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2008年6月24日 (火)

エコロジーと終末論

以下は個人の独断と偏見です。

終末論:
信仰の一種。神の意志などにより大災害や核戦争など大規模で破滅的な現象が発生し、世界が破壊される・終わるイメージや神によって目覚めが促され、「間違い」を正される・清められる、といったニュアンスが特徴。その後で世界が新たに更新される、再生すると唱えることも多い。キャッチフレーズ的に表現するなら、
「悔い改めよ。終わりの日は近い」。
文化宗教問わず各地に存在する元型的なイメージだといわれている。

人類の心に出現した終末論的イメージの起源はあまりに古くて定かじゃない。けれども、宗教の種類を問わず世界各地に見られるイメージであることから、それをイメージすることは一種の人間の習性なのかもしれない。時にそのイメージが心を安定させる効果があるために習性になったのかも。自分では打開できないと思える鬱屈や、打開の方法が分からないほど深いところにある鬱屈を「終末」という人知を超えた何かに打開・浄化してもらうイメージ。おそらく、カタルシス願望(鬱屈浄化の願望)と密接なつながりがあるのだろう。ダイナミックな終末的イメージを心の深い部分でのカタルシス(鬱屈浄化)の助けにしていたのかもしれない。終末願望はカタルシス願望の一種かも。
しかし科学の発達した21世紀の現在。古典的な終末論をカタルシス願望が投影できるほど信じるのはちょっと難しい。じゃあどうやって心の深い部分のカタルシス(お掃除)をしたらいいんだろう? 早く別の方法見つけなきゃ(先進国では心の病が増えているとか)。深い所のカタルシスには古典的終末論に代わるものが必要。
で、一部の人々はもっと科学的に「エコロジー」を終末論の投影対象にしているようだ。
「悔い改めよ。温暖化で地球が終わる日は近い」
妙にヒステリックだったり、どこか宗教的な雰囲気だったり、異なる意見や温度差を許せない体質だったり、エゴ的だったり、攻撃的だったり・・・原理主義的で過激なエコロジーは行き過ぎた終末論投影の結果かもしれない。
エコ終末論者の心には「地球環境の浄化=心の鬱屈浄化(カタルシス)」という図式の教義が発生し、その教義に異を唱える者は自分のカタルシスを邪魔する悪人であり「異端」になってしまう。宗教が根強い先進国ほどヒステリックな環境団体が強いみたいだ。
宗教的な雰囲気を煽る方法でエコビジネスを展開することも可能だろう。その結果、人々がエコ製品を持っていない罪悪感や強迫感や不安感から今持っている物をいっせいに「エコ製品」に買い換えた場合、ゴミが増えて環境が悪化するかもしれない。少なくとも心の環境は悪化する。エコのやり方を間違えると自然も心もストレスを感じそう。一部の人々の中にはエコロジーに加え、マヤの予言やアセンションなど、スピリチュアルな予言とダブルで終末論投影しているケースもありそうだ。多分、ジュセリーノの予言とエコロジーの複合型もあるだろう。
自然環境が今まで通り一定に保たれていないと、人間にとっては色々と都合が悪い(地球自体は困らないのかもしれないが)。それがエコの動機。「人間の都合」という点では、エコも人間のエゴなのかもしれない(『エコ自体が悪』と言ってるわけではない。念のため) 。
とまれエコをするなら、エコがエゴやヒスにすり替わらないように己の心にも目を向けておきたいと思う。 心は内なる自然界だから。

連想と投影の魔力
予言とカタルシス願望1
予言とカタルシス願望2
植物は、美しい
デクレア・インデペンデンス
ハリケーンの目に表れた謎の数字2
文明と生命力の使い道
ニュース記事
オジーの息子、「ライヴ・アース」で“非エコ家族”を暴露!

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