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2006年6月

2006年6月25日 (日)

アジサイ

地元のお寺のアジサイが花ざかり。星型のものやまるっこくてかわいいものなど、珍しいアジサイもあった。

Ajisai

2006年6月13日 (火)

おにぎりーなちゃん

Onigirina_2
飲み物はお茶派ですか? みそしる派ですか?

2006年6月 9日 (金)

アイラブテトリス③

夏休み、子供は鈍行列車に乗って遠くに住んでいるおばあちゃんの家へ遊びに行くことになった。
列車内。最初は車窓の風景を見たりしてわくわくしていたのだが、そのうち、大きな誤算をした事に気付いた。
しまった! 暇つぶしの道具を何も持ってきていない!
目的の駅は、まだまだまだまだ先。お菓子を食べて過ごすだけでは、とても持ちそうにない。しかもこんなときに限って、ぜんぜん眠くならない。何も持っていないことに気付いてしまった後の時間は長い。10分経ったと思ったら、まだ5分しか経ってない。
これは、ヤバイ。
今の子供にとって、長時間何もせずに座ってなきゃならないこと。これはもはや恐怖。冷や汗が出そう。
子供は祈る気分で自分のカバンをまさぐった。すると、奥のほうに覚えのある感触が。引っ張り出してみると、何と失くしたと思っていたテトリスだ! ずっと使ってなかったから、まだ電池も残っている。(TヮT)助かった・・・
子供は久しぶりにテトリスで遊んだ。正直テトリスに感謝した。愛してるよテトリス。
「都合のいいときだけ態度がころっと変わるのね」・・・夢に出てきたテトリスに何か言われた気がした。
それでも、テトリスは自分の危機を救ってくれた。
駅に着くまでの長い時間、子供は存分にテトリスをやって、対戦するための腕を磨いた。久しぶりだったけど、時々良いスコアが出た。
おばあちゃんの家にはいとこがいた。二人でスイカを食べたり海で泳いだり花火をやったり、新しいゲームをやったり、テトリスで対戦もした。
帰りの新幹線では何時間もテトリスをしていたら、いつの間にか降りる駅になっていた。
なんとなく、テトリスとの付き合い方が分かってきた。自分の中に占めるテトリスの位置が意味すること・・・とり憑かれて遊ぶんじゃなくて、こうやって遊べば、テトリスはかけがえのないもの。
とり憑かなければ(とり憑かれなければ)、テトリスはステキな人生の伴侶。
だから、もっと大切にしなくちゃ。
子供はテトリスをなくしたり踏んづけたりしないように、遊ばない時は専用の箱に入れて、大事に学習机の一番上の引き出しにしまった。開ければすぐに目に入る所に。
時々ボタンに手垢が付いたら、きれいに拭いてあげた。お菓子を食べてベトベトの手ですぐさわるのは、やめた。
それ以来、子供はテトリスにうなされることはなくなった。

テトリスは、子供にとり憑いてまで遊ばせるのはやめた。そんなことしなくても、自分に誇りが持てるようになったから。いつでも遊べるように、子供のすぐそばでスタンバイしていることで、満足だった。それこそが、「携帯用テトリス」にしか出来ないことだから。
子供が友達と外へ遊びに行ってる時は、同じ引き出し内の仲良くなった「トランプさん」や「チョロQ君」や「シャア・アズナブルさん」とお喋りするから、寂しさも和らいだ。
テトリスは、居場所を得た。

子供は2学期に約束していた友達とのテトリス対戦を楽しんだ。勝負は負けちゃったけれど、もちろん今でもテトリスは好きなゲーム。
振り回されるほどハマることは決してないけれど、シンプルで単調だから飽きが来ないので、大事に遊んでいる。旅行のときは必ず連れて行く。
カゼを引いて学校を休んだときは、「寝てなさい」と口うるさいお母さんに秘密で、ベッドでこっそり遊べる数少ない遊び。
二人は幸せだった。時が満ちれば、いつでも子供のお遊びライフを一緒に作る。時が満ちれば、いつでも自分の価値を発揮できる。そのときになれば、いつでもどこでも楽しめる。そんな上手な付き合い方を覚えたから。
歴史は語る。『ここに、テトリスの位置と方向性は、定まった。』

テトリスは語る。
「だって、私はあなたのテトリス。大事にしてくれるなら、二人でステキなことがいつでもどこでも出来る。
飽きずに大事に遊んでくれるなら、毎日長い時間遊ばなくても許してあげる。その方が、私は長持ちするから。」

そう。子供が大きくなって一人暮らしを始めたときも、テトリスは一緒に旅立って行った。

『病める時も健やかなる時も その身が滅ぶまで・・・』

オワリ

2006年6月 4日 (日)

アイラブテトリス②

子供はテトリスにとり憑かれていた。夢の中にもテトリスが出て来た
「私のこと大好きなんでしょう? いつも私と一緒に居て。私だけを見て。他の遊びになんか絶対行かないで。逃がさないわよ~」
ぎゃあ。冷や汗をかいて飛び起きた。

ある時、意を決して子供はテトリスをポケットの中に入れるのを辞めた。すごく未練があったけど、このままじゃ「遊び(=人生)」が貧しく寂しくなってしまう。今までテトリスやってた時間で、いくらでも他の楽しい遊びが出来たのに。あの時誘いを断った野球は、接戦ですごく面白い試合だったらしいのに・・・ 別の日はクラスメイトと公園に行ってれば、野良の子猫に触れたのに・・・

子供は今までのお遊びライフを徐々に取り戻すようになっていった。友達と夕方になるまで野球をし、家に帰ればあったかいご飯を食べて、ずっと見てなかった大好きなお笑い番組に転げまわって笑い、運動と満腹と大笑いで程よく疲れた体はぐっすり眠った。
時にはジャ○プを読んだり、友達の家で最新の対戦ゲームをやったり、公園ですごくいい遊びのアイデアを発明したりもした。
ああ、テトリスから開放されたらなんて楽しいんだろう。落ちていた成績も、また元に戻った。先に遊びのスケジュールを立てたから、そのとき一番有意義な遊びを最優先にして、テトリスの優先順位は後回しになった。今までの反動で、他の遊びと違ってずっと後回し。
時々テトリスをどこに置いたか忘れて踏んづけてしまうことさえあった。電池を入れる箇所のフタが歪んでちょっと嵌り難くなってしまったけど、なんとも思わなかった。
今までテトリスにはまっていた反動で、気持ちがテトリスから遠のいた。ボタンにチョコの汚れがついたけど、べつにいいや。
そうしているうちに、またテトリスが夢枕に立った。
「私と他の遊び、私と友達、どっちが大事なの!? 昔はあんなに私に夢中だったのに。飽きたら粗末に扱うのね。ひどいわ! もうあんたなんて知らない!」
次の日、テトリスをどこに置いたか本格的に分からなくなり、とうとう見つからなくなってしまった。テトリスに愛想を付かされたみたいだ。
さすがに失くして出てこないのはショックだった。時々は遊びたいのに。「そのとき一番有意義な遊び」がテトリスの時だってあるかもしれないのに。テトリスとしか作れない有意義な時間だってあるのに。2学期に友達と対戦するから練習したかったのに。
『どっちが大事なの!?』
テトリスだけを選んで他の遊びや友達との遊びをあきらめるか・・・それはお遊びライフにとって本末転倒だ。
他の遊びだけにしてテトリスのことは忘れるべきか・・・せっかく買ってもらったのに・・・それはお遊びライフにとって大変な損失だ。
ある時両親が言った。
「あんなに欲しがって夢中になってたのに、もう飽きちゃったの?」
「買ってやってもすぐに飽きるんじゃ勿体無いな」
・・・失くしたなんて言えない・・・

つづく

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