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2007年6月 5日 (火)

占い師の旅路~雲南省・三江併流~その9

次回でひとまず旅行記を終わらせます。雲南は他にも色んな場所に行きましたが、だらだらと全てを書いていたらきりがないので。いつか機会があれば(ネタ切れになったら)また書くかも知れません。
今回と最終回は、電波が垂れ流しです。何卒ご注意下さい。

徳欽~香格里拉
北京時間の7:00起床。北京よりずっと西の徳欽ではまだ薄暗い。部屋から金星が見えた。
ホテル前の路上に出る。誰もいない。寒い。空には月と金星だけが見えた。少し歩いてみると、犬の散歩をしている人と早起きのお年寄りが小さなマニ車を回しつつもにょもにょ言いながら通り過ぎていった。坂を下りてカーブを少し曲がったところで何気なく振り向くと、今まで雲に隠れて見えたことのなかった見事な雪山が見えた。これはホテルの非常階段で写真を撮ると丁度いいかもしれない。すぐにホテルに戻ってすでに起きていた両親にも知らせた。父がばっちり写真を撮った。私の携帯は高地の低い気圧のため、液晶画面に黒い点が日に日に増えていった。携帯の写真に黒い点が写ってしまわないか心配だったが、それでも撮り続けた(携帯で撮った雪山@ホテルの非常階段)。結局、この日低地に降りたら画面は元通りに戻った。
今日は2日前に来た峠を通って香格里拉に戻り、更にその先の虎跳峡を経て標高2500mの麗江に行く。チャオシンにはこれからも引き続き運転してもらうが、今日で現地ガイドのソナムともお別れ。前日の夜、ソナムは私の旅日記のノートにきれいなチベット文字で文章を書いてくれた。後に日本でチベット語と仏教哲学に詳しい知り合いにその意味を尋ねたところ、昔のチベットの偉大な仏教学者が残した言葉だった。「あ、深いな」と思った。何て書いてあったかは、秘密。正直に白状すると、難しすぎて理解し切れていない。
朝食は昨日と同じメニュー。お茶はガラスのコップに注いでくれる。今日、私のコップには茶柱が2つも立っていた。何かいいことが起きるかもしれない。
・・・そして本当に起きた。場所は、行きに雲で梅里雪山が見えなかった展望台(大きいバージョン)(携帯版)(おまけ)。
美しさで寒さを忘れた。ずっと天候が悪くて山の顔が見えなと思っていたら、雪化粧を念入りにしていたようだ。最後の最後にばっちり見させてもらった。日本人で短い期間内に梅里雪山を全部見れたケースは珍しいとのこと(そもそも日本人観光客が珍しい)。撮影地点と手前の集落の間には、1000m近い谷底がぽっかりと口をあけている。ソナムは全ての山が顔を出した梅里雪山を前にして、短くお経を唱えた。聖山カワクボに限らず、チベットエリアで高い山は神様や仏様だ。
このとき、チベット人は基本的に、「生命力」を崇拝しているような気がした。厳しい環境の中、暮らしに必要な雪解け水(水が貴重なので、まさに命の水でもある)をもたらす山は、生命力の象徴ではないだろうか? 文殊菩薩が象徴する「占いの力」や「知恵」もまた、生きることを手助けする力(能力)だから一種の生命力だ。「悟り」なんて生命力がなしうる究極の技なのかもしれない(※)。
「生命力」を偉大なもの、神聖なもの、有難いものとして崇拝することは、自分の中にある生命力をも鼓舞することになるのではないか。それどころか、「生命力を持っているものは何であれ神聖さを備えている」とさえ思うようになるかもしれない。 チベットには、「(自分を含めた)全ての生き物に幸あれ」という有名な祈りの言葉がある。チベット人が持つ古くからの信仰は、無意識のうちに自分達の生命力を鼓舞し尊ぶ手法でもあったのだろうか。多分、チベットだけじゃなく、色んな地域の伝統的な信仰は皆、最初はそういうものから始まったのかもしれない。もしそうだとすれば、自分たちが崇めているものが本当は何なのかをわかってさえいれば、ドグマチックな状態に陥ることが原因の様々な問題(今なお続く問題)は起きなかったのだろうか? 薄い酸素の中で、そんなありがちな妄想をした。
そんな時、また昨日の山で来たようなインスピレーション(他人が見れば電波)が来た。
「占いの力は一種の生命力」「生命力を活かし、発揮できることを本能は『幸せ』と認識する」「皆が生命力を活かせる様に私の生命力を活かせたらいいな」「私が自分の生命力を活かした時、他の誰かの生命力が活きやすくなれば」「そうすると、他人も私も一挙両得」・・・言葉にすると順番に言うしかないが、実際は同時にデータが来た。
山を撮影後、私はご機嫌のあまりスキップで車(ワゴン)に飛び乗り、入り口の天井部分に前頭葉の辺りを強打した。確か学生時代にネパールを旅したときも、これと全く同じ事をした記憶がある。
行きに通った峠のがたがた道も一面の銀世界だった。そして2本目の茶柱が暗示していた(?)もう一つのラッキー。それは、そんな峠の道が、昨日の夕方見た白茫雪山の真っ只中を通っていたことがわかったこと。行きは霧で全く何も見えなかったが、実はとんでもなくいい所を走っていたのだ(写真
ここで、私達は今までの生涯で最も高い地点(標高4000m以上)での「ナチュラルトイレット」を経験した。いい経験だった。旅行記の最初の方で載せたソナムとチャオシンのツーショットは、ここで父が撮ったものだ。
狭いがたがた道、走っているのは私達だけかと思いきや、観光バスと派手なトラックに出くわす。こんな場所だからすれ違うのも一苦労()。
峠を越えれば後は下っていくだけ。雲海の波打ち際を潜り抜け、山里に出る。常世離れした清冽な銀世界から、色のついた人間界の景色になる。気温も上がる。やがて香格里拉に到着。街の写真()を撮り、地元で大流行りのパン屋兼カフェ(ベーカリーカフェじゃなくて、串揚げも売ってる)で休憩する。オレンジ味の生地に安い菓子パンに入っているようなフラワーペーストのチョコクリームのついたケーキが懐かしくておいしかった。串揚げ は砂肝や餅を素揚げにしてもらい、辛い粉をつけて食べる。これもいけた。

虎跳峡~麗江
ガソリン補給とタイヤ交換を済ませてシャングリラを発つ。しばらく走ると長い下り坂。風景がチベット族の家からナシ族の家に変化する。ナシ族の家の特徴は魚型の板が屋根から下がり、壁には波やカエルなどの水にちなんだペイントが描かれていることもある。風景がそうなって来るとハパ雪山が見えてくる。木も沢山生えている。とても暖かい。朝凍えていたのが嘘みたいだ。更に下って虎跳峡についた頃にはとっくに防寒具とセーターを脱いで長袖のTシャツ一枚になっていた。
厳しい寒さには強いチベット人、暑さには弱い。運転席で直射日光を浴びるソナムはため息をつく。
ソナム「Today is very hot・・・」
・・・その登山用フリースを脱げば少しは涼しくなると思うよ。

虎跳峡はハパ雪山と玉龍雪山との間にある峡谷で、世界一深い谷だと言われている。名前の由来はこの写真の真ん中の大岩を飛び石にして虎が川を跳び渡った、という言い伝えから。切り立った崖が首が痛くなるほど上まで続いている。ソナムの説明では、高低差は最大のところで2000mにもなると言う。川の流れは凄まじい激流。中国の川は半端じゃない。幾つかの大岩の上を怒涛のごとく流れ、「水ってこんな動きするんだ」と感心するような複雑な流れが川の中にいくつも出来ている。落ちたら溺死する前に水流で岩に叩きつけられて死ぬタイプの川。日本の海岸の岩場でもたまに見られる「潮吹き」のような現象が、真ん中の大岩の近く、流れが別の流れの下に一旦深くもぐりこむ境目の辺りから吹き上がっている。吹上げが速すぎてあまり「撮影できた」とはいえないが・・・
虎跳峡の見学を終えると、ソナムとお別れ。虎跳峡から路線バスに乗り7時間以上もかけて香格里拉に帰る(路線バスだとんでもない大回り)。彼には濃い体験が出来たことをとても感謝している。面白いところも個人的に気に入った。彼が写っている写真はあとでメールで送ってあげよう。ソナムはみんなと短く握手して背を向け、振り向かずに手をひらひらさせて私達の視界から消えていった。
「おおざっぱで飾り気のない自由な風」。今まで私が現地のチベット人達からよく感じとるイメージを、彼も持っていた。

車は幹線道路を進む。雪山は見えても、もうチベットのような「高山地帯」ではない。ハパ雪山を通り過ぎ玉龍雪山の麓に入り、農村抜け、車は夕方に麗江に到着した。ここで、麗江の英語ガイド、ナシ族のリンダさん(外国人が名前を覚えやすいようにガイド名としてそう名乗っている)と合流。英語の発音もきれいで、しっかり者の美人さんだ。お顔を撮るのを忘れていたことが悔やまれる。
麗江古城の入り口はものすごく騒がしくて、古い建物が容赦なくネオンまみれになっていた。あちこちのバーからカラオケが鳴り響き、遅くまでやってる土産物屋からも大音量の音楽が流れてくる。
・・・これがナシ族の古都? ああイメージが「古都」から「バカ殿様のセット」に変化してゆく・・・大丈夫だろうか?「観光シーズンの麗江は毎日こうなんです」とリンダさん。日本で春の観光シーズンといえばゴールデンウイーク(だからこそシーズンを避けて早めに旅行したつもりなのだが)、しかし中国では、ゴールデンウイークの前に遊んでお土産を買って実家に里帰りをする習慣があるそうだ。なんたること! わざわざ一番混む時期に来ちゃった!
 
夕食後に古城(旧市外)をほんの少しだけ散歩すると、うるさいながらも何となく情緒は残っていた()。これは早朝に期待しよう。
この日は早めに帰って日記をつけて寝た。

次回、最終回の予定。

※妄想の補足(物好きな人向け):
チベットだと生命は輪廻するとされている。だから身体は死んでも生命は死なないし、受精卵が細胞分裂を開始する前から生命は存在している。輪廻自体が生命活動だから。そしてその活動を司る力もまた生命力。そして、チベットでは「輪廻の繰り返しを通して修行が進むと、そのうち悟れるかもしれない」という。一般的に仏教では「輪廻しない方が(生命活動しない方が)良い」というイメージがあるが、「悟り」を「生命が輪廻(=生命活動)を繰り返すにつれてレベルUPすることで可能なこと」とすると、悟りを開くことで輪廻転生をしなくなる「解脱」という生命の最終形態に至る(生命力の役割が終わる)その時までは、生命活動とその源である「生命力」はとても大切なものでもありそうだ。平たく言うと、
「自分が修行して悟るのに必要な分の輪廻(=生命活動)を終えるまでは、生命力にがんばってもらわないと」

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