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2007年5月30日 (水)

占い師の旅路~雲南省・三江併流~その8

朝。曇り。町の周囲の山を覆っていた雪雲が、やがて私たちのいる徳欽の谷もを覆い始めた。今日は移動距離が少ない近場に行くとのことなので、朝はゆっくりマッタリできた。
朝食は昆明の空港で食べたのと同じ米線。それに、昨日リクエストしておいたコーヒー(インスタント)が出た。
砂糖がないので頼んだら、使い走りの少年(小学生位)が小皿に砂糖(ザラメ)を持って来た。地元の人はあまりコーヒー飲まないだろうなとは思っていたのだが、昨日スーパーでインスタントコーヒーが売られているのを見て、
「ホテルならコーヒー置いてあるかも」という期待が当たった。
食べ終えてふと見ると、、コックさんと従業員たちが食堂の隅っこで中国のアイドル歌手に見入っている。私もお邪魔して見物する。さっき砂糖を持ってきた少年と目が合う。笑いかけると、それはそれはかわいい笑顔を見せてくれた。

徳欽~明永
今日は梅里雪山から流れ出す明永氷河(「明永」という村から車の入れない道が氷河まで続いている)を見に行く。スケジュール表によると、本当は今日東竹林寺と梅里雪山を見る展望台へ行くはずだったのだ。しかし展望台は曇ってる時に行ってもしょうがない。寺は昨日行った。それで行き先を山の麓の氷河にチェンジ。
雪雲にすっぽり覆われた町を出発。チャオシンは五里霧中でも危なげなく運転する。山に沿ってしばらく進むと、雪雲を抜け出した。更に進んで少し高度を下げる。暖かい。トイレ休憩をして、ついでに写真を撮った。チベット、いや中国の田舎のトイレはお世辞にもきれいとは言えない。建物の下の地面に「ぼっとん」するだけ。仕切りはあっても扉はない。どのトイレも臭い。でも、周りに建物がないことが多いので、案外眺めが良かったりもする。
車はチャオシンのかけるポップスに乗って更に進む。途中、道路標識が地面に落ちて逆向きになっていたから道を間違えた。舗装もされていない道なき道を進み、途中ですれ違ったおじさんに道を聞いて引き返した。しかしお陰でいい写真が撮れた()と思う。
正しい道を明永に向かって急ぐ途中、急にソナムがチャオシンに向かって「あ、ちょっと止めてくれ」と言って車を急停止させ、急いで目の前の真新しい仏塔(チョルテン)に駆け寄る。お坊さんが数人、シンバルを鳴らしお経となえて儀式をしている。すぐに戻って来たソナムが「新しい仏塔が立ったので、お布施してきた」と言う。どうやら仏塔の落成式のようだ。彼は信心深いチベタンで、ここはチベットエリア。・・・そうだったんだ。じゃあ急停止してもしょうがないよね。
お昼には無事明永に到着。明永村は比較的暖かい谷底にある。荒涼とした景色が続いていたので、緑が非常に美しく映る。裸麦の畑とぶどう畑があった。
明永村で昼食(やっぱり炒め物)をとったら氷河までプチトレッキング。「歩いて2時間ぐらいで着くけど、馬に乗りますか?」とソナム。借り馬(馬引き)賃は120元と結構高い。しかも、値切れない。最初は歩いていこうと思ったが、山を歩き慣れたソナムの足で2時間ってことは、私達は倍以上かかるだろう。結局馬にした。値切れるシステムでない理由は、馬代+トレッキングエリアの管理費用が合わさってるからのようだ。

明永氷河
ホーストレッキング。最初のうち()は道のヘリを石で補強したり、道端に花を植えたりといったことがなされていたが、村を抜ければすぐに原生林に覆われた原始的な山道を行く。あちこちぬかるんでいて、馬もそこを避ける。馬の首につけられた鈴の音が何とも言えない良い音を出す。一回目にチベットへ行った時から、この音が好きになった。馬引きさんは時々馬を引っ張る以外は馬任せ。これも以前のチベット旅行と同じだ。私は7年前の感覚を思い出して、馬が道草を食いそうになると「チョ!」と掛け声をかけたりわき腹を軽く締めたり蹴ったりして先を促した。
ソナムは馬引きさん達と世間話をしながらさくさく歩いているが、どんどん標高が上がっていく険しい道だ。げんなりした顔で引き返す徒歩の観光客何人かとすれ違った。
・・・馬でよかった。
途中で一たん休憩を挟む。リスが2匹、木の幹を駆け去って行った。ここで、馬引きさんの手のひらを拝見することに。しかし、手のひらから読み取った情報を中国語に変換するのは極めて難しい。普段占いで何気なく使っている抽象的な概念や感覚的な説明が意外と複雑なのだと改めて感じた。そこで、英語でしゃべってソナムにチベット語で通訳してもらうことにした。それでもやっぱり難しかったのだが・・・
今回手を見る馬引きさんは女性と男性の2人。差し支えない部分を書くと、女性の方は機転が利いて頭が良くてガンコ。少し気を使いすぎる傾向もあるようだ。「頭いいですね」と言ったら「アラヤダうそぉ」と手をひらひらさせる様子がかわいかった(笑)。男性の方は、頭を使うことは苦手なようだが、感覚的な集中力が鋭い。そしてシャイ。
いよいよ香格里拉のホテルで言ってたことを実行。ソナムとお互いの手相を見せっこする。ソナムの手相は線がハッキリしていて読みやすい。これも彼の性格か。実はとてもガンコ(保守的)でシャイな手相をしていた(踊りの時は例外)。欧米化した新しいライフスタイルより伝統的な生き方が向いているのかもしれない。知能線と感情線を見ると、普段は静かだが一度キレるとえらいことになるタイプ。思い立ったら即行動。一度動き始めたら絶対に意志を変えない。そんな生き方をしているからか、いざって時はなかなか肝が据わっているみたいだ(実際、肝臓も強い)。
そんなことを彼に伝えると、彼は照れながらも、こっそりと「(子供の頃)キレるとえらいことになった」や「肝が据わっている」時のとてつもない「武勇伝」を聞かせてくれた。ソナムそれ、「テヘ☆」なんてかわいく笑いながら話す内容じゃないwww。オリエンタルラジオも真っ青。このブログにはとても書けない凄い話(笑)。とてつもない生命力の持ち主だ。日本人は真似出来ない。というかマネをしてはいけない。
次に、彼が私の手相を見る。私が知っている手相の読み方とは違う独特(多分自己流)のやり方だ。今まで一度も手相の読み方なんて習ってはいないのだが、人の手のひらを見るとその人のことがわかるのだと言ったのは、本当だった。驚いた。本当に良く当たる。恐らく、彼が自分の見事な生命力を「シックスセンス」と言う形にしてめいっぱい使っているのかもしれない。
休憩を挟んで更に山道を登る。標高が上がって寒くなってくると、タルチョが沢山張り巡らされた場所に出た。梅里雪山、中でもカワクボ峰は昔から神聖な山とされていて、麓には山をぐるっと回る巡礼路がある。そこと私たちの道が重なったようだ。その少し先で馬を下りる。3世代の1家族とお坊さんがいた(写真)。
展望台に向かって遊歩道を歩く。やがて氷河が見えてくる表面は砂礫に覆われているが、割れたところがアイスブルーなのでそれと分かる。実はこの氷河、91年に京都大学の山岳会と中国の登山隊の混合チームが梅里雪山 で全員消息を絶った7年後に遺品が見つかった場所。記念碑も建っている。大きな岩が氷河の割れ目に絶妙なバランスで乗っかっていた拡大)。
きつめの階段を上って展望台に到着。えらいこっちゃ!といいたくなるような眺めが広がっていた()。展望台に着いて最初のうちはうす曇りで、チベタンにとっての聖なる山、カワクボが見えない。気がつくと、何故か山に向かって手で雲を払いのけるしぐさや暖かい吐息をふうふう吹きかけるしぐさをしていた。証人は両親とソナム。すると・・・・→
写真を撮りまくった後、今後の展望を山に向かって叫ぶ。
「いい占い師になりたい!!」
山の両側から声が反響した。「幸せ!」片側からだけ声が響いた。
「展望台」とは良く言ったものだ。文字通り、「希望を展開する台」に私は立っていた。
ハイテンションになって、ミネラルウォーターで乾杯した。「ありがとう!!」山の両側から、わずかに響いた。

※ここから電波入ります。ご注意下さい。
ソナムが、チベットでは智恵の神様にして占いの神様でもある文殊菩薩のシンボルになっている山もここから見えるのだと言った。ソナムの指差したその山は、雲にほとんど隠れていた。で、やっぱり息を吹きかけたり払いのけるしぐさをしてみる。都合の良い展開を期待。ソナムが後ろで「ブフ」と吹き出した。最もな反応だ。雲は動かなかった。
展望台の帰り道。ふと振り返ると、雲が。どいてくれていた
これにはソナムも「グレイト」と言った。彼は小声で何かを唱えた。チベット人が昔から山を「ありがたや」と崇める理由が、何となくわかった気がした。
私も山に向かって正確に覚えたばかりの文殊菩薩のマントラを唱えてみると、何だか山の中腹にぽっかり洞穴が開いて、その中にすうっと入り込んでいくようなイメージが浮かぶ。こんな感覚は生まれて初めて。酸素が薄いせいだろうか? 
しかもその時、とても良いインスピレーションを感じ取ってしまった。
インスピレーション曰く「占いの際には、その人の深層(真相)にもぐり、その人の生命力を生かすための(その人が自ら生命力を生かして解決・発展するための)情報を読み取ることに集中すべし。それ以外の目的や意図は占いとは関係のないこと。ある人がそれ以外のことを読み手に望むなら、それは占いを望んでいるわけではない、ということ」
・・・このインスピレーションが迷いを晴らし、占い師としてのポリシーの再確認を助けてくれた。
本当は、この出来事をブログに書く予定はなかった。非常に個人的かつ異様に電波な体験だから。今でもまだこの箇所を消そうか消すまいか迷っている。もしかすると、UPした後である日突然消えているかもしれない。以前書いた占い依存症についての2つの記事は、このときのインスピレーションが元になっている。
もと来た道を馬に乗って帰る。馬の揺れにもなじんだため、片手で写真を撮るのが楽になった()。
馬を下りるとチャオシンが車をまわしてくれていた。母が山道を歩きどおしのソナムに「疲れた?」と聞くと、「全然(何で?)。」と言う答えが返って来たそうだ。
帰りの車窓、最後に再び山が ちょろっと顔を出してくれた

夕暮れが近づく頃、その日最後のサプライズ。行きは真っ白な霧と雪雲で何も見えなかった道が晴れていて、白茫雪山が姿を現してくれた。実は凄い眺めの道を走っていたということらしい。撮影スポットの小さなお寺、飛来寺で写真を撮った()。毎日こんな眺めの中で生活するのはどんな気分だろう?

徳欽
晩ごはんは火鍋。毎日「野菜炒めとご飯」だったので、たまには違うものが食べたかった。ホテルの食堂には鍋料理用のコンロが各テーブルについていたのに目をつけ、昨日リクエストしておいたのだ。火鍋はお隣四川省の名物料理だが、雲南でも人気メニューの一つ。本場では、お鍋に仕切りをつけて、辛いスープとそうでないスープの2つが1つの鍋で作れるようになっている。今回は辛いスープは遠慮して優しい味のチキンスープのみのお鍋にしてもらった。骨ごとブツ切りにした鶏肉がいいお出汁になっている。そこに野菜や春雨を入れて頂く。幸せ。
ここでチャオシンがやたらと張り切って鍋奉行になる(笑)。スペアリブの時といい、妙に世話焼き。多分年下の兄弟を世話したことがあるんじゃないかと思って兄弟の有無を尋ねたら、妹が一人いるとのこと。中国は「一人っ子政策」をしているが、少数民族は2人まで子供を持てる。
突然、大合唱が始まった。パーティーションで区切られた食堂の向こう側で宴会をやっているようだ。間違いなくチベタン。一人ずつお酒を一気飲みし、その度に歌うのだ。「イッキ」が一回りし終える頃には大半の人間に酔いが回って歌声は更に大きくなっている。7年前経験済みだ。私の時はビールだったが、普通は裸麦で作った数十度の焼酎でそれをやる。それも、標高4000m前後の場所で。
「チベット式イッキ」。盛り上がっているようだが、良く通る歌声のせいか、まるですぐそばで歌われているみたいでそろそろうるさくなってきた。こっちの話し声が聞き取りづらい。無理かもしれないが、ソナムかホテルの人に何とか言ってもらえないだろうかとソナムの方を向く・・・お前も歌っていたのか。

本日も素晴らしい一日でした。

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