2016年12月10日 (土)

時間と運勢についての妄想

※以下に書いたことは全て個人の非科学的な妄想です

奇妙な科学ニュースを発見した。

物理学者「時間は実在しない」

ブロック宇宙の中で起こるすべての事象は、アインシュタインの一般相対性理論で記述される四次元時空の中で、その事象固有の座標を持っている。つまり、過去にあったとされる事象、未来に起こるであろう事象も含め、すべての事象は、様々な座標を取って四次元時空内に「同時に」存在していることになる。

MITの物理学者マックス・テグマーク氏:
「現実とは、時間の経過にともなって事象が生起する三次元世界であると考えても、どんな事象も起こらない四次元世界であると考えても、どちらでも説明をつけることができる。そして後者が正しいとすれば、変化とは幻想であるということになる。過去・現在・未来すべては同時にあるのであって、変化は起こらない」


>時間の経過にともなって事象が生起する三次元世界

これが私の妄想スイッチを押した。以下、物理学を全く理解できていない文系占い師の勝手な非科学妄想である。よもや上記の物理学者の学説とは全く無関係なので悪しからず。

時間(時系列)とは、この世(3次元)に発生する様々な固有の事象一つ一つに専用に付随している固有のものであって、もしもその事象が発生しなければその時間も発生しない。その事象が固有なら、その事象に付随する時間も固有だ。その固有性を、物理学者達は「その事象固有の座標を持つ」と表現するのだろうか?

なぜ物事がその時系列に沿って発生するのかと言えば、その事象の発生因子、すなわち「運勢」が(3次元より上の次元→4次元に?)発生するからである。まず運勢(事象発生因子)が上位次元に創られ、そこにその物事の運勢に合わせた固有の時系列(=時間)が設定される。この運勢が上位次元から3次元に降りて現象化する(=事象が発生する)段階になって初めてそこに「時間(=時系列)」が生まれる。
その物事が実現する運勢が無ければその物事は発生しないし時系列(時間)も発生しない。
私たちがその時間軸・時系列で生きているのは、私たちにそういう運勢があるからだ。
上位次元で運勢が作られ、それがこの世(3次元)に降りて「事象」というものにならない限り、この世に時間は存在しないとしたら、一切皆空だ。

観客が劇を見ているとき、観客の目には第1幕→最終幕という順番(時系列)でのみ物語が発生している。 しかし劇の台本には上演される全ストーリーが1冊の中に同居(=同時に存在)しており、第1幕から突然再終幕へとページを飛ばして閲覧ことも逆から読むことも可能だ。しかし観客だけはそれが出来ない。決まった順番でしか劇は上演されない。
事象は物語、3次元世界(物語の世界=舞台)を見ている私達は観客。運勢は台本だと思えばいいか。しかもその台本、上演しうる(発生しうる)物語の展開が何通りもあってどれが上演されるかは本番まで決まっていない。そう。運勢は予め決まっているわけではないのだ。だから人生の可能性は無限だ。

劇が上演される前(=事象が発生する前)の段階では、舞台に時間(物語の時系列)が存在しない。劇が上演される時(=事象が発生する時)、劇の台本(事象の持つ運勢)に合わせて初めて時間(時系列)が発生するのだ。
例えば、「車同士が衝突してケガ人が出る」という運勢(台本)なら、「車が衝突する→ケガ人が出る」という時系列で事象(劇)が発生する(上演される)。
これを、私という占い師はそういう時間の流れで発生する物事の運勢があり、それが実現したからだと考える。
衝突事故でケガをした人が自分の運の悪さ(台本展開の不愉快さ)に悩み占いをしに来たら、占い師は運勢を変える(台本の展開を変更する→何通りもある別の展開と差し替える)方法を占う。即ち、開運法を占うわけだ。

じゃ誰が運勢を創るかって? それは自分自身(無意識含む)であり、自分を含めた集合無意識だったりする。
その都度台本(物語展開=運勢展開)を何通りも創り、何通りもの展開の組み合わせを創り、その組み合わせの数だけ何通りもの人生があって、別の展開の組み合わせによってつくられた運勢・人生を歩む自分がパラレルワールドにはいるのかもしれない。などと妄想してみた。

2016年12月 5日 (月)

最近の暴走事故で妄想

※以下に書いたことはすべて個人の妄想です

病院350m手前から直進、最後急加速か 福岡3人死亡

最近増えてるこの手の事故だが、てんかん発作や認知症的な運転ミスの他に、「遠隔操作(ハッキング)による意図的な制御不能」という事態も普通にあり得る。最近の車はAIを搭載しているから。
先日起きた秋篠宮家が乗った車の追突事故も、宮内庁が警備の見直しや増強を否定する発表が出た時、「遠隔操作による事故じゃないか」という妄想が浮かんだ。遠隔操作で車を暴走させるんなら現場の警備を増やしたって意味はないので、宮内庁の方針は妥当な判断だ。
福岡の事故も「ブレーキを踏んだが止まらなかった。(ギアを変えて)エンジンブレーキもかけようとしたが減速しなかった」という供述や呼気からアルコールが検出されていなかったという報道、そしてドライバーは認知症だという報道がされていない点などを見てまさか・・・と妄想してしまった。
11月以降、今回の暴走事故や秋篠宮家の追突事故の他にも、いくつかの暴走事故が起きている。東京都の板橋区や立川、栃木県の病院など。これらはドライバーがてんかんや認知症だったという報道は少ないか、ない。
そして、かつての暴走事故のように現場が古代結界エリアやそれと縁深い場所に集中している印象もない。中には福岡の事故同様、「ブレーキを踏んだが止まらなかった」とドライバーが供述しているケースもある。

以下は去年の記事。車のITセキュリティがいかに無防備で穴だらけかという内容。

ハッカーは遠隔操作で車を暴走させられる
BBCは22日、英大手セキュリティ会社がノートパソコンと簡単に入手できる機器を使って、車のインフォテインメント・システムに侵入できることを実証したと伝えた。カーナビやネット接続、マルチメディア再生などを制御するインフォティンメント・システムに侵入すれば、そこからさらにハンドルやブレーキを遠隔操作することも可能だ。

しかし、もし最近の暴走事故が遠隔操作がらみだとして、誰が、何のために? 
・・・例えば、高齢者による暴走事故の多発が高齢者の運転免許返上奨励という流れを作っているが、それで得をするのはどこだ?
免許返上で「足」を失った高齢者が頼りたがるもの・・・タクシーは高い。電車やバスで済ませることも可能だろうが、公共の交通機関は自家用車とは使い勝手が雲泥の差だ。
そこで私の妄想が思いついたものが、AI自動運転(やっぱり遠隔操作しやすい)により人件費がカットされた格安の交通機関、特に格安タクシーがあれば足を失った高齢者はわりと頼るだろうか、ということ。最初はそれぐらいしか思いつかなかったw

だが次第に気になることが出てきた、11月以降急増した暴走事故は、偶然にもドナルド・トランプ氏が米大統領選に勝利した直後(TPPが頓挫する見通しになった直後)から始まっている。これは単なる偶然か? 
(ついでに言うと、そもそも車の暴走事故が頻発するようになったのはここ数年。TPP交渉などが進められていた時期と一致する。多分偶然だろうけどw)

もし偶然じゃなかったとしたら、こんなストーリーはどうだろう? (分かる人には事前に分かっていた)トランプ氏勝利からのTPP頓挫によって日本に対する自分達の要求が実現しなくなった何者達かが皇族すら標的にした遠隔操作による交通事故を多発させて「TPPが実現しなくても要求を呑め。こっちは誰でも事故死させることが出来るぞ」と日本に圧力をかけていて、圧力をかけられた日本はなりふり構わずに急いでカジノ法案を強行採決。カジノ法案成立が本来ならTPPを通して実現するはずだった何らかの要求を代替させる効果を持つ・・・とか・・・これもなんか少年漫画みたいだw
ただ、実際に日本のTPP加入とカジノ法案はTPPの「越境サービス貿易」という分野における交渉で密接な関係があった模様(カジノ新聞より)。日本がTPPに加入すればカジノを解禁せざるを得ない状況だったというが、肝心のTPPがお流れになってしまっても、カジノ解禁をやめるわけにはいかないらしい。

・・・くだらない妄想はともかく、AI搭載車や自動運転車を含め、最近作られてる車は遠隔操作リスクが高いことは確か。車どころか、船舶や旅客機さえもだ。
そこで思う。近い未来、自動運転車が普及するようになったら遠隔操作犯罪にはどう対応するんだろう?
カフェで他人の無線LANジャックしながらコーヒー片手に要人を拉致したり暗殺したり手ごろなバスやトラック乗っ取って暴走テロできる(それを圧力にして個人が国家に自分の要求を押し付けることが出来る)時代になってしまいかねない。ITセキュリティが社会の生命線を握ることになる。万が一軍艦や戦闘機や戦車やミサイルが遠隔操作できてしまうような作りだったら、ITセキュリティ(の会社)が世界情勢の命運すら握る。
今後はIT業界がさらに成長して一層大きな力を持つようになるのかもしれない。
世界中の情報インフラだけでなく、世界中の交通インフラ(物流)さえも支配するようになる巨大多国籍企業(ISD条項が武器)なんてものが生まれたら、果たして国家は圧力に屈したり利権癒着の誘惑に負けたりすることなく主権を保つことが出来・・・ないだろうな。
もしそういう多国籍企業が生まれたら、社員や役員が各国の官僚や政治家になって好き勝手しそうだ。かつての米軍産複合体のように。
世界中の交通インフラと情報インフラを支配・掌握できそうな巨大多国籍企業と言えば、私もよく地図検索でお世話になってるあそこが真っ先に思い浮かぶ。地図やス○リートビューをAIに覚えさせることは自動運転車開発ともつながりうるだろう。
情報インフラ業界と自動運転車を開発している業界の背後関係や出資元は気になる。
もしやその背後にいる何かは、既に世界の運勢を変えつつある?
などと、妄想は尽きない。とまれ、暴走するのは他愛もない妄想だけで十分だ。
ハッキングで暴走させることが出来る最近の車とその業界。課題は多い。

実際に車をハッキング(遠隔操作)する実験動画
ハッカーがプリウスをハッキング! 遠隔操作であなたの車をジャックされる危険性も

2016年11月16日 (水)

「世界支配者」達の切り札?

※以下に書いたことは全て個人の妄想です。

将来、奇しくも世界は国家元首が同じ意味の名前を持つ2つの大国が強い影響力を持つ運命になったかもしれない。その2つの大国とは、ロシアと、アメリカだ。
ロシア元首の名前は「ウラジーミル・プーチン」。将来元首になるアメリカ人の名前は「ドナルド・トランプ」。
ウラジーミルは「世界の支配者」とか「平和を支配する者」という意味で、プーチンは「道」を意味する。彼の名前の意味は、「世界支配への道」ということになる。
(因みに9月2日に日米首脳会談の場として選ばれたウラジオストクは『東方を支配せよ』という意味である。『世界支配への道』という名の元首が極東の島国と首脳会談する会場としては意味深すぎておそろしあw)
一方、ドナルドは古代ケルト語を起源とする名前で、こちらも「世界の王」とか「世界の支配者」という意味を持つ。しかもトランプは英語で「切り札」という意味である。
大統領選に当選したばっかりに、現在全米を阿鼻叫喚の渦に落としている人の名前が、「世界支配者の切り札」。しかもアメリカの鬼門が出身地というオカルトw

アメリカとロシア。かつて両者は権力と軍事とイデオロギーを「対立」させることで世界のパワーバランスと秩序を作り保っていたが、それも失われた。
そして今後は、大国である両者が手を握ることで成立する秩序が生まれて行くのだろうか? 冷戦中に突然両陣営が電撃的な和解をして二人三脚とかやり始めちゃったらもはや無敵だろうが衛星国やポチ国はずっこけるしかなかっただろうな・・・
2人の「世界支配者」達。その片方は切り札(ジョーカー)・・・などと中二病的妄想すると私が個人的に楽しかったw

◆無数の世界支配者達
混迷の米大統領選が終わり、世界や未来がどう変化するのか予想がつかなくて不安に感じている人もおられるかもしれないが、変に怖がる必要はない。
一人一人の運勢は、その人の魂が作っている。そんな様々な運勢を持つ沢山の人々が集まって国家が構成されており、国民の運勢やその傾向・特徴を反映して国家の運勢が作られていく。その国の国民一人一人が少しでも開運していくと、その国の運勢も開運率がUPする。国民一人一人が幸せになっていくと、国民の集合体である国も幸せになる。運勢的な視点だと、国の幸せと国民の幸せは本質的に両立するもので、国家のために国民の幸せを犠牲にすると、国の運勢は低下してしまう(国家じゃなくて特定の政権や利権層はそうやって美味い汁を吸うかもしれないがw)。
結局、世界の運勢を支配するのは、その世界を構成する無数の人々(=私達)なのだ。私達はある意味で、「この世を司る八百万の神々」ってわけだ。

自分の人生や未来は自分の運勢が作ってるので、政治家や社会情勢・世界情勢に人生を変えてもらおうと期待することは自分や運勢の創造性・可能性を否定・抑圧してることでもある。
政治家や情勢に自分の人生や未来を期待する(=依存する)ってことは、その政治家や情勢を作り出す黒幕に未来や人生を自ら支配させるってことでもある。だからこそロックフ○ェラーとかおソーメン無料サービスとか電飾みたいな名前の秘密結社(?)が力をつける運勢になりやすいのかもしれない。
依存と支配は同じコインの裏表。自分の運勢や人生や未来というものの認識を為政者や黒幕や国家とは独立・自立した認識で生きることで、運勢や人生や心はどの国や組織の支配も受けず、己の主権を回復する(生き方をつくる発想の自由を取り戻す)ことが出来る。十二国記風に言うと「自らが王になる(王国を人生や運勢に例えた場合)」 というやつ。

「世の中を変えたければまず自分を変えろ」という言葉は一理あると思う。自分自身や自分の運勢を変えることが出来れば、世の中全体を変えよう(世の中全てが変わってくれないと自分の人生は変われないにちがいない)と思い込むことはなくなる。世の中(の運勢)を変えるよりは、自分一人分(の運勢)を変える方が手間がかからないし、「自分のために世の中を変えようとする独裁者」にならなくて済む。
世の中を変えたい人が国家元首か何かで、問題のある世の中を変える方法が思いつかなくて行き詰っている場合でも、やっぱり自分自身や自分の運勢を変える(開運する)ことが出来た方がなんかいいアイデアが湧く可能性は上がるかもしれない(妄想)。

ベーリング海峡をはさんで並び立つ「世界支配者」達。片方は「切り札」・・・彼らを器として生まれてくる世界の運勢は、我々一人一人の運勢が持ちうるどんな傾向や特徴を反映したものになるのだろう? その有様を見て、内省や反面教師として活用し自分の運勢を作っていく上で役立てることができるといいなと思う。
このブログでは、人々を開運に導く力を仮に「個人レベルの地母神(個々人の魂にある環境インフラ・開運機能)」。と呼んでいる。そのうち一人一人が開運していくことで人々の集合体である社会や国の運勢をも開運へと変えていくとしたら、まさに色んな意味でホントに「革命」。

革命と言えば、アメリカの鬼門(ドナルド・トランプの出身地)に今日も鎮座し人気の観光スポットになっている女神像がある。ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」にも描かれている母性を持ったあの女神だ。ドラクロワの絵が題材にした革命は弱肉強食で血みどろの革命(革命リーダーが『自分のために世の中を変える独裁者』になる率が高く、革命参加者の心は自分の人生や将来を革命リーダーに依存し支配されている=生き方つくる発想が自由じゃない)だが、先述のような意味での「革命」へと民衆を導く「自由の女神」がいたら、それはまさにこのブログで言うところの「地母神」だ。
ドラクロワの国から独立のプレゼントとして贈られてアメリカ鬼門に建つあの女神像は、そういう意味での「革命」を導く「地母神(一人一人に内在する)」の象徴に変身できる日は来るだろうか?



魂の環境インフラ
←人間が持っている開運機能について
運勢の神業←人間が持ってる開運機能の神業について


ウラジーミル・プーチン氏占ってみた

2016年11月11日 (金)

米選挙を振り返って

※以下に書いたことはすべて個人の妄想です。

トランプ支持を大っぴらに表明できなかったインテリ白人男性の現状を明かすルポを見つけた。そのルポの前半で、行き過ぎた(というよりもはや悪用された)ポリティカル・コレクトネス(一番下に解説)の風潮に対し「自分が矢面に立って差別主義者のレッテルを貼られたらこの国ではまともに就職できないよ」というセリフの下りが印象に残った。「差別主義者」の部分をイスラム過激派にしても通用するし、国を変えれば同性愛者にしても通用する。時代が違えば共産主義者でも魔女や異端者、異教徒でもいけるw そう。全部差別対象になったもの。最近では「差別主義者と見なされた人(差別主義者とは限らない)」が差別と迫害の対象になるようだ。
従来の差別と迫害を抑圧する代わりに別の形の差別と迫害で代用するかのようなポリティカル・コレクトネスの暴走(悪用?)が社会に蔓延する原因にアプローチした方がいいかもしれない。そもそも不寛容で厳格な一神教のマニュアルを土台にした思考・習慣・価値観が何世代も連鎖した歴史を持つ欧米。そんな連鎖自体が不寛容な思考パターン癖を集合無意識レベルで作ってしまっている可能性も。それが中世の異端者狩り・異教徒狩りのようなポリティカル・コレクトネスの暴走(悪用)にも反映されてる?
現在の米国の差別文化・差別欲求において、差別の対象が一神教文化圏の人々になることが多い傾向にあるのは意味深だ。同じ文化圏同士、お互いの集合無意識下にある「不寛容さ(差別の原因にもなりうる)」が合わせ鏡となって映し出され共鳴しあっているのか?
どうやらアメリカでは過剰なポリティカル・コレクトネスを使って差別の風潮(差別の欲求?)を表面上は押さえつけることに成功した反動で、差別主義者(あるいはそのレッテルを貼られたり言いがかりをつけられた誰か)を差別する代償行為的な文化が生まれているようだ。
(因みに選挙戦に勝ちたくて過激な発言をしたトランプ氏だが、個人的には本気でイスラムヘイトや移民ヘイトに基づく政策をするとは思わない。口先だけじゃないかと思う。トランプ氏が大統領となって国として人種差別を容認or推進するというデマを流しているのはリベラル寄りのマスコミの方で、それを真に受けた一部の人達がトランプ当選で差別の大義名分を得たと勘違いして移民や黒人やイスラム教徒に危害を加えるなど、トランプを自己正当化の言い訳にして暴走している印象)

以下、件のルポトランプ旋風でわかった“インテリの苦悩” ハーバードの学生がトランプ支持を表明できない事情 より一部抜粋

ハーバードを卒業した白人男性は、「僕らは自分の意見を自由に表明することができない」という。ポリティカル・コレクトネスが行き過ぎた現在のアメリカでは、白人男性であることはむしろ「原罪」なのだ。
努力して好成績を修めても、「優遇されてるからでしょ」と批判されることもあるという。
下手に反論すれば「差別主義者」のレッテルを貼られてしまう。
ケヴィンも酔った席での戯言を除いてオフィシャルにトランプ支持を表明することはない。
ポリティカル・コレクトネスが何より重んじられるアメリカ。
インテリ層がこれを間違うと大変なことになる。信用を失い、名誉を失い、将来を失う。

為政者にとって寄り添うメリットが無いか少ないマイノリティーを犠牲にする・無視する形の政策を決めるために多数決を使うと、必然的にマジョリティーが勝つので多数決が弱肉強食の道具にしかならなくなる(為政者に好都合な結果となるだけで時に人道的ですらなくなる)。
「トランプ支持者は皆レイシスト」というレッテルを張り差別することで自分と異なる候補の支持者層をある種の被差別マイノリティー化させて多数決(投票)で勝つ作戦は失敗した。なぜなら、トランプ支持層の多くはピラミッドの下層にいるのでもともと数が多く、マイノリティーになりようがないから。実際、マイノリティーじゃなくてサイレントマジョリティーになった。

多数決ルールが整備されてなかった時代は政治の世界の弱肉強食手段がもっとえげつなくて殺し合いとか脅迫とか暗殺とか普通にあったから多数決を発明したことで政策を決める手段としては「まだマシになった」というレベルなのだろう(今でも時々死人が出るけど)。
そもそも弱肉強食発想で社会の在り方やルールや問題解決方法を決めていったらどこかが犠牲になるのは当たり前で、いつまでたっても社会に弱肉強食の争いと犠牲は減らないし無くならない。マイノリティー(社会的弱者)という存在もなくならない。
高度な政治の議論に見えたものが、フタを開けたら「どこを犠牲にするか」で利害対立し大喧嘩してるだけだったりする。
かつて(今も?)のマイノリティー側。その一部が行き過ぎたポリティカル・コレクトネスや「差別を受けた」という事実を盾にして(時に悪用して)誰かやどこかを攻撃したり、逆差別したり、差別利権作って台頭したり、対抗勢力に差別主義者のレッテルを張って差別や攻撃をすることで相手を被差別マイノリティー(かつての自分達と同じ弱い立場)にして社会の中で支配力を増していく現象がその証。

弱者はいつまでも弱者とは限らない。強者はいつまでも強者とは限らない。当たり前のことだが、弱肉強食の世界も諸行無常。差別と迫害に甘んじていた者達は、生き残るために強くなり力をつけて、いつの間にかその一部は迫害者になっていることもある。キリスト教だってそうやってのし上がった。
強者にのし上がった元弱者もまた、いつかは別の強者に負けていく。
もしかすると、「迫害してきた者にいつしか迫害される」というカルマ的な運勢ってのがあるのかもしれない。立場の弱い自分達を守るために「迫害者の側になる」というやり方も考え物だ。また迫害されかねないから。

(11.21追記『一部のポリコレ暴走現象は、リベラル叩きをしたい勢力が世間をポリコレというリベラルの作った風潮にうんざりさせる意図でわざと演出しているケースもある』という噂と、『トランプ当選に差別の大義名分を得たと勘違いしてマイノリティへの差別や危害をあからさまにやっているのはトランプをイメージダウンさせたい勢力が意図的に行っている』という噂を聞いた。真相は不明だが、いずれにせよ差別というものがパワーゲームの道具になっている面はある気がする)

ポリティカル・コレクトネスとは(ここから抜粋)

特定の言葉や所作によって差別的な意味や誤解が含まれないように、政治的に(politically)適切な(correct)用語の使用を是とする態度のこと。政治的妥当性。「PC」と略される。西洋的な白人男性中心主義とマイノリティの価値観が衝突し、さまざまな社会的問題が露呈したアメリカで前景化した概念

おまけ:TPP大筋合意占ってみた

2016年11月 6日 (日)

ヒラリー・クリントン氏占ってみた

※以下は趣味でやってる占星術ソフト「アストロロギア」より。鑑定結果が捏造ではないことを示すため、ソフトの原文ママ。個人を誹謗中傷する意図はありません。あくまでネタとしてお楽しみください。

水星と土星が非常に強いスクェア
知性・表現力が抑圧される。不勉強で活発さを欠く。自分の気持ちを言い表すのが苦手。陰気だが、あまり冷静ではない。内面の落ち着きを欠き、神経質で苦労性。どうでもいいことをあれこれと気にかける。悲観的で疑い深い。もっと気楽に、楽観的になった方が良い。

金星と冥王星が非常に強いスクェア
困難な愛情にとらわれて身動きが取れなくなり、自殺や心中まで考える。美に関する分野で潜在的に鋭い素質を持つ。
(夫の不倫で苦労した人)

火星と冥王星が強い合
吉角・凶角両方の意味を併せ持つが、やや凶意が強い。タフ。鋭角的な緊張はないが、鈍重なエネルギーを持つ。無口で閉鎖的。良いことであれ悪いことであれ、最後までやり通そうとする。

月と金星が強いトライン
感受性と美の調和。美的センスに優れ、柔軟で寛容。まろやかな優しい性格。優雅を好み、争いを嫌う。恋愛運にも恵まれる。

金星と火星が強いスクェア
いさかいの多い人生。とくに恋愛や、美に関する分野において、摩擦が生じやすい。性的な事柄に関してふしだらな人も多い。怠惰で怒りっぽいわがままな一面も。
(『ふしだら』なのはどっちかというとダンナの・・・)

火星と海王星がセクスタイル
情熱とビジョンの調和。未来に向けて美しい夢を描き、夢の実現のために情熱を傾ける。勇気があり、勘も鋭い。直感的に大胆な選択をできる。

海王星と冥王星が弱いセクスタイル
信じられないような夢をもたらす世代。終戦直後の1940年代後半、および1960年代にもこの角度ができている。

月と水星がごく弱いトライン
感受性と表現力が調和。生き生きとした鋭敏な感性を持ち、いろいろなことに興味を持つ。自分の気持ちを、柔軟に、魅力的な表現で、言い表すことができる。知的で魅力あふれる、きらきらした人。
(この要素が水星と土星のスクエアに押され気味になると、表舞台に出にくくなるのかもしれない)

土星と天王星がごく弱いセクスタイル
平均すると十数年に1度の割合で生じる世代的座相。制限と変革の調和。堅実な変革、例えば無血革命を暗示する。


ドナルド・トランプ氏占ってみた

2016年の日本を占ってみた

余談:別件で今後の米露関係占ったら関係改善する気配が濃厚だったので、多分米露関係を改善させやすい候補が有利になるんじゃないかと妄想した。

2016年10月21日 (金)

鳥取の地震と龍脈

※以下に書いたことはすべて個人の妄想です。被災地に心よりお見舞い申し上げます。

鳥取県中部で震度6弱 気象庁会見(全文1)発生1時間以内に震度1以上17回
(10.23追記:鳥取の地震以降、阿蘇~熊本の余震は減っている)

ちょうど以前に書いた出雲に伝わる「国引き神話」を題材にした妄想記事を読み直していたところにTVから地震のニュースが入ってきて鳥肌。震源は出雲~元伊勢~伊吹~富士~寒川~千葉沖を結ぶ春分・秋分レイライン(図の緑線)の真上である。
強い揺れを観測したエリア(隠岐・大山)は国引き神話によると「貧弱な出雲を強化するために大地(龍脈?)を引っ張ってきたエリアおよび引っ張るロープをかけた杭の位置」である(出雲の神話と龍脈参照)。
神話では貧弱な出雲の土地を強化するために他所から土地(龍脈の象徴?)を引っ張るための綱をかけた杭が島根の三瓶山と鳥取の大山で、大山は強く揺れた。また、余震の震源地が本震より大山に近いケースも発生している。
国引き神話で土地(龍脈?)を引っ張ってきたエリアは越の国((越前・越中・越後を合わせた地域)、隠岐、新羅の岬などと言われている。越の国は311直後に余震が多発していたが、当時隠岐や出雲や新羅(韓国)は特に揺れていなかった。

また、件の春分・秋分レイラインの延長上にある海域で先月、しかも秋分シーズンの22~23日にかけ群発地震(うちM6クラスが2回)が起きていたことは記憶に新しい()。
しかも先月は韓国(国引き神話で引っ張られた新羅)でも観測史上最大規模の地震がが起きていた()。
レイラインと国引き神話・・・どちらも「出雲」と縁深い場所で起きた龍脈変動である。
先月あったレイライン東の群発地震がそっくりそのままレイライン西部の鳥取で再現されていると言うつもりはないが、両者にもし何らかの関連性がある場合、鳥取ではM6クラスの地震があと1回は来る可能性もある(気象庁も似たようなことを言っている)。
今のところ、今回の地震を含め先月と今月は越の国エリアでは大きな変動が起きていない。越の国の長野県栄村は311の直後から多く揺れたが2011年の時点で既に揺れ終わったのか、今後影響なり象徴的な現象なりが出てくるのかは不明。
今のところは2011年当時揺れなかった国引き神話関連地域が今回揺れた(変動した)と妄想中。
また、熊本に続き近代日本を立ち上げた薩長土肥の火気流失現象としての側面も感じる。

今回の変動が件の秋分レイラインの東で起きた変動(関東沖群発地震)がレイラインの西を刺激した(変動波が伝わった?)ことが引き金だとすると意味深だ。 あのレイラインが通っている富士山は「お金の不徳を正す龍脈」とつながっている。その龍脈の要素もレイライン西部エリアおよび国引き神話エリアに伝わっていく可能性も0ではないかもしれない。鳥取が揺れる前日にはその龍脈上にある硫黄島でM6.0の地震があったのでそんな妄想をしてしまった。

もう一つ気になるのは、このレイラインがヤマトタケル神話の、特にタケルが妻の弟橘姫を失う下りとも縁深いレイラインである(妻が生贄になった海域と失った妻を嘆いた山周辺をこのレイラインが通っている)ということと、イザナミのお墓(出雲をはじめとして各地に散在)の一つがある鳥取県西伯郡がこのレイラインにも震源にも近く、強く揺れた変動地域の一つに含まれていたことだ。
ヤマトタケルと出雲、そしてイザナミの死を結びつける一本の線・・・東征とそれを支えた出雲の軍需産業そしてそれらをきっかけとする地母神(イザナミ)の封印を連想した。イザナミは製鉄(=軍需産業)の神を生んだ時やけどで死んで、出雲をはじめ各地にお墓があるからだ。そんなイザナミのお墓)の一つがある鳥取県西伯郡は震源に近く強く揺れた地域の一つであり、なおかつあのレイラインエリアにある。
そんなことを思うと、311以降続く日本の東征&軍需産業のカルマが運気変動しているようにも感じる。
(なお、第2次東征ともいわれる太平洋戦争中にも鳥取県で大きな地震が起きている
イザナギとヤマトタケル、両者とも妻を失っている。「我が妻」を意味する古語は「あづま(吾妻)」。古事記によれば、東を意味する「あずま」という言葉はヤマトタケルが足柄付近の山から東の海を眺めて失った妻を嘆き3度呟いた「我が妻(あづま)」に由来する。きっとイザナギもイザナミを失い「あづま」と嘆いただろう。
東征を支えた軍需産業の神を生む際犠牲になった妻を嘆く夫と、東征の旅路で夫を救うため生贄になった「妻」を嘆く東征の英雄。その両者が囁く言葉は「東(Azuma)」という皮肉・・・

◆以下、以前に書いた妄想物語を少しいじったストーリー。このブログを読む人には元ネタがわかるかもしれない。

昔々、様々な日本の神々や日本列島を生み出した夫婦神イザナギ(男)とイザナミ(女)は深く愛し合っていました。しかし出雲で製鉄産業(=軍需産業・東征の武力源)が興った頃、鍛冶と火を司る神(=軍需産業の神)を生んだ時にイザナミは火傷で死んでしまいました。死の恐怖を司る産業を生んだことで不死なる命(命本来の姿)を封じられた地母神のイザナミは死に、そして出雲にお墓が出来ました。
地母神(=魂が真に望む生き方=幸せを実現する運勢の源=魂の環境インフラ)を封じられた世界の人々は、「競争(戦い)の勝者しか幸せになれない=幸せは戦いで勝ち取る(奪い取る/他者を犠牲にする)ことでしか手に入らない・戦わない限り生き残れない」と思い込み戦いと競争に明け暮れるようになりました。
それ以来、多くの死が生まれ、死の恐怖が生まれ、それを糧に死の恐怖を司る産業が繁栄しました。

夫イザナギは亡くなった妻のイザナミが恋しくて妻に一目合おうと黄泉の国に出かけましたが、そこで全身にヘビがまとわりついたゾンビのような(タタリ神のような)本来の姿とはかけ離れ変わり果てたイザナミの姿を受け入れられず、怒り狂うイザナミから逃げ切り自ら縁を切ってしまいました。
イザナギは「死の恐怖」が生まれたこととイザナミ(地母神)の本来の姿が失われたという事実から目を背けたのです。その事実はイザナミと共に地下へ封印されました。事実から目を背けたままイザナギは民を生み続け、生まれた民は死の恐怖におびえつつ、生き残るために戦いと競争に明け暮れ多くの犠牲が出ました。

そして数百年後、二人はヤマトタケル(東征のヒーロー)と弟橘姫(東日本の豪族の娘)として転生し結婚しましたが、二人で東征という戦いの旅に出かける途中、浦賀水道で船が嵐に遭遇し弟橘姫は嵐を鎮めるために自ら生贄となり、二人は引き裂かれてしまいました。心に傷を負ったタケルはやがて戦死しました。

引き裂かれたヤマトタケルと弟橘姫(=イザナギとイザナミ)は、やがてアシタカとサンに生まれ変わりました。そこで二人は再会し、不滅なるシシ神の姿を見て命本来の姿を思い出し、お互いの愛を確認しつつも民の戦いは未だ止むことはなく、晴れておおっぴらな関係にはなれませんでした。

さらに二人は現代に宗介とポニョとして転生し、そこで「命の水」が海に解き放たれたことによる大津波をきっかけに宗助はポニョの真実(イザナギがかつて目を背けイザナミと共に封印した事実)から目を背けずに受け入れることを選びました。
そのことで二人は封じられた命本来の姿を取り戻し、ついに晴れておおっぴらな関係に戻れました。

二人が関係を修復し、封じられた命本来の姿と地母神イザナミが復活した時、世界は争いと死の恐怖を乗り越え、幸せの運勢を創造する一歩を踏み出せるのでしょうか?

2016年10月 9日 (日)

残酷な罠

日弁連、「死刑廃止」を宣言 賛成は7割弱、反対意見も
「殺したがるばかどもと戦って」 瀬戸内寂聴さん発言に犯罪被害者ら反発

かつて、「死は感情を満たす道具?」という記事で死刑制度と大衆心理について問題提起したことがある。
そのテーマに対し、社会はより本格的に向き合う必要に迫られていると感じる今日この頃。
失った悲しみを癒したい、前向きに生きるため区切りをつけたい、愛する被害者の恨みを晴らしたい、あまりに可哀想な愛する被害者の仇を討ってやりたい、失われた命の対価(代償)の支払い(=償い)を求めたい、犯人を同じ目に合わせたい・・・死刑を望む動機は様々だけど、多くの場合、心や感情を満たす欲求が動機になっていることが多い。
「死刑があると社会の秩序維持に便利だから」といった事務的な発想から死刑制度を支持する人は多分それより少ないだろう。

非常に酷な言い方だが、要するに、【感情を満たすために人の命を奪う手段を望む】という点で犯人の心理と被害者遺族の心理が一致してしまうケースすらありうる。場合によっては凶悪事件に感情移入して怒りのあまり犯人の死刑を感情的に望む大衆や裁判員の心理とも一致しうる(裁判員に至っては、自分の感情的動機で死刑判断をしてしまうと、後でトラウマになってしまうリスクさえある)。
だが少なくとも、被害者遺族は決して人殺しが好きな人種ではない。憂さ晴らしや感情的動機で人を殺す手段を選ぶなんて言語道断だと普段は思っている。
ただ、犯人が殺されることにしか癒しや救いを見出せない状態に追いやられ、その苦しみと悲しみのあまり、やむにやまれぬ状態になっているとは言えそうだ。

そう。刑法とは別個に、「被害者遺族をケアする仕組み」がこの国には全く存在しないのだ。
いわば被害者遺族のケアを死刑制度で代用しているようなものだ。その結果、多くの人々の頭の中で「死刑制度」と「遺族へのケア(いたわり)や救い」の2つが混同・同一視され、すり替わってしまってさえいる。何とも残酷な罠に落ちたものだ。
その現状では、死刑制度の廃止は被害者遺族への配慮や労りをやめることと同義になってしまう。これ、被害者遺族達がすごくそう感じてらっしゃるようだ。
だから「どうか見捨てないで・私たちを救って」と声を上げる。2つを混同させる罠の中から・・・

犯人逮捕から死刑判決という「ケア・救い」が実現するまで平均すると10年近くかかるという。最悪の場合、「罠」に落ちたせいで被害者遺族達は、救いが訪れるまで10年も苦しみ続けなきゃいけないことになる。

社会は愛する者を無残に殺された被害者遺族の苦しみを救うことは出来ない。でも、彼らが自ら立ち直っていく意志を持ってるとき、支援することは出来る。カウンセリング、セラピー、認知行動療法・・・死刑よりも効果のあるケアは色々ある。
個人的には、死刑制度よりもそっちの仕組みを充実させた方がいいんじゃないかと思う。例えば犯人が塀の中で働いて遺族ケアの資金を稼ぐ仕組みがあると合理的だし犯人が自分の罪(自分が傷つけた相手は被害者だけではなく遺族を含む)を自覚し反省を促す上でも多少効果はあるかもしれない。

少なくとも、死刑制度というものを「被害者遺族の救いとケア」を混同・同一視・すり替えた上で議論するのは筋違い・お門違いな気がする。
今騒動になってる死刑制度反対派も支持派も、もはや自分の感情を満たすための感情論に終始していて、もはや死刑云々・遺族の気持ち云々とかいうのはどうでもよくてただの勢力争いになってるんじゃあるまいな? などと妄想した。

似たような心理テーマ:いじめっ子を憎む心の落とし穴

2016年9月 9日 (金)

自我境界が未発達な国民性4

※以下に書かれていることはすべて個人の妄想です。

◆ライフスタイルの変化にDNAが対応しきれない?
よく「日本語は主語が曖昧だ/主語の省略が可能だ」と言われている。確かに英語や中国語の方が日本語会話ほど主語を省略するケースは少ないように見える。
日本人は異民族や異国との接触が極端に少ない上での村社会(しかも江戸時代は自由に行き来することが許されていない。特に女性)という環境下で生まれてから死ぬまで同じメンバーと共同生活するライフスタイルを何十世代も積み重ねてきたことにより、家族並みに共有事項が多い相手としか交流する機会のない人々(赤の他人や初対面の人間と会話する機会が一生無い人々)が無数にいた。しかも、つい150年ほど前まで。
そのような他国に類のない特殊な環境下で発達したのが言語とコミュニケーションのあり方が独特になるのは当たり前だ。まさにガラパゴスである。それ自体は別に悪いことじゃない。

そのような「共有事項の多い限られた相手としか交流する機会がない」特殊な環境下で気の遠くなるような歴史を生きてきた種族達(=日本人)は、自我境界(自分と他人を分けて意識すること=他人と異なる独自存在としての『自分自身』を意識すること)をしっかり強固に確立させ維持する必要はなかったはずだ。すなわち、自我境界をしっかり発達させる(自我を育てる)必要がなかったのだ。
その世界では、お互いを自我の延長にしあえる。ライフスタイルを共有している者同士は常識や価値観や意見も共有しやすい。生存に必要な物事の優先順位がほぼ同じになるからだ。お互いに自分が相手と思考や自我を共有しているように錯覚しやすくなる。この錯覚、当然同意見だと思っていた相手が実は自分と違う意見や考え方だと判明した場合、相手から自分の思考や自我を否定されたように錯覚してしまい『裏切られた』と被害妄想や逆恨みに陥ったり必死で相手に自分の意見を押し付け同意させようとする(同調圧力をかける)心理の原因にもなる。

考え方(価値観や利害や意見や常識etc)が自分と一致しない(=自分の期待や予想通りに動かない)相手を自分(が属する集団)の考え方に一致させる=自我延長にすることでコントロールし対立を解消したり自分を守るやり方、すなわち同調圧力を使った対立の解消方法は極端に自我境界の低い村社会(赤の他人が存在しない)でしか効果が見込めない。極端に閉鎖的な村社会以外の世界では、そもそも「同調圧力」というもの自体があまり効果を持たないのだ(そこでトラブル回避のために発明されたのが『契約』という概念)。

そんな背景が複合的に合わさった結果、日本のガラパゴス的村社会では皆が自然と横並びで、人々皆が平等どころか均一になり、全員が均一であることを前提にした同調圧力を用いた(依存した)社会秩序の維持が行われてきたために、「皆と(自分と)同じでない=同調圧力が効きにくい=秩序維持を妨げる因子=悪or関わりたくない」という刷り込みがDNA及び集合無意識レベルでインプットされてしまった。
(江戸や京都、大阪など人口が多い都市部は多少事情が違ったかもしれないが、つい150年ほど前まで日本人は大部分がガラパゴス的村社会で生きていた。大陸の村社会以上の閉鎖性だ)
日本人が自我境界未発達な国民性である(しかも比較的個人差が少ない)のは、ごく当たり前の、自然ななりゆきだったわけだ。「国民性がコミュ障」ともいわれているが、アレは障害ではなく単に「コミュニケーション能力を発達させたことがない(発達させるニーズが今まで存在しなかった)」だけだ。ゆえに無意識下に眠る潜在的なコミュニケーション能力の存在に無自覚でさえある。
日本人の近代自我(自我境界)の発達度合いが欧米基準で見ると12歳レベルらしい(言い出しっぺはマッカーサー)のも、そんな背景があるのだろう。

「冬に大荒れする日本海と広大な太平洋で大陸と隔てられてきた山がちな島国」という自然条件のみならず、江戸時代に入ると「幕府によって国内の自由な行き来すら制限され村の外に出る機会が少ない」という人為的な条件が加わり、ある意味では(半ば人為的に)絶海の孤島に監禁されたような状況が数百年続いたある日、「黒船」がその監禁部屋に突然乗り込んできたわけだ。まさに未知との遭遇。そして強制開国。
「開国」して以来、赤の他人や初対面の人間と一生会話しない人が大半という状態だったのにいきなり色んな異民族や異国との接触が増え、異なる地域へ自由に行き来が出来るようになって異なる出身地・異なるライフスタイル、異なる常識や習慣の人々とやり取りをするようになると当然事情は大きく変わってくる。もはやガラパゴス的村社会のやり方では社会も生活も成り立たない。初対面の人や赤の他人とのやり取りは避けて通れない。
その急激な変化に、150年経った今でも日本人はなじみ切れていない。「皆と違う=自分と同じになってくれない=悪or関わりたくない」というDNA/集合無意識レベルでの刷り込みは今なお続く呪縛となり、未だに苦労する人達がいる。村の外を知らなかったかつての村人のように、赤の他人や初対面の人間とどうコミュニケーションしていいかわからず混乱したり怯えたりして貝のようになる人、相手に対して強引に(必死に)同調圧力をかけてくる人は未だにいる(というか多分増えてる?)。
よくそんな状態で異国と戦争する気になったと思ったが、むしろ異質なものに対する拒絶反応(異質=悪)があったのかもしれない。

◆自問自答≠他人との会話
他者と会話をするとき、つい主語を省略する癖があるor主語がすぐに出てこない人は、自我(コンテキスト)を共有してない相手(=他人)に物事を伝えることが苦手で、相手と記憶や経験や(時には自我さえも)を共有している前提で会話する(自問自答に近い会話をする)癖を持っているケースがある。
ひどいと5W1H全部が省略され、すぐに出てこない場合もある。もはや単語だけ。長いこと共同生活をしていればある程度はそれでも内容が伝わり会話が成立するが、全ての人間とそのような会話が成立しうるわけじゃない。
占い師と客の関係(特に初対面)だってそうだ。だが、クライアント(相談者)側がそのことをつい忘れてしまったり、とっさに理解できなかったりする事例は占いをしている人になら多かれ少なかれ経験があると思う。

自問自答する場合、自分に対して主語を明確にして物事を説明する必要がない。自分自身とは主語も経験も記憶も(5W1Hも)共有しているので述語や単語のみで自問自答できる。
どんな時でもついうっかり自問自答に近い会話をしてしまいがちな人、主語を省略する癖が強い人は、「自問自答に近い会話でコミュニケーションが成立する環境下で生きたご先祖様が特に多い」のかもしれない。

しばしば相手が自分と自我を共有してない「他人」であることがとっさに自覚できなかったりすぐに忘れてしまう人は、会話の相手が他人であることを前提にした会話が苦手で自我境界が脆弱かつ未発達であることも多い。
主語をはじめ、様々な「他人との会話では欠かせない」前提や説明を無視したり省略した話し方をした結果、相手が自分の話を理解できなかったり主語が何なのか説明を求められたりすると「理解力がない」と不満を持ったり逆ギレするタイプは特に自分と他人(自我と自我でないもの)を識別する能力が低く、自己と非自己の識別が苦手であるケースは多い。
ということは自分自身(己の自我)を認識(自覚)することも苦手。あらゆる相手(他人)に対してそのような状態になる人もいれば、自分の子供に対してのみそうなる人もいる。自我境界が脆弱ということは自我を認識し自我を保つ力も弱いということだ。自分の個性と可能性に無自覚ともいえる。昔はそれでも全く問題がなかったから発達させる機会がなかったが、今はそうではない。自我境界を発達させる機会もニーズも沢山ある。

日本人は自分と他人の「同じ部分」に注目する傾向があるが、自分と他人の違いにあえて注目し、そこから
「他の誰とも(どれとも)同じではない独自の存在である自分」
「そんな他の誰とも(どれとも)同じではない自分独自の記憶と経験と5W1Hを世界で唯一自分だけが今日も積み重ねている」
「自分と相手が違うからこそ、相手が自分には発想できない視点や言動や話題で自分に新鮮な刺激を提供してくれる。相手にとっても同じこと。お互い『違ってくれてありがとう』と言える」
ということに意識を向けたとき、自我境界は一層発育を促されるのかもしれない。
自我境界の発育は自分を発見していくことでもある。自分という唯一無二の個性と可能性の発見は、自分にしか味わえない喜びや豊かさを人生にもたらしてくれる。
もしも日本人のレベルが12歳(小6~中1)なのだとしたら、まずは一歩進んで中2病を目指してみてはどうか?
中二病の有効活用


【余談】
日本ではよく「世間様」という概念で社会を個人よりも上位に置く伝統的傾向がある(例の自我境界を低く保つガラパゴス的村社会を支配してた時代の名残?)。己の思考や意志や価値観(=自我の動き)を、少なくとも表向きは世間様と一致させなくてはならないという強迫観念もある。しかし現代日本が採用している社会システムにおいては、社会と個人はどちらが上でどちらが下かということはなく、対等である(ここ大事)。
日本は社会=世間様が個人より上で欧米は個人と社会が対等に戦って勝敗を積み重ねている感じだ。個人側が勝つと社会から権利を勝ち取ることが出来るが、時々マイノリティ・ファシズムのような様相を呈することもある。昔は血みどろの戦いになってしまったこともある。

個人と社会の関係。肝心なことは、両者が互いに相手を対等な存在としてしっかり尊重し合えるかどうか、ではなかろうか。そういう意味では社会と個人の関係も個人と個人の関係も円満さに必要なことは本質的に変わらないのかもしれない。
互いの関係に優劣や貴賤や強弱や上下の概念を当てはめず「対等に尊重し合う」ことができるかどうかが個人も社会も円満であるためのカギ(の一つ)と言えそうだ。
(古今東西、人類はこれが苦手だ)

人々が個人間で互いに己のエゴを押し付け合う弱肉強食の戦いの関係を作りがちなら、社会と個人の関係も戦いの関係になりやすい(大規模にヒートアップするデモやストライキなど様々な闘争的社会運動、そして最近注目されているマイノリティ差別vsマイノリティファシズムの葛藤もその一例か?)。
あるいは、社会のエゴが個人を犠牲にして当然とする(ないし個人が社会のために自らを犠牲にすることが美徳であると教育し忍耐と泣き寝入りを意図的に混同させる)高圧的な社会になったりしやすいだろう(これ、「社会」を「組織」に置き換えても同じことが言えそうだ)。

人々が人間関係を作る上で、自我境界をしっかり作った上で自分とは異なる自我と人生と可能性を持つ相手を互いに認め尊重合う(可能なら活かしあう)関係を作り慣れているかいないかが社会の有り様に大きく反映しているのだろう。

自我境界が未発達な国民性3

2016年9月 7日 (水)

蓮舫氏占ってみた

だいぶ前に作った動画。このブログには載せたことがなかったもの。

うっすらお色気シーンがあります。子供は見ちゃダメw

※この動画は以下は趣味でやってる占星術ソフト「アストロロギア」の鑑定結果に基づいています。鑑定結果が捏造ではないことを示すため、ソフトの原文ママ。個人を誹謗中傷する意図はありません。あくまでネタとしてお楽しみください。

2016年7月31日 (日)

小池百合子氏占ってみた

※以下は趣味でやってる占星術ソフト「アストロロギア」より。鑑定結果が捏造ではないことを示すため、ソフトの原文ママ。実在する何かを誹謗中傷する意図はありません。あくまでネタとしてお楽しみください。

水星と海王星が非常に強いセクスタイル
表現力とイマジネーションの調和。霊感に恵まれ、夢幻の世界を生き生きと表現する。月と海王星の吉角の場合は単にイマジネーションに恵まれるだけだが、水星と海王星の吉角ではそれを具体的に表現してゆく才能ないし素質が与えられる。音楽、絵画、文筆に適性。直観的に物事を見通すことができるので抽象的な学問にも適性がある。性格は深みがあって魅力的。

水星と冥王星が強い合
物事の深層を見抜くような鋭い知性の持ち主。無口で閉鎖的。

海王星と冥王星が強いセクスタイル
信じられないような夢をもたらす世代。終戦直後の1940年代後半、および1960年代にもこの角度ができている。

木星と天王星が強いセクスタイル
発展と変革の調和。良い変化の起こる世代。社会的に変化があり、それが文化的向上につながる。個人的意味としては、独創的な能力によって社会的に活躍できる才能ないしは素質。

水星と木星が弱いスクェア
頭はいいが、どちらかというとずる賢い。おしゃべり。噂話などをととめどなくしゃべりまくる。物事を綿密に検討するのが苦手。いい加減な判断や楽観から窮地に追い込まれる。うかつな人物。もっと慎重になるべし。
(話す力はありそう。ある意味キャスターには向いてた?)

太陽と海王星が弱いスクェア
現実と夢のあいだにギャップがあり、葛藤を覚える。実現不可能な非現実な夢を抱き、むくわれない努力をする。行動はそのときどきの気分に左右され、一貫性に乏しい。健康状態にもやや不安あり。未来を夢見ることに堅実さが加われば吉。
(エジプト留学していた21歳の頃、同じく留学生だった日本人男性と結婚したがすぐに離婚。夢見がちな乙女であったのかもしれない)

月と火星が弱い衝
ヒステリック。感情的になって争う。とくに母子関係に問題があることが多い。争いによって心が傷つく。本当は臆病なのに、やぶれかぶれの気分で大胆なことをしてしまいがちで、心がすさみやすい。陰湿なところがある。内面の葛藤から生まれるエネルギーを良い方向に生かせれば吉。

木星と冥王星がごく弱いスクェア
暴走の可能性を示す世代的座相。

天王星と海王星がごく弱いスクェア
平均すると半世紀に1度ほど生じる世代的座相。不透明なビジョンにもとづく性急な変革を暗示。


◆ヒンドゥー数霊術
運命数3 霊数6 今生のテーマは「無私の奉仕」と「自己鍛錬」

【備考】
小池氏は候補者の中で唯一八丈島(このブログでお馴染み、お金の不徳を正す風水効果のある島を東京都に爆誕させた龍脈上)に選挙演説しに行った人だったので、その時点で東京都政の運勢に対する何らかの「フラグ」を建てたような気がした。
小池氏のホロスコープは理想と現実のギャップ(政治家なら尻つぼみになりやすいタイプ?)が課題の一つであるようだが、猪瀬氏や舛添氏とは違うパターンの運勢になることを祈りたい。
某民放の選挙特番ではゲスト出演した猪瀬元都知事(自分の誕生日にあの島が爆誕し、同時に5千万円問題が発覚して都知事の椅子から吹き飛ばされた人)が小池氏に期待しているようなそぶりを見せていたが・・・

猪瀬直樹、都知事選で自民党内田茂が自殺に追い込んだ樺山都議の遺書をネットにアップの真意は?

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