死ぬ! 私は死ぬ!
私は生きる! 私は生きる!

見よ、この勇気ある者を。
ここにいる毛深い男が再び太陽を輝かせる!
一歩はしごを上へ! さらに一歩上へ!
一歩はしごを上へ! そして最後の一歩!
そして外へ一歩!
太陽の光の中へ!

・・・心理学的には、太陽は自我のシンボルである。「個性化」を前提にした場合、「太陽の光の中へ」は抑圧された個性が解放されて自我と統合されることを意味する。統合前の古い自我は「死ぬ」。そして新しい個性を獲得しひとまわり大きく成長した自我が新たに「生まれる」。だから個性化は「死と再生のシナリオ」ともいえる。
そんな日本の個性化をシンボリックに暗示するような天体現象が来年5月21日(スカイツリー開業前日)に、太陽の死と再生を意味する冬至レイライン上で発生する

日本で「まつろわぬ民」とされてしまった人々のなかにも、第4龍脈エリアに住むポリネシア系と同じ祖先を持つ人々がいた。
また、東日本で「鬼」とされ歴史の闇の葬られた人々は、遺伝子的な理由で大和朝廷を作った人々よりも毛深かったという。
「ハカ」というを作ったマオリ族もまた、NZ版まつろわぬ民だった。

そんなことを考えながら東北の民謡とハカのハーモニーが共鳴する部分を聞くと、何か奇妙に鼓舞されている気分になる(もちろん妄想)。
その共鳴はこんなメッセージを発しているかもしれない。

「歴史を越えてはるか南洋と日本を繋げる龍脈と個性に幸あれ」

日本の開運と個性化を「予祝」するつもりで、そんなふうに書いてみる。

関連記事:日本の個性化
とある東の国の物語

2011年8月12日 (金)

とある東の国の物語2

~昔々。東洋の海に浮かんだある小さな国が、自分の個性の大部分を封印したまま世間を渡っていこうとしていた頃のお話~

BGM:Dear childhood friend

◆偽りの自信
明治以降の日本が戦争の時代を歩むことを選んだことについて、「列強の脅威の中で日本という国を保つためにはそれしか方法がなかった。『列強か植民地か』という選択肢しか存在しない世界では、自らも列強のようになって植民地を得ることは必要不可欠だった」という説がある。
確かに、開国以降日本がおかれた環境を見てみると、古代当時に日本列島にいたホンの一部の勢力が彼らの視点と都合と価値観で日本の個性のホンの一部だけを用いて(肯定して)作った一面的な「日本」があの環境を簡単に渡っていけるとは考えにくい。自分の個性の大部分を抑圧・否定した「ちっぽけな日本」があの環境をどう乗り越えるべきか。どうやって乗り越える自信を付ければいいのか・・・自己否定した状態で自信なんか本当に付くはずがない。

乗り越えるための開運の秘訣は恐らく、「ちっぽけな状態をやめてもっと大きくなること」。即ち、「個性化して抑圧していた他の個性を統合し、それと力を合わせること」。それが偽りのない自然な強さと本当の自信につながっただろうと思う。 抑圧されていた個性の中には、それぞれかけがえのない力があった。

◆自我肥大と領土の肥大
でも、日本はそれをしなかった。あくまで一面的なまま(=ちっぽけなまま)、その自己像を強く主張し「これが自分なんだから自分は今のままの自分をどんなことをしてでも貫き通し守らなければ! 大丈夫。きっと出来る。何しろ自分はあの大日本帝国なんだから! 他の国とは違うんだから! 実はすごいんだから!!」と偽りの自己像で自己否定と自信のなさ・弱さを誤魔化し、自我肥大をもたらす自己暗示をかけた。
(その時代に高畠華宵がよく描いた『傷を抱えながら必死に戦う華奢な少年』のモチーフは当時の日本が自己暗示にかかっていく様子を暗示している気がする。

その暗示は、大きな負荷と引き換えに日本を不自然な「ベルセルク(狂戦士・バーサーカー)」に仕立てていった。まさにアドレナリン依存症。あるいは手負いの獣か。
ベルセルク状態(バーサーク状態)になった日本は「桃太郎」に変身したのかもしれない。桃太郎は午(ウマ)に乗り、戌(イヌ)と申(サル)と酉(キジ)を「手下」にした。手下になった動物達の正体は近代日本が各方角で獲得した領土。午は南だから南方。戌は北西なので満州。申は南西だから台湾。酉は西だから朝鮮半島と遼東半島。実はどこも強い龍脈がある。そんな地域を手下にすれば強くなれると思ったのかもしれない(※)。
(古代に東北という強い龍脈を持った土地を『まつろわぬ地』『鬼の土地』と自ら封印してしまったから、その代用品というわけか)

そこまで妄想してふと思った。もしかするとこれ、群雄割拠していた古代日本でとある勢力が東征(まつろわぬ地の征服。主に関東・東北の蝦夷征伐)をはじめた時と同じ状態だったんじゃないか?
(桃太郎は東征のシンボルという説も実在する。手下の動物が各方角の地域を現すのも同じ)。
そして、「手下」にされた側が合意か不本意かは問題にしてない点も当時と同じかもしれない・・・

なお、「自我肥大」は別名「自我インフレ」ともいう。
自我肥大した日本が敗戦したときの経済状況はそれを体現している気がした。

◆個性化と正反対の戦い
あくまで自己否定(個性の抑圧)をやめないまま始めた戦いは、個性化とは正反対のものだった。
そもそも、「個性化」というのは、自分の個性を抑圧する様々な要素(親や歴史の影響、文化的影響、環境、固定観念など)を克服することが大前提だからだ。
即ち、本当に戦うべき対象は、自分の中にあったのだ。
日本は個性化を妨げる固定観念「これが私なんだから~」に打ち勝って、抑圧すれば激しく暴れて「鬼」と呼ばれるあの個性を忌み嫌い否定(抑圧)せずに認め、統合し、連携して活かしあうことで「ちっぽけ」を脱出し、その類稀な個性と独自性そのものが強み(切り札)になることで開国後に発生した脅威に対してもそれなりの自然なしたたかさで自然に対処することが出来ただろう。運勢もそれをバックアップしたと思われる。
それに、「鬼」と呼ばれた日本の個性には、その個性自身が持つ能力もさることながら、大自然が生み出した強力な龍脈(それこそ、鬼のように強い)がもれなく付いてくる。
それらを含め、「鬼」を虐げず(封印・抑圧せず)にしっかり統合し個性化して共に生きていれば(それと力を合わせていれば)、他の土地の龍脈を「手下」にするまでもなかったし、自我肥大(領土肥大)する必要もなかっただろう。
・・・だが、『統合』と『征服』の区別がついてなかった。
『鬼』と名付けられた個性は、不当に虐げ征服し抑圧するからこそ、本来のありようを歪められた分だけその反動でエネルギーが暴走して(怒って)「鬼」になるのだ。そうなったら人間の手には負えない。
「鬼」と呼ばれた個性のもつ強い力は、戦いに用いる力ではない。他の何処にもマネの出来ない(ゆえにどこも太刀打ちできず、侵略も破壊も出来ない)独自の未来を紡ぐための力だ。
(ケンカというのはどこかで波長が合わなければ成立しない。誰にもまねできない独特の個性を持った波長は、誰も波長を合わせることが出来ないのでケンカが成立しない)

◆電波なぼやき
結局、列強の存在は決して日本の個性化を妨げはしなかった。本当の強さを妨げはしなかった(=本当の敵ではなかった)。 日本が自己の強さを自ら妨げていた状態に付け込んだだけだ。
日本の個性化を(日本の本当の強さを)妨げていたのは、他でもない日本自身だったのだ。
本当なら自分の力と個性を抑圧して偽りの自己像や偽りの強さのために戦ったり多大な犠牲を払ったりする必要はなかったし、決してそんなことはしたくはなかった。
にもかかわらず、日本は自らそちらの方向へ暴走し、犠牲を出し、傷を負った(自らを傷つけた)。

「その1」でも書いたが、トラウマというものが形成される時、「避けることが出来たはずの犠牲を避けようとしなかった後悔」「本当は望んでいなかったことをしてしまった結果自ら招いた悲劇」もまた、要因になることがある。
そもそも古代からの自己否定自体、日本の無意識側は望んでいなかっただろう。 日本の個性のなかのホンの一部分だけが増長し、他の部分を押さえつけ、自分のしていることは個性の抑圧(自己否定)であるということに無自覚なまま、強引にエゴイスティックに推し進めていった物事でしかない。
そしてそんな「一部分の暴走」は近代にも受け継がれ、満州事変以降の日本の運勢にも如実に現れている。
「自己否定」と「暴走」の結果、日本は自分の意識や言動を歪ませ、自分を傷つける(自分の首を絞める)結果を自ら招いてしまった。

日本人は毎年、何かを掴もうとして先の戦いのトラウマを振り返り、自問自答し、時に出ることのない答えを求めて堂々巡りを繰り返す。
けれど、もしかしたらもっとずっと前から続いていた自己否定までさかのぼって振り返るべきなのかもしれない。
トラウマ解消のヒントは、案外そこにある可能性も・・・
日本をカウンセリングしたら、実際にはどんな答えが返ってくるのだろう?
人間には、せいぜいそれを電波に妄想することしか出来ない。

今、日本の運勢の背後で起きている凄まじい「歪みの解消」が、日本の集合無意識の歪みを解消し、近代史のトラウマの背景になった古くからの歪みをも解消する運勢へ、トラウマではなく教訓と成長の運勢へと日本を導いてくれるように祈ろうと思う。

※注:台湾が日本領だった時代、現地でも強力な龍脈が通る阿里山から材木(ヒノキ)を切り出して明治神宮の鳥居や伊勢神宮の建材や靖国神社の神門に使われた。これらに用いられた材木の樹齢は1200年~1500年のものが多く、要するに東征時代に芽吹いた樹である。これも一種の開運呪術かもしれない。
日本の龍脈が歪みを戻し始めた震災後の2011年4月、もとは日本が材木運搬用に作った台湾の阿里山森林鉄道にて、偶然にも車両通過にあわせて倒木が発生し、大規模な転覆事故が起きた(今も完全復旧のメドはついていない様子)。倒れた木は樹齢100年。日本が材木のためにこの鉄道を建設している頃芽吹いた木である。これもひとつの時代と運勢が終わりゆく暗示な気がする。
台湾の龍脈から切り出した樹で神聖なパーツを作っていた神社にどう影響するかは今のところ不明。
2012年追記:靖国神社の神門は燃えた。空襲でも焼けなかった結界の門は、火炎瓶一つであえなく火がついた。
靖国放火事件をオカルト視点で見る

日本の個性化
共同幻想から自己を取り戻せ
運勢の神業←日本が抑圧してきた「東北(=鬼)」という個性を統合し、抑圧してきたその龍脈が真の姿と動きを取り戻すとき。日本にも神業が発動する
太平洋戦争のベルセルク悲話

2011年8月 9日 (火)

日本軍部と米軍産複合体の癒着?


20110808長崎原爆投下の5時間前に軍の指導者は知... 投稿者 bakaTepco4

「それが、日本の姿ですかね。 また起きるんじゃないですか? そんなことを許していたら・・・」

・・・起きてしまいました。福島で。

とある東の国の物語1

前に書いた「日本の個性化」の特別編として、終戦記念シーズンにあわせた妄想記事を今日から2回に分けて書く。全ては個人の妄想であり、過去記事「日本の個性化」を先に読まないと意味不明であることをご了承下さい。

◆プロローグ
戦いと共に歩んだ近代日本は、先の記事で書いた「自己否定」を誤魔化すために構築した「偽りの日本像(人間なら偽りの自己像に相当)」を守るために(又は肥大させるために)、太平洋戦争でも大変な犠牲を払う羽目になった。で、その結果が敗戦。神風ひとつ吹きゃしなかった。
結局、あの頃自己否定を前提に構築された偽りの日本像「大日本帝国」は崩壊。民衆は自我肥大と共に作られたアレを本当に誇りに思うことは出来なくなった。
そして未だにこの国は、あの黒歴史のトラウマから抜け出せずにいる。あの時代はトラウマとして記憶されているだけで、まだ教訓として血肉にはなってない。「教訓」はトラウマを押し殺した先ではなく、抜け出した先にある。

日本が66年前に作った黒歴史のトラウマから抜け出せないのは、ある意味「無理もない」。大昔からの自己否定に気がつき、自己否定をやめて個性化することを選んだ時初めてトラウマから抜け出せるだろう(今はチャンスといえばチャンス)。
自分の言動や選択が不要な犠牲を生んだことによるトラウマは、自分にそのような言動や選択をさせた原因(これが自分の意識や言動を歪ませて自分を苦しめる働きをしている)までさかのぼり、その原因の視点から「本当はどうしたかったのか(どう出来たのか)」を理解し、そちらの方向へ意識や発想を軌道修正させることで解決することがある。いわば精神的に「歪みを解消する」ことで解決する感じ。ある意味龍脈と似ている。
で、日本に「本当はどうしたかったのか(どう出来たのか)」と問いかければ、恐らく「自己否定をやめて抑圧してきた自分の個性が持つ力を使いたかった」と答える可能性がある(妄想)。
「それは何故か?」と更に問いを進めれば、
「・・・自己否定に基づく歪んだ言動や選択をしなければ、偽りの自己像を作り固執する必要も、そのために多大な犠牲を払う必要もない。むしろ自己否定を解除することで個性化が進み、抑圧したままで未だ使っていない私の個性と可能性を今までの個性に統合し、それを味方につけて連携すれば、世間(国際社会)の荒波を乗り越えられた」
・・・そんな風に答えるような気がしないでもない(もちろん妄想)。

そして現在、日本は自分で「歪み」を絶賛軌道修正中。
龍脈の歪み解消はそれとリンクした現象なのかどうかは定かではない。科学的根拠などない。ただ、古代(東征時代)からの「自己否定(個性の抑圧)」に基づいて作られた一面的な日本(偽りの自己像)のみを開運させていく呪術が日本の龍脈と自然で健康的な運勢を歪めうることは十分想像できる。
日本列島にとって、それはかなり苦しかった可能性もある。だいぶ我慢しちゃってたかもしれない(ある意味日本人的?)。まるで間違った修行法を思いついて耐えがたきを耐え忍びがたきを忍んで実践し続けていたら体中が歪んでしまったかのようだ。
(時々、日本人の中に意義ある忍耐と無意味なやせ我慢や泣き寝入りを一緒くたに混同して美徳化する傾向があるように見えるんだが気のせいか?)。

龍脈の歪みが解消され、大地の気の流れと運気の流れが変化したことで、近代日本が明治神宮や靖国神社などで行ってきた開運呪術にも影響が出るかもしれない(もし現在まで当時の呪術が機能していたらの話だが)。
大きな変化を迎え始めている日本。今年の終戦記念シーズンは、いつもと少し雰囲気が違っているような気がする。


・・・次回に書くものは、上に書いた話を前提にして一個人が日本の個性化と日本の近代史から空想したことを書き連ねた内容である。それらはあくまで個人の一妄想であり、その内容には何の根拠もなければ実際の歴史との関連性も全くない。
実在する全ての物事とは無関係な、あくまでファンタジー世界の話だと思って欲しい。


2011.12.26追記
>近代日本が明治神宮や靖国神社などで行ってきた開運呪術にも影響が出るかもしれない
 ・・・なんか靖国がちょっと焦げてる・・・

2011年8月 6日 (土)

麻生太郎氏占ってみた

ニコニコ動画の調査で人気ランキング1位になった彼。どんな星の持ち主かと思って占星術ソフトにデータを突っ込んでみた。以下、鑑定結果が捏造でないことを示すため、ソフトの原文ママ。

【動画版】

【文章版】
天王星と海王星が非常に強いトライン
平均すると半世紀に1度ほど生じる世代的座相。美しいビジョンにもとづく変革を表す。
とくに意識の変革という意味がある。1967~68年生まれの人はこの世代に属する。

木星と土星が非常に強い合
いわゆる大合。20年に1度生じる。アクセルとブレーキの結合。表裏一体を成す権利と義務。やめるべきことをやめ、始めるべきことを始めるという重い責務が課せられた世代。この年は社会的にも重大な分岐点になりやすく、吉と出るか凶と出るか両極端。開戦に向かう 1940-41年は凶と出た例。西暦2000年に再び大合ができる。世代的な座相であるが、個人的な意味もかなり強い。この合を持つ人は、運命的に重い責務を背負う。キリストはこの大合を持つといわれる。
(オバマ大統領も持ってる星。カトリックの麻生氏は自分が『キリストの合』を持つと知ってるのかどうか・・・)

太陽と天王星が非常に強いトライン
活力と独創性の調和。新分野で精力的に活躍できる才能ないしは素質を持っている。新商品の開発や広告業など、豊かな発想力を必要とする分野に適性。行動にはユニークな面があり、しかも偏屈ではない。おもしろいやつとして好感を持たれる。

月と冥王星が強いスクェア
極度に鋭い感性を持つが、情緒不安定。

太陽と海王星が強い合
想像力が豊か。未来に向けて遠大な夢を描き、それが行動に直結する。理想が遠大すぎて、他人からは行動の意味が理解されにくい。多少押しつけがましさはあるが、美しい博愛の精神を持つ。健康運は不確実。
(エジソンと同じ)

水星と金星がセクスタイル
多彩な才能・素質を表す。

金星と土星がスクェア
愛情不信。人を素直に愛せず、葛藤に陥る。子供時代に両親から充分な愛情を得られなかった場合が多い。そのため恋愛においても障害が生じやすい。美への関心はあるが、やや不器用。また、冷淡で、美しいものに対して素直な感動を抱けないことが多い。浮ついたところがないのは美点。努力と誠実さによって過去の自分を超越すべし。(実はヒトラーと同じ。彼は乗り越えられなかったけど、麻生氏は・・・?)

金星と木星が弱いスクェア (オーブ 3.59)
鋭い美意識を持つが、浪費家で派手好き。けばけばしい。宝石や貴金属など、高価な物をみだりに欲しがる。欲望に限界がなく、三食昼寝つきの安楽な生活を送りつつなお不満を抱いたりする。時に悪巧みをめぐらし、ずる賢く立ち回るが、本人もだまされやすい。怠け者で不用心。(実はゲーテと同じ)

火星と木星がごく弱いトライン
非常に情熱的でチャレンジ精神旺盛。精力的に活動し、ぐんぐん伸びてゆく。

火星と海王星がごく弱い合
意味上、吉角・凶角両方の要素を併せ持つ。理想の未来を心に抱き尖鋭的に努力するが、他人にはその情熱が理解しずらい。直感力は異様なまでに研ぎ澄まされているが、これも「勘」なので他人には理解しずらい。現実逃避にエネルギーを傾け、やや自閉的な性格。(オタクと相性いい理由分かった気がする)

水星と冥王星がごく弱いセクスタイル
異常なまでの情報収集能力を持つ。知的能力や表現力も高い。異常なまでのすばやさという意味もある。
(外務大臣は向いてたかも)

火星と土星がごく弱いトライン
情熱と地道な努力の調和。野心的、意欲的で勇気があり、しかも腰を据えてじっくりと努力を続ける集中力と持続力もある。人生において成功するタイプだが、雰囲気は陰気で、冷たい感じを与えやすい。
(集中力が持続するならクレー射撃は向いてそう)

火星と天王星がごく弱いトライン
情熱と独創性の調和。新しい分野を切り開くことのできる才能あるいは素質の持ち主。変革の指導者としての適性あり。ユニークな感性で成功。自分のやり方を貫き通す。
(実はマリー・アントワネットと同じ。大きな変革に直面しやすい星回り)


オバマ大統領占ってみた部分と全体 連携と循環

2011年8月 2日 (火)

部分と全体 連携と循環

『我々の間にチームプレイなどという都合のよい言い訳は存在せん。あるとすればスタンドプレーから生じるチームワークだけだ。』
---------「攻殻機動隊」


◆意欲と可能性が育つ環境の守護者
ポスト菅、動き活発化=「8月退陣」にらむ
私が上で引用したアニメの科白は、とある凄腕ハッカーの手がかりをつかむために特技を生かした独自行動の許可を求めた主人公(公安9課所属)に対し、彼女のボスが答えた言葉だ。
時に「良いボス」というものは、必ずしも自分の主張を強く持ってそれを実行し周囲をぐいぐい引っ張っていく力のある人(指導力のあるワンマンタイプ含む)や強いリーダーシップ能力(統率力・引率力)が高い者とは限らない。
むしろ、「お前の思うようにやってみなさい。責任は私が取るから」というタイプがうまくいく時もある。見ようによってはお気楽な丸投げ。とりたててリーダーシップも指導力も見えない。覇気も感じない。人を見る目はあっても自分自身は強く主張しない。
でもそれが、それぞれの担当部に自己表現の場を提供し、めいっぱいの力を発揮させ、(良い意味でのスタンドプレーを促し)、それらが集合無意識規模で最高の連係プレーを生み出すことがある。
それがいわゆる、「スタンドプレーから生じるチームワーク」って奴だ。

個人的には、阪神大震災からの復興が必要だった村山富一氏の時がややそれに近い気がする。彼はいわゆる「素人のお飾り」だった。利権を持たず、特定勢力の操り人形でもなく、自分の主張を実現しようとか、俺が天下を取って動かそうとかいう野望もなかった(多分草食系)。
でも、復興時にはそれぞれの分野を意欲ある人に「早い者勝ち」で丸投げした。責任は自分持ちで。
だから結果的に復興の流れは今よりスピーディーにできた。
村山政権自体にはそれなりの問題や課題はあっただろう(とくに災害直後の対応は本当に素人でしかなく、しかも素人に対する周囲の助言やフォローも不十分だったといわれている。利権のつかない素人をフォローしてもメリットがないから? という空想をしたが穿ちすぎだろうか)。
問題や課題はあるにせよ、ある部分に関しては今よりもマシに振舞った素人のおじいちゃんだといえそう。
それを踏まえると、菅氏は村山氏と正反対なタイプのボス?
「何も進まずにただ叩かれるだけ」と「叩かれるのと同時に何かは進んでいる」。どっちがいいだろう?
(政治は指導者一人でやるもんじゃない。自分ひとりでやろうとすれば、独りぼっちになってしまう)
ポスト菅候補達の中には、「意欲と可能性が育つ環境の守護者」みたいなタイプのボスになれそうな人は、今のところ見当たらない。ああいう母性的な要素を持つ政治家というのは少ないのかもしれない。
(ニコニコ動画の調査では麻生氏も人気なようだが、彼はどんなタイプだろう? いつか星を見てみようか・・・)

◆「和」と「輪」
「スタンドプレーから生じるチームワーク」・・・日本では、こういうのを昔から「和」と表現していた気がする。
「和」は水瓶座のキーワード「循環」にも繋がる。「循環」は「部分の連携」によって生まれるからだ。
そして「和」につながる循環のキーワードを持つ水瓶座は、日本の星座でもある。日本の誕生日は2月11日で水瓶座生まれだからだ。
(この『和』はあくまでスタンドプレー由来であることがミソ。マスゲームとはちがう)

全体を支える各担当部を車輪のスポーク(一つ一つが車体を支える機能を持つ)に例えれば、それらが機能しやすいように取りまとめるボスはスポークを集約し車軸と結びつける甑(こしき)でもある。 甑は自ら動かず、主張する存在ではない。しかし甑がなければ、車輪は回転しない。回転することで車体の重さを各スポークが持ち回りで支え、重さを車輪のなかで循環させることが出来ない。
甑にまとめられたスポーク同士の各機能が「循環」できるようにした姿。それが車輪だ。もしスポーク同士やスポークと甑同士が攻撃しあったり、スポークや甑が車の目指す進行方向ではなく利権が誘惑する方向に向いたりしてまとまりが悪くなれば、車輪に加わる力の流れが歪んで真っ直ぐ進めない。車輪は歪んだ形となり、輪(リング)の形にはならず、きちんと正常に回転(循環)してくれない。「スタンドプレーから生じるチームワーク(和)」なんて夢のまた夢だ。

◆戦車と車輪
タロットカードには「車輪(別名運命の輪)」というカードがある。
車輪がうまく回ってくれなければ、その上に乗った物事(今回の話でいうなら日本や復興の運勢)は前に進んでくれない。
すると、タロットでは「戦車(Chariot)」の逆位置になる。カードの意味は「挫折」とか「暴走(迷走)」。
で、今日本を載せた戦車は車輪がおかしいからまともに進んでいない。 戦車のカードは逆位置だ。
多分、新しい車輪(=新しい運命の輪)に変わる時期だからだろう。龍脈の歪み解消は車輪の歪みを解消させ、新しい車輪に変容させるとっかかりになるだろうか?

ちなみに、中国が乗っている戦車も逆位置だろう。しかも車輪がおかしいのにやたらと元気でパワーを注ぎまくってるから、その力がいびつに働いてあらぬ方向へ暴走気味(パワーという英単語には権力という意味もある)。強引なパワーが「暴走」のエネルギー源になって制御不能になりそう。
そのシンボルが現象化した運勢は何か?
そう。例の新幹線だ(事故現場は龍脈の真上。風水的に見ても事故は中国に大きな影響を与えそう)。
多分この現象化はこれだけじゃ終わらない。「制御不能」は新幹線だけじゃないはず。
下手をすれば、いびつな力を加え続けたあげく「車輪」がバラバラに分解し、その上に乗っている車体は転覆しかねない。

でも、日本だってそれを見て笑えないのだ。まともな車輪を作れてないのは同じなんだから。

「スタンドプレーから生じるチームワーク」、「和」・・・これらは理想的な社会のあり方を表現する言葉でもあると思う。震災のために放送されなかった九州新幹線のCMもまさにそれぞれの個性が自由に発揮された結果生まれた「スタンドプレーから生じるチームワーク」による人気作品である。作品の参加者一人一人の自由な(好き勝手な)自己表現こそがチームワークとなって素敵な作品を成立させているのだ。
キャッチフレーズは「ひとつになってくれてありがとう」。
日本が龍脈の歪みを解消し開運していくにつれて、あのCMのような雰囲気が生まれてくるかもしれない。

そのCM動画

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