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2011年7月

2011年7月29日 (金)

久石譲 1920~AGE OF ILLUSION

1920年代の終末期に人類は初めて世界規模の経済恐慌を知ることになった。
それから70数年後の1992年。バブル崩壊を味わった日本でこの曲は生まれた。
更に16年後の2008年、世界規模の経済恐慌第2弾も第1弾と同じ場所で発生した。
それらを振り返って聞くと感慨深い曲である。

不況下の今。世界はあの頃(1920年代)が発端になって生まれた「歪み」からも戻る時期に来ているかもしれない。

2011年7月24日 (日)

おしらせ

心の飢えが本当の飢えを招くをさらに加筆・修正してリメイクしました。今まで以上にひどい毒電波仕様になっております。

多分この記事、どんどん電波な方向へ進化していく様な気がする・・・

2011年7月22日 (金)

探し求める存在は、もしかすると・・・

「心が折れそう」婚活に疲れた女性たちへ

もう何年も婚活をしているけれど、くたびれてしまった。魅力的でない人ばかり紹介されて、自分も世間的にはこのレベルなのかと思うと、心底傷つく。妥協しなくちゃとは思うのだけれど、なかなか踏ん切りがつかない…。教えて!gooにもたくさんの相談が寄せられています。

最近、思い通りに進まない(出会えない)婚活に疲れる女性達が続出する世相を反映し、精神科には「婚活疲労外来」なんてモノまで出来たそうだ。
女性が探し求める理想のお相手像。運命の人、「私だけの王子様」・・・それが持つ特徴やスペックやキャラ特性は、しばしば自分自身の中に秘められていまだ生かされることなく眠っている封印(抑圧)された個性や可能性や願望の象徴になっていることが多い、いわば「もうひとりの自分」ともいえる。
ユング心理学だとこういうのを「アニムス」という。

(人間には性別を問わず一人の中に女性性と男性性両方が存在している。実際にそのどちらを多く使って生きているかは広く個人差があるので、そういう観点から見れば同性愛や女装癖・男装癖も不自然ではない)。

「自分の中に眠る秘められた姿と未来の可能性(=アニムス)」・・・無意識にそういうものを求めている場合、アニムスを連想・投影させる人を魅力的だと感じやすい。己の内なる世界に住むアニムスは、しばしば無意識のうちに生身の他人へ投影され、混同・同一視されやすいようだ。

逆に、自分が持つアニムスの条件に合致しない人は「魅力的ではない」と感じやすい。人によっては、「無価値」とすら判断するかもしれない。
そんな「魅力的でない人(アニムスではない人)」ばかりを世間から紹介された時、「出会う人間・紹介された人間=運命の人(=アニムス)」と無意識に誤認していると、
「私の内なる個性と可能性はこの程度でしかなかった=私と言う存在は所詮この程度=私には魅力や可能性がない」という思い込みをしやすいのかもしれない。
極端になれば「世間が私に紹介してきた魅力のない男性は、そんな人が私(のアニムス)にはお似合いだと世間が見なした証」とか「世間は私の内面をその程度にしか評価していない・尊重していない」といったふうに思い込むことさえあるかもしれない(もちろんこれも無意識の誤認)。
この前提だと、世間から紹介された魅力的でない人を「無価値」と判断する人にいたっては、「無価値な人しか紹介されない私も無価値」という認識を作ってしまうことさえある。
また、外部(他人)からの評価に自尊心を依存しすぎてしまうことが自分を追い詰めてしまうケースもある。その場合、外部から高く評価されないと、生まれてから今までの自分の人生を全否定してしまっていないか注意。

実際のところ、「私だけの運命の王子様(=アニムス)」がどうして「私だけの~」になるかといえば、それが世界に一人しかいない「自分」という存在の中にいるからだ。(ゆえに、外の世界に彼はいない。上にあげたリンク先のニュース記事でもアニムス探求と外に世界にいる人間との結婚を別々に考えたことが上手くいった例を挙げている)
案外、「彼(アニムス)」は生まれたときからずっとそばにいて、己の存在に気づくのを待ってるのかもしれない(いや、ふとした拍子に本人に己のイメージを思い浮かべさせたり、象徴的な意味を持つ空想をさせたり、夢の中に出てくる、といった形で働きかけてさえいるかもしれない)。
そして、無意識の自分は、彼のことを以前から知っているのかもしれない。本当に何も知らなければ、それを外の世界に探し求める発想すら湧かない。何か・誰かに投影することすら出来ない。 もしかすると、探す前からとっくに「彼(私だけの運命の王子様)」とは出会っているのかもしれない。

時と場合によっては、心折れそうな人々が婚活・恋活(時には浮気相手募集)という手段を使って自分が探し求めている存在は、もしかすると自分の中にこそいるのかもしれない。もしかすると、探すべき場所は婚活会場よりはるかに近く、自分に一番近い場所だったかもしれない(近すぎて逆にわかりにくいという面もある。とても近くて、とても深い)

自分が探し求めている「運命のお相手」と結婚したいということは、自分の中のアニムスと結ばれたいということだ。無意識のつながりだけではなく、もう一人の自分と意識的なつながりを得たいと言うことでもある。
意識的なつながりを得ることで、自分とアニムスの個性を統合し、己の人格に新たな個性が加わりし、その個性や可能性を人生に生かし、秘められた願望を満たしたり新しい生き方をすることも出来る。 それは、世界でたった一人、「自分」にしか出来ないことだ。
心の中にいるアニムス(もう一人の自分)の側から今の自分を見れば、彼は
「自分の存在にしっかり気づくことが出来れば、この世で共に生きて幸せを二人で作っていくことも出来るのだが・・・」
と思っているかもしれない。

自分の求めるお相手像・・・アニムス・・・それが持つ特徴やスペックやキャラ特性は、しばしば自分自身の中に秘められていまだ生かされることなく眠っている封印(抑圧)された個性や可能性や願望の象徴になっていることが多い。それらの象徴が何を表現し、何を示しているのかを読み解くカギもまた、自分の中に眠っている。
その特徴やスペックやキャラ特性がどうして魅力的なのか。そういう人と結ばれると自分はどんなふうになれるのか。どんな未来が期待できるのか・・・それらが自分の望む自分個人の生き方であり、実現しうる個性と可能性を読み解くカギになるだろうか?
アニムスと結ばれる(今の自分とアニムスを統合する)・・・それはおそらく、上の記事でいう「結婚抜きでも幸せになる」ってことの一つかもしれない。 当然、結婚する前から幸せを知っててもいいはず。
アニムスと結婚を同一視するやり方がどうもしっくり来ない場合は、ふたつを別々に考え別々の方法でアプローチするやり方があってもいいとおもう。アニムスへの愛と生身の結婚相手への愛、別々に実現してもいいと思う。

宇多田ヒカル - FINAL DISTANCE

PVの最後あたり。無意識の中でアニムスと距離を縮め統合するのに成功したみたい。

黄色の歌詞に注目(コメント下段)↓  夢に出てきた「彼」は彼女のアニムスかも。
 

>
↑同じく、歌詞に注目。水は無意識のシンボル。このPVに出てくるイケメンが最後は主人公の部屋(=心の中の象徴。最も近い場所)にいて微笑むところが意味深。実在の人物に投影して探し求めていたアニムスが心の中にいることを知ったような描写。

 
余談:
一人の女性主人公の周りに沢山の魅力的で個性的な男性がとりまくタイプの乙女ゲーは、男性キャラ一つ一つが主人公のアニムスを象徴してることがある。毒や癖のあるキャラもまた、主人公の内面の一部だったりする。
なお、女性にとってのアニムスと同じ働きをするものが男性にもあり、それを「アニマ」という。
今まで上に書いたことは恋人探し・お相手探しに疲れた男性にだって言えるかも知れない。

恋人は、誰よりもあなたのそばに?
↑これ、当時はちょっと違う条件の恋愛について書いてたんだけど、婚活してる人の中でも当てはまる人いるのかも・・・
結婚より生き方を探せ?
就活自殺の増加に思うこと←就活を結活に置き換えて読んでみよう。

2011年7月15日 (金)

ヤマトタケルの神話と2つの断層

※以下に書かれて居る者は全て科学的根拠のない妄想です。くれぐれも真に受けないで下さい。

◆三浦半島断層群周辺の歴史的因縁
三浦半島も地震確率高まる=大震災で断層動きやすく-全国4カ所目・政府調査委
三浦半島とその周辺の土地は、古代、ヤマトタケルの息子を祖とする「鎌倉別(かまくらわけ)」が支配していた場所らしい(鎌倉別が治めていた三浦半島と房総半島の断層は多分、浦賀水道を挟んで龍脈でつながってる)。
ヤマトタケルといえば、古代の国造りの時代、父親である景行天皇に疎まれて九州から関東まで様々な地方にいた「まつろわぬ民」を平定して回る任務(ある意味左遷)を命じられ、その任務で数々の活躍をした国造り&東征のヒーローでもある。最期は伊吹山(パワースポット)にいた蛇神(多分龍脈のシンボル)との戦いに敗れて病気になり、伊勢神宮に蝦夷の捕虜を献上したあと三重県亀山市で死亡。死後の魂は白鳥になったという。

三浦半島の断層のニュースをきっかけに、今回はこの「ヤマトタケル」の物語と、それにちなむ地域の二つの断層のこと、そして東国(あづま)を「鬼の土地」と見なしながら、以外にもその呼び名「あづま」にはロマンチックな由来が付いている理由についてとりとめもなく妄想してみた。

三浦半島は、ヤマトタケルが浦賀水道を渡るときに訪れた場所でもある(それで息子がこの土地を治めるようになったわけだ)。実は、ここで発生したあるエピソードが、古代大和朝廷を作った人々の言葉で東(東国)を「あづま」と呼ぶようになった由来になっているのだ。

◆「あづま」の由来 by古事記
東征中のヤマトタケルが神奈川の浦賀水道(例の断層を持つ三浦半島のある海)を船で渡ろうとしたとき、その土地神の攻撃で船は嵐に巻き込まれる。危機が訪れた時、同行していたヤマトタケルの妻である弟橘媛が自らを生贄にして嵐を鎮めた(嵐の原因は慢心したタケルの失言と記す書物もある)。
生贄として入水する際、弟橘媛は、東征の過程で敵の謀略により焼き討ちにあった時ヤマトタケルが自分を気遣ってくれたこと(※その昔ヤマタノオロチの体内から出てきたという『草薙の剣』で草を刈って火の延焼を防ぐ話)を思い出し、歌を詠む。
「相模野で火に囲まれたとき、私を気遣ってくださいましたね」という意味の歌を残し、弟橘媛は波間に消えた。
・・・7日後、入水した弟橘媛の櫛だけが対岸(千葉)に流れ着いたという。
その後、東国を平定したヤマトタケルが足柄山に登って弟橘媛が入水した方角を見て、「吾妻はや」(わが妻よ)と3回嘆いた。 それ以来、東国は「あづま(=吾妻)」と呼ばれるようになった。

・・・東国を「鬼の土地」としていながら、呼び名の由来だけは妙にロマンチックなのは何故だろう?

◆2つの断層にまつわる偶然
ヤマトタケルが3回嘆いた山岳地帯を形成する龍脈エリアには、「神縄・国府津-松田起震断層」 という将来活動率の高い断層があり、相模湾の中にある相模トラフまでつながっている。 活動周期は3千年で、震災の数年前から既に周期の3千年を過ぎてるため以前から注目されていた。
ヤマトタケルが訪れた場所(出雲、伊吹、浦賀水道)を含む春分・秋分レイラインが偶然にも神縄・国府津-松田起震断層と三浦半島(しかも断層群周辺)を通っている。この線をずっと東に引っ張れば、浦賀水道を横切って時々余震を起こす千葉東方沖にも到達する。

下の2つの図で例の断層の位置(クリックで拡大)と震災後の地震リスクマップを見比べてみると・・・
Danso_2
Risk_point

もしも「地震が起きやすい場所には『大和朝廷との深い因縁』という共通点が多い()」とすれば、この二つの断層もその条件に当てはまる。そしてこの断層周辺をリスクマップで見ると、見事に黒い。
・・・これちょっとオカルトホラー? 
でも今の話は全部科学的根拠のない妄想なのでご心配なく。日本は昔から常に高い地震リスクと隣り合わせでここまでやって来たのだから。オカルトとは無関係に、日々の備えが大切だ。

◆個性化と再会の物語
「あづま(東・東国)」。この発音は、彼らの言葉で「わが妻(吾妻)」と同じである。
彼らが作った「日本」。その抑圧された個性であり、もうひとりの自分であるアニマ(理想の女性像。その特徴は自分の抑圧された個性や可能性を象徴していることが多い)。
日本の個性化(前記事参照)によって「結ばれる(統合される)」べき抑圧された個性。それが「あづま(わが妻)」とも呼ばれていた地域「東日本」なのかもしれない。
普段、東日本を「鬼の住む土地」として東征を進める古代大和朝廷側の人々。しかし彼らは、心の片隅で知っていたのかもしれない。日本の個性を自分たちが封印(抑圧・否定)していったことを。封印したからこそ、東日本の個性は「鬼」になったことを。
それが物語の中でヤマトタケルに「わが妻よ」と3回も嘆かせ、それを東国の呼び名の由来にした背景?
夢解釈の世界だと、海(もしくは水)は、無意識(もしくは集合無意識)のシンボルでもある。「意識の水面下」ってやつだ。
弟橘媛は、日本の無意識領域に閉じ込められたまま再び結ばれる日を待つ抑圧された日本の個性のシンボルであり、日本のアニマキャラなのかもしれない。彼女も長い間海に・・・
(死後に鬼女となったイザナミは、封印されて鬼になった後のアニマを象徴してる?)

震災後の3月26日、あの「神縄・国府津-松田起震断層」に程近い小田原の海(相模湾)で、小さなクジラが一匹だけ打ち上げられた。ヤマトタケルが嘆いた場所から見える海だ。
その後、茅ヶ崎でも同じ種類のクジラが一匹だけ打ち上がった。
何だか、クジラの場所が二人の引き裂かれた三浦半島(浦賀水道)に近づいているような・・・?

2011.12.14追記:
ヤマト君、タケル君、ミコトちゃんが同じ産婦人科で相次いで生まれる というシンクロニシティーすごい。しかもサクヤちゃんまで。
本日、断層龍脈が通る船橋(実は野田首相の出身地)の港にイルカ(=小型のクジラ)が迷い込んだ。このイルカは、浦賀水道を通って東京湾の北岸に来たことになる。船橋にもヤマトタケルゆかりの神社がある。

2012.3.30追記:
房総半島沖に未知の活断層が見つかった。発見された2つの断層のうち、東側のやつがヤマトタケルに縁深い春秋レイラインの延上にある。震災の震源が冬至・夏至レイラインの延長上だったこともあるので、やや気になるところ。

2012.5.10追記
ヤマトタケルが3回嘆いた足柄山。まさにその真下に新しい活断層が存在する可能性が出てきた。もしこの断層の存在が確認されれば、富士の麓から足柄山を通り、神縄・国府津-松田起震断層を経て海中の相模トラフへと続いてるわけだ。 ちょっと衝撃的。

2011年7月12日 (火)

日本の「個性化」

三省堂 大辞林より、「個性化」について:

こせい-か ―くわ 0 【個性化】
精神分析学者ユングの用語。個人に内在する可能性を実現し、人格を完成していくこと。個体化。

◆個性の抑圧と自己否定
東征時代から現代まで続いた運気と運勢によって作り上げられた日本の姿。それは、日本の持つ個性のホンの一部に過ぎない。けれども私達は恐らく、その一部しかまだ知らない。その一部をもって「日本とはこういうもの」と思い込んでいるような気がする。
私達の知っている「日本」という世界は、古代当時に日本列島にいたホンの一部の有力な勢力(大和朝廷と『ひのもとの国』を作った人々)が彼らの視点と都合と価値観に基づいて形作りまとめ上げた、一面的な狭い世界でしかないのだろう。 「大和」という一地方の地名が国名として使われたことにその片鱗をうかがい知れる。
個性のホンの一部と、その部分だけで作られた一面的な狭い世界・・・残りの個性は、世界を広くさせる素材は、大昔に抑圧し、押し殺されてしまったまま。それらを「不都合なもの・劣った無価値なもの・国造りには必要のない邪魔者」と一面的な視点から大部分を否定してしまった。鬼とか化物とか、しょうもない蔑称をつけて征伐され、抑圧(封印)されてしまったりもした。

それはまるで、一人の人間が自分の個性の大部分を自覚することも活用することもなく無意識領域に押し込めたまま今まで生きてきて、己の個性の大部分を抑圧した状態にいるのとそっくりだ。

人間の場合、思春期に一度自分の個性に目覚め、それを自我に統合し、「自我(自分)の個性の一つ」として人生のなかで使い始めることが多い。
自分の個性を自覚し、それを自分の一部として受け入れ統合し、その個性と共に(時にはその個性を活用して)生きていくことを、ユング心理学では「個性化」という。これは思春期だけではなく、あらゆる年齢域で発生しうるといわれている。

自分(自我)が知っている「自分」は、「自分全体」のなかのホンの一部、小さな範囲のみで、「小さな自分」は少しずつ個性に目覚め、全体性に近づいていく。それが個性化のイメージだ。
(ちなみにユング心理学では自分全体のことをセルフと言う。自我や本能や無意識を含めた全ての領域を総合しており、とんでもないメモリー容量を持っているといわれている※)

人間は時々、「無意識的で無自覚だった(隠れていた)自分の個性」を目の当たりにしたとき、それを自分の短所や恥部として認識したり、そんな個性にコンプレックスや嫌悪感を持ったり、その個性を出しにくい環境にいたりした場合、「こんな無価値なものは人生や人格形成に必要がない。邪魔なだけだ」と自分によって自分の個性が否定・抑圧され、自分の一部として受け入れ統合できないまま(人生に活用できずに)生きるケースがある(ステレオタイプな価値観や風潮に流されすぎてもそうなりやすい)。
あるいは、自分の個性に無自覚なゆえにそれを人生のなかで活用できずにいることが背景となって「己の生きる価値(生きる喜び)を見出せない」と考える人もいる。

とまれ何らかの理由で自分の個性が無意識下に抑圧されたまま統合されず活用できずにいると、自分(自我)に新しい個性を加えることが出来ないので、「変われない(成長できない)」「個性化が進まない」という状態になる。
場合によっては、個性化によって発生する変化(成長)に対して、
「これが私なんだから、それが変わってしまえば私ではなくなる。変化を肯定したら私を否定することになる。私は今のままの私を貫かなければ」
と頑なに思いこんでしまうことだってあるかもしれない。
でもこれ、実はこれ自体が立派な自己否定の証拠だ。自分の大部分を否定した前提の上で作られた発想だからだ。

◆自己否定の裏返し
そんな無意識の自己否定は、時に過剰に高いプライドや優越感、又は何かの(誰かの)せいで自分が損なわれている感覚、尊重されていない感覚、他者を見下すことで自尊心を保とうとする傾向(不安定な自尊心)、といった形で表面に現れることもある。ひどいとそれらが変な妄想を生むこともある。
自分が損なわれているのは、誰かのせいでも何かのせいでもなく、自分のせいなのだが、それを無意識に他人のせいにしてしまうことで、被害妄想やトラブルに発展することもありうる。
そういった様々な「歪んだ表面化」は、みんな自己否定の裏返しってやつだ。

この状態、ある意味で近代の日本史に発生したナショナリズムや現代でも見かける一部の大衆心理とそっくりに見える。(多分、日本と同盟してた頃のドイツもそんな状態にあり、日本と波長が合った?)

今の日本は、「まつろわぬ民・まつろわぬ地」という長年抑圧していた個性を受け入れ統合する個性化の時期にあるような気がする。そんな個性化の時期に合わせて、今までの一面的な「日本」に大きな変化が起きているような運勢を感じる。
ある意味では、日本は長い間「自己否定」していたのだろう。それに基づいて歴史と運勢を紡いできたのかもしれない。時には自己否定の裏返し(表面化)によって発生した出来事もあったかもしれない。特に、東征時代から続く開運の系譜を受け継いでいた物事の中に。
(系譜を受け継いだのは各幕府、明治~戦時中の政府、原発含む戦後の政財界など)

偽りもしそうなら、だいぶ歪んでいたと思う。自己否定をしたままでは、どんなに「日本」を持ち上げたところでまともなアイデンティティーにはなりえない。それを本当に誇りに思うことも出来ない。それは自己否定を誤魔化すための、のものでしかない。そして偽りの自己像を評価することに固執すればするほど、惨めになっていくかもしれない。
「本当の自分は評価してない」と己に言い聞かせてるようなものだから。
(そんな惨めさを覆い隠すために尚更尊大になっていき、自我肥大を繰り返す悪循環が発生することさえありうる)

以前から一部の大衆心理に発生していた、妙に他国を見下し、常にそれらから日本が損なわれ脅かされ続けているように感じて憎んだり、極端なナショナリズムにのめりこんでいく傾向。個性化の時期に来ている日本でそんな傾向の激化がもしも起きているとすれば、それは「日本の自己否定」による裏返し、だったりして。
(日本のとある番組で、韓国が嫌いらしい日本人のコメンテーターが『日本でキムチ鍋に一定の人気があった』というだけの理由で同じ日本人に対し『キムチ鍋を食べているのは低所得層だけで、欲求不満の強い人たちだ』と嫌悪感を示す展開があったらしい。まさかあれも例の裏返しだろうか? そこまで極端になると、嫌悪する相手に自己の内面を投影していないか要注意)

自己否定の裏返し。それは更に裏を返せば(すなわち裏返しでなく本音に戻れば)、
「抑圧してきた個性を統合して個性化を進めたい・自己否定から脱出したい・本当の自分を肯定・評価したい」ということでもある。
けれど今は、日本の集合無意識に潜む歴史規模の自己否定が抑圧されたまま歪んだ形(裏返しの形)で表面化し、一部の人々がそれに衝き動かされて暴走しているような感じ。

特に個人でも強い自己否定を抱えている場合、そんな歪んだ表面化に共鳴して「衝き動かされやすい」かもしれない。
(ヒトラー台頭期の貧しいドイツでも似たタイプの問題が発生して大衆が衝き動かされ暴走し、深刻な結末を残した可能性があるような・・・)

◆日本の個性化
一部では、今日本に起こりつつあるすさまじい変化を「日本が壊れていくみたいだ」と受け入れがたく感じる向きもあるだろう。けれども、 「以前の様子こそがあるべき日本の姿なのだから、それが変わってしまえば日本ではなくなってしまう。今起きている変化を肯定したら日本を否定することになる。こんな変化が起きてしまえば、日本はもう終わりだ。過去の日本を取り戻さなくては・・・」
・・・という思いつめ方はしなくていい気がする(多分、過去の栄光にすがり続ける必要もない気がする)。
ある意味では、自己否定を抜け出すために大昔までさかのぼって「取り戻す」ような感じ。
なので、変化をむやみに心配しなくていい気がする。

一部を除いた多くの個性を抑圧したために陥った「自己否定状態」と、そこで作られた(その抑圧を前提基盤に使って作られた)一面的な世界。その世界で作られた日本の歪んだアイデンティティー(自我認識)と、その世界が作ってきた歴史の歪み。運気の歪み・・・それらが解消された時、日本は個性化によって変化(成長)したってことじゃないかな。某アニメ風に言えば「世界を革命した」と言ってもいいか(今回の個性化が完了するのに何年かかるか分からないけど)。

「鬼」呼ばわりしていた個性を統合し個性化した日本は、そのバージョンアップした新しい自分を生かし、より豊かで魅力的に変化するだろう(どんな個性も何らかの形で活かせれば魅力になる。自分自身にとって何よりも魅力的なことになる)。そしてまたいつか、新たな個性化を遂げていくのだろう。
抑圧された個性と、そうでない個性。そのどれもがみな日本の個性であり、魅力なのだろう。

今起きている一見ピンチにみえるものは、ある意味チャンスの予兆なのかもしれない。 それがピンチなのは、個性化の過程で生じる「終わりゆくもの(例えば個性化前の古いアイデンティティー、それが作っていた物事)」にだけ意識を合わせてしまっていて、これから生まれゆく新たなもの、新たな可能性に意識が向いていないからかもしれない。「今まで作ってきたもの」ばかりに焦点が合っていて「これから作るもの」には焦点が合ってない感じ。「今までの一面的に作られた日本のみが正しい日本なのだ」と思い込んでいれば確かにピンチに見えてしまうかも。
個性化を遂げてバージョンアップすれば、作る必要のあるものが昔と違う。今まで作れなかったものも作れる。
今まで作ってきたものもまた、未来の個性化につながる長い歴史のワンステップなのだろう(例えば自分の人生を振り返ったとき、幼稚園でのお遊戯がとても楽しかったことがその後の人格形成において全くムダだったとは思わないように。かといって今さらお遊戯する必要はない)。
とまれ、「日本」に関しては後ろ向きにはならなくていい気がする。「ピンチはチャンス」って今年の節分の暗示にも出てたし。


そのため、オカルトな世界では「個性化って死後も続くんじゃないか?」という人も。


以上の記事は、この曲を聴いて妄想したものです。コメント下段に歌詞あり。

レディーガガの「BORN THIS WAY」

「全ての人間は、偽りの自己像ではなくありのままの(本当の)自分の中にこそ素晴らしいものが秘められているわ。偽りの自己像で真実の自分を押し殺さないで。私はこうあるため(真実の自分を生かすため)に生まれたのよ」この歌はそんな風に聞こえた。
この歌がヒットしていた頃、ガガは震災を受けた(ピンチの裏側で個性化に向けて龍脈と歴史の歪みが戻り始めた)日本をとても気にかけてくれていた。

全ての人が(全ての国が)真実の自分を見つけていき、真実の自分を生きていけますように。

True Colors
とある東の国の物語
共同幻想から自己をとりもどせ?

2011年7月 5日 (火)

和歌山の地震と奇妙な偶然?

※以下に書かれていることは個人の妄想及びこじつけです。科学的根拠はありません。

和歌山県で5強、津波心配なし

震源を見ると、鹿島~霧島を結ぶレイライン(茶色)と中央構造線(赤)の間に位置している。レイライン(人工龍脈)に引き込まれていた中央構造線(日本で数多くの山岳龍脈や断層龍脈を作った巨大な龍脈。古代に国土開発や軍事的な目的のために呪術でいじられたことがある?)の気が元の流れに戻っていくパターンか?
龍脈と気を川と水に例えれば、「川から強引に運河へ引かれていた水が解放されて元の場所に戻っていった」感じ。
(ちなみに、松本の5強を起こした可能性のあるフォッサマグナ上の牛伏断層は最南端の諏訪大社の真下で中央構造線と合流している)
Fosline_2

また、この震源は出雲~高野山~熊野を結ぶレイラインのエリアと重なっていることもオカルト的には意味深。
レイラインマップ参照
鹿島~霧島のレイラインが夏至の日の出・冬至日没(レイラインマップのピンク)を結ぶものであるのに対し、出雲~熊野は夏至の日没・冬至日の出(レイラインマップ黄色)を結ぶものだ。この2つは日の出と日没の違いはあるが、どちらも「夏至と冬至」にまつわるレイラインだ。出雲地方では今回の地震の丁度1ヶ月前に珍しく震度4の地震が発生している。 この2つのレイラインの交点にあたる場所に「龍神」という地名がある。

冬至と夏至は、日本のシンボル天体である太陽の興亡を意味する。夏至が絶頂、冬至は死(生まれ変わりへの旅立ち)だ。

和歌山県において、中央構造線より南には断層がほぼ存在していない。震源にも断層は無い。

その代わり、震源や強く揺れた地域はパワースポットであり修験道の聖地でもある高野山を含めた紀伊山地の龍脈の気が平地に降りていく地域と重なっていることがオカルト的には興味深い。5強の場所が全てそういうエリアと重なってる。その1つである湯浅市は熊野古道が通っている。同じく5強を観測した日高市は日高川が紀伊山地の気を運んでくる。この日高川を日高市から上流にさかのぼったのほとりに「龍神」があるわけで。

何はともあれ、大した被害が出てないことを祈りたい。

オマケ:余震多発地域の奇妙な共通点


【本日21:42追記】
何かとてつもなく不思議なことが起きている可能性があるので追記。
さっき見つけた記事↓
ソウルの35階建てビルのテクノマートで異常な揺れがあり、500人が緊急避難…気象庁では地震の揺れを感知せず(7/5)

さっき起きた和歌山の震源は出雲~高野山~熊野を結ぶレイラインのエリアと重なっていると書いた。
・・・実は、このレイラインを日本海側へずーーーっと伸ばしていくと、


・・・ソウルだ。

2011年7月 2日 (土)

日米を結ぶ原子力の奇妙な縁?

※以下に書かれたことは個人の妄想及びこじつけです。

米原発でも問題点相次ぎ発覚 原子力規制委が月末に最終報告

(中略)原子力施設での事故や災害も最近続発しており、4月7日には米ワシントン州のリッチランド原発で小規模な爆発事故が発生。幸い作業員は退避していて無事だった。4月27日にはアラバマ州のブラウンズフェリー原発が竜巻で停電し、原子炉が一時停止する騒ぎがあった。 6月7日には、ネブラスカ州のフォートカルホーン原発で火災が発生し、一時的に核燃料プールの冷却機能を喪失。同月下旬には洪水で同原発が水につかり、住民の不安を受けて、NRCのヤツコ委員長が緊急視察する事態となった。

 ニューメキシコ州では、核関連物質を保管するロスアラモス国立研究所が山火事で閉鎖され、付近の住民が避難した。

◆震災後の妙なシンクロと龍脈
オバマが核廃絶宣言したり、福島の原発が吹っ飛んだり、福島と共鳴するように震災翌月から米国の原発に問題が続発したり・・・なんか、原子力関連が衰退していく運の流れを人類の集合無意識(シンクロニシティーが起きる時に関わっているとされる)が強く望んだんじゃないかと思えてきた今日このごろ。
(夢解釈だと、大海原は集合無意識の象徴とされている。世界中の大衆心理が脱原発志向へ傾くきっかけは太平洋からの大津波。・・・出来すぎ?)

先日、東日本大震災の震源と龍脈でつながる米領アリューシャン列島でM7.4の龍脈変動が続けざまに2回発生。そのとき、何気なくyahooのコメント欄に書いたことを思い出した。以下抜粋 。

2011年6月24日(金) 14時34分 aya*****さん 私もそう思う 7点 私はそう思わない1点

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あそこら辺は人がほとんど住んでないから人的被害はあまり無いかもしれない。
風水的に見ればこの地震でアメリカの運気が影響受けそう。
地震の物的被害よりそっちの方が大きいかも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

米アラスカ州アトカ沖の太平洋でM7.4の地震=米地質調査所
6月24日(金)13時31分 - 海外総合 (ロイター)


で、この地震の4日後に、アリューシャンの震源とつながってるロッキー山脈の龍脈上でロスアラモスの研究所を閉鎖させる山火事が発生したわけで。そしてアリューシャンの龍脈は東日本大震災の震源ともつながってるわけで。
つまり、東日本~アリューシャン~ロッキーを結ぶ龍脈が存在し、そこで色々起きてるわけだ。

日本の震災翌月に爆発事故を起こしたワシントン州リッチランドの原発はコロンビア川によってロッキー山脈の気が運ばれる位置にある。
さらに、やはり震災後に火災で冷却機能が一時喪失したネブラスカ州の原発もロッキー山脈の気がミズーリ川によって運ばれる場所にある。気を運ぶミズーリ川が原発を火災後に浸水させたのだ(河川は風水で『水龍』という)。
オカルト的に、これら2つの原発はロスアラモスの研究所同様、ロッキーの龍脈経由で東日本の震源まで龍脈的つながりがあると言える。そのせいか、震災後トラブルが発生した米国の原発のなかでも、特にこの2つのケースは震災が引き金になった福島の原発事故とオカルト的類似点がある。2つをあわせると「爆発」「冷却機能喪失」「浸水」という順番でトラブルが発生したからだ。順番を逆にすればそのまんま福島と同じだ。そして福島第一原発の沖にも東日本~アリューシャン~ロッキーを結ぶ龍脈が通っている。
航空写真を広域で見ると、環太平洋造山帯を作った龍脈が日本~アリューシャン~ワシントン州(WA)~ニューメキシコ州(NM)をつないでるのが何となく分かると思う。(カナダ~WA~NMを走ってるのがロッキー山脈))

◆原子力にまつわる奇妙な縁?
さて、突然の山火事で一時閉鎖になったロスアラモス研究所の方だが、実はここ、世界で最初に核実験を行った研究所でもある。そしてここで開発・製造された人類初の原子力兵器が2つとも日本に落ちた。
そんな日本と深い因縁のあるロスアラモスの研究所、震災を引き金に事故を起こした福島の原発と、その翌月から福島とオカルト的類似点のあるトラブルが続発した米国の2つの原発、震災の震源と米領アリューシャン列島で起た地震の震源、これら全てを貫く龍脈的なつながり。
米国では龍脈と無関係な場所でも震災翌月に原発のトラブルが1つ起きているが、龍脈のことを抜きにしても、震災後急にアメリカの原発トラブルが続発するという現象はシンクロニシティー(意味ある偶然の一致)を感じさせる。

そんなことをとりとめも無く連想していると、半世紀以上前から、日米を結ぶ原子力の奇妙な縁でも存在してるのか? などと妄想してしまった。奇妙な縁で結ばれ、なおかつ龍脈的つながりを持つ物事同士はとくに運勢が共鳴しやすい?
・・・なんてね。

◆占星術がらみでとりとめのない妄想
核や原子力の位置づけが大きく変化していく運の流れは、もしかすると2006年の冥王星の格下げからすでに始まっていたのかもしれない。
以前も書いたが、占星術で冥王星には「死」という意味のほかに原子力や核という意味もある。
冥王星は1930年に米国人が発見し、本人が「冥王星を惑星扱いにしろ」と学会でごり押しして惑星にカテゴライズされた。そして76年後、今度は同じ国の研究者達が「惑星から降格させろ」と強く主張。格下げされた。
この強引さが、妙に米国らしいw

言うまでも無く、米国は冥王星の件だけではなく、原子力の分野でも色々と「強引」である。
日本ではあまり一般的に知られてはいないが、米国内ののウラン鉱山や原発の近くには何故か先住民居留地に多い。「人の住みたがらない地価の安い場所へ強引に居留地をあてがった」ということかも。
で、ネブラスカの原発とロスアラモスの研究所のそばには、やはり先住民族の居留地がある。特にロスアラモスの研究所は以前から放射性物質による汚染で居留地の先住民達ともめているとのこと。

米国もまた、「国づくり」において「まつろわぬ民」と戦ってきた国なのだ。「東征」ならぬ「西征」の歴史を持っている点は、やっぱり奇妙な縁で結ばれた(?)日本とどこか似てる。 アメリカ史で日本のアテルイに相当する人物はジェロニモあたりだろうか?
(アメリカがきっかけで日本が『開国』にしてること自体、奇妙な縁だw)

【余談】
現在、かに座にある太陽(権威・権力という意味あり)と山羊座にある冥王星が対立する角度をとっている。 そしてかに座は米国の星座でもある。
6月22日からはかに座の季節だが、そんなかに座の季節に入った直後の23日に発生したアリューシャン列島の龍脈変動がロスアラモス研究所の運勢に作用したかのようで意味深に見えてしまった(妄想)。
「原子力」の運気が米国という国の権威と運勢に真っ向から対立・反発しているように見えて・・・


冥王星の事件から勝手に妄想した5年前の記事

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