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2011年3月29日 (火)

宮崎監督、震災について語る

※以下に書かれている内容は個人の妄想です。

「崖の上のポニョ」の作者、宮崎駿氏が今回の地震についてコメントしていた。以下、宮崎駿監督「絶望する必要ない」 大震災への思い語るより一部抜粋。

「残念なことに、私たちの文明はこの試練に耐えられない。これからどんな文明を作っていくのか、模索を始めなければならない」と語る一方で、「僕たちの島は繰り返し地震と台風と津波に襲われてきた。しかし、豊かな自然に恵まれている。多くの困難や苦しみがあっても、より美しい島にしていく努力をするかいがあると思っている。今、あまりりっぱなことを言いたくはないが、僕たちは絶望する必要はない」と述べた。

自然界とのつながりを遮断・抑圧し、自らの故郷であり自らもその一部であるはずの自然界への無理解と忘却によって、不自然な文明の作り方をしてしまった人間。
これからは、自然界を「災害の源」にしない文明を模索していく必要がありそう。そういう模索の向こうに希望があるのかも。
その模索は多分、本当は難しくはないのだと思う。だって私たち自身が大自然の一部なわけだし。ゆえに私達のどこかは、希望の行き方(生き方)を知っている。

「自然」→無意識(または意識と無意識を合わせた心の全体性・セルフ)
「文明」→生き方・人生
「災害」→メンタルな病
・・・上の文章をそういうふうに置き換えてみると、「ポニョ」のテーマが浮かび上がってくる。
そしてそれは、「節分の暗示」で書いたマニアックな解釈や、アダムとイブの物語に対する解釈ともつながってくる。

「風の谷のナウシカ」では、抑圧されたものが解放されることによって従来の秩序や認識が崩壊し混乱が起きる様子(タロットなら)を、怒り狂う王蟲(目が沢山ある巨大なダンゴムシ)が大暴走する現象「大海瀟(だいかいしょう)」で表現している。「ポニョ」では嵐で荒れ狂う海と大洪水で表現している。

そして我々の世界では、大地震と大津波と原発からの放射能漏れ、古き呪術とそれが支えていた運勢の崩壊・・・色んなもので表現されている。
(極論を言えば、自然との関係を歪めて自然を災害の源にしてしまう文明こそ絶望的だった可能性がある)
(古き呪術もまた、不自然な龍脈テクノロジーだったのかもしれない。高度な文明を持ちながら地殻変動で滅亡した伝説の大陸を思い出す・・・)

塔の上のラプンツェル
このアニメが中国向け市場を意図して作られた作品であることも意味深。あの国では「ポニョ」も大ヒットした。
ディズニーはあの国にいる何億ものラプンツェルと彼女を閉じ込める塔と魔女を意識している。
・・・いかにもアメリカらしい。

もしも「変えることの出来ない運命」があるとすれば、それは社会や他人によって与えられた物事の中には存在しない。社会や他人がもたらす束縛や制限は、「変えられない運命」とは違う。それは単なる束縛や制限でしかない。
「変えることが出来ない運命」。それは、本人の内面の奥深くからやってくる。顕在意識を超えた広大な無意識が、自我の抑圧を突き破って強制的に運勢を変更させようとする時にだけやってくる。
しかしそれは、本人を真の絶望から回避させるためのものだったりする。
本人が本当の希望に気付かなかったり、そこから目を背けて不自然な方向(絶望的な方向)に行こうとしてる時に、本人の自我や志向を超えて無意識が発動させる超法規的措置だったりする。

それが集合無意識規模で発生した時は、文明の方向性すら変えうる。
集合無意識のシンボルは、「海」だ。

「ポニョ」でリサが二人に言うセリフが甦る。
「どうしてこんなに不思議な事が起こっているのか、 今はわからないけど、そのうちわかる時が来るわ。」

ポニョは、日本の開運魚「クニマス」の暗示だったかもしれない。

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