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2006年8月15日 (火)

絵を描いてる時の君が好き④

BGM(右クリックで別窓)

回復したA子は、真っ白なキャンバスに向かっていた。
気持ちは、幸いなことに、不思議と穏やかだ。何かが描けると思うくらいに。
ずっとネグレクトしてきた私の創造性。私のインスピレーション。私にしか出来ないこと。あの日、B太のひらひらと振られた手が、自分で作り上げた「雲」を払いのけてくれたような気もする。その代償は高く切なく残念ではあるけれど(後で少し泣いた)、それでも最終的に納得はできた。これは無駄にしたくない。
B太とは週一のゼミで顔を合わせることが出来た。二人とも、昔と変わらず親友としてコミュニケーションがとれた。はたから見れば、今までと変わらないだろう。
濃い2Bの鉛筆でキャンバスに線を描き出す。今度こそ、自分の絵に素直になろう。自分に素直になろう。評価が怖いなら、どうしてもこき下ろされるのが怖いなら、提出しなければいい。評価のためでなく、自分のための絵にすればいい。ダヴィンチにとっての「モナ・リザ(私のリザ)」みたいなもの、と言えば余りに大げさすぎるけれど。
描きたいものを素直に描くことで、頭の中の完成予想イメージにわくわくしながら作業を進める。とても気持ちがいい。久しぶりの感触。B太に尽くすことで自分の夢を彼に重ね合わせていた時の舞い上がるような興奮とは違う。地に足の付いた、落ち着いているけれど軽やかで、しかも確実な心地よさ。自分で創り出せるこの感覚を、忘れていた。私は、自分の喜びをちゃんと自分で創れる。今感じてるような確実な心地よさを沢山積み重ねてゆくこと。積み重ねた心地よさが、やがて見る人を心地よくさせるモノに変身する。そんな魔術を身につけることが画家を目指す私の夢なのだと思った。だから、他人に夢を重ねて託してしまうことは、実際は夢への積み重ねを止めてしまうこと。夢や喜びが育ってゆくのを止めてしまう。
作業が進むにつれ、信じられないスピードで今までこわばっていた頭と心がどんどんほぐれていって、そんな風に思えるようになっていた。ある人を思うと、筆が進んだ。現時点で、その魔術を働かせることが出来そうな相手を、多分一人は知っている。見かねてネグレクトを警告してくれた人。
出来上がった絵は、色とりどりの花が咲く窓辺の花かごと、そのかたわらに寝そべってこちらを無邪気に見つめる黒い子猫。そんな少女趣味的な絵が、本当はずっと描きたかった。
心地よく描けたこの絵は、予想通りある一人の人間を心地よくさせた。「お、キタコレ」というのが感想の第一声だった。あとはただ奇妙なほどにやにやするばかり。その様子を見て首をかしげながらも、B太が絵を気に入ってくれたようなので、A子は更に心地よくなった。他の友人達の受けもそれなりに良かった。再び、「自分の絵」が描きたくなった。それで、「心地よさを元手に、新たな心地よさを創り出し、循環させる」ということが将来画家になったら不可欠なことなのかもしれないと思った。
この体験に勇気付けられ、A子は思い切って絵を授業に提出した。案の定、「テーマがありきたりで幼稚」という評価が帰ってきたが、以外にもそのことは余り気にならなかった。どうしてかと思って首をひねると、ああそうかと気がついた。
既に、例の魔術を体験していたから。魔術が発動する条件は、自分と「自分の感性に対して誠実なこと」だというのを既に知ったから、イマイチな評価よりもそっちの方に夢中になっていたから。
A子は、なぜB太が評価を恐れず堂々と好きなものを好きに描けるのかがわかった。
主観的根拠は、場合によっては客観的根拠と同じかそれ以上に大切なのだ。その感覚をB太は知っていて、A子は忘れていた。その結果が、無責任なネグレクトだ。

A子はこの絵をB太と一緒に若手を発掘するための展覧会へ出展した。審査員の投票とギャラリーの一般投票で賞が決まる仕組みだ。
結果はB太が佳作。A子は佳作まであと少しだったが、惜しくも落選した。けれども盛況の展覧会に行った日、A子は自分の絵が見知らぬ何人ものギャラリーを心地よくさせるのを、この目でしっかりと見た。
この一連の体験に励まされ、A子は自分の描きたいもの(=心地よいと思えるもの)を自信を持って素直にかつ誠実に描ける様になっていった。ぎこちなく荒削りな表現から、徐々に洗練されてゆく兆しも出てきた。

「絵を描いてる時の君が好き」
B太は、初めて気持ちを伝えた時と同じ言葉で、再びA子に想いを伝えた。

二人は再び付き合いだした。自分の絵と時間は大切にしながら。はたから見れば、やっぱり今までと変わらないだろう。でも当事者の気分は全然違っていた。昔のように舞い上がるような興奮のときめきよりも、もっと穏やかで安定した雰囲気の、「敬意」や「信頼」に近い対等な感情。A子は、自分自身のコンプレックスがB太を現実離れして理想化し、カリスマ化していたことを知った。本当は不器用でかわいいところがかなりある人だった。歳は一つ上だが、同い年か、弟みたいな感じもする。以前の印象と似た、スマートで頭の回転が速くて優しいお兄さんみたいなところも、時折見え隠れはしていた。
相手の欠点も見えてきた。B太は少しルーズで短絡的で忘れっぽいところがあった。A子は時折受身すぎたり、優柔不断なところがあった。お互い人間なので欠点を持っていたし、そのことでしばしば衝突することはあったが、親しみは失われなかった。絵に関するやり取りは、相変わらず有意義だった。絵のことだけは、いつも新鮮な刺激を互いに得ることが出来た。やりとりのあと、絵を描く気力が、湧いてくるのだ。二人の共通の長所は、「絵が好きなこと」「自分の絵が描けること」だとお互い思った。世間一般のカップルの様に人気のデートスポットでいちゃつくよりも、芸術的な感性を通したやり取りの方が楽しかった。

私は、B太に憧れていた。自分の絵にコンプレックスを持っていて、本当はB太みたいに「自分の絵が描ける人」になりたかった。でも今私は、やっと自分の絵が描けるようになった。自分に対して価値が持てるようになった。
そしてある時、A子はふと思った。
『B太とは友達でもいいんじゃないかな?』

つづく

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