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2007年9月

2007年9月30日 (日)

9月、10月の開運待ち受け画像

コネクト!オン、昨日発売。

無料開運待ち受け画像はこちら

コネクたん、今回は柿フレーバーです。


2007年9月27日 (木)

ねこ鍋(youtube)

ねこ鍋(右クリックで別窓)
白い子の表情がたまらない(笑)。
音楽もいい。

どんな夢を見てるのかな・・・

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飼い主様のブログによると、白い子は「ましゅまろ大仏」と名付けられたとか

当初4匹は大腸・小腸・十二指腸・盲腸と名づけられそうだったという(笑)。

2007年9月21日 (金)

なつかしい頃の記憶

このブログの記事第1号で書いたきりだが、私はレトロなものが好きだ。明治、大正の和風レトロも好きなのだが、最近は70年代~80年代初期のレトロが好きになりつつある。ドラえもんや手塚治虫の漫画に出てきそうな築3,40年の微妙なデザインの家を見ると、ニヤニヤしながら見つめてしまう。当時一般家庭の間で「モダン・おしゃれ」だったデザインの家やモノを見かけると、本当に嬉しい。地元にはそんな時代からずうっと続くパン屋さんがあり、やはり当時おしゃれだったレンガに似せたタイルの装飾が残っていて、当時から売られていた缶詰のフルーツサンドやきな粉揚げパン、凄く甘いコーヒー牛乳などを衝動買いしてしまう。070920_225801
どれも今では気軽に衝動買いできるけれど、幼い頃の私にはご馳走だった。同様に、私にとってはスパゲティもご馳走だった。家でもレストランでも、スパゲティは今より長い時間茹でてあってアルデンテではなかった。だがそこがいい。(写真は母が女子高を卒業する時に貰った料理の本から)
私自身、時々その頃を思い出して、わざと長く茹でたスパゲティに安いミートソース缶をつかって懐かしいソフト麺風スパゲティを作ることがある。気分が子供に戻る。
先週は、「オカンの作ったお子様ランチ風オムライス定食(つみれ汁付き)」なる名前の昼食を作って一人でニヤニヤしていた。 この写真を見る デザートに安いプリンかミニゼリーがあればよりリアルだっただろう。「恥ずかしい」といいたければ言え。

私の乳児~小児時代は、身の回りの物がアナログからデジタルに移り変わってゆく時代でもある。言葉を理解できたか出来ないかの頃、NHKの天気予報の低気圧マークと高気圧マークは磁石(シール?)で出来ており、白い指示棒を持った気象予報士がそのつど手で直接地図上にポンと置いていた(置き場所がずれてると微妙に修正していた)。丁度その頃、私の親戚のお兄さんはアフロヘアーの生き残りだった。家の電話は黒電話だった。夕方にルパン三世の再放送が放映されていた。
やがて天気予報のマークは予め天気図に表示されるようになり、電話はボタン式になり、ルパン三世はテレビスペシャルのみとなり、ファミコンでスーパーマリオが大流行した。それからどんどんバブリーな時代に入ってゆく。
私が最近好きなモノや風景は、バブリーな時代直前の最後のアナログ時代のものかもしれない。つい先ごろ、私が生まれる少し前の電熱湯沸かし器(保温は出来ない)を実家の物置で発見した。模様のついたすりガラスの窓(昭和40年代後半に流行ったらしい)の前にヤカンと一緒に置いて時々眺めてニヤニヤしている。これ、同じデザインで保温が出来るリバイバル商品が出たら絶対買うのにw 
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私を含め、実際には70年代を生きていない人達でも当時のレトロさが好きな人は多い。物心がつく前後の頃には身の回りにまだ70年代レトロが結構残っていたから、ノスタルジーを感じるのだろう。そんな頃に育った人間が大人になって流行を作ると、リバイバルが起き易いのだろう。ファッションの世界でもここ数年はリバイバルが多い。一見それとは無関係に見えるゴスロリにも、どこかに70年代のアニメや少女マンガのにおいが微妙にするのは気のせいだろうか?
比較的若い人でも子供時代にノスタルジーを感じるようになるのは、老けているから?
いや、多分逆だ。平均寿命が延びたからなのか、近頃良くも悪くも一般的な(従来の社会が抱き、求める)肉体年齢のイメージに中身が追いつかない人々が増えてきている。むしろ、そのギャップによるプレッシャーが却って子供時代の回帰をさせたがるんじゃなかろうか? 私なんぞ、まだ「お子様ランチ」を作って喜んでいるわけだから。どこかでその「ギャップとプレッシャー」が関わっている悩みを相談しに来るお客様も少なくない。意外なところでカードがそれを暗示するケースもある。
妄想の域を出ないが、子供だけでなく幅広い年齢層がキャラクターグッズを好んだり、女性のファッションで言えば「大人の体型」をあまり出さないようにして、なおかつやや子供服に似た感じの「かわいい」服の着こなしをする傾向が一部にあることや、ゴスロリもそんな「ギャップ」と「子供時代への回帰」にまつわる心理の象徴ではなかろうか? 

2007年9月12日 (水)

デスノート+ホットペッパー

(右クリックで別窓)

その1

その2

飲食中の閲覧はおすすめしない。多分噴くから。

2007年9月10日 (月)

恋人は、誰よりもあなたのそばに?

古今東西、「恋人(結婚相手)が欲しい」とか、「あの人の気持ちが知りたい・振り向かせたい」といった理由で占い師に相談する人は多い。
そして興味深いことに、切ないまでに恋人や結婚相手を強く求めていながら、「実際に恋人を探すために行動する意欲はない」とか、気持ちを確かめたり振り向かせたりはしたいけど、「目の前にいるその相手と実際に交流する意欲はない」ということが占いで判明することも多い。さらに、以前占い依存症の記事でも述べたが、「コミュニケーションをとらずに異性と親密になりたい」という思いを持っている人や現実を無視して「自分が思い描く望み通りの展開を言って欲しい」という願望をむき出しにする人も多い。なぜだろう?

♡恋に役立つ占いの使い方
現在・未来を問わず、「幸せな恋のために、今何が出来るか。注意点は何か?」という発想がとても大事。
運命が恋人を与えてくれるのを何もせずに待つのではなく、自ら運を切り開く(開運の)前提で占いを使う。本当に相手の気持ちを確かめたいのなら、占い師にやってもらうのではなくあくまで自分で突き止める前提で占いをその応援ツールに使う。要するに「恋人を得るために・恋を実らせるために、真実をつかむために、自分は何が出来るか・どうあるべきか」という意識。あくまで「自分と向き合う」前提で占いを使うことが効果的。決して「現実と(自分と)向き合う代わりに願望通りのことを言ってもらう」とか「相手と(自分と)向き合う代わりに占いを使って済ませる」とか「占いさえすれば後は何もしなくても二人は結ばれる」となどと考えてはいけない。占い依存症があなたを手招きするから。

♡あなたの恋はどれ?
あくまで自分が動く。自分が考える。自分が相手と向き合う。自分で突き止める。「そんなことは出来ない・したくない」「それ位なら何のためにお金払って占いをしてるのか分からない」「ウソでもいいから気分の良くなること言って!」と感じるとすれば、それは生身の相手と交流する意欲がなく、実際に相手を知る意欲もなく、あの人の気持ちを確かめたりアピールして振り向かせたいわけでもない。そして、本当は「あの人」が欲しいわけでも結婚相手や恋人が欲しいわけではないのかもしれない。
もしそうだとすれば、「現実の恋」は望んでいない。

では本当は何を望んでいるかというと、「心の中だけで楽しむ恋(エア恋愛)」なのかもしれない。私の知るありがちな一つの具体例としては、本当に望んでいることが「あくまで自分の心の中で理想の展開をする恋の物語やイメージを密かに楽しむこと」や「恋に恋すること」だったりもする。ならば、心の中で楽しむ自分だけの「素敵な恋(物語)」に、占い師とはいえ他人にどうこう言わせる必要があるだろうか? 自分の物語の展開や結末を他人に保証してもらう必要があるだろうか? むしろ誰にも口出しさせず、自らも口に出さず、大いに楽しんでいいことではないだろうか? 誰かの保証や同意が得られないからといって、物語をやめる必要があるだろうか? 自由に設定や結末を決めて(又は決めなくても)いいことではないだろうか?(実際、自分の思い描く設定と異なる占い結果が出た時、『なぜお前如きが私の恋を邪魔をするのか』と本人が不思議な怒りを発するケースも多い) 

♡恋人は、誰よりもあなたのそばに?
現実の恋よりもこの手の望みを持つ時に限り、自分の恋人は、心の中に存在する。恋人は、誰よりも自分のそばで、常に自分と共にある。かの者とは、いつでもどこでも対話できるし、どんなことだって出来る。いつでもどこでも、何でも出来る。自分の物語やキャラクターを客観的に注意深く観察・分析すると、そこからあなたの隠れた願望や隠れた一面、隠れた可能性を教えて成長させてくれることだってある(例えば、相手はどんな特徴があり、その相手とどんな愛情のやりとりが理想か)。しかも生身の人間に対してはどうしても必要になる明確な意思表示や言語化したやり取りが、いらない。そして、後から生身の恋人が出来たとしても、「別れなければ二股になる」わけでもない。
心に住む「あのひと」を知らないうちについ投影した生身の相手(=ただのスクリーン)とコミュニケーションする気にならないのは、そのせいかも。愛する人は、「あのひと」であって、「あのヒト科の個体」ではないのだから。
もしかすると、「あのヒト科の個体(スクリーン)」を知るずっと前から心のなかには「あのひと」がいて、ずっと前から好きだったのかもしれない。ずっと前から「あのひと」を知っていて、ずっと前から既に心のなかで出会っていたのかもしれない。

♡相手の気持ちを確かめる? 自分の気持ちを確かめる?
もし愛する人が心の中の人ならば、生身の人類とは混同しないように注意したい。自分の恋人を間違える様なものだから。(同じく、生身の恋人が出来た時にも両者を混同しない注意は必要だ)
相手とほとんどコミュニケーションをとったことがない、コミュニケーションを取る機会がないなどの「相手のことをほとんど知らないのに惚れちゃった」ケースの恋は「心の中で楽しむ恋」や「心の恋物語」であることも比較的多い。分かりやすく極端に例えると、「行きつけの店の新人バイト」「宅急便のお兄さん」「取引先の社長」「外で見かけた受付のお姉さん」に惚れた場合など。
当たり外れを確認できない・確認する意志がない状況で占い師に相手の気持ちや性格を尋ねたい人もこの手のパターンの恋が多い。自分がどの恋を望んでいるのか。まず、相手の気持ちを確かめようとする前に、自分の気持ちを確かめる発想をすると○。

本当は生身の相手を必要としていないのにそれに気づかず(或いは知っててわざと)生身の人間と恋愛をしようとすると、うまく行かなかったり、時には自分を傷つけるのみならず相手を傷つけたり。相手を道具にする恋は、自分も道具にされる恋愛運を作り出すことがある。
「心の中だけで楽しむ恋」をする時、つい他人の手を借りてしまわなようご注意を。それは、他人を自分の精神世界に巻き込むだけでなく、他人を自分の心の世界へ侵入させることにもなるから。他人を「自分だけの世界」に巻き込んだ瞬間、「自分だけの世界」は失われてしまう。占い師や相談相手とて例外ではない。

心か現実か。イメージか生身か。今の自分がどのタイプの恋を望んでいるのか、或いは両方のタイプを別々に同時進行させたいのか。投影の押しつけではなく相手と向き合い本人の実際の人柄や魅力を理解する意欲が少しはあるかどうか。自分でよく見極めておきたい(因みに占いで相手の魅力を言語で教えてもらっても魅力理解の代用にはならない。話じゃなく実際に相手と向き合わないと魅力を理解できないから。それと、相手と向き合って確認しないと占い師の言った通りかどうか確認できない)。
最近一部で流行の「二次元萌え」も今回書いた「心の中に恋人がいる」心理と似てるかもしれない。

・・・本当は現実の恋を望んでいない。では何を望んでいるか、というもう一つの例は、自分が打ち込めるものや目標や張り合いが持てず、自分の生き方の世界を楽しく出来ず、それが見つからないままでもしか恋愛に走って虚しさを紛らわしていた、というケース。その場合の本当の望みは「自分が充実感を持てる何かを見つけ出すこと・手に入れること」だ。
(相手にそんな『何か』を投影していることもある)
でもしか恋愛と似たような理由から自分の未来が想像できない不安のために「でもしか結婚」を考えている場合も、やはり相手を探すというよりは自分の充実できる生き方を自分の内面から探してみたほうがいい。

いずれにせよ、本当に本当の願いを叶えるためには、自分の内面に目を向けることから始まるのかもしれない。

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占い依存症チェック

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探し求める存在は、もしかすると・・・
エア恋愛の意味
童貞のまま30代で死んだ男の誕生日
「草食化」という本能?

2007年9月 4日 (火)

地元のお寺で睡蓮

昨日の夕方、ふと立ち寄ったら今にもはちきれそうな睡蓮の蕾が咲く時を今か今かと待っているようだった。次の日見に行ったら、見事に花咲いた。

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070904_112201感無量。

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