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2004年11月

2004年11月30日 (火)

とあるパブにて占い師・・・

地元のアイリッシュパブである人と飲んでいた。そこへ、ジュークボックスをいじくりに来た通りすがりの若い営業マンが、私達をカップルと思いこみ、冷やかし半分で話しかけて来た。グダグダな話しの流れで私を占い師と知るや、手相を見てくれと言い出す。奢るんなら見てもイイと言ったが、結局そいつはタダで見て欲しいらしい。少し考えて、退屈凌ぎに、よくあるネットの無料占い程度の運勢を見てあげたらそいつは私の占いが気に入ったらしく、ギネスのジョッキを片手に友達を連れて来た。そいつもタダで見ろと?
結局、友達の方は最初のヤツより少しだけ真面目だったので、まずつまみを奢ってくれた。
二人の仕事運(営業)が手相によく現れていて、最初のヤツは押しが強くて営業向きだが、積極的に利益を追求するあまりせっかちになり、手順をすっ飛ばす。そのせいで、売り込みが途中までうまくいっても性急過ぎて相手に逃げられる率高そう。そう言ってやったら案の定そうらしい。道理で私に対しても手順(=奢る)なしで占いをねだるわけだ。
友達の方、仕事振りは至って地味。礼儀正しくおとなしめなので、営業としてはどちらかというと「うだつがあがらない」。だが、運命線が手の下の方にあるので、大器晩成型。中年にさしかかったら力を発揮し、独立して店を持つなり何なりで自分の道を切り開くかもしれない。友達の方は私の言った事が気に入ったのか、占いを喜んでいた。

これを読んだ方はタダ働きだと思われるかもしれないが、実はこれ、手っ取り早い開運法でもある。現金は受け取らなくても、運勢が累積される。さらに、偶然知り合った一期一会の相手でも、出会ったことには何らかの意味がある。今回の場合、二人は私に良い教訓をくれた。「利益の追求だけにのめりこまず、自分の占いを、相手にとってどれだけ役立つツールに出来るか」だ。言いかえると、相手がどれだけ私の占いを「使える」「役立つ」と思うか、が重要だということ。最初に「喜びありき」。二人は両方とも、私の一面を表していた。利益を望む私と、力の発揮を望む私。より注目すべきは後者だというのが今回の教訓。

こんな感じで、大学祭以外の酒場で偶然出会った人にタダかつまみ一つで占いをするのはこれが二度目。

2004年11月28日 (日)

占い師のオリジナル心理ゲーム

ちょっとしたゲームイベント。
いつでも参加自由
そのうちゲームの答え(?)は発表します。

2004年11月24日 (水)

ハウルの動く城

とうとう見た。ワーナーマイカルのレディースデー万歳。
ストーリーはネタばれになるから言わない。
ともかく、何よりも、美しい。
「19世紀末の、欧州の近未来画家が思い描いた科学と魔法の混在する世界」という設定があるらしいが、やはり宮崎ワールド全開。絵も音楽もこれでもかとばかりに良質で(私もあんなガラス張りの温室でお茶したい)、空を飛ぶシーンは気持ちが良い。一時期流行った、座席が映像に合わせて動く3Dアトラクションを宮崎アニメでやったら多分私は乗る。あと、星の精霊(?)が手をつなぎ輪になって踊るシーン。久石譲の音楽とアニメーションが素晴らしい効果を出している。神秘的。確かに映画館で見てよかった。

ハウル達の暮らしを回想しながら映画館を出た後、にじみ出すように訪れた直感。

「私たちが認識する世界。それは毎日1人1人の意識が作り出した魔法でできている」

the_sun.jpg

ワンちゃんイラストコンテスト

実は、「ワンちゃんイラストコンテストにも」応募してたりして。

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どっかで見たことある顔だって? 気のせいですよ。

2004年11月21日 (日)

占い師のオリジナル健康法

自分の利き手の手相を見る。今日は体のどこが調子が良くて、どこがお疲れ気味か手相でチェック。手相でお疲れ気味の部分を発見したら、体に自覚が無くともその部分に効果的なハーブティーやスパイス、食品を摂取する。

2004年11月18日 (木)

江原啓之氏が母校の先輩だった

最近何かと注目されているスピリチュアルカウンセラーの江原啓之氏。実は最近になって彼が母校の先輩であることを知る(彼が学生の頃私はまだ入学してないけど)。人文学部芸術学科だったそうだ。私が学生時代キャンパスで占いの露天を出していたときは、芸術学科の生徒がかなり訪れていた。アーティストタイプの人はインスピレーションを受け取ることが多いからか、神秘的なものに興味を持つことが多いのかもしれない。
その後、彼は神道を勉強するために別の大学に入ったらしい。
彼、インド医学ではカパ(水の要素)が強いのではないだろうか。受身で聞き上手だし、声もいい。カウンセラーには向いているのかもしれない。江原氏は本も良く売れている。地元の本屋にも彼の著書が置いてある。彼の登場で、ニューエイジがサブカルチャーからメインカルチャーになりつつあるのだろうか。
良く言われるように、「自分はどうやって生きればいいのか」、「自分は何故思うように上手く生きられないのか」、「自分の生きている世界は一体何なんだ」「自分が生きる意味は・・・」という疑問に対して理由を誰かに説明してもらいたい。そんな人達が増えたのかもしれない。江原氏のファンには、ちょうどバブル時代に若い時期を過ごした女性が多いそうだ。つい十数年ほど前まではジュリアナでふわふわ扇子を振り回していたらいつのまにか不景気になってしまった。そんな感じだろうか。自分が「こうだ」と思っていたこと、あるいは「こうだ」と植え付けられていた認識が必ずしも通用しなくなる。そんな変化が彼の本を有名にさせたのだろうか。

占いに来るお客さんには、自分の人生を自分で創るということがどう言うことか分からなくなってしまったお客さんも多い。無論、私とて自分の人生の創り方が分かっている、と言うつもりは無いけれど。
そんなふうに、妙な「生きにくさ」を持つ人が増えたことで、「スピリチュアル」と名がつく・つかないに限らずカウンセラーの需要が増したような気もする。同様に、占いを利用する人も増えた。ただ、カウンセラーも占い師も、必ずしも上に挙げた疑問の理由や答えを提供できるわけではないことを覚えておいて欲しい。「自分が答えを見つける」、「自分で理由を探し当てる(あるいは自分で理由付けする)」「自分の生き方を見つける」。占いやカウンセリングがこういったテーマを実現する為のツールになることはありこそすれ、占い・カウンセリングを受けさえすれば後は何もしなくてもテーマが実現できたり、答えが出てくるのだ、とドグマチックな発想に縋ることは危険だ。そういう発想は瞬く間に「自分の人生を自分で創造する」ことから自己を遠ざけてしまい、結局また同じ「生きにくさ」に逆戻りしてしまうから。
それに、もし私が悪い占い師だったら、そんな発想を逆手にとってプラスチックの印鑑を高値で売るようになるでしょうから。

2004年11月16日 (火)

二足のわらじ

以前、チベットに関する仕事を始めたと書いた。その当時、あるチベット関係のオフィスが信じられないほど忙しく、猫の手も借りたい有様だったことと、知り合いのチベット人が怪しげな仕事をしている(!)私を心配してくれて私にその猫の手の口利きをしてくれたのだ。
オフィスは通常業務と引越しとイベントの企画・運営を一度にこなさなければならない事態に陥ってて、一時は日付が変わってからの帰宅もあった。お陰で色々勉強できたこともあったけれど。「占い師」と「事務員」の二足のわらじ。仕事から帰ると占いの原稿や依頼がたまっていて眠れない日もかなりあった。
やがてオフィスの忙しさや混乱がひと段落ついたため、オフィスが非常に忙しいときだけは手伝いに行く以外、私は再び「占い師」のわらじだけをはくことにした。本職はこっちだから。
これからはバンバン占うぞ、と意気込んだ2日後が母校の文化祭だった。
ウチの大学は変わっていて、いつも誰かがキャンパス内で店を開いている。ほとんどはフリーマーケット。OB,OGが店を開いているときもある。別に誰も文句は言わない。むしろ繁盛している。そして、そんな店達のなかに、私がいる。隣駅の大学から学生が占いをしに来ることもあった。
文化祭も然り。出店達の中に、私がいる。誰も文句は言わない。
文化祭の期間は客足が絶えることは無い。貧乏な学生向けに、おひねりという形で小銭を受け取りつつ占いをやっていたのだが、一日が終わって気がつくと売上の合計が4ケタになっていた。文化祭期間の3日間、毎年そんな感じ。
昼間から夕方にかけては占い、夜は学生がやっているキャンパス内の酒場でいろんな人とおしゃべりしつつ飲んでいた。ときおりはビールやつまみを奢ってもらうのと引き換えに手相を見た。酒場には何と、「マリファナ青春旅行」の著者にして「大麻堂」の経営者、知る人ぞ知る麻枝光一氏まで来ていた(どんな大学かと思われるだろうが、さすがにマリファナは禁止)。
麻枝氏と飲んで、彼の手相を見て、ちゃっかりおひねりを貰って、彼の体験談、中島らもの裏話、日本や世界のマリファナ事情なんかを聞くのはとても珍しい体験だった。話し方は大阪のすけべなおっちゃんやけど。
そんなこんなで文化祭を満喫したら、また学生時代の私に戻ってきたような気がする。いつでも、どこでも占いをやってはおひねりを頂く。気楽な野良犬。わたしの原点はここ。その原点を作り上げる力をくれたのは、チベット。凍りついた私の心を温め、耕してくれたお陰で、眠りから覚めた種から野良犬(性格は猫)みたいな占い師が生えてきた。
そのチベットに関係するオフィスの手伝いをしたことで、少しでもチベットの恩返しになればと思う。

2004年11月13日 (土)

物騒な世界と人体の反応

ブッシュは再選し、アラファトはためらいつつもこの世から引退した。世界はこれからもきな臭くなるだろうか?
同時多発テロの前後、海の向こうでは結婚率や子孫繁栄にいそしむカップルが増えたのだと言う。
当時まだ学生だった私のもとには、「相手がいないにもかかわらず、まるで相手が目の前にいるかのような恋愛感情の高まり」や、もっと生々しい欲望をコントロールし切れずいつもとは違うタイプの恋の誘惑を感じ戸惑い悩む同年代のお客がいつもより多く来ていた。
「自分でもどうしてこうなったのかわからない」「今までこんなこと無かったのに・・・」とつぶやきながらためらいがちに悩みを打ち明ける学生達。中には勢いあまって衝動的に片思いの相手とその場限りの関係を持ってしまった女の子や、うっかりして「彼女が妊娠したかも・・・」と不安を打ち明けた男の子もいる。
私はといえば、テロの3日前から夢の中に、今まで見たことのある映画のラブシーンばかりが流れていた。
数十年前。今はヨレ気味のサラリーマンオヤジ達がまだ若造で、中にはプラカードなんか持って行進とかやってみていた頃。「LOVE&PEACE」「戦争じゃなくてセックスしよう」というノリが海の向うから生まれた。
やっぱり世界はきな臭かった。

いつもより多く失われる命を予感あるいは実感して、命を補おうとする本能のようなものが無意識に働くと、上に書いたような現象がおきるんだろうか。
それとも、人間の集合無意識がこれから失われる命を補おうとする傾向を見せ始めると、それに影響を受けた人達がああゆう現象を起こすのだろうか。
自分自身やその周りで、命を新しく生み出すことを連想させる現象が出始めたら、世界がきな臭くなる予兆なのだろうか? (もしくは天変地異の予兆だったりして。新潟の地震の前後も・・・)
そうならないことを祈るし、この記事がただの電波であることのほうが望ましい。


余談だが、ブッシュ大統領の家系。実は別の意味でかなりヤバうわなにをするはなwせdrftgyふじこlp;@:「」

2004年11月10日 (水)

自分で自分の手相を占う

デジカメを使って手相のメール鑑定を始めた。見本の写真を私の手で撮影したついでに、自分で自分の手相を占ってみた。私の占いは本人の利き手で行う。利き手の手相はその人の現在を象徴する。
↓私の手相(実際に占うときの画像は100万画素以上ものを使用)
tesou

※手相のメール鑑定をご希望の方はこちら

★鑑定結果(一応公表しても差し支えない範囲)
第1印象は、いくつかの相反する要素が両極端に現れた手相。
1つ目は、心配性でありながら時に思いがけず大胆な行動に出ることがあり、さらに知能線と生命線の始点が別々の位置にあることからときおり開拓精神が現れることが読み取れる点。
2つ目は、普段は大雑把な性格のくせに特定の物事にはこだわりを持っている点。一見頑固には見られないものの、自分の考えや行動が他人の意見によって変わる事は少なく、「隠れ頑固」タイプであること。
3つ目は、人付き合いが億劫で内にこもる反面、寂しがり屋であること。
次に、感情線、知能線、生命線を読むと・・・
感情線からは、2つのことを同時に行うことが苦手であることが分かる。むしろ、虫眼鏡で光を一点に集めて黒い紙に穴を空けるように、一つの事に集中すると時間を忘れるほどの集中力を見せることも。何か1つのことに絞って仕事や勉強をする方が効率が良いタイプ。要領が悪く、融通は利かないけれど正直な面を持つ。集中し過ぎると周りが見えなくなったり、少し短気になりやすいかもしれない。意識の切り替えが苦手で、落ち込みや不愉快な気分を振り切るのに時間がかかるときも。しかし写真の手相では、今のところ精神が安定している事がわかる。
知能線はあまり長くはない。オールマイティーではないが、何か一つ能力を磨いたり、技術や知識を身につけておくと良い運勢。理論的ではなく、カンで理解するタイプ。
生命線からは、消化力が多少高い事がわかる。運命線と重なっている場所があり、途中から運命線と分かれて下へ伸びている。自分からわざと危険に近づかない限り、何とか長生きできるかもしれない。60歳すぎる時期には体質が変わるかも知れず、ムリをしないでおきたい。
手相から見る恋愛の傾向は、2つの事を同時に行うことが苦手な為、恋をするとしばしば上の空になるかも。浮気は技術的にムリ。また、恋愛においても相反する要素が表れており、若い頃は理想の恋愛イメージを作ってそれに当てはまる現実を追い求める、いわゆる「夢見がち」「恋に恋する」傾向があり、好みのタイプがあまり変化しないにもかかわらず、いざ実際に人を好きになると、相手が必ずしも好みのタイプとは限らないので、結局どんな相手を好きになるのか分からない。
「夢見がち」「恋に恋する」状態が顕著になると、現実の相手を勝手に理想化したり、理想像を相手に投影し、相手をあたか真っ白な何もない「スクリーン」として見てしまわないように注意しておきたい。・・・お互いの為に。
今のところ、恋愛運は昔と大きく変化はしていない。
結婚運は現在、若い時とある程度年齢が過ぎてから一度ずつ2回結婚の可能性があることを示しており、若い時の結婚は年を取って心境が変化するとテンションを保つのがしんどそう。
更に手相から分かる性質を読み取る。
負けず嫌いで密かに野心家。が、地道な努力や思慮深さはない。ときおり現れる開拓精神とあいまってノリとカンと勢いで突き進む。このままでは無鉄砲になりがちなところを、心配性がブレーキになっている。陰謀を企てることには向いていない。また、通販など商品を直接知ることの無い環境での買い物には向いていない。
直感や創造性が活発で、頭は単純だが、カンは冴えてる方。創造性が商売運を少し上げている。
運命線の位置が少し下の方にあるので、良く言えば大器晩成型(運命線は無い人もいる)。
手の開き方をみると、現在の金運に若干波がある。体調を整えれば安定しそう。
好奇心が旺盛で飽きっぽい反面、最初は消極的でも一度ハマるとなかなか抜け出さない(私の場合、エスニック料理が良い例)。
健康運は、若干免疫が下がり気味。神経が疲れており、夜は早めに寝たほうが良い。
指が関節と後ろの方向に反り返るので、インスピレーションや感性、考えなど、自分の心や頭の中にある形の無いものを他人に分かるように表現したり説明するのを好み、時に多弁(手が反り返る人はアーティストタイプとも言われている)。
地道で変わり映えの無い、ルーチンワークが苦手。一般事務よりは技術職、あるいは企画・開発に向いている。

以上、自分の手相の写真から読み取れるたのはこんな感じ。ヤバイ。すごいハズカシイ・・・

2004年11月 9日 (火)

くまずきん

子供の頃大好きだった世界より召還。
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当時、こういうのが似合うカワイイ子供になりたかったのだが、どうもカワイイものとなじめないキャラだったので、コ汚いガキで通してました。
講談社の「くまちゃんイラストコンテスト」に応募。

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