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2007年2月

2007年2月28日 (水)

よく当たる?占い師のウラ話

昨日、「よく当たる?占い師のウラ話」というわりと有名なサイトを見た。簡単に言うと、占い師の体験談を集めたサイト。出版もされたらしい。体験談の中には「あるあるwww」とうなずけるものから、私の経験では太刀打ちできないほど香ばしく薫り高いエスプリを放つ「お客様」のエピソード(占いをご利用の際は、どうかマネをしないでください)、ほろりとさせられるハートフルな話など、いろいろ読ませていただいた。
程度の差こそあれ、占い師になればこういったエピソードの一つや二つは誰でも遭遇するのだが、占い師の視点だけではなく、お客様やその他の目撃者の話も入っているのがいい。

2007年2月24日 (土)

血液型占い終了のお知らせ

2004年6月からコンテンツを提供してきたモバイルサイト「ケータイサラダ」の血液型占いが今月2月を持ってサービスを終了することになりました。長い間ご覧頂き本当にありがとうございました。

思い起こせば、駆け出しの私が生まれて初めて自分の占いを文章コンテンツの形にする仕事をしたのがこのケータイサラダ。不特定多数の人々に限られた文字数で占いを発信するというよい鍛錬になりました。私のコンテンツの仕事はココからスタートしたといってもいいでしょう。これからいくらでも出会う(と思われる)コンテンツ仕事の一つではあるんですが、妙に感慨深くもあります。

さて、終了のお知らせを受け取る前に3月前半の占い原稿を大部分書いてしまっていたので、今手元にある原稿を最後まで完成させ、3月までにこのブログで特別にUPしちゃおうかと計画中。

血液型占いが終了する代わりに、コネクト!オンが隔月刊誌から月刊誌になります。占いも毎月出ますよー。

2007年2月23日 (金)

ファミ通コネクト!オンvol.4

さて、本日出ました「コネクト!オン」。とうとう占いコーナーにオリジナルのマスコットキャラクター登場! カエルさん多謝。一応かわいいキャラクターのつもりなんですが・・・
今回の編集長代理との掛け合い部分において、私がなかなかの電波キャラ扱いをされていますが(最終チェックのPDFが届いた時は大爆笑)実際はそこまで飛ばしてません。登戸に来る方は怖がらなくても大丈夫ですよ?

2007年2月18日 (日)

花粉症と鼻水の秘密

以前の記事を少し手直し。さて、今年早くも花粉症の症状が出始めた人もいる。
鼻水の症状は、インド医学でいうと、カパ(水)の領域。
花粉症には菜の花やブロッコリーなどの花野菜や、生ねぎ、シナモン、ユーカリ(アロマ)などが良いらしい。基本的には、症状が出る前の時期に前もって摂取する事で花粉症予防になる。私も毎年2月頃になると、よくブロッコリーを食べている。ピリ辛の味付けで炒めるとおいしい。シナモン入りのコーヒーも飲む。今年は少しだけマシな気がする。
「鼻水が良く出る」という現象。原因はいくつかあるが、その中に興味深いものを発見。
それは、鼻水を出す事で「脳を浮かべている頭の水の取替えをしている」というものだ。脳というのは、頭蓋骨の中に液体があり、その中に豆腐の様に浮かんでいるのだそうだ。液体が脳を守るクッションという事。その液体をプールの水のようにいれかえるということはどういう事かというと、脳が日々働いていると老廃物を出し、液体が汚れてくる。その汚れをきれいにして少しでも脳をリフレッシュさせるために、鼻から汚れた古い液体が出て来るのだそうだ。そう。鼻と脳は繋がっている。古代エジプトでミイラを作るときは、鼻から焼けた鉄の棒を突っ込んで脳を引きずり出していた。
花粉症の時期、丁度花粉で出てくる鼻水のドサクサにまぎれて、頭の中からも水が出ている人もいるらしい。普段頭をよく使う人、睡眠不足な人、ゲームをやりすぎな人、神経が疲れやすい人などはその可能性が高いという。花粉症の時期にかぎらず、普段頭を良く使う人でワケもなく薄い鼻水がジョジョダレる人は、頭をリラックスすると少しはマシになるかも?
脳を浮かべていた液体が鼻から出ていってしまったら脳は大丈夫なのかというと、ご心配なく。自動的に新しい液体が作られ、頭の中に満ちていくから。

2007年2月17日 (土)

体質別フルーツデトックス

最近、美容と健康に良いとのことで「デトックス」が流行っている。「デトックス」にメタボリックシンドロームへの効果も期待されているとか、いないとか。
一時期、食事をりんごだけにする「りんごダイエット」というものが流行ったことがあるが、実はあれ、ダイエットというよりもデトックス法。おなかの中の毒素やいらないものを排出することが目的で、その結果、副次的に体重が減る。肌もきれいになることがある。
更に肝心なことを言えば、その人の体質のよって、りんごが向いている人と向いていない人がいる。体質によって別のフルーツの方が向いていることもある。
今回はインド医学(アーユルヴェーダ)による体質分類別でのフルーツデトックスの正しい方法をご紹介してみる(注意点もよく読んでください)。

1
まず、アーユルヴェーダにおける自分の体質をチェック。最も当てはまる項目の体質と適したフルーツを知っておく。カパ体質に多く当てはまる人のフルーツはりんご(デリシャス系や紅玉系)、ヴァータ体質に多く当てはまる人はぶどう(紫色のもの)、ピッタ体質に多く当てはまる人はざくろ。

2
デトックスの期間は1日~3日間。都合に合わせてどうぞ。それ以上の期間は続けない。デトックスを何度かやりたい場合は、最低一ヶ月は間を空ける。あくまでデトックスが目的なので、体重を減らそうとして長期間続けるのはNG。

3
各体質別フルーツを手に入れる。
デトックスはそのフルーツが収穫される季節に行うのが望ましいとされている。
ざくろやぶどうは100%ジュースでも代用できるが、その場合は水で薄めると良いとされている。一杯のジュースでフルーツを何個も使っているため、一気に大量摂取するとおなかを壊す恐れがあるからだ。特にぶどうジュースを飲む時は5倍程度に薄めるのが良いとされている。

4
デトックス開始。デトックスの間はそのフルーツ(ジュース)と水分(砂糖や脂肪分を含まないもの)だけを摂って過ごす。おなかがすいたら好きなだけフルーツを食べる。ただし無理をして沢山食べたり、夜遅い時間や寝る直前に食べるのはNG。もう一つ大切なのは、水分をたっぷり取ること。コーヒーを飲みたい場合は薄めのアメリカンをブラックで。一日一杯程度なら○。
水分をたっぷり取ると同時に、入浴(特に半身浴)やサウナなどで汗をかくことも効果的。

5
デトックス最終日。デトックスを終える日の夜(一日だけなら当日の夜)寝る前、オリーブオイルを大さじ1杯分、お湯と一緒に飲む。オイルを飲む前後はフルーツを食べてはいけない。フルーツを食べる時間とオイルを飲む時間は最低でも1時間は空ける。消化力が低いと思われる人は、一時間半は空ける。

6
通常の食事に戻る。デトックス最終日の翌日は何も食べる前に歯ブラシ(歯磨き粉はつけない)で軽く優しく舌を洗ってからお湯を飲むと○。
最初はおかゆや雑炊、温かいお蕎麦、煮込みうどんといった消化に重くないメニューから徐々に食事を戻していく。肉類は始めのうちから摂らない方がいい。たんぱく質は大豆製品を。よく煮込んだりスープなどにしてやわらかくした野菜類も食べておきたい。

※このデトックスをしてはいけない人
そのフルーツを食べると腹痛下痢や体調の悪くなる人、妊婦、体力の低下しているか虚弱体質の人、長い間病気の人、とても痩せている人、食事制限を受けている人、摂食障害等で栄養状態の偏っている人など。
持病のある方はかかりつけの医師にご相談下さい。


手相やタロットなどで健康運を読み取ると、体の中のいらないものがなくなると心の中のいらないもの(過去の感情や未練、不安、気持ちがまとまらない状態など)もスッキリしそうな人を見ることがある。体の中の毒素が神経やメンタル面に影響することもある。体や心の状態は、運勢とも密接に関わっている。
頭や心に余計なノイズが走っているように感じたら、自分の体のことも考えてみるのもいいかもしれない。「デトックス」といった本格的なものでなくとも、前もっていらないものを溜めにくくするような生活習慣を心がけるだけで違ってくることがある。
簡単な方法としては、食事は夜8時までに済ませること。毎朝起きたら何も食べる前にお湯を一杯飲むこと。歯ブラシで優しく舌を洗うこと。軽い運動。

2007年2月11日 (日)

退職後の人生 手相でヒントを掴む

ちょっとタイトルを雑誌ぽくしてみました(笑)。

団塊世代の退職ラッシュ。これからどうしようか? 今まで考えなくてよかったことを考えなきゃいけない新事態(退職は結婚同様、『ゴールじゃなくて新しいスタート』なのかも)に直面し、戸惑ったり、頭をひねったり、浮き足立ったり、茫然としたり。
そんなオトウサンたちが人生の道のりで渋滞(ラッシュ)している。退職ラッシュは、占いの客層にもひそかに変化をもたらしていた。
去年やおととし辺りから、実際に足を運んで占いに来る団塊世代の男性が増えてきた。実はこれ、ちょっと珍しいことなのだ。経験上、団塊世代の男性はめったなことでは占いに来ない。私が路上で占いをやっていた頃は、酔ったオトウサン以外は来たためしがない。そんな彼らが自ら生まれて初めて占いに来て、おずおずと席に着く姿は何だかほほえましい。
初めて占いに来た団塊世代のお父さん達には、退職後自分が家庭でどう過ごすのか、とか、次どこで働こうか、といった具体的相談で来る人だけではない。漠然と自分がこれからどうなっていくのか、自分でも想像がつかず、何かの参考になればと半信半疑に好奇心が後押しして占いをしに来た、という方も多い。またそれとは逆に、「前からやってみたかったことがある」とおっしゃっていた方もいる。
そもそも占いって何が見えるんだろう? 何か自分のことで見えることがあれば知りたい。自分は他人からどう見えるんだろう? そんな感じだ。

そんな団塊世代の方々を見るとき、私はまず両の手のひらを見せていただくことにしている。彼らから見れば少女趣味的なイメージのあるタロットと違って、手相なら身近に感じて初めてでも抵抗なく落ち着いて占いに臨むことが出来るようだ。それに、予め自分の手の大まかなしわやスジの様子を聞いておけば、後々自分の手のひらを見返して、しわやスジの変化と自分の変化を照らし合わせてみる楽しみもある。
手相には仕事運や恋愛運といったいわゆる「運勢」だけではなく、その人の素質や適性、性格、短所、人生で乗り越えてきたこと、これからのチャンスや課題、体質・・・そういったものが刻まれている
右手は自分が作ってきた運(歴史)。左手は生まれ持った運(素質)。その両の手のひらを比較して、分析してゆくと、これから進む方向に見当をつける上での「適性」のようなものが見えてくる。普段無意識に見過ごしてしまっていた自分の姿や思い、内面的関心や課題と呼べるようなものが見えてきたり、そのことが今後どの方向に充実感を求められそうであるかのヒントにもなっていく。
そして、読み取ったヒントをうまく使って方向性に見当や仮説・解説をつける作業は、占いならではの楽しみでもある。ちょっぴりわくわくするオトウサンを見るのは、占い師の立場から見ても楽しい。
手相はその人が立っている「今」を読み解くことに適した占いとも言える。「今」を読むことは、自ら本当に良い方向へ向かうために今何が必要か、何が出来るかを知ることでもある。
これから直面する新事態に改めて自分を見つめたいと思っている団塊世代の皆さんは、自分の手を覗いておくとオモシロイことがあるかもしれない。
何しろ、手は自分の一部であり、その手に刻まれたモノは自分の歴史と可能性でもあるから。

手相占いの一例はこちら。 手相に関するお問い合わせはこちら
団塊世代で子供がニート気味の皆さんはこちら。お若い頃を思い出しながらどうぞ。

2007年2月 5日 (月)

上手な「ニート」の過ごし方?

※占いを通した個人的見解です。全ての人には当てはまりません。

◆個人的な思い出
ちょうど「就職氷河期」と呼ばれる時代、私は大学4年生だった。その2年前から既にキャンパスで占いを始めていた私の元には、毎年ある時期になると就職のことで学生達が相談に来ていた。
相談の中で一番多かったのが、「やりたいことがわからない・見つからない」。
最初にそこで身動きが取れなくなると、就職活動自体に意欲が出てこなかったり、仕事選びの見当がつかない、という状態に陥ってしまうようだ。私の知っている範囲でだが、そういった彼らの何割かはフリーターを経験したあと派遣社員になったり、場合によってはニートになったりした。
「やりたいことに拘るのじゃなくて、できることに目を向けたほうがいい」
「興味のある仕事しかやりたくない、というのは甘え」
そのように思われる方々もいるだろう。
実際、「やりたい仕事」ではなく「就職できる所」をとりあえず選んでいく学生も多い。
問題は、「やりたい仕事が見つからない・わからない」時点で「やりたいことが仕事(収入)に出来ないなら自己実現の可能性ゼロ」と勘違いして既に身動きが取れなくなってしまい、就職の意欲や気力を作りたくても作れない人。そんな人にとって、「適当に就職する意欲」=「今後の長い人生を諦める意欲」という発想になってしまっているのかもしれない。勘違いゆえに。
そのため、どれだけ「それは甘えだ」と周囲になじられても、「どこでもいいからとりあえず適当な仕事に就く」ことが出来ない。例えうしろめたくても、そのような意志や意欲を作りたくても作れない。それをやることは、勘違いした彼らにとって「現代人が切腹する」のと同じくらい難しいスキルなのかもしれない。

そんな彼ら中には、『やりたいこと(自己実現の内容)』を『仕事(収入手段)』という形に限定しなければならない。イコールで結ばなければならない」と狭く考えて、「やりたい仕事が出来ない=自己実現できない」と思い込むことから自分を追い詰め、気力や希望を失ってしまうケースがあるようだ。「『仕事』にしなければ『やりたいこと』が実現出来ない(その価値がない)」と狭く考えてしまっているとも言う。お金を生むか生まないかによって自らの「やりたいことをする意欲」を自ら全否定するような感じだろうか? 自分の素質や特性の使い道を、「収入手段」という狭い枠だけに閉じ込める発想。「やりたいことをする価値(プライスレス)」を「収入金額の貨幣価値」に換算してしまう発想だ。
無意識のうちにそんな狭い考え方にはまっているので、「やりたい仕事じゃなくて出来ることを見つけろ」というアドバイスは、「やりたいこと(自己実現)は諦めて、それとは無縁の生き方をしろ」と言われているように感じてしまうこともあるようだ。それは、「やりたいことが見つからない・わからないせいで就職する意欲も探す気力も出てこない」というよりむしろ、「狭い考え方にはまり込んで身動きを取れなくしてしまい、自分を追い詰めて気力を失った」といった方が近いと思う。これ、一部の「退職型ニート」にも当てはまるかもしれない。
また、一部の引きこもりやニート達は、「子供の頃にやりたかったこと・やり残したこと(それを通して社会性を身に着けられたかもしれないこと)ができないままで先に進みたくない(したかったことや今でもしたい事を犠牲にしたまま別の事に時間とエネルギーを費やしたくない)」という心理が無意識下で働いているケースもあるかもしれない。そしてその大半は、「やりたかったこと(やりたいこと)」を自覚していない可能性も感じる。

◆やりたいこと・好きなことは人生を彩る資産
「仕事(就職)の確保」と「やりたいこと(自己実現)」をどちらも大切にするには、2つを切り離して個別に実現する発想を持つとよいだろう。そうすれば、かなり身軽になれると思う。フリーターやニートだというだけで、どちらかを諦める必要はない。要は実現させる方法の問題。
やりたいこと(自己実現や生きがい)は、仕事じゃなくても叶えられる。「お金にならなければ自己実現(の価値)にならない」という発想は、「人生に値段がつく」と考えてるのと同じ。充実感を金額で感じようとしているから。
自分の趣味や好きな活動のためにバイトに励んだことのある人なら、それを思い出すといいかもしれない。
もしも今ニートか、ニートになりそうな人で、「仕事を探す意欲はまだないが、『やりたいこと』を探す意欲はある」場合。収入手段の前に、生きていく意欲の方向性や張り合いといったことから探したい場合。

仕事を見つけられないなら(見つける意欲が出てこないなら)、まず「やりたいこと(または好きなことや深い関心事)」だけでも見つけた方がイイ。それは趣味や楽しみや買い物、「あの漫画が読みたい」といったレベルでも全く問題ないと思う。物理的な活動じゃなく、完全に脳内、精神内だけで行う活動でもいいだろう。その意欲は一生続くものではなく、その時期にだけすごく意味のあるものであったりもする(時期と共に意欲の対象が変化するケースもある)。そういったものに出会い触れる体験は意義深い未来の材料(場合によっては開運材料)になり、人生を豊かに意義深くする生命活動でもある。人類は「仕事をしてお金を生むため」に生まれて生きる生物ではないし、そのために創られた生物でもない。命にとって仕事とはあくまでも一手段であって、目的ではない。

「やりたいこと(深い関心事)」には、自分にとって重要な意味が象徴的に隠されている。それがやりたいのは(好きなのは)、ちゃんと意味があってのこと。体裁やメンツにこだわってその意味ある欲求を切り捨て押し殺すのはオススメしない。それはお金以上に本物の資産になるだろう。それへ存分に打ち込む体験が自己発見を促したり、自分にしか作れない幸せな未来を作る糧になる。したいことや好きなことがあってやれる環境にあるなら、何もしないより遥かにいい。 例えそれが周囲や世間からは評価されないような「下らない趣味」だとしても。
また、「自分が本当に望むことを探したい・見つけたい」という欲求自体が「やりたいこと」だというケースもある。

また、運勢の世界では、無意識の底から本当にやりたいことを実現するために、それに見合った運勢が作られるという説がある。例えば、金運(時には仕事運)が「やりたいこと」に合わせて発動したりする。「無意識の底から本当にやりたいこと」に合わせて運勢が無意識の底から創られやって来るからだ。命は自分の意図する生命活動に合わせて(それに適した)自前の運勢を創る力がある。実は誰もが一度はそれをしたことがある。それが「誕生」だ。母体に命が入る否かは、まさに運勢次第。
生き方の発想や価値観を「仕事」に縛られる人生が嫌なら、無意識の奥底から望む生き方が出来るように(それを自覚できるように)自前の運勢を創ればいい。

「やりたいこと(深い関心事)」自体がお金にならなくてもいい。職業にならなくてもいい。それでも「やりたいこと(深い関心事)」が一つでも見つかれば(又は一つでも実行できれば)、そのことがこれから生きていくための貴重なエネルギー(生命力の一種)になるし、自分独自の充実感を得たことが自信にもなる。
すでに自分の「やりたいこと」「好きなこと」を持っているなら、それを誇りに思っていいと思う。例え職がなくても。職につく意志が生まれてなくても。
「自分独自の充実感を得る」・・・例えその行為が他者にとって何の価値も無い(他人の役には立たない)事であったとしても、大いに自分の役には立っている。時にその充実感は、他者から(利用価値を)高く評価されたり褒められたりした時以上のものかもしれない。あの充実感を捨ててまで他者からの評価を得るメリットは無いかもしれない。
今はやりたいことや関心事が無いとしても、いつか見つかる可能性を今から否定しない方がいい。こういうのは無意識領域の作業だから、あせらず力まず生きていればいいと思う。

◆「やりたいこと」と資金源
その上でもし仮に「やりたいことに向けて金が欲しい」という状況になれば、それが無意識の底からの願いであれば、その願いを叶える運気が流れるだろう。その運気が親の遺産という形になるのか、仕事運になるのかは人により千差万別だが、仕事運の形をとった場合はやりたいことを実行する意欲・続ける意欲が、そのための資金調達の意欲(=仕事をする意欲)に繋がることが充分に想定可能。「職場」は、運勢が用意してくれた丁度いい資金源だ。何も調達方法に生きる意味を見出さなくてもいい。映画を作る人は、撮りたい映画のためにスポンサーから資金調達をするが、スポンサーからの予算がほしくて映画を撮るわけではない。「お金を調達すること(仕事すること)」自体には情熱がないなら、発想を転換して「お金の使い道(やりたいこと)」について考えてみたほうが建設的で楽しいかもしれない。目的もなくお金を調達するだけではちょっと物足りない気分になりそう。逆に、お金で気軽に自分の世界を発展させたり充実させたり出来るならめっけもの?

「やりたいこと(充実感を得る活動・充実感の媒体)」が0か1かで、同じニート(又はニート予備軍)でも、全然違う。「職の無い者(=カネを生まない者)が生きる喜びや充実感を見つけることは許されない」なんて思わないで。人の命は社会やお金のために生まれたわけじゃないのだから。

どうせニートでいるならニートの立場を存分に使ってまずは「やりたいこと」だけでも探してみた方がいい。
時間は、沢山ある。人生は一度きりだから、そこから始める方法も、時にはアリじゃないかと思う。
(そして、そう出来る環境に感謝しておこう)


就活自殺の増加に思うこと
人の器に宿りし金運
魂の環境インフラ
「草食化」という本能?
中二病の有効活用

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