« 日本の「個性化」 | トップページ | 探し求める存在は、もしかすると・・・ »

2011年7月15日 (金)

ヤマトタケルの神話と2つの断層

※以下に書かれて居る者は全て科学的根拠のない妄想です。くれぐれも真に受けないで下さい。

◆三浦半島断層群周辺の歴史的因縁
三浦半島も地震確率高まる=大震災で断層動きやすく-全国4カ所目・政府調査委
三浦半島とその周辺の土地は、古代、ヤマトタケルの息子を祖とする「鎌倉別(かまくらわけ)」が支配していた場所らしい(鎌倉別が治めていた三浦半島と房総半島の断層は多分、浦賀水道を挟んで龍脈でつながってる)。
ヤマトタケルといえば、古代の国造りの時代、父親である景行天皇に疎まれて九州から関東まで様々な地方にいた「まつろわぬ民」を平定して回る任務(ある意味左遷)を命じられ、その任務で数々の活躍をした国造り&東征のヒーローでもある。最期は伊吹山(パワースポット)にいた蛇神(多分龍脈のシンボル)との戦いに敗れて病気になり、伊勢神宮に蝦夷の捕虜を献上したあと三重県亀山市で死亡。死後の魂は白鳥になったという。

三浦半島の断層のニュースをきっかけに、今回はこの「ヤマトタケル」の物語と、それにちなむ地域の二つの断層のこと、そして東国(あづま)を「鬼の土地」と見なしながら、以外にもその呼び名「あづま」にはロマンチックな由来が付いている理由についてとりとめもなく妄想してみた。

三浦半島は、ヤマトタケルが浦賀水道を渡るときに訪れた場所でもある(それで息子がこの土地を治めるようになったわけだ)。実は、ここで発生したあるエピソードが、古代大和朝廷を作った人々の言葉で東(東国)を「あづま」と呼ぶようになった由来になっているのだ。

◆「あづま」の由来 by古事記
東征中のヤマトタケルが神奈川の浦賀水道(例の断層を持つ三浦半島のある海)を船で渡ろうとしたとき、その土地神の攻撃で船は嵐に巻き込まれる。危機が訪れた時、同行していたヤマトタケルの妻である弟橘媛が自らを生贄にして嵐を鎮めた(嵐の原因は慢心したタケルの失言と記す書物もある)。
生贄として入水する際、弟橘媛は、東征の過程で敵の謀略により焼き討ちにあった時ヤマトタケルが自分を気遣ってくれたこと(※その昔ヤマタノオロチの体内から出てきたという『草薙の剣』で草を刈って火の延焼を防ぐ話)を思い出し、歌を詠む。
「相模野で火に囲まれたとき、私を気遣ってくださいましたね」という意味の歌を残し、弟橘媛は波間に消えた。
・・・7日後、入水した弟橘媛の櫛だけが対岸(千葉)に流れ着いたという。
その後、東国を平定したヤマトタケルが足柄山に登って弟橘媛が入水した方角を見て、「吾妻はや」(わが妻よ)と3回嘆いた。 それ以来、東国は「あづま(=吾妻)」と呼ばれるようになった。

・・・東国を「鬼の土地」としていながら、呼び名の由来だけは妙にロマンチックなのは何故だろう?

◆2つの断層にまつわる偶然
ヤマトタケルが3回嘆いた山岳地帯を形成する龍脈エリアには、「神縄・国府津-松田起震断層」 という将来活動率の高い断層があり、相模湾の中にある相模トラフまでつながっている。 活動周期は3千年で、震災の数年前から既に周期の3千年を過ぎてるため以前から注目されていた。
ヤマトタケルが訪れた場所(出雲、伊吹、浦賀水道)を含む春分・秋分レイラインが偶然にも神縄・国府津-松田起震断層と三浦半島(しかも断層群周辺)を通っている。この線をずっと東に引っ張れば、浦賀水道を横切って時々余震を起こす千葉東方沖にも到達する。

下の2つの図で例の断層の位置(クリックで拡大)と震災後の地震リスクマップを見比べてみると・・・
Danso_2
Risk_point

もしも「地震が起きやすい場所には『大和朝廷との深い因縁』という共通点が多い()」とすれば、この二つの断層もその条件に当てはまる。そしてこの断層周辺をリスクマップで見ると、見事に黒い。
・・・これちょっとオカルトホラー? 
でも今の話は全部科学的根拠のない妄想なのでご心配なく。日本は昔から常に高い地震リスクと隣り合わせでここまでやって来たのだから。オカルトとは無関係に、日々の備えが大切だ。

◆個性化と再会の物語
「あづま(東・東国)」。この発音は、彼らの言葉で「わが妻(吾妻)」と同じである。
彼らが作った「日本」。その抑圧された個性であり、もうひとりの自分であるアニマ(理想の女性像。その特徴は自分の抑圧された個性や可能性を象徴していることが多い)。
日本の個性化(前記事参照)によって「結ばれる(統合される)」べき抑圧された個性。それが「あづま(わが妻)」とも呼ばれていた地域「東日本」なのかもしれない。
普段、東日本を「鬼の住む土地」として東征を進める古代大和朝廷側の人々。しかし彼らは、心の片隅で知っていたのかもしれない。日本の個性を自分たちが封印(抑圧・否定)していったことを。封印したからこそ、東日本の個性は「鬼」になったことを。
それが物語の中でヤマトタケルに「わが妻よ」と3回も嘆かせ、それを東国の呼び名の由来にした背景?
夢解釈の世界だと、海(もしくは水)は、無意識(もしくは集合無意識)のシンボルでもある。「意識の水面下」ってやつだ。
弟橘媛は、日本の無意識領域に閉じ込められたまま再び結ばれる日を待つ抑圧された日本の個性のシンボルであり、日本のアニマキャラなのかもしれない。彼女も長い間海に・・・
(死後に鬼女となったイザナミは、封印されて鬼になった後のアニマを象徴してる?)

震災後の3月26日、あの「神縄・国府津-松田起震断層」に程近い小田原の海(相模湾)で、小さなクジラが一匹だけ打ち上げられた。ヤマトタケルが嘆いた場所から見える海だ。
その後、茅ヶ崎でも同じ種類のクジラが一匹だけ打ち上がった。
何だか、クジラの場所が二人の引き裂かれた三浦半島(浦賀水道)に近づいているような・・・?

2011.12.14追記:
ヤマト君、タケル君、ミコトちゃんが同じ産婦人科で相次いで生まれる というシンクロニシティーすごい。しかもサクヤちゃんまで。
本日、断層龍脈が通る船橋(実は野田首相の出身地)の港にイルカ(=小型のクジラ)が迷い込んだ。このイルカは、浦賀水道を通って東京湾の北岸に来たことになる。船橋にもヤマトタケルゆかりの神社がある。

2012.3.30追記:
房総半島沖に未知の活断層が見つかった。発見された2つの断層のうち、東側のやつがヤマトタケルに縁深い春秋レイラインの延上にある。震災の震源が冬至・夏至レイラインの延長上だったこともあるので、やや気になるところ。

2012.5.10追記
ヤマトタケルが3回嘆いた足柄山。まさにその真下に新しい活断層が存在する可能性が出てきた。もしこの断層の存在が確認されれば、富士の麓から足柄山を通り、神縄・国府津-松田起震断層を経て海中の相模トラフへと続いてるわけだ。 ちょっと衝撃的。

« 日本の「個性化」 | トップページ | 探し求める存在は、もしかすると・・・ »

龍脈」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/585389/54220554

この記事へのトラックバック一覧です: ヤマトタケルの神話と2つの断層:

« 日本の「個性化」 | トップページ | 探し求める存在は、もしかすると・・・ »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
無料ブログはココログ